MarcVDS単語

マルクブイディーエス
  • 0
  • 0pt
掲示板へ

MarcVDS exitとは、MotoGPMoto2クラスに参戦するプライベートチームである。

2015年から現在に至るまで、スペインビール企業ヒホス・デ・リヴェラexitメインスポンサーにしている。この企業のノンアルコール飲料ブランドであるEstrella Galicia0.0exitを名称に加えて、
Estrella Galicia0.0 MarcVDS」というのが正式なチーム名となっている。

ベルギーゴスリ(Gosselies)exitを本拠地としている。チームの倉庫はゴスリから少し東に離れたこの場所exitにあり、シャルルロワ空港ベルギー第二の空港)と隣接している。

2016年シーズンまで4輪レースに参戦していた。
 

ライダー

2019年Moto2クラスライダーを2人出走させている。

名前 出身地 身長・体重 誕生日
73 アレックス・マルケスexit スペイン サルベラexit 180cm65kg 1996年4月23日
97 シャヴィ・ヴィエルヘexit スペイン バルセロナexit 175cm66kg 1997年4月30日

スタッフ

フランス人の大ベテラン2019年はシャヴィ・ヴィエルヘのチーフメカ
 

2015年2016年アジョ・モータースポーツMoto2クラスチームに在籍し、ヨハン・ザルコの2連覇を支えた。そのときからテレメトリー・スタッフだった。テレメトリーとは、マシンからの情報を収集して分析する役スタッフ

2017年2018年レプソルホンダに在籍し、ダニ・ペドロサのテレメトリー・スタッフだった。

2019年からMarcVDSに引き抜かれ、アレックス・マルケスのチーフメカになった。

※この項の情報・・・記事1exit記事2exit記事3exit
 

1971年2月19日生まれexitブラジル育ち、様が元スチュワーデス

もとはカワサキワークステクニカルディレクターで、MotoGP公式の記事もあるexitテクニカルディレクターとは技術的な相談を一手に引き受ける窓口の立場で、マシンについてもっとも詳しい人である。

2012年はTech3Moto2部門でシャヴィエルシメオンチーフメカだった。

カワサキワークスボスを務めていたミハエルバルトレミーに誘われてMarcVDSに参加。2013年2014年の2年間ミカ・カリオチーフメカを務めた。2015年から2018年までアレックス・マルケスのチーフメカだった。

2019年テクニカルディレクターとなり、MarcVDS全体の技術的支援をすることになった。
 

1984年11月22日スペインバルセロナ近郊のタラゴナexit出身。

トニ・エリアスexitダニ・ペドロサケーシー・ストーナーと同年代で、彼らとともにアルベルト・プーチexitの門下生となっていた。プーチはエリアスにゼッケン24番、ホアン・オリヴェにゼッケン25番、ペドロサにゼッケン26番、ストーナーにゼッケン27番を与えていた。当時の写真がいくつかある(画像1exit画像2exit

英語版Wikipediaexitに戦績が載っている。2008年は表台に4回登っている。現役を引退した後はKTMMoto3マシンテストライダーを務めたり、ライダーコーチをしたり、2012年から2018年までアジョ・モータースポーツMoto2Moto3におけるKTMワークスとなっている名門チーム)の手伝いをしたりしていた。

2019年シーズンからMarcVDSのチーム監督に就任したexit34歳の就任で、非常に若い監督である。
 

スペイン人のテレメトリー・スタッフスペイン夫婦別姓で、子どもは両親の姓を両方名乗ることになる。カントCanto)が方の姓で、パストル(Pastor)が方の姓である。

リヴィオ・ロイMoto3クラスティト・ラバト(Moto2クラス時代)、フランコ・モルビデMoto2クラス時代)、ジョアン・ミルを担当。

ドイツ企業2D(つーでぃー)exitの製品を駆使してライダーの走行データを管理し分析する。センサーバイクのあちこちに付けて、データロガーという記憶装置に走行データを集める。集まったデータパソコンに入れ、ソフトを使って解析する。

MotoGPにおいてしい女性スタッフなので、しばしばMarcVDSのSNSにも写っている。画像1exit画像2exit画像3exit画像4exit画像5exit画像6exit画像7exit画像8exit画像9exit画像10exit

MarcVDS公式サイトの紹介記事はこちらexit
 

イタリアリミニexit出身で、2011年から2017年までの7年間、MarcVDSのチームコーディネーターという役職だった。コーディネーターとは調整役と翻訳される。要するに、チーム監督の補佐としてチームをまとめあげる役割の人である。

この記事exitには、「2010年マリーナ・ロッシは、MotoGPMoto2クラスサンマリノレーシングというチームを所有していたが、長続きしなかった。さらにその前は、チーム・スコットexitに在籍していた」と書かれている。

