サガン鳥栖とは、佐賀県鳥栖市を本拠地とするサッカークラブ、及びJリーグに所属しているプロサッカーチームである。
概要
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『サガン鳥栖』の名前の由来は小さな砂が固まって岩となった『砂岩』で、『佐賀の』という佐賀弁が掛っている。『ユベントス』に発音を似せている所もあったりする。1997年、鳥栖フューチャーズ解散後のチーム名公募により名付けられた。
チームカラーはサガンブルーとサガンピンク。『サガンブルー』は空の青と大地に広がる緑を融合させて作成したもので、『サガンピンク』は鳥栖フューチャーズ時代からの名残の色である。2005年まではユニフォームは紺に近い青色だったが、2006年に現在のチームカラーに変更された。旧ユニフォーム時代には全く使われなかったピンクも、現在ではユニフォームに使用されている。
鳥栖市だけではなく、佐賀県各所や県を越えて福岡県筑後地方からの観戦者も多く、鳥栖市民以外にも愛されるように、と『サガントス』表記で活動したりする。筑後地方ではアビスパ福岡とのサポーターの取り合いとなるが、久留米市の企業(ブリヂストン、ベストアメニティ、駅前不動産ホールディングスなど)はサガン鳥栖に出資していたりする。
ホームタウンはあくまでも鳥栖市。佐賀市、久留米市など各地から観客が訪れるが、練習は概ね鳥栖市内限定で活動している。(練習は鳥栖市北部グラウンド、鳥栖市陸上競技場。かつては福岡県小郡市で練習したりもしていたが。)そのため、サガン鳥栖の強化による行政事業はほとんど鳥栖市に委ねられている。
試合はホームゲームのほとんどを鳥栖スタジアム(駅前不動産スタジアム)で行っているが、10月は芝の張り替えの為、1試合ないし2試合は佐賀市にある佐賀県総合運動場陸上競技場を使用していた。(2011年シーズンは改修により鳥栖スタジアムで10月開催。2013年の10月からは全て鳥栖で開催。)大型ビジョンの設置は鳥栖スタジアムが2007年からで、佐賀は1998年から既に導入されていた。
キャンプ地は大分県日田市中津江村などで行われる。雪の中の鯛生金山で練習したり、朝から登山をさせられたりと、キャンプ中の練習は過酷といっていい。2012年からは沖縄・読谷村にてキャンプを行っている。
近年は観客動員も増加。スタジアムで選手入場の際に行われる、グリーンデイのマイノリティを原曲とした応援歌の合唱は迫力がある。
なお、2011年までJ2オリジナルの10チームの中で唯一J1経験がなかった事から、「鳥栖の兄貴」のあだ名がついていた。
歴史
前史(1987~1996年)
詳細は「鳥栖フューチャーズ」の記事を参照。
1997~2005年
1997年1月の鳥栖フューチャーズの解散後、鳥栖市民の力により1997年2月、『サガン鳥栖FC』として復活した。この時、JFAは超法的措置として鳥栖フューチャーズの後継であることを認め、旧JFLに引き続き参戦することを認めた(※フューチャーズ時代までの天皇杯出場回数の継承も認められている)。ただし、チームとしても組織としても鳥栖フューチャーズとサガン鳥栖の間に直接的な連続性は無い。
その旧JFLでは2年連続4位と言う好成績を挙げ、1999年、J2開幕10チームの一チームとなる。 しかし、J2で毎年のように不甲斐ない成績を残すばかりで、挙句の果てに2003年に最下位。この時代は2002年より問題行為を起こしまくった公明党員で解体業が本業の女社長・古賀照子によりどんどん暗黒化していった。
2004年は「プリンセス天功」とユニフォームスポンサー契約するも、ブービーに。 やがて第二次解散騒動がやってきて、前親会社が解散。2005年初めに現在の親会社となる(結局古賀は後に公職選挙法違反で逮捕)。
2006年~2009年
2006年にユニフォームとチームフラッグ、チームカラーを一新した際、順位が4位に急上昇する。 しかし、シュナイダー潤之介や新居辰基といった主力を次々と放出し、翌年は8位に低迷。
2008年、いきなり開幕ダッシュに成功し、2006年同様終盤までJ1昇格争いをする。 天皇杯4回戦にナビスコ杯優勝のJ1大分、5回戦にJ1の神戸にそれぞれ圧勝し 「これ、J1も行けるんじゃね?」とファンに思わせておきながら、残り2戦を残して最下位・徳島に惨敗。 この瞬間、J1昇格の夢が断たれたため、未だに"お荷物チーム"のイメージから抜けられない。
