ユダヤ教(猶太教)とは、ユダヤ人(猶太人)の民族宗教である。
概要
キリスト教やイスラム教の源流となる宗教であるが、信徒数はこの二つに大きく差をつけられている。これは歴史的にユダヤ教がキリスト教のように布教に熱心でなかったことや改宗する際の厳しい条件が理由として挙げられる。
聖典
ユダヤ教の聖典であるタナハ(ミクラー、ヘブライ語聖書)は律法(トーラー)、預言者(ネイービーム)、諸書(カトビーム)から成立しており、トーラーはキリスト教的な呼び方ではモーセ五書とも呼ばれ、有名な創世記や出エジプト記はここに含まれる。トーラーというだけでユダヤ教全体を指すこともある。
タナハはキリスト教・イスラム教のどちらにおいても聖典とみなされている[1]。
キリスト教では旧約聖書と呼ばれるタナハであるが、ユダヤ教徒にとっては旧約聖書という呼び方は適切ではない。キリスト教徒はイエス・キリストが新しい契約を神と結んだのちの聖典としての新約聖書に対し、キリスト以前の神との旧い契約が書かれた聖典としてタナハを旧約聖書と呼ぶが、ユダヤ教では新約聖書は認められないため、旧約という言葉自体が教義に沿わないのである。
成立
紀元前13世紀にモーセがユダヤ人をエジプトから脱出させ(出エジプト)、シナイ山の頂上にて十戒を得たのがある意味ではユダヤ教の始まりといえる。伝統的に、トーラーはモーセが書いたものとされており、ここでユダヤ教は聖典を得て宗教として成立した。
しかし、実際にはトーラーが書かれたのはもっと後の時代であることが判明しており、モーセの実在性すら議論の対象である。したがって、ユダヤ教に明確な創始者は確認できない。また、長い歴史の中でユダヤ教も変化しており、キリストを創始者とするキリスト教、ムハンマドを創始者とするイスラム教、仏陀を創始者とする仏教のように明確な創始者がいないため、いつユダヤ教が成立したかはっきりしたことは言えない。
古代のヤハウェ信仰がイスラエル王国滅亡、バビロン捕囚などを経て、国を持てない自分たちユダヤ人のアイデンティティを保つ目的でやがてユダヤ教として確立したと考えられている。
教義
大まかな教義について述べる。
割礼
男子は生まれて8日目にちんちんの皮を切り取る割礼を受ける。ユダヤ教において割礼はとても重要なもので、外国人に対する侮辱語として「割礼をしていない野蛮人」という意味の語があるほどである。また、割礼をしていないユダヤ教徒は結婚すらできない。
偶像崇拝の禁止
キリスト教やイスラム教では偶像崇拝は禁忌とされているが、これは旧約聖書に由来している。当然、ユダヤ教においても偶像崇拝は絶対の禁忌である。
食事
- 動物は蹄を持った反芻する草食動物のみを食べてよい。また、きちんと血抜きしたものでなければならない。
- 魚介類は鰭と鱗があるもののみ食べてもよい。つまり魚以外の甲殻類や軟体動物を食べるのは禁止されている。
- 肉と乳製品を同時に食べてはならない。
- イナゴ以外の昆虫は不浄なので食べてはならない。
労働
労働は神聖なものとして扱われるが、安息日(土曜日)には一切の労働を行ってはならない、とされている。これは旧約聖書において、神は6日で天地を創造し人間を作り、7日目には休んだとされることからきている。
ユダヤ人
ユダヤ教を信仰する人をユダヤ人と呼ぶ。
しかし、ユダヤ教を信仰する、と一口に言っても、そのためには口伝律法(タルムード)といわれる生活規範に従わなくてはならず、その実行は非ユダヤ人が早々出来るものではない。そのため他宗教からユダヤ教への改宗には高いハードルが存在する。
したがって現代のユダヤ人の大半を占めるのは代々ユダヤ人であり続けた家庭で生まれ育った者達である。ユダヤ法(ハラーハー)によると、ユダヤ人と定義できるのはユダヤ人の母親から生まれた者、および正式な手続きを経て改宗した者とされる。
ただし、現代においてはユダヤ人=ユダヤ教徒とは一概に言えなくなっている面もある。それに伴い、ユダヤ人の定義も使用される場所によって異なる場合があるので注意が必要である。
語源
「ユダヤ」の語源を辿れば、ある個人の人名に遡る。
ユダヤ教の聖典に記される伝承によれば、唯一神と契約したヘブライ人預言者アブラハムの孫であるヤコブ(別名「イスラエル」)には十二人の息子がおり、彼らの子孫はそれぞれの氏族となったとされる。
そのヤコブの十二人の息子たちの一人が四男のユダ、ヘブライ語表記יהודה(イェフダ)であり、彼の名に由来する。ちなみにこのユダはイエス・キリストを裏切った有名なユダ(イスカリオテのユダ)よりもかなりさかのぼる時代の人物であり、当然ながら別人である。