2014年6月イタリアGPでは、表式に登壇している(画像1exit画像2exit

パルクフェルメでの記念撮影にも写っている(画像1exit画像2exit画像3exit

サム・ローズexitの妻としても知られている(画像1exit画像2exit)。2018年9月14日にキャスリンKathryn)という出産している(画像1exit画像2exit画像3exit

2018年初頭、ミハエルバルトレミー監督によってチームコーディネーターを解任された。なぜ解任されたのかはよく分かっていない。

2018年5月騒動の発端となった人物として報道されている。詳しくは、後述の「2018年5月騒動」の項を参考のこと。

2018年5月ミハエルバルトレミー監督が解任され、同年9月出産を済ませた後、MarcVDSにチームコーディネーターとして復職した。2019年スタッフ全員集合写真に、マルク・ファンデルストラーテンexitの隣に立って写っている。(画像1exit画像2exit
 

かつて所属していたスタッフ

監督

2010年から2018年5月までチーム監督を務めた。ベルギーオイペンexit出身で、1970年1月6日生まれ。

レース中はピットガレージの中で足を組みながら椅子座り込み、厳しい表情を崩さない。結構おっかない印があり、貫十分であった。

フランコ・モルビデリは「最初は怖い人だと思っていた」「実際は優しい人で、プレッシャーを掛けてくることは1度もなかった」exitコメントしている。

子供が4人いるexit

チーム監督という立場だが、f**kだとかs**tといった4文字伏せ字が必要な下品な言葉)をインタビューでちょくちょく発している。



が二輪レーサーで、に多くのバイクがあるような庭だった。父親は二輪レーサーではなかったが、ミハエルを色んなレースに連れて行っていた。ミハエル自身は17歳の時にレースを始め、ヨーロッパ耐久選手権(4時間~8時間を2人交替で走るレース)に出場していた。バルトレミーはそんなに裕福ではなく、資に限りがあったので、22歳の頃にはレース引退することにした。

1992年22歳の時にレーシングチームを設立して、その監督オーナーをしていた。あまりにも若いので、周りからあまり尊重されなかったとっている。

ヤマハと手を組んで1992年から4年間ほど耐久レースの活動をした。1997年ヤマハとともに世界スーパースポーツ選手権(4スト600ccのスプリントレース)に活動の場を移した。1999年末にホンダからがかかり、20002003年の4年間はホンダの一員として世界スーパースポーツ選手権を戦った。そうしながらMotoGPの各チーム・各メーカーと接触していたら、2003年末にカワサキからがかかった。カワサキ2003年シーズンからMotoGP最大排気量クラスに参戦していたのである。

2004年2005年カワサキワークスチームコーディネーターという肩書きで、2006年から2008年までカワサキワークスチーム監督だった。

カワサキ2008年シーズン末をもってMotoGPから撤退すると、参戦台数の減少に危機感を感じたドルナが介入し、ハヤテ・レーシングというプライベートが作られてそこに1年だけカワサキマシンが供給されることになった。ミハエルバルトレミーも最初のうちはハヤテ・レーシングに詰めかけていたが、自分があまり歓迎されていないことを悟り2009年の途中からピットに行かないことにした。

2009年シーズン途中、MarcVDSの4輪レース活動でホッケハイムというドイツサーキットに滞在していたマルク・ファンデルストラーテンexitのところに押しかけ、2輪レースチームの設立を勧めた。マルクファンデルストラーテンは乗り気になり、MotoGPMoto2クラスへの参戦が決まった。

2010年からMarcVDSのチーム監督に就任。

2015年からMarcVDSは経営の規模を広げ、最大排気量クラスへの参戦を決めた。そういうときは新たなメカニックを雇う必要があり、人脈豊富な人がチームにいることが望ましい。ミハエルバルトレミーは最大排気量クラスの経験が豊富で、その点で申し分なかった。

2017年暮れから2018年5月頃まで、スズキワークスサテライトチームを作ろうとしていた。そのとき、その補に挙がっていたのはMarcVDSだった。このため盛んにミハエルバルトレミーメディアに登場していた。MotoGP公式のTwitterにもそういう記事が紹介されているexit

2018年5月マルクファンデルストラーテンに監督職を解任された。

※この項の情報・・・記事1exit記事2exit
 

2018年5月マルクファンデルストラーテンによってチーム監督に任命された。

称はルカLuca)。ルカモンティロンと呼ばれることも多い。

MotoGPにおけるチーム監督としての経歴が長い。2003年2004年は最大排気量クラスのプラマックレーシングチーム監督をしていた。

2005年から最大排気量クラスJIRexit監督。このJIRというチームは、イタリア人のモンティロンと、日本人飯田哲男(ホンダモーターヨーロッパの創設者)が共同で作ったチームであり、そのためJapan Italy Racingという名が付いた。

