キリスト教 単語

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キリストキョウ

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キリスト教とは、中東に起を発する宗教の一つである。

概要

紀元1世紀のパレスチナで、ユダヤ人男性イエスが、それまでのユダヤ教に対する改革を含んだ宗教活動を行った。多くの子達などの賛同者も得られたものの、彼に批判・攻撃された者達との対立は深まっていき、ついには捕縛され処刑された。

しかしその後、子たちはイエスは死後に復活したとして、宗教活動を継続した。子達は彼の言葉・行動・死後復活について宣伝し布教するため、文書にまとめた。これが後にまとめられ、新約聖書となる。

その教義はそれまでのユダヤ教ベースとしたものであり、ユダヤ教典も「旧約聖書」として引き続き典としていた。しかし、旧約聖書法よりもむしろ、イエスの言葉や行動を重視するようになった。またなにより、イエスが「メシア」、すなわちユダヤ教における救済者であると言うを軸としていた。これは既にユダヤ教とは別の一つの宗教となっていた。

その後、この新しい宗教「キリスト教」は初期には迫を経験しながらもどんどんと信徒を増やした。その理由としては、ユダヤ民族民族宗教としての性格が強いユダヤ教と違って期からユダヤ人以外の異邦人にも積極的に布教したことや、割礼食事などのユダヤ教にあった厳しい法を止したこと、時の権力に結びついたことなどが理由として挙げられる。現在では世界宗教のひとつとなっており、世界で最大の信徒数を得ているとされる。

以上の内容はこのページの「歴史」の項に詳記されているため、そちらも参照のこと。

「キリスト教」の「キリスト」とは、ユダヤ教の教義における救済者「メシア」をギリシャ語に訳した言葉である。このように、ユダヤ教から生した宗教であることが名称からもわかる。ルーツとなったユダヤ教や、同じくユダヤ教からの宗教であるイスラム教とあわせて「アブラハムの宗教」とまとめられることもある。 

補足:定義の困難さ

キリスト教は常に変容を続けているため、正確に、そしてもが納得する形で定義することは難しい。あえてキリスト教というものを定義しようとするならば、「『イエスメシアである』と信仰する宗教」という定義も可である。しかしこ定義からも何かがれ落ちていると思われる。また、この定義ではメシアニック・ジューとして「自らをユダヤ教徒と自認しながら、イエスメシアだと言うことも認める」という立場の者もキリスト教に含むことになる。

また、この定義をした場合「イエスとは如何なる存在であるか?」という問題が生まれる。神の子か、あるいは神か。それとも神の人か、それとも世界を騙した大嘘つきか、あるいは、ただの一人の人間か。この問題に対しても万人が納得する形で正確に説明する事は出来ないであろう。ある人にとっては神であり、ある人にとっては神の子。ある人にとっては偽善者、ある人にとっては神の人、ある人にとっては大嘘つきである。

このように、学問としての中立性を重視した場合、キリスト教とは「非常にあやふやなもの」であるといえる。正に、「私タチハ今ハニ映ッタモノヲ見テイル(新約聖書、コリントの信徒への手紙1、13章12節)」という表現がしっくりとくる。

逆に言えば、キリスト教がこれだけの信徒数を得られたのも、このあやふやさから得られたものであるという解釈もできよう。

たとえばクリスマスバレンタインなどの数々の祭りは、実際のところキリスト教を布教しているうちに、土着的な信仰や異教の習を取り入れ、かつそれに根拠を与えた(異教の祭りを、キリスト教でそれが殉教した日にするなど)ことによって始まっている。

初期キリスト教がヘレニズム文化を受けていたり、ユダヤ教習を引き継いでいたりするなど、実際のところどこからどこまでがキリスト教かという明確な線引きは不可能だ。民衆の中から自然発生的に誕生したマリアアンナへの信仰、あるいはヨセフなどのキャラクターも、キリスト教の発展とともに付けされていった存在である。教会はそれを是認し、そしてキリスト教に包含することによってさらに布教を進めていったという経緯もある。そしてやはり、その土着の宗教を是認する潮に対立する神学者が現れ、党抗争を繰り返してきたのもまたキリスト教だ。

よって、少数のニコニコ大百科記事編集者では、到底体系的説明をする事は困難である。他の多くの編集者によるこのページの今後の発展が待たれる。

思想・教義

キリスト教とユダヤ教

キリスト教は言うまでもなくユダヤ教から生した宗教であり、ユダヤ教典も「旧約聖書」として取り込んでいるため、思想・教義の基本部分はユダヤ教と共通している。すなわち、自らの宗教で崇める神が一の神であるという「唯一神」思想や、その神が世界の万物を創造したとする創造神話人間は神に似せて創られた特別な被造物であるという人間観、神の使いである「天使」、などである。

エデンの園から追放される最初の人間アダムイブ」、「アベルを殺してしまうカイン」、「世界を覆う大洪水ノアの方舟」、「まで届かんとするバベルの塔」、「の火で滅ぼされる罪の都ソドムゴモラ」などの有名な神話エピソードユダヤ教から受け継いで旧約聖書に記載されている。