なぜ十二人の息子の一人にすぎないこのユダの名前がユダヤ教やユダヤ人の総称となったかについては、その後の歴史が関係している。
ユダの子孫であるユダ族からは後にダビデやソロモンと言った傑物が出て、イスラエル王国というヘブライ人の国家を栄えさせた。しかし「列王記」によると、ソロモン王の後を継いで王になったユダ族の者たちは神の意に沿わない行いをし始め、さらにはヘブライ人の間での内紛も生じたためにイスラエル王国は南北の二つの王国に分裂してしまった。このうち南の王国は、ユダ族を中心としていたためにユダ王国と呼ばれた。ユダ王国はユダ族・ベンヤミン族・レビ族が支持し、北イスラエル王国は残りの十氏族が支持した。
ここで注意深い人は「あれ?十二人の息子が起源の氏族なのに、ユダ族+ベンヤミン族+レビ族+残りの十氏族じゃ合計十三氏族になっちゃうんじゃないの?」と気が付いたかもしれない。
その話はさておき、その後北イスラエル王国はアッシリアとの戦争に負けて離散してしまった。この時に先に述べた十氏族は行方知れずとなり、「失われた十支族」等とも呼ばれている。
そのため南のユダ王国のみが存続し、その国民を示す言葉「ユダの民」がヘブライ人の総称となっていった。そして現代に至っても、ヘブライ人の宗教は各国語においてそれに由来する呼称で呼ばれている。それが日本では「ユダヤ」なのである。
ちなみに漢字表記「猶太」をユダヤと読むのはやや無理があるように思えるかもしれないが、これは中国語での表記をそのまま流用した当て字と思われる。
迫害
ユダヤ教とユダヤ人について切っても切り離せないのが迫害の歴史である。最も有名なのはナチスドイツが行った大量虐殺(ホロコースト)だが、迫害の歴史自体はイエス・キリストの死後から始まっていた。
世界最大宗教の一つであるキリスト教において、ユダヤ人は邪悪な存在だった。新約聖書マタイによる福音書27:25にはキリストの処刑に関してユダヤ人が「その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい」と主張し、ローマ帝国にキリストの死刑を要求したことが書かれている。
上記のエピソードもあり、キリスト教がヨーロッパに広まるにつれ、ユダヤ人は救世主イエス・キリストを認めない「キリスト教を冒涜する存在」と蔑まれるようになり、反ユダヤ主義が浸透。ユダヤ人はまともな職に就けなくなった。やむなくユダヤ人はキリスト教徒が嫌っていた金融業に進出するが、ユダヤ人の中に成功者や富豪が出てくると更に迫害が酷くなった。このようにヨーロッパを中心に反ユダヤ主義が根強く残っていて、ホロコーストは氷山の一角に過ぎなかった。
第二次世界大戦中、計画的かつ大規模に迫害を行ったのはドイツであるが、他にも枢軸国ではクロアチア独立国、ルーマニア、セルビア救国政府、ハンガリー(矢十字党)が、中立国ではヴィシーフランスが積極的に迫害及び虐殺を行っている。クロアチア独立国ではあのドイツがドン引きして自制を求めたほど苛烈な虐殺が行われ、その様相は「バルカンのアウシュヴィッツ」と表現された。射殺したユダヤ人を川に投げ捨てて射撃訓練の的にしていたと伝わる他、犠牲者は100万とも測定不能とも言われる(ユダヤ人以外にもセルビア人や反政府勢力も虐殺していたため正確な数は不明)。ハンガリーでも10万~15万のユダヤ人が殺害され、アウシュヴィッツ強制収容所の処理能力が追い付かなくなるほどユダヤ人が送られた。カトリック教もまたユダヤ人絶滅のため聖職者を政権に派遣したり、虐殺を肯定する声明を発表するなど後押ししていた。アメリカ軍も正義の味方路線に転換するまでは収容所ごと爆撃していたという。ユダヤ人には富豪が多く、世界を裏から操っていると邪推されやすい背景もあってキリスト教を信仰するヨーロッパ人から忌み嫌われていた訳である。
ただ全ての枢軸国がユダヤ人を迫害していた訳ではなく、ユダヤ人がファシスト党の熱烈な支持者になったため排除したくても出来ないイタリアやその属国アルバニア、「枢軸国ではない」と主張するフィンランドはドイツからの引き渡し要請を蹴り、保護していた。そのため欧州では主にアルバニアが避難先となっていたようでユダヤ人の人口が戦前より増加している。
一方、キリスト教がそれほど浸透していない日本や極東方面は、ユダヤ人への偏見は非常に少なかった。そもそも明治時代以前は西洋世界との交流が少なく、ユダヤ人との交流もそれに比例して少なかったため、西洋のようにユダヤ人がすぐそばにいる存在とはならなかったのも大きな原因と言えるだろう。