2008年のJIRチーム・スコットexitと共同でチームを経営して最大排気量クラスに参戦。2009年のJIRMotoGPから離れ、スーパーバイク世界選手権の併設イベントであるスーパーストック1000カップに参戦。

2010年からMotoGPMoto2クラスに参戦開始している。2010年から2014年まで、日本鈴鹿サーキット近くに拠点があるTSRexitのシャーシを使っていた。また4人ほど日本人ライダーを乗せており、日本と関係の深いチームだった。

2015年シーズン限りでJIRレース活動から手を引いていた。

ルカモンティロンはとても経験豊富で、その気になれば聞き応えのあることをいくらでも書くことができる。そのため、2017年12月イタリアの有力サイトCorsedimoto.comのコラムニストに就任していたexit

そうしているとき、2018年5月にMarcVDSからがかかり、ミハエルバルトレミー監督を解任した後の代役としてチーム監督に就任することになった。5月18日頃のこととされるexit

ところがなんと、6月1日頃には辞任してしまったexit

ルカモンティロンの後任はエミリオ・アルサモラexitが就任した。Team Monlauの首を務める人で、スポンサーEstrella Galicia0.0から要請された。2018年シーズンの残りは、エミリオが代役監督を勤め上げた。
 

チーフメカ

1988年スーパーバイク世界選手権初年度にライダーとして参戦していた。

2014年スーパーバイクホンダチームであるテンケイトで、ジョナサンレイチーフメカ
2015年MotoGPのMarcVDS最大排気量クラスチームスコットレディングのチーフメカ
2016年MotoGPのMarcVDS最大排気量クラスチームティト・ラバトのチーフメカ

2018年からはスーパーバイク世界選手権において、ホンダモーターヨーロッパのオペレーションマネージャーになったと報じられたexit

ホンダと関わりが深い。

この動画exitで、ピットの設営についてのインタビューを受けている。

2019年3月ドゥカティワークスホールショットデバイスを採用していたことが話題になった。そのとき、Twitterで「あれは昔から見られる部品だ」「2006年頃のBSBでホンダ系のライダーが使っていた」と親切に解説していたexit
 

イタリア人。2019年プラマックレーシングexitに所属し、フランチェスコ・バニャイアチーフメカ
  

スペイン人。2019年レプソルホンダに所属し、ホルヘ・ロレンソチーフメカ

 

グレッシーニレーシングの記事に詳細記述がある。

2017年にMarcVDS最大排気量クラス部門のティト・ラバトexitチーフメカとして引き抜かれた。
2018年はMarcVDS最大排気量クラス部門でフランコ・モルビデリexitチーフメカ

2019年はペトロナスヤマハファビオ・クアッタハッホチーフメカ
 

ニュージーランド出身。1963年頃生まれ。

1994年ヤマハチームに在籍し、ニール・マッケンジーチーフメカを務めた。

1998年からレプソルホンダで働き始めた。最初は岡田忠之のメカニックだった。ミック・ドゥーハンメカニックを務めたこともある。2001年にはメカニック2002~2003年ヴァレンティーノ・ロッシメカニック2004年アレックス・バロスメカニック

2005年チーフメカに昇格し、ニッキー・ヘイデンとコンビを組んだ。2006年にはニッキー・ヘイデンが最大排気量クラスチャンピオンを獲っている。

2008年末にニッキー・ヘイデンがドゥカティへ移籍するときにはレプソルホンダ残留のを選び、新しくやってくるアンドレア・ドヴィツィオーゾのチーフメカになったexit

2009年末にアンドレア・ドヴィツィオーゾチーフメカの座をラモン・オーリンに譲り、レプソルホンダを退職してMoto2のMarcVDSに移ったexit

2010年から2013年まではMoto2クラススコットレディングのチーフメカ
2014年からは2015年まではMoto2クラスティト・ラバトのチーフメカ
2016年から2017年まではMoto2クラスフランコ・モルビデリのチーフメカ
2018年Moto2クラスジョアン・ミルチーフメカ

2018年限りでMarcVDSを退職し、2019年からはスーパーバイク世界選手権のショーン・ミュア・レーシングexitマーカス・ライターベルガーexitチーフメカを務めている。同チームイギリスギースバラexitに本拠地があり、2019年BMWマシンを走らせている。