2009年、チームの一員だった藤田祥史が大宮に移籍した為に、練習試合で当時JFLのニューウェーブ北九州(現:J2ギラヴァンツ北九州)に負けてしまうという波乱の出来事が起こった。その為、2009年のサガン鳥栖は2003年以来の最下位になるかが心配されていたが、何とか開幕3連敗の落ち込みから脱却し、苦しい戦いが続いているが、横浜Mから山瀬弟とハーフナーを期限付きではあるが獲得することができ、得点力が急上昇し、シーズン途中には元・アビスパ福岡のホベルトが加入。切り札的存在のトジンもここ最近活躍し、遂には5位まで順位を上げた。が、その後、J1争いに失速し、上位対戦を0勝1分3敗と、散々な結果で調子を落とし、結局5位どまりでJ1昇格に届かなかった。監督である岸野靖之はこのシーズンをもって退団。
2010年~第二次松本体制~
2010年、2006年まで監督として指揮した松本育夫ゼネラルマネージャーが監督として復帰し、元韓国代表で元鳥栖DFの尹晶煥(ユン・ジョンファン)がヘッドコーチに就任する。選手面では、武岡優斗、渡邉将基ら、4選手を鳥栖前監督、岸野靖之率いる横浜FCに奪われ、『Mr.サガン鳥栖』こと、高橋義希がベガルタ仙台に移籍するなど、シーズンオフから波乱のシーズンとなってしまったが、山瀬幸宏の完全加入での残留、京都サンガから豊田陽平を獲得、ジュビロ磐田から萬代宏樹の獲得など、着々と攻撃陣を補強し、MF陣、DF陣も、前シーズン並の補強をした。序盤は安定した滑り出しを見せたサガンだったが、W杯終了後からじわじわと低迷してしまい、勝ちが遠くなってしまう。次第に下位に下がって行き、一時期2ケタ順位まで落としてしまったが、最終的に9位となった。選手の入れ替えが激しく、交換トレードのような形で野崎陽介が横浜FCへ、横浜FCから田中輝和を獲得。更に、金民友が韓国代表に選出され、長期離脱するなど、選手編成が固定できなかった。得点面でも首位柏と比べて25得点以上差が付いた。
激動の2011年~遂に悲願達成~
飯尾和也、野崎陽介が横浜FCに完全移籍、特別指定選手の森本良までもが横浜FCに移籍し、横浜FCは追い打ちをかけるかのように大宮の藤田祥史(2008年までサガン鳥栖在籍)を獲得。サガン鳥栖に在籍した選手がごっそり横浜FCに移籍した一方のサガン鳥栖サイドはFW萬代宏樹をザスパ草津に期限付き移籍させたり、衛藤裕を徳島ヴォルティスに放出、日高拓磨をコンサドーレに放出するなど、また選手面で波乱を生んだ。
一方の補強は広島から岡本知剛、甲府から國吉貴博をそれぞれ期限付きで獲得、横浜Mの大量解雇組から浦田延尚、湘南から永田亮太を獲得。特別指定選手だった野田隆之介を早々加入を内定させ、どうにか補強を進める。
前半戦は水戸ホーリーホックに5-0で勝利するなど、序盤こそ好調だったものの、愛媛FC戦の敗戦を境に京都サンガ戦で2-1で勝った以外は勝利を逃し、順位も2位だったのが9位に下がってしまった。しかし、8月14日から伝説が始まった。ホーム・ベアスタのガイナーレ鳥取戦で1-0で勝利すると、チームの勢いは止まらない。東京ヴェルディ、水戸、鳥取のガイナーレ鳥取戦(特にこの時は6-3で勝利)にも勝ち、4連勝を飾る。
ベアスタのファジアーノ岡山の6-0での勝利の前後に引き分けるものの、そこからまた4連勝を飾り、順位は一気に2位にまで上がるようになった。10月23日のFC東京戦ではFC東京の猛攻に遭うが、何とか耐え0-0のスコアレスで終了した。その後は最下位FC岐阜に引き分けるなど、アウエーで中々勝点を取る事ができずにいた。そしてついにホーム・ベアスタのギラヴァンツ北九州戦に2-3で敗れ、無敗記録が16で止まってしまった。勝点65同士で迎えた徳島の『鳴門決戦』(詳細は該当記事参照)で、金民友のゴールなど3得点を取って快勝し、大一番を3-0で勝利した。
