概要
2000年、自衛隊レーダー基地での盗聴事件を描いた『UNKNOWN』で第14回メフィスト賞を受賞し作家デビューする。地味ながら手堅い作風で、同時期にデビューした殊能将之とともに、イロモノ扱いされていたメフィスト賞のミステリ界隈での評価を持ち直させた。
しかし本人は第3作の『未完成』を最後に講談社およびミステリからは離れ、第4作『ルール』(集英社)から戦争小説に転身。第7作の『七月七日』で、純粋なメフィスト賞受賞作家としては初の直木賞候補に。以後、『遮断』『敵影』と三度候補に選ばれるが、受賞には至っていない。2010年、第3回(池田晶子記念)わたくし、つまり Nobody賞というなんだかよくわからない賞を受賞。
2017年には久々にミステリー色を強めた戦争小説『いくさの底』を刊行、毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞を受賞。「このミステリーがすごい!」5位、「ミステリが読みたい!」2位など年末のミステリランキングでも高評価を得、本格ミステリ大賞の候補にもなった(受賞した『屍人荘の殺人』と2票差の2位)。
作風にはデビュー当時から派手さはどこにも無い。彼の作品は戦記小説でも歴史小説でもなく戦争小説である。著名な人物はいっさい登場せず、無名の一兵卒(『ルール』)、小学生(『接近』)、勤労動員の中学生(『分岐点』)、日系のアメリカ語学兵(『七月七日』)、逃亡兵(『遮断』)、捕虜(『敵影』)、看護婦(『メフェナーボウンのつどう道』)、新聞記者(『ニンジアンエ』)など、戦争という過酷な環境に置かれた名も無き人々の姿、戦争の中での彼らの心理を淡々と、しかし真摯に描く。派手な戦闘描写があるわけでもなく、ことさらに戦争の悲惨さを強調するわけでもなく、あるいは戦争を現在の日本と接続して感動させたり演説したりといった手法も使わない。作中では様々な問いかけが描かれるが、多くの問いに対する答えは読者に委ねられる。そのため地味である。ものすごく地味である。
以前は自身でサイトを持ち日記を書いていたりしたが、戦争小説に転向した頃からあまり表に出なくなり、作品に添えられる著者略歴も非常にそっけないものになっている。商業的にはどう考えても売れているはずがないが、幸い仕事が無くなるということはまだ無いようで、淡々と年1作弱のペースで作品を発表し続けている。
売れないのは作者本人の意向もあるようで、『遮断』の発表時には終戦60周年にあてこんだ作品だと思われるのを嫌がってわざわざ刊行を延ばしたという逸話がある。せめて文壇で評価されればと思っても、年配の選考委員からは「戦争を知らない世代の作品にはリアリティが無い」と言われ、戦後生まれの選考委員からは「そもそも戦争小説は面白くない」とか無体なことを言われたり、大岡昇平と比べてどうこう言われるという不遇をかこつ。おまけにデビュー当時を知るミステリファンからはミステリを書かなくなってしまったことを残念がられ戦争小説はほぼスルーされている。商業作家としてはただひたすらに茨の道を突き進んでいると言わざるを得ないが、何が彼をここまで戦争小説へ突き動かすのか。
『いくさの底』がようやく各方面で高い評価を得たため、2017年以降はインタビューやエッセイ、書評などで素顔を見せる機会が以前より増えている。2019年には西日本新聞で「ビルマ戦記を追う」という戦記50冊紹介エッセイを連載したりした。
とりあえずこの記事を見ている貴方、とりあえず『アンノウン』『フラグメント』『ルール』『七月七日』『中尉』『いくさの底』あたりを読んでみませんか?
なお、講談社時代の3作品はいずれも他社で改題の上で文庫化されているため、ノベルス版の読者は注意されたい。何か講談社と揉めたのかもしれないが真相は定かではない。また、作品はミステリー時代の朝香二尉&野上三曹シリーズである『アンノウン(UNKNOWN)』『アンフィニッシュト(未完成)』の2作以外は全て独立しており、どこから読んでも問題ない。
ちなみに戦争ものの舞台はそれぞれ、『ルール』はフィリピン・ルソン島、『分岐点』は内地、『接近』『遮断』『敵影』は沖縄、『七月七日』はサイパン、『線』はニューギニア、『メフェナーボウンのつどう道』『ニンジアンエ』『中尉』『いくさの底』『生き残り』『ビルマに見た夢』はビルマ。『ふたつの枷』はそれぞれ舞台が異なる短編集、『死んでも負けない』はビルマ帰還兵の祖父に振り回される孫を描く現代もの。
で、『遮断』『敵影』の文庫化まだですか新潮社さん。直木賞候補作を文庫化しないとか言いませんよね?
作品
- UNKNOWN (2000年、講談社ノベルス)
→ アンノウン (2006年、文春文庫[改題]) - 少年たちの密室 (2000年、講談社ノベルス)
→ フラグメント (2005年、新潮文庫[改題]) - 未完成 (2001年、講談社ノベルス)
→ アンフィニッシュト (2008年、文春文庫[改題]) - ルール (2002年、集英社→2005年、集英社文庫)
- 分岐点 (2003年、双葉社→2007年、双葉文庫)
- 接近 (2003年、新潮社→2006年、新潮文庫)
- 七月七日 (2004年、集英社→2008年、集英社文庫)
- 遮断 (2005年、新潮社)
- 敵影 (2007年、新潮社)
- メフェナーボウンのつどう道 (2008年、文藝春秋)
- 線 (2009年、角川書店→2012年、角川文庫)
- ふたつの枷 (2010年、集英社)
- ニンジアンエ (2011年、集英社)
- 死んでも負けない (2012年、双葉社→2015年、双葉文庫)
- 中尉 (2014年、KADOKAWA→2017年、角川文庫)
- いくさの底 (2017年、KADOKAWA→2020年、角川文庫)
- 生き残り (2018年、KADOKAWA)
- ビルマに見た夢 (2020年、双葉社→2023年、双葉文庫)
- 敵前の森で (2023年、双葉社)
関連項目
親記事
子記事
- なし
兄弟記事
- 相沢沙呼
- 青崎有吾
- 青山文平
- 赤川次郎
- アガサ・クリスティ
- 芥川龍之介
- 浅暮三文
- 芦沢央
- 芦辺拓
- 飛鳥部勝則
- 綾辻行人
- 鮎川哲也
- 有川浩
- 有栖川有栖
- 泡坂妻夫
- アーサー・C・クラーク
- 池井戸潤
- 伊坂幸太郎
- 石川博品
- 石田衣良
- 石持浅海
- 伊藤計劃
- 稲見一良
- 乾くるみ
- 井上真偽
- 井上夢人
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- 今村昌弘
- 岩井志麻子
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- 円城塔
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- 大山誠一郎
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- 紙城境介
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- 神坂一
- 神林長平
- 貴志祐介
- 北方謙三
- 北村薫
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- 小林泰三
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- 呉勝浩
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- 笹本祐一
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- 佐藤究
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- 時雨沢恵一
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- 島本理生
- 斜線堂有紀
- 朱川湊人
- 殊能将之
- 白井智之
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