キリスト教は旧約聖書の預言が実現されていくという説明を採っており、マリア処女懐胎、イエスキリストの受難、復活など、マタイによる福音書などにもその記述が認められる。すなわち、ユダヤ教における聖書である旧約聖書の預言が、新たにイエス・キリストにより実現されたという点で、キリスト教はユダヤ教からの生であると言うことができるのだ。

一方で、ユダヤ教に見られない習も多々存在し、たとえばマリア処女懐胎は、ユダヤ教には存在しない処女崇拝という概念を含んでいる。ギリシア文化を多分に受け、意図的にせよそうでないにせよ、多数の「本来ユダヤ教には存在しない」教義を含んでいるという意味で、キリスト教とユダヤ教は決定的に異なっている。

ここで興味深いのは、初期キリスト教において、すでにユダヤ教から明逸脱しようとした跡も認められるところだ。いくらユダヤ教から生した宗教とはいえ、じわじわと生していたのではなく、明らかに「新しい宗」を作ろうとした跡が見て取れるのだ。

たとえばユダヤ教においては、動物を犠牲にげる際に、血とをともに食するのは「レビ記」の法によって禁止されている。しかし、イエス・キリストは彼の最後の晩餐パンワイン——すなわち、血とをともに食しているイエス・キリストの処刑を、神にイエスを犠牲にげる儀式だと解釈するならば、これは明ユダヤ教法に対する反逆である。しかも、キリストが処刑されたのは、「ペサハ」と呼ばれるモーセエジプト脱出を記念した祭りの一環であり、その祝いの食事が「セデル」なのである。つまり、ユダヤ教の祝いを、法に反逆して行ったのだ。

さらに、キリストの処刑については、ペルシアの役人「ハマン」がユダヤ人全滅させようとして失敗、処刑されたことを祝うユダヤ教祭りプリム」が関わっているのではないかという説もある。つまり、「ハマン」がユダヤ人全滅させようとして処刑されたように、「キリスト」もユダヤ人全滅を企てた疑いで処刑された、あるいはそれに対応させるように見せつけたのではないかという説だ。

旧約聖書エステル記」によれば、役人「ハマン」は、ユダヤ人「モルデカイ」が「ハマン」に対する敬礼を拒否して激怒し、ペルシア王にユダヤ人を皆殺しにするよう進言する。「モルデカイ」の養女「エステル」はその企てを排し、「モルデカイ」を処刑するはずだった十字架は、「ハマン」を処刑するために使われてしまう。この対応は、処刑された「キリスト」と、代わりに釈放された「バラバ」に似ている。(処刑)キリスト、(釈放)バラバ=(処刑)ハマン、(釈放)モルデカイという対応だ。

が、この説には一カ所弱点があり、「ハマン」が処刑されたことを記念する祭りプリム」は、キリストが処刑された「ペサハ」の祭りから1ヶずれが生じている。つまり、ハマンの処刑と、キリストの処刑はこの場合対応づけることができない。これに反論して、元々は「ペサハ」と「プリム」は同じ(ニサン)に行われていたのではないか、祭りが重なるために「プリム」のを移動させたのではないか、という説もある。

これに気づいたのか、あるいは気づいていないのかはわからないが、ミケランジェロシスティーナ礼拝堂におけるフレスコ画において、ハマンの処刑とキリストの受難具を上下のセットで描いている。

ともかく、キリスト教とユダヤ教は、相互に密接に関わっているのは間違いない。互いに共通の書物をベースとしているがゆえに、二千年の長きにわたる憎を含んだ姿勢がうかがい知れる。

キリスト教の思想

キリスト教にはいくつか有名な思想がある。

例えば「」はキリスト教において重要な点である。見返りをめず、対も自分の家族仲間に限らずに、隣人や時には敵のためにさえ祈る償のが「アガペー」である。

三位一体」も多くの教で中心的教義として重視する。三位とは万物のである神の子メシアであるイエスの三つのことで、これら三つが「別々の位として現れつつも本質的には同一の存在である」と言う思想が三位一体である。中には三位一体を否定する思想を持つ教もあるが、カトリックなどの多数は「三位一体を認めない者は中心的教義を否定しているため異端である」とみなす。
ちなみに霊とは神の恩寵を人間に伝える働きを持つ存在である。イエス子は「マリアイエス妊娠したのも霊の働きである」「自分が書いているこの新約聖書の内容も霊の働きによるものである」という意味の言葉を新約聖書に記載している。人間の口を通して異言という特殊な言葉を発させることもあるとされ、例えばキリスト教プロテスタントの有力な一であるペンコスは、集会において信者に現れる異言を霊の現われとして重視している。

原罪」という思想もある。これは、旧約聖書に記された「アダムイブが神のいいつけに逆らったために楽園を追放された」という記述から、「先祖であるアダムイブの罪を人類全体が引き継いでいる」という考え方である。ここまでは旧約聖書典とするユダヤ教でも共有しうる思想だが、キリスト教ではさらに「原