そして迎えた最終節。ロアッソ熊本とホーム・ベアスタでの対戦。今年最後の九州ダービー、J1を賭けた大一番なだけに、観客は鳥栖スタジアム過去最高の22,532人がスタジアムに集まった。前半は先に攻められ0-1で終わるものの、後半に早坂のゴールで追いつく。しかし更に点を取られ、絶体絶命になったが、木谷がゴールを決め、2-2とした。結果、このまま引き分け、サガン鳥栖は勝点69、札幌がFC東京に勝利したため勝点68と、勝点1差で2位となり、創設15年目、Jリーグ参戦13年目で初めてのJ1昇格を決め、J2オリジナル10チームで唯一J1行きの切符を手にしていなかった鳥栖がその切符を手に入れた。この年は豊田陽平の23ゴールを筆頭に、赤星拓の好セーブや藤田直之のロングスローなどがこの年のサガン鳥栖の象徴となった。なお、この年にアビスパ福岡がJ2へ降格した事から、翌シーズンから九州のクラブで唯一J1でプレイするクラブとなった(なお、2013年に後を追って大分トリニータが昇格)。
2012年~J1一年生~
J1で戦うこととなった2012年シーズンはシーズン前から積極的な動きに出る。新加入として、特別指定選手だった岡田翔平、黒木晃平・恭平兄弟が大学から加入。完全移籍では小林久晃をヴァンフォーレ甲府から獲得、期限付きで金根煥、水沼宏太を横浜F・マリノスから獲得。更に、かつてサガン鳥栖に在籍していた船谷圭祐を完全移籍で、高橋義希、トジンを期限付きで獲得。戦力維持としては、移籍濃厚と噂されていた豊田陽平を完全移籍で獲得、岡本知剛のレンタル期限を1年延長して残留、2011年のベストメンバーがほぼ残留という形で残った。
軒並み下馬評でJ2降格争いをすると言われて迎えた開幕戦。当時清武弘嗣、扇原貴宏、山口蛍のU-23三羽烏を率いていたセレッソ大阪と対戦し、激しい攻防の中、0-0のスコアレスドローでJ1初戦を終えた。続く第2節のジュビロ磐田戦は先制しつつも逆転を許し、1-2でJ1初勝利とはならなかった。迎えた第3節・横浜F・マリノス戦で水沼宏太が古巣相手にゴールを決め、1-0で念願のJ1初勝利を手にした。
この年の特徴として、前半戦はホームでしか勝てない『内弁慶』と化していた。前半17節を見ると、ホームでは5勝3分1敗と圧倒的な強さを魅せつけたのに対し、アウエーでは1勝3分4敗と分が悪かった。しかし、その中でも中位辺りにうまく順位をキープすることが多く、下馬評をひっくり返す活躍を見せた。後半戦、第22節の清水エスパルス戦で遂にホーム初黒星を喫すも、第24節までは名門の鹿島アントラーズやガンバ大阪、前年J1優勝の柏レイソルを相手に勝利するなど、一時5位まで躍動する活躍を見せた。だが、第27節・サンフレッチェ広島戦からJ1で初の3連敗を喫し、順位も二桁が見えるところまで落ちた。
しかし、その後アウエーアルビレックス新潟戦に勝利すると、第31節・ジュビロ磐田戦に3-2でリベンジし、残り3戦を残してJ1残留が確定した。第33節に浦和レッズを3-1で下し、勝利を収めて一時は3位に。ACL出場がかかった最終節、横浜F・マリノスとの直接対決では中村俊輔の直接FKにやられ、0-1で敗戦、この結果、J1元年となる2012年シーズンは5位で終了。ACLこそはならなかったが、J1初昇格チームとしての歴代最高順位を記録した。また個人としては豊田陽平が19点で得点ランキング2位の快挙を達成。ベストイレブンにも選ばれた。
攻撃陣の躍動で3得点を挙げる試合が8試合と非常に多いが、逆に3失点することも多く、こちらも5試合ある。何故か3-2で勝利、2-3で敗戦という試合が多い。
2013年~降格圏争いからの脱却、天皇杯の軌跡~
5位躍動により、選手の大量引き抜きが懸念されたが、流出は岡本知剛、金根煥、トジンのレンタルバック、カターレ富山に期限付きで移籍していた國吉貴博の完全移籍、黒木恭平の愛媛FCへのレンタル、黒木晃平のロアッソ熊本へのレンタル。主力は豊田陽平、藤田直之を始め、2012年シーズンを戦った多くのプレーヤーが残留した。また、高橋義希がベガルタ仙台から完全移籍、水沼宏太も横浜F・マリノスから完全移籍で残留。移籍は横浜F・マリノスから金井貢史、ガンバ大阪から金正也を期限付き移籍で獲得、ライバル・アビスパ福岡から末吉隼也を完全移籍で獲得した。大学からは特別指定選手に指定されていた清武功暉、岸田翔平、坂井達弥をそれぞれ獲得し、久々に高校生ルーキーとして平秀斗を獲得した。
ユニフォームのスポンサーとして、リヴァプールFCやセビージャFCのユニフォームを手がけるウォーリアとの契約を発表。