このインタビュー記事exitで「最近はレース数が多すぎるね。昔は1年で13回だったのに、今は18回だ」とっている。

曇っていても、サングラスをかけていた。画像1exit
  

象徴、チームカラー

MarcVDSの徴はライオンであり、マシンやレーシングスーツチームシャツなど至る所に黄色ライオンが描かれている。画像1exit画像2exit画像3exit画像4exit

MarcVDSのオーナーであるマルク・ファンデルストラーテンexitライオンデザインを選んだ。最初はチーター(地上最速のネコ科の動物アフリカ大陸に生息)のデザインにしようかと思っていたが、ライオンデザインに落ち着いた。「モータースポーツチームというのは家族のようなものだ。ライオンは群れを作り、群れのボスは群れのみんなの安全を守るために外敵と戦いをする。家族徴として、ライオンはもっともふさわしい」とっている。

銀色が好みの色。(画像1exit画像2exit画像3exit気が曇っていてもいて見えるから銀色を選んだ。

ワインレッドと言われる濃い赤紫色exitを好んでいる。(画像1exit画像2exit画像3exitマルクファンデルストラーテンの出身ベルギーフランス語圏の一員で、フランスとはを接し親近感がある。そのフランスの名産品といえば赤ワインexitである。マルク自身もワインが好きなのでこの色を選んだ。「ワインレッドに照らされると綺麗に見える」とマルクっている。


※この項の情報この記事exitこの記事exit
 

チームオーナー マルク・ファン デル ストラーテン

マルク・ファンデルストラーテン(Marc Van der Straten)exitがMarcVDSのオーナーである。

MarcVDSとはオーナーの名前と姓の頭文字をとった名前ということになる。

いシャツにい袖ジャケット白黒チェッカーフラッグ模様のベレー帽をかぶっている、という出で立ちであることが多い。画像1exit画像2exit画像3exit

カメラを向けられるとお茶な反応を示してくれることがある。画像1exit画像2exit


2016年オランダGPでジャック・ミラーが優勝したときに、マルクファンデルストラーテンは表台に登壇した。そのとき、2位マルク・マルケスとかなり親しそうにしていた。マルク・マルケスアレックス・マルケスがMarcVDS所属のライダーであり、しょっちゅう会っているからである。

Google Chromeで彼の名前が入った記事を機械翻訳すると「ファンデル戦略」となることが多い。stratenをstrategyと扱う傾向がある。


1948年3月3日が誕生日exit

countという爵位をもらっている。countは、伯爵という意味。

ベルギー人である。ベルギーフランス語圏なので、マルクファンデルストラーテンもフランス語を喋る。MotoGP公用語英語で、パドックに出入りする人は英語を話すことをめられるのだが、マルクファンデルストラーテンは決して英語を覚えようとせず、いつもフランス語で会話しているという。

かなり昔のことだが友人とバイク2人乗りをしていて転倒したため、一時はバイク嫌いになった。南フランスコートダジュールexitという明媚なを友人とバイク2人乗りして走っていた。友人がホンダCB750exitを運転し、マルクがその後ろに乗る。友人が調子に乗って速く走っていたのでマルクは「速すぎだぞ、もっと遅く走れ」と言ったのだが、友人はそれを視していた。マルクが心配していた通りに転倒して、2人は地面に投げ出され、2人とも怪してしまった。マルクは怒りのあまり友人にパンチを浴びせた。それ以来、長いことバイクから遠ざかっていたという。(情報この記事exit

がある人たちが車椅子サッカーすることを支援している。この動画exitで、スーツに身を包んだマルクファンデルストラーテンが出てくる。
 

祖先がビール醸造で一発当てる

ベルギービール醸造の歴史が長く、中世以来の醸造所がいくつかある。

1366年、ルーヴァンexitというところにデン・ホールン(Den Hoorn)という醸造所ができた。1708年にセバスチャンアルトワという人がその醸造所の一番偉い人になり、1717年に醸造所のオーナーになり、醸造所の名前をアルトワ醸造所(仏語Brouwerij Artois 英語Artois Brewery)にめた。

1926年12月クリスマスに、アルトワ醸造所は1つの大ヒット商品を売り出した。ステラStella)という名前で、フランス語という意味である。後にステラ・アルトワ(Stella Artois)exitという商品名になり、ヨーロッパ中で飲される定番ビールとなっていった。

このステラアルトワを開発したのが、マルクファンデルストラーテンの曾祖である。その功績で、アルトワ醸造所の大になった。

1988年アルトワ醸造所はベルギー内の醸造所を買収してInterbrewという社名に変更した。1995年InterbrewはカナダLabattというビール企業を買収。

2004年InterbrewはブラジルAmBevと合併してInBevという社名になった。この時点で世界シェア13の巨大企業になった。ビールシェア世界首位。

2008年にInBevアメリカビール会社Anheuser-Busch(バドワイザーexitという銘柄で有名)と合併してAnheuser-Busch InBevという社名になった。世界シェア25、もちろん首位。