日本では、大正時代以降に反ユダヤ思想の聖典ともいえる偽書「シオン賢者の議定書」の翻訳なども行われたがさほど広まらず、むしろ日露戦争でユダヤ人資本家シフが戦時国債を買ってくれた事もあり、亡命を許可したり、上海や満州にいるユダヤ人に厚遇を約束するなど友好的な姿勢すら見せていた。第二次世界大戦中、ヨーロッパを追われたユダヤ人は日本を経由して中国やアメリカへ逃走するルートを選び、脱出に成功したユダヤ人は迫害や虐殺から逃れられた。およそ2万4000人が日本を経由して第三国へ脱出、一部は日本や満州に定住した。リトアニアの日本領事館にいた杉原千畝外交官が発行したビザにより数千人が助かったのは有名な話で、1985年にイスラエル政府から「諸国民の中の正義の人」という勲章が贈られている。
創作の中のユダヤ教・ユダヤ人
舞台が過去の物語であれば、歴史上の役割や偏見を重ねられて登場する。例えば、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』ではユダヤ人の高利貸シャイロックが悪役として登場する。キリストの受難を描いた作品メル・ギブソン監督の映画『パッション』では当然キリストを迫害するのはユダヤ人である。
旧約聖書のエピソードはキリスト教とも重なるため、そこに登場するユダヤ教の人物やアイテムをモチーフとした作品は多い。映画『インディ・ジョーンズ』シリーズでは『レイダース/失われたアーク』で旧約聖書に登場する伝説のアイテム「聖櫃」を物語のキーアイテムに据えている。
第二次世界大戦とホロコーストを描いた作品においてはナチスドイツの最大の被害者として描かれることが多い。第二次世界大戦後を舞台にしても、イスラエルの情報機関が活躍する作品が存在している。
現代を舞台にした創作において、アメリカ・ヨーロッパの作品では、ユダヤ人は少数派ではあるが日常の中に普通に居る存在である。ドラマの中に多数登場するキャラクターの内の一人がユダヤ人である、というパターンが普通で、あえてユダヤ人を物語の中心に据えたりはしない。例えば、90年代のアメリカの大ヒットドラマ『フレンズ』ではロス・ゲラーとモニカ・ゲラーの兄妹はユダヤ教徒なのであるが、その要素は通常回ではほとんど触れられず、明確にユダヤ教徒と示されるのはハヌカーの祭りに触れるときくらいである。[2]
上記の迫害の歴史の事もあり、下手に触れると差別問題などに発展するのが理由の一つかもしれない。『ヴェニスの商人』でさえ、20世紀に入ってからユダヤ人の扱いが問題視され、アメリカでは作品の取り扱いについて訴訟が起こされている。
日本の作品において
日本の歴史を描いた作品でユダヤ人が登場しないのは、日本とユダヤの歴史上の関係があまりに薄いためである。上記の杉浦千畝のエピソードは何度も映像化されているが、逆に言えばそれ以上の日本とユダヤ人のエピソードがないことの証左でもある。
現代劇において登場するにしても、まずはほぼモンゴロイドで構成されている日本において、ユダヤ人と言う外国人枠は他の国と競合する。それでいて、ヤンキーなアメリカ人や紅茶好きなイギリス人のような、わかりやすいステレオタイプな属性をユダヤ人に取り付けるのはかなり難しい。下手にステレオタイプな造形をつけても、今度は差別問題につながりかねない。
その一方、ユダヤ教の要素はキリスト教の要素と重ねられて外連味を出すためのガジェットとして使われることはある。『新世紀エヴァンゲリオン』では多分にユダヤ教のエッセンスが取り入れられ、大ヒットした。『女神転生』シリーズではユダヤ教・キリスト教からの多数の天使・悪魔が登場している。
ユダヤ人と直接言及されてはいないが、差別・迫害される民族を描くにあたって明らかにユダヤ人をモデルにしたであろう描写がされることがある。歴史上で実際にあった出来事を創作に落とし込めばリアリティを得られるからだろう。分かりやすいのが『進撃の巨人』のエルディア人であり、隔離された居住区や腕章の着用義務など史実のユダヤ人に行われた隔離政策が劇中でも行われている。この腕章についてはファングッズとして販売が予定されていたが、「ユダヤ人差別を想起させる」という批判が多く集まったため販売が中止されたというエピソードまでついている。
日本の創作でのユダヤ人キャラクター
- 平アンナ - 「小説家になろう」に投稿されている小説『トリプル「J」アイドル』の登場人物。
- ベニー(BLACK LAGOON) - 漫画『BLACK LAGOON』の登場キャラクター。ユダヤ系アメリカ人。
関連動画
関連項目
脚注
親記事
子記事
- なし
兄弟記事
- 14
- 0pt