序盤3節、開幕戦ホーム・鹿島アントラーズ戦は1-1の引分でスタートする。第2戦のアウエー・湘南ベルマーレ戦も1-1で引分けた。第3戦の川崎フロンターレ戦は両チームゴール乱発の末、5-4で辛うじて勝利した。しかし、ここから守備の歯車が狂ったといってもいい。4月を1分3敗で終え、5月も1勝4敗、しかも6失点試合込みで負けが続き、気づけば降格圏争いの15位に達していた。
J1再開後、アルビレックス新潟から菊地直哉を期限付きで獲得。攻撃陣では8月にはゴールキーパーの相次ぐ故障により、特別強化指定選手の藤嶋栄介だけになったGK陣に清水エスパルスから林彰洋を獲得する。攻撃陣にはロニに代わり、ニルソンとセレッソ大阪から期限付き移籍で播戸竜二が加入した。ここからサガンの守備の立て直しが始まった。8月24日にホーム・ベガルタ仙台戦で1-0と初完封し、9月21日の川崎フロンターレ戦までに引分を挟んで5連勝という結果を残した。9月28日~10月19日までは3連敗するものの、10月27日のホーム・セレッソ大阪戦以降3連勝を挙げ、ホーム最終戦の浦和レッズ戦は4-1で4連勝でホーム最終戦の有終の美を飾る。最終節アウエー・ヴァンフォーレ甲府戦は惜しくも0-0のスコアレスでシーズンを終了した。結果、順位は12位まで上げた。
この年の天皇杯はすさまじい激闘を繰り広げ、5年ぶりの準々決勝進出となった12月22日のベアスタ・川崎フロンターレ戦では延長の末、2-0でサガン鳥栖が勝利し、見事クラブ史上初のベスト4進出となった。しかし、日産スタジアムで行われた横浜F・マリノス戦では0-2で敗れた。それでも、リーグ戦で低迷していたチームが一丸となって戦った天皇杯は、見事にベスト4まで進み、2013年を締めくくった。
2014年~目指した頂点・監督交代の先に…~
2013年シーズン途中から堅守を心掛けていたサガン鳥栖にとって、菊地直哉の完全移籍は嬉しいクリスマスプレゼントとなった。更に、年が明けた1月8日には他チームにおいてGKの玉突き移籍が相次いでいた中での林彰洋の完全移籍も発表され、鳥栖サポーターを安堵させた。その他には、ジュビロ磐田から安田理大が完全移籍、同じくジュビロ磐田から菅沼実が期限付き移籍で、ヴァンフォーレ甲府から崔誠根が完全移籍で、柏レイソルから谷口博之が期限付きで移籍。また、前年から所属していた播戸竜二と金井貢史がぞれぞれ完全移籍し、さらにサンフレッチェ広島から岡本知剛が期限付き移籍し2年ぶりに鳥栖に復帰した。また、新人では先述のGK危機の際にチームに唯一残っていた藤嶋栄介を、また韓国U-17代表経験のあるキム・ミンヒョクを獲得した。
放出は船谷圭祐が水戸ホーリーホックへ、野田隆之介が名古屋グランパスへ、室拓哉が大分トリニータへ、木谷公亮がFC岐阜へ完全移籍、末吉隼也とジョナサンが大分トリニータへ、岡田翔平が湘南ベルマーレへ期限付き移籍をした。また、ニルソン、黒木恭平が退団、金正也はガンバ大阪へ復帰、さらに、黒木晃平がロアッソ熊本へのレンタル移籍延長となった。
序盤は開幕戦、徳島ヴォルティスを相手に5-0で勝つなど、着実に勝点を積み上げていった。特に、4月5月が好調で、この2ヶ月間に勝点を19積み上げ、一気に首位に躍り出て、ワールドカップ中断前の試合を消化。一方、ヤマザキナビスコカップは3連敗の後、3連勝を挙げたが、得失点差で僅かに決勝には及ばなかった。
中断明け後も快進撃が続いていたが、8月上旬に尹晶煥が突如監督の契約を解除するという発表が出る。代わりに指名されたのが、コーチの吉田恵。8月16日にホームでの指揮を執ったが、『跳ばない奴はサガン鳥栖』と、堂々と差別コールを連呼するFC東京サポーターの前で、FC東京に敗れた。しかし、8月23日の大宮アルディージャ戦で吉田監督自身の初勝利を果たした。その後も星を落とすが、勝利数が多かったため、勝点の積み上がり方が非常に効率よく、9月以降は勝点19を積み上げた。ホーム最終節、浦和レッズに先制されるも、その後を左右した同点弾で引分け、アウエー最終節、鹿島アントラーズを1-0で下し、4位に終わった・・・かに見えた。そう、雪で中止になったアルビレックス新潟対柏レイソルの試合が残っていた。柏レイソルが0-2で勝ち、勝点60、得失点差+10で並んだ。結果、総得点で7点上回る柏が4位に上がり、5位に終わった。いわゆる『ACLやねん!』の発動であった。