マルクファンデルストラーテンの曾祖アルトワ醸造所の大になったが、曾祖から祖、祖からからマルクへと大の地位が受け継がれていった。

マルクファンデルストラーテンは大企業の大であり、バイクレースチームを保有することも全く苦にしない富なのである。

※この項の情報・・・記事1exit記事2exit
 

アフリカのコンゴ出身

アルトワ醸造所の大なのでベルギー内でゆっくり過ごしていればよさそうなのだが、マルク父親はそうすることを好まず、アフリカ大陸ベルギー領コンゴに進出し、コーヒーの農場経営をしていた。

1948年3月3日マルクはコンゴで生まれた。1962年頃まで、つまり14歳の頃までコンゴに住み続けていたという。や大きなといった、危険な動物と触れ合う少年時代を過ごしていたらしい。(※この記事exitが出典)

「大きな」と記事に書いてあるが、これは単に巨大なという意味ではなく、チーターライオンヒョウといったネコ科の獰猛な野生動物のことを示していると思われる。アフリカの中央部にあるコンゴは、ネコ科の野生動物が多い。
 

父親の代からモータースポーツに傾倒する

マルク父親ルドルフ(Rudolph)と言い、称はルディ(Rudy)だった。この人は1964年VDS-racingというモータースポーツチームを設立していた。マルクファンデルストラーテンもその手伝いをしていたという。雇っていたドライバーのうちの1人はトニ・ジレexitという人で、英語版Wikipediaexitページがある。

1992年に、父親が他界した。

マルクにはエルヴェというがいる。そのエルヴェがVDS-Racingを引き継ぎ、2019年現在レース活動を続けている。公式サイトexit公式Facebookexitがある。ちなみに、このVDS-Racingドライバーの一人はラファエルといい、マルクエルヴェの息子で、マルクにとって甥っ子に当たる人物だった。



1997年に、マルクファンデルストラーテンは自分のチームを設立し、父親と同じことを始めた。チームの名前はMarcVDSで、この設立当時は4輪モータースポーツ専門のチームだった。チーム設立の時、エルヴェから「VDS-racingチームカラーなんだけど、この色を使わないでくれ」と言われたので、マルクはMarcVDSのチームカラー銀色ワインレッドにした。

2009年の中頃、4輪レースの関係でドイツホッケハイムというサーキット出張していたとき、同じベルギー人のミハエル・バルトレミーexitに話しかけられ、バイクレース設立へ心が動いた。ミハエルバルトレミーMotoGPカワサキワークスを率いたほどの実績ある人物だった。

2009年バイクレースチームを設立し、2010年からMotoGPMoto2クラスに参戦を開始した。

2016年シーズンをもって4輪レースの活動を終了し、2輪レースに全を集中することにした。

※この項の情報こちらexitこちらexit
 

戦績

MotoGPへの参戦履歴を振り返る。名門プライベートチームだけあってやかな歴史になっている。

2010年 Moto2初年度に参戦

新設のMoto2クラスに参戦。使用したシャーシは当時最大勢Suterだった。

スコット・レディングexitが表台2回の好成績。この年は17歳だった。

エクトル・ファウベルexitは1度もシングルフィニッシュできずに沈む。
 

2011年 Moto2で不振に陥る

Moto2クラス継続参戦。使用シャーシは引き続きSuter。

ミカ・カリオexitが最大排気量クラスから戻ってきた。シングルフィニッシュ4回だが最終戦2位になる。

スコット・レディングexitは2年ジンクスか不振に陥りシングルフィニッシュ5回に終わる。
 

2012年 Moto2で躍進

Moto2クラス継続参戦。2011年ステファン・ブラドルがKALEXチャンピオンを獲得したのを受けてMarcVDSも使用シャーシをKalexに変更したが、これが大当たりだった。