2015年~危ういシーズンでした。~
2015年のサガン鳥栖。この年からクラブエンブレムをリニューアル。これといって契約満了選手はいなく、ジョナサンの契約解除のみだった。移籍選手として、谷口博之(前所属・柏レイソル)と菅沼実(前所属・ジュビロ磐田)の期限付きからの完全移籍、清水エスパルスから吉田豊、ジュビロ磐田から白星東、京都サンガF.C.から田村亮介(期限付き)の獲得を発表した。新加入選手として、福岡大学から山﨑凌吾、鹿屋体育大学から福田晃斗、秀岳館高校から笹原脩平、東山高校から鎌田大地を獲得。サガンからの移籍は安田理大がヴィッセル神戸へ、金井貢史がジェフユナイテッド市原・千葉へ、播戸竜二が大宮アルディージャへ完全移籍、坂井達弥が松本山雅F.C.へ、岸田翔平がV.ファーレン長崎へ期限付き移籍をした。
監督人選として、元ジュビロ磐田監督で、京都サンガF.C.でコーチを務めた森下仁志氏を選出。サガンのスタイルを継承するとともに、『これぞサガンだ』といわせるような、熱いサッカーを魅せることを誓った。
第1節で逆転して2-1でアルビレックス新潟に勝利するところから始まったが、このシーズンの特徴として守備崩壊と決定力不足というのに悩まされた。1stステージは11位で折り返す。すると、2ndステージは既に『降格』か『残留』かの2文字を争った戦いとなってしまい、次々と勝点を落としてしまう。特に豊田陽平の負傷も後半戦に大きく出た。その中で、谷口博之が躍動し、様々なポジションで安定感を出した。ポジションが4-5-1から3-4-3に変わると、一気に残留に望みが見え、アルウィンでの松本山雅FC戦で2-1で勝利し、残留が決定。シーズン通算順位11位で終了した。
7月にはサイバーエージェントグループの株式会社Cygamesがスポンサーとなる。
リアル346プロ初の企画として『スターライ☆鳥栖☆ステージ』が企画され、大空直美、黒沢ともよ、佳村はるかが来場した。
2016年~監督は年収が低っかでんてぃ?~
先に監督人選に困っており、フェリックス・マガトを招聘する見込みだったが『主力の流出』を理由に断られ、結果的にマッシモ・フィッカデンティを招聘した。
藤田直之がヴィッセル神戸へ、水沼宏太がFC東京へ移籍してしまった。逆に移籍組としてはセレッソ大阪から楠神順平、栃木SCから中美慶哉、大宮アルディージャから富山貴光を、磐田から牲川歩見を、柏レイソルから藤田優人獲得した。また、新規加入として筑波大学から三丸拡が、ジェフユナイテッド市原・千葉U-18からGK辻周吾が加入した。他の移籍としては岸田翔平がV.ファーレン長崎への期限付き延長、清武功暉のロアッソ熊本への期限付き延長、山崎凌吾が徳島ヴォルティスへ、藤嶋栄介が千葉ユナイテッド市原・千葉へ期限付き移籍。田村亮介が京都サンガFCに復帰。
フィッカデンティは監督就任後のチーム新体制会見で、「鳥栖は上位に行ける力を持っている。どんな相手とも戦えるチームにしたい。」と語った。
フィッカデンティは尹晶煥時代から続くショートカウンター主体のスタイルから緻密な守備から連動性ある攻撃につなげるポゼッション重視の戦い方に変更。フォーメーションも中盤をダイヤモンドにした4-1-3-2が主流となる。1stステージは長年培った戦術との違いに選手が適用できず低迷したが、2ndステージに入るとフィッカデンティの戦術が浸透。アンカーに高橋義希が固定されたことでチームバランスも安定し、一時は優勝争いに顔を出すほどの勢いを見せた。最終的に8位で終えたが、ポジティブな印象を与え乍らJ1残留を果たす。
2017年 - 2019年~"伝説のストライカー"トーレス~
2017年あたりから大口スポンサーの資金力を頼りにこれまで見られなかった大型補強をおこなうようになる。林彰洋や鎌田大地(2017年夏)は新天地へと旅立ったものの、権田修一やビクトル・イバルボらビッグネームがチームに加わった。充実した戦力を手にしたフィッカデンティ体制の2年目だったが、好不調の波が激しく、特にアウェイ戦では2勝しか挙げることができなかった。それでも新戦力の原川力の活躍もあり、年間8位という成績を残す。
フィッカデンティ体制3年目の2018年は7連敗を喫するなど低迷し、ワールドカップの中断期間前は降格圏の17位にまで沈んでいた。そこへ元スペイン代表のフェルナンド・トーレスが加入。世界的なビッグネームが鳥栖にやってくる現実とは思えないニュースで海外のサッカーファンからも注目されるようになるが、トーレスを活かす戦いを見出せず、勝ち切れない試合が続くチームは10月18日にフィッカデンティ解任という決断を下す。フィッカデンティ時代の3年間は守備ではリーグトップクラスの堅さになったものの、得点力不足という問題が最後まで解決できなかった。コーチから昇格した金明輝が監督に就任してからは最後の5試合を3勝2分という好成績を残し、14位でJ1残留を果たす。
2019年はスペイン人のルイス・カレーラスが監督に就任。前線のタレントを生かした攻撃的なサッカーを目指すが、蓋を開けてみると開幕10試合でわずか1得点という想像以上の低迷っぷり。選手から戦術を不安視する声も噴出していたこともあり、カレーラスはわずか10試合で解任となる。同時にカレーラス監督の名前から実現していたCoCo壱番屋とのコラボ企画も打ち切りとなった。
コーチに戻っていた金明輝が再び監督に就任してからも苦戦は続き、8月いっぱいでフェルナンド・トーレスは現役を引退。一時は最下位にまで転落するなど最後まで崖っぷちの戦いが続くが、最終節で辛くも勝ち点の差でJ1残留を決める。
2019年9月28日にCygamesがスポンサーからの撤退を発表し、クラブに激震が走る。この撤退劇についてはCygamesの親会社であるサイバーエージェントがFC町田ゼルビアを買収したことが原因とされているが、Jリーグのアドバイザーを務める堀江貴文氏は「おそらく真相は鳥栖の社長が大口スポンサーに断りもなく高額年俸の選手とったり、息子を社長にしてバスケットボールチーム作ったりした挙句、さらに高額のスポンサー要求をしたことによると思われ」と見解を述べている。
2020年 - ~育成型クラブへの転換~
大口スポンサーを失ったダメージは大きく、2019年度決算で20億円の巨額赤字を計上したこともあり、2020年からは人件費圧縮のため主力選手を放出し若手中心のポゼッションスタイルに方針を転換することになる。開幕前はJ2降格を予想する識者も多かったが、ユースの大会で結果を残してきた下部組織出身の若手が躍動。2種登録である17歳の中野伸哉も積極的に起用され、13位でシーズンを終える。
2021年も債務超過となる厳しい経営を強いられるが、ユースからの昇格組をはじめとした若手が台頭。降格候補に挙げられた下馬評を覆して代表選によるリーグ中断前を9勝6分け3敗の勝ち点33で4位と躍進する。後半戦は林大地の移籍もあってペースダウンするも前年を上回る7位という成績を残す。苦しい台所事情で結果を残した金明輝監督はシーズン終了後に退任となるが、その後金監督による選手・スタッフに対するパワハラが告発され、Jリーグ側から認定される。クラブには長期間に渡って問題を看過してきたとして、罰金300万円および譴責処分が科せられる。
2022年から前モンテディオ山形コーチの川井健太が監督に就任。「攻撃的で観客を魅了するサッカー」をテーマに意気込んだ新監督だったが、債務超過の続くチームは主力の多くが移籍し顔ぶれが大きく変わることとなった。勝ち切れない試合が続き、リーグ最多タイの15引き分けを記録するも何とか中位を維持し奮闘。終盤の6試合で2分4敗と不調に陥ったが、11位で10年連続でのJ1残留を果たす。
2023年も厳しいクラブ経営を象徴するかのように宮代大聖、小泉慶、ジエゴといった主力を放出。逆にJ2やJ3で活躍していた選手を補強することでやりくりをする。開幕戦こそ湘南ベルマーレ相手に大敗するが、その後は残留争いに巻き込まれない程度の中位をキープ。一方、怪我人の続出もあってメンバーが固定できず、若手の台頭も少なく、大きな躍進も期待できないのも現実だった。最低ノルマのJ1残留は苦しむことなくクリアしたものの、前年を下回る14位に終わる。
その他
アビスパ福岡との因縁