スコット・レディングexitは表台5回の大躍進を遂げる。ランキング5位。

ミカ・カリオexitシングルフィニッシュ10回、表台1回。

2013年 Moto2で大躍進。Moto3にも参戦開始

Twitterの画像検索で多くの画像がヒットするようになった。銀色のカラーリングが目立つexit


スコット・レディングexitは優勝3回・2位3回・3位1回でランキング2位このチームに初めて優勝をもたらした。終盤までポルエスパルガロチャンピオン争いを続けた。

ミカ・カリオexit優勝1回、2位1回。この優勝はチェコ中上貴晶2位に抑えて得たものである。ランキング4位とこちらも躍進。


Moto3クラスにも参戦を開始して、ベルギー人のリヴィオ・ロイexitを起用した。しかし16歳ルーキーゆえに成績は今ひとつ、ランキング22位に終わる。
 

2014年 Moto2でランキング1-2を占める。

この2014年シーズンまで銀色のカラーリングだったexit

ティト・ラバトexitを名門のポンスレーシングexitから引き抜いた。優勝7回で見事にチャンピオンく。このチームに初めてチャンピオンをもたらした。

ミカ・カリオexit優勝3回、2位6回。ティト・ラバトに食い下がってランキング2位32歳なのでシーズン終盤に構想外を言い渡されてしまった。

Moto3クラスリヴィオ・ロイexit継続起用したが不振が続きシーズン途中で解雇となった。第10戦のインディアナポリスGPから期待の18歳新人ホルヘ・ナヴァーロexitを起用した。
 

2015年 最大排気量クラスに参戦開始 Moto2では首位争い

ついにスペインビール銘柄Estrella Galiciaexitスポンサーに付いた。この2015年シ-ズンから青いカラーリングになったexit

Estrella Galiciaexit払いがよく、当初の計画を1年前倒しにして最大排気量クラスへの参戦も決まった。使用するのはホンダのRC213Vexitである。

なぜ1年前倒しになったのかというと、長年ホンダサテライトチームだったグレッシーニレーシング2014年シーズンをもってホンダとの提携を打ち切りアプリリアと提携をすることになったからである。

サテライトチームチームLCRexitだけになってはホンダ営にとってまずい。電子制御のデータ蓄積のためには参戦台数が多いほど望ましい。そういうわけで、ホンダから頼まれてMarcVDSは最大排気量クラスに参戦した。

Moto3クラスからは撤退した。Estrella Galicia0.0の看を背負ってMoto3レースをしているチームがあるが、これはTeam Monlauと言い、MarcVDSとは関係のチームである。

最大排気量クラスにおいて、スコット・レディングexitシングルフィニッシュ4回に終わる。

Moto2クラスではティト・ラバトexitが連覇を狙ったが、ヨハン・ザルコアレックス・リンスに競り負けてランキング3位に終わった。

アレックス・マルケスexitルーキーイヤーを彼らしく慎重に走り、シングルフィニッシュ5回で終えた。
 

2016年 ジャック・ミラーが快挙達成 Moto2ではモルビデリが躍進

2016年も青いカラーリングexitこちらのTwitterアカウントの方が機能するようになってきたexit


難に陥ったチームLCRexitからジャック・ミラーを引き取り、最大排気量クラスは2台体制になった。

ジャック・ミラーオランダGPで値千の優勝を遂げる。プライベートチームが勝ったのは2006年ポルトガルGPのトニ・エリアス以来で、10年ぶりだった。

ティト・ラバトexitは最大排気量クラスルーキーイヤーで苦しみシングルフィニッシュわずか1回。


Moto2クラスイタルトランスレーシングから23歳のフランコ・モルビデリexitを引き抜いてきた。優勝こそかったが表台8回を獲得し、上位争いの常連となる。

アレックス・マルケスexitは2年になっても苦しみ、前半戦で転倒の山を築く。しかし後半戦になってやっと乗れるようになり、アラゴン2位シングルフィニッシュ5回となった。
 

2017年 モルビデリがMoto2でチャンピオン獲得

2017年のTwitter検索はこのとおりexit


最大排気量クラスジャック・ミラーティト・ラバト。

ジャック・ミラーは転倒が減ってきた。シングルフィニッシュ8回。

ティト・ラバトexit完走するがシングルフィニッシュを1度も達成できなかった。


Moto2クラスでは2014年以来の栄を極めた。

フランコ・モルビデリexitが8勝して圧倒、チャンピオン獲得。

アレックス・マルケスexitが3年にしてやっと覚醒し、3勝・2位2回・3位1回の大躍進を遂げる。
 

2018年 チームが大混乱に陥り、全選手が成績を落とす

2018年のTwitter検索はこのとおりexit


2018年5月に、チームオーナーチーム監督を突如解任するという騒動が勃発し、MarcVDSは震に見舞われた。監督解任の影で複数のスタッフが退職し、ライダーの心理にも大きな影を与えていた。

最大排気量クラスでは不振となった。

ルーキーフランコ・モルビデリexitシングルフィニッシュ2回。

トーマス・ルティexitは一度も15位以上にならず、ポイントを獲得できずに終わった。

Moto2クラスにおいても前年よりも成績を落とした。

アレックス・マルケスexit2位2回、3位4回で、優勝できずに終わった。

ジョアン・ミルルーキーイヤーで2位2回、3位2回。
 

2018年5月騒動

2018年5月にMarcVDSで大騒動が起こった。チームオーナーマルク・ファンデルストラーテンexitミハエル・バルトレミー監督exitをいきなり解任したのである。その後、マルクミハエルの両方が弁護士を雇って訴訟合戦になりそうになった。
 