サガン鳥栖とアビスパ福岡の因縁はJFLでそれぞれ鳥栖フューチャーズ、福岡ブルックスの時代からあった。1995年にブルックスが福岡に移転すると、鳥栖フューチャーズの主力選手をごそっと抜きだされ、1995年に先にJリーグに昇格され、鳥栖フューチャーズは1996年にPJMが撤退して解散となったことがある。『サガン鳥栖』誕生後、福岡と対戦する場合は福岡サポーターから「博多でも田舎でもサガン鳥栖は弱い」、「跳ばない奴はサガン鳥栖」と言われる始末だった。尤も、J2では順位が鳥栖と福岡で逆転した年が2度ほどあり、2011年には鳥栖がJ1昇格し、福岡がJ2に降格したため、遂にカテゴリでも逆転することとなった。サポーター同士でも小競り合いが起き、2007年には福岡サポーターが鳥栖勝利の際に鳥栖駅を占拠して問題となった。なお、サガン鳥栖のアンチテーマは福岡サポーター(ウルトラオブリなど)以外にもFC東京や浦和レッズなどで歌われている。
横浜FCとの因縁
2007年-2009年にサガン鳥栖を率いた岸野靖之率いる横浜FCに何故かサガン鳥栖在籍経験者が大量にいることから、2ch界隈では『赤帽ダービー』と呼ばれる。最大10人ものサガン鳥栖経験選手が岸野らの手により横浜FCに移籍したため、2010年以降のサガン鳥栖VS横浜FCでは鳥栖側のブーイングが絶えなかった。ちなみに、その選手の活躍度はというと・・・渡邉将基と高地系治がスタメンに出るだけで、後は2011年シーズンを見るとほとんどの選手が活躍できなかった。ただ引き抜いただけでは勝てない、ということか。(これで横浜FCに上回れたらサガン鳥栖は『第2横浜FC』になりかねなかった。)
2012年に岸野が横浜FCを途中退団したためか、何とか解消方向に持っていきつつある。
スポンサー
主なタイトル
個人タイトル
現在の所属選手
背番号 | Pos. | 国籍 | 選手名 | 生年月日 | 加入年 | 前所属 | 備考 |
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- | 監督 | 川井健太 | 1981.6.7 | 2022 | モンテディオ山形コーチ | ||
1 | GK | アルナウ | 1997.12.27 | 2024 | 奈良クラブ | 【完】 | |
2 | DF | 山崎浩介 | 1995.12.30 | 2023 | モンテディオ山形 | ||
3 | DF | 木村誠二 | 2001.8.24 | 2024 | FC東京 | 【レ】 | |
5 | MF | 河原創 | 1998.3.13 | 2023 | ロアッソ熊本 | ||
6 | MF | 福田晃斗 | 1992.5.1 | 2022 | アルビレックス新潟 | ||
7 | MF | 手塚康平 | 1996.4.6 | 2022 | アルビレックス新潟 | ||
8 | MF | 中原輝 | 1996.7.8 | 2024 | 東京ヴェルディ | 【完】 | |
9 | FW | 河田篤秀 | 1992.9.13 | 2023 | 大宮アルディージャ | ||
10 | MF | 本田風智 | 2001.5.1 | 2020 | サガン鳥栖U-18 | 【H】 | |
11 | FW | ヴィニシウス・アラウージョ | 1993.2.22 | 2024 | FC今治 | 【完】 | |
13 | FW | 横山歩夢 | 2003.3.4 | 2023 | 松本山雅FC | ||
14 | MF | 藤田直之(C) | 1987.6.22 | 2022 | セレッソ大阪 | ||
16 | DF | 上夷克典 | 1996.4.5 | 2024 | 大分トリニータ | 【完】 | |
18 | MF | 日野翔太 | 1996.4.5 | 2023 | 拓殖大学 | 【卒】 | |
19 | MF | 森谷賢太郎 | 1988.9.21 | 2022 | 愛媛FC | ||
20 | DF | キム・テヒョン | 2000.9.17 | 2024 | ベガルタ仙台 | 【完】 | |
21 | MF | 堀米勇輝 | 1992.12.13 | 2022 | モンテディオ山形 | ||
22 | FW | 富樫敬真 | 1993.8.10 | 2023 | ベガルタ仙台 | ||
23 | MF | 菊地泰智 | 1999.5.7 | 2022 | 流通経済大学 | ||
25 | DF | 渡邊綾平 | 2002.2.8 | 2024 | 法政大学 | 【卒】 | |
27 | MF | 楢原慶輝 | 2004.4.7 | 2022 | サガン鳥栖U-18 | 【H】 | |
28 | DF | 丸橋祐介 | 1990.9.2 | 2024 | セレッソ大阪 | 【完】 | |
31 | GK | 岡本昌弘 | 1983.5.17 | 2022 | 愛媛FC | ||
32 | FW | 堺屋佳介 | 2005.5.7 | 2023 | サガン鳥栖U-18 | 【昇】【H】 | |
34 | DF | 長澤シヴァタファリ | 2002.12.12 | 2023 | 関東学院大学 | 【卒】 | |
36 | DF | 北島郁哉 | 2005.11.20 | 2024 | サガン鳥栖U-18 | 【昇】【H】 | |
41 | FW | 樺山諒乃介 | 2002.9.17 | 2023 | モンテディオ山形 | ||
42 | DF | 原田亘 | 1996.7.22 | 2022 | FC今治 | ||
48 | DF | 黒木雄也 | 2007.12.4 | 2024 | RIPACE SOCCERCLUB | 【2】 | |
51 | GK | イ・ユンソン | 2005.5.23 | 2024 | 議政府Gスポーツクラブ | 【完】 | |
71 | GK | 朴一圭 | 1989.12.22 | 2020 | 横浜F・マリノス | ||
88 | MF | 長沼洋一 | 1997.5.14 | 2022 | サンフレッチェ広島 | ||
99 | FW | マルセロ・ヒアン | 2002.6.8 | 2024 | 横浜FC | 【完】 |
※備考欄は【完】=完全移籍での加入、【レ】=レンタル移籍での加入、【復】=レンタル先からの復帰、【新】=新任の監督、【昇】=トップチーム昇格、【卒】=新卒での加入、【特】=特別指定選手、【2】=2種登録、【H】=ホームグロウン選手
過去に所属したおもな選手
|
|
歴代監督
国籍 | 監督名 | 在任期間 | 備考 |
---|---|---|---|
楚輪博 | 1997年~1999年 | ||
高祖和弘 | 2000年~2001年 | ||
副島博志 | 2002年 | ||
千疋美徳 | 2003年 | ||
松本育夫 | 2004年~2006年 | ||
岸野靖之 | 2007年~2009年 | ||
松本育夫 | 2010年 | ||
尹晶煥 | 2011年~2014年途中 | J1昇格(2011年) | |
吉田恵 | 2014年途中~シーズン終了 | ||
森下仁志 | 2015年 | ||
マッシモ・フィッカデンティ | 2016年~2018年途中 | ||
金明輝 | 2018年途中~シーズン終了 | ||
ルイス・カレーラス | 2019年~2019年途中 | ||
金明輝 | 2019年途中~2021年 | ||
川井健太 | 2022年~ |
マスコットキャラ
「ウィントス」。
2006年にチームカラーが変更となった際に、このキャラのカラーも変更。 現在は水色とピンク色の鳥の形をしたキャラクターとなっている。 モチーフは佐賀に住む「カチガラス(カササギ)」。 「カチカチ」と鳴くこのカラスは佐賀県の鳥である(※補足:本来は中国大陸・朝鮮半島原産) その鳴き声、「カチカチ」を英語読みにし、「鳥栖」をくっつけて「ウィントス」という名がついた。
関連動画
関連コミュニティ
関連リンク
関連項目
- Jリーグ
- Jリーグチーム一覧
- J1リーグ(2012年 - )
- J2リーグ(1999年 - 2011年)
- 佐賀県鳥栖市
- 鳥栖フューチャーズ - クラブの前身
- 古賀照子 - 株式会社サガン鳥栖時代の社長で、2003年のサガン鳥栖最下位などに加担した元凶。
- 九州ダービー
- 駅前不動産スタジアム
- ガガントス
- Cygames(元スポンサー)
- アイドルマスター シンデレラガールズ - 2015年、リアル346プロ企画として、サガン鳥栖とのコラボが実現。
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