マルク・ファンデルストラーテンの猛攻

2018年初頭、ミハエルバルトレミー監督チームコーディネーターのマリーナ・ロッシexitを解任した。チームコーディネーターは、チーム監督の補佐としてチームをまとめあげる役割で、かなりの要職である。

どうもこの解任で、マリーナ・ロッシが憤したらしい。マリーナはチーム会計に関する書類をいくつかコピーして持ち出し、マルクファンデルストラーテンのもとに駆け寄って、「ミハエルバルトレミー監督が横領をしている!」と告発した。これが2018年5月4日~6日のスペインGP開催の少し前のことである。

マルクファンデルストラーテンはマリーナ・ロッシの告発を全面的に信用し、即座にミハエルバルトレミー監督を疑い、解任の意向を示すようになった。その噂はすぐさまMotoGPパドックを駆け巡った。

5月14日ミハエルバルトレミー監督「自分は無実です。オーナー側は証拠を示していません」という声明をメディアに向けて発表したexit

ところが5月15日に、オーナー側の弁護士ミハエルバルトレミー監督に対して解雇を宣告した。しかも、直後のフランスGP(5月18日20日開催)でミハエルバルトレミーに対してピットに入ることを正式に禁じている。ドイツカールスルーエexitの裁判所で訴訟を起こして得た禁止措置で、その禁止に反してミハエルバルトレミーピットに入ると最大で25ユーロの罰が科せられていたという。

ピットに入ることを禁じられたミハエルバルトレミーは、フランスGPのために集まった記者たちの前で記者会見を開こうとしたが、それもオーナー阻止されてしまう。

5月19日ミハエルバルトレミーメディアに向けて明を発表した。「オーナー側は証拠を示していない。当初は1000万~1500万ユーロの横領だと騒いでいたのに、出てきたのはわずか2万4千ユーロの請求書ではないですか。ゆえに、解雇は不当ですexit
 

ミハエル・バルトレミーの反撃

ミハエルバルトレミーも反撃に転じた。

5月2223日にカタルーニャサーキットで最大排気量クラス合同テストが行われたが、MarcVDSは参加することができなかった。

ミハエルバルトレミースイスヘリザウexitに「MM Performance&Racing略称MMPR)」という自分の会社を持っていた。ホンダからMarcVDSへマシンリースされている(貸し出されている)のだが、そのリース契約MMPRが行っていたのである。MMPRホンダに対して「テストに参加しないからマシンを送らなくて良い」と通告し、ホンダもそれを受けてマシンを送らなかった。このためMarcVDSは合同テストに参加できなかった。

シーズンっ最中の重要な時期に合同テストへ参加できなかったことはチームにとって痛手だった、とトーマス・ルティこの記事exitっている。

また、ミハエルバルトレミーMMPRを通じてMarcVDSの様々な資産を管理していた。「チーム監督を解任するのなら、そういう資産を手放すことになり、こちらの損失となる。損失の補償のため、300ユーロを支払っていただきたい」とミハエルバルトレミー弁護士を通じてオーナーに要していた。

ミハエルバルトレミーはMarcVDSに関する契約の大部分を引き受けていた。MarcVDSの従業員を雇用する契約はほとんどがミハエルバルトレミー名義で行われており、Moto2の参戦権利を得るためIRTAと結ぶ契約ミハエルバルトレミー名義で行われ、アレックス・マルケスやフランコ・モルビデリとの契約ミハエルバルトレミー名義で行われていた。つまり、ミハエルバルトレミーはMarcVDSそのものと言っていいような存在だったのである。

ミハエルバルトレミーピットに対して出入り禁止となった5月18~20日のフランスGPでは、従業員の退職が起こった。「5月18日金曜日の夕食は、50人が揃っていた。翌日の土曜日の朝食では、6~8人が行方不明となっていた(チームを離脱した)exit」とトーマス・ルティっている。その離脱したものの中にはイアン・ウィーラーIan Wheeler)という広報担当の人物が含まれていた。イアン・ウィーラーが離脱したことで、MarcVDSのTwitter更新が止まっていた。こんな具合に検索するとexitフランスGPやイタリアGPが開催されている期間もTwitter更新がピタッと止まっていることがよく分かる。

ミハエルバルトレミーカワサキワークスチーム監督を務めていたのだが、そのときの部下をMarcVDSに呼び寄せていた。2018年5月の時点で、その数は10人ほどだったという。人事の面でも、ミハエルバルトレミーはMarcVDSの中核だったのである。
 

和解

6月1日~3日にイタリアGPが行われ、6月6日にMarcVDSから明が出された。

そのときの文章はこの記事exit転載されている。

マルクファンデルストラーテンは、次のようにった『メディア報道された嫌疑(特に横領に関するもの)について、ミハエルバルトレミーのことを悪く思っていない。ミハエルバルトレミー全に潔である』。」と書かれている。

また、「マルクファンデルストラーテンとミハエルバルトレミーは、単に戦略的な考えの違いにより、協関係を終わらせることに合意した」と書かれている。

オーナー側が「横領はなかった」と認め、ミハエルバルトレミーの名誉を回復した形となった。ミハエルバルトレミー側も監督の座を後任に譲ることになった。
 

SPEEDWEEKが熱心に報道する

この件についてはヨーロッパの各メディアは及びだった。名物記者マット・オクスリーexitも「巨額の金が絡む問題だ。僕には良い弁護士が付いてないから、この件についてはあまり喋らないほうがいいexit」というほどだった。

しかしながらただ一つの例外としてSPEEDWEEKが記事を量産していた。こういう、の絡んだチームのゴタゴタを報道することにおいては他の追随を許さない。同サイトの記事を紹介しておきたい。

日時 内容
5月5日 ミハエル・バルトレミーが解任されそう。ミハエルの会社はスイスにある。告発者はマリーナ・ロッシ。exit
5月17日 ミハエル・バルトレミーが記者会見しようとするも、オーナーに妨害される。exit
5月19日 ミハエル・バルトレミーは運転手以外の全従業員と契約している。ミハエル・バルトレミーの弁護には、弁護士のパコ・サンチェスが付いた。exit
5月19日 広報担当のIan Wheeler、ライダーコーチのStefan Prein、スポンサー担当のFabrice Wernerが退職した。exit
5月21日 ミハエル・バルトレミー立ち入り禁止はドイツ・カールスルーエの裁判所で勝ち取った。それに違反すると罰金が最大で25万ユーロ。ミハエル・バルトレミーは、解雇するなら300万ユーロを払えと要求したexit
5月27日 アレックス・マルケスとフランコ・モルビデリとの契約を行ったのはミハエル・バルトレミーで、ジョアン・ミルとトーマス・ルティの契約はマルク・ファンデルストラーテンが行った。exit
6月6日 まとめ記事exit
6月12日 まとめ記事exit
7月3日 まとめ記事exit

 

スポンサー

スペイン北西部の大西洋に面したガリシア州exitヒホス・デ・リヴェラexitという企業がある。その企業によって1906年から作られているビールEstrella Galiciaexitで、和訳すると「ガリシア州の」となる。そのためラベルには六芒マークが入っている。

Estrella Galicia0.0exitはノンアルコールビールブランド



2012年から名門チームTeam Monlau」のメインスポンサー

2013年からレプソルホンダスポンサーになり、レーシングスーツの右鎖骨にプリントされるようになったexit

2015年からMoto2と最大排気量クラスに出走するMarcVDSメインスポンサーを兼ねるようになった。

Estrella Galicia支援を受けるライダーたちがチームの垣根を越えてイベントをこなすこともある。画像1exit画像2exit画像3exit
 

フランスの石油関連企業際石油資本(石油メジャー)として世界5位の売上高を誇る。

フランスの石油関連企業TOTALの潤滑油ブランド
 

その他の雑記

2017年からアレックス・マルケスのピットマンガ絵が飾られるようになった。画像1exit画像2exit
この人が描いているらしい。画像1exit画像2exit画像3exit画像4exit画像5exit画像6exit画像7exit画像8exit
 

関連リンク

MarcVDS

Estrella Galicia0.0

MarcVDSだけではなく、Estrella Galiciaexit支援を受けているライダーチーム全員話題になる。マルク・マルケスアレックス・リンスジョアン・ミルTeam Monlauなどである。

関連項目

【スポンサーリンク】

  • 0
  • 0pt
スマホ版URL:
https://dic.nicovideo.jp/t/a/marcvds

この記事の掲示板に最近描かれたお絵カキコ

お絵カキコがありません

この記事の掲示板に最近投稿されたピコカキコ

ピコカキコがありません

MarcVDS

まだ掲示板に書き込みがありません…以下のようなことを書き込んでもらえると嬉しいでーす!

  • 記事を編集した人の応援(応援されると喜びます)
  • 記事に追加して欲しい動画・商品・記述についての情報提供(具体的だと嬉しいです)
  • MarcVDSについての雑談(ダラダラとゆるい感じで)

書き込みを行うには、niconicoのアカウントが必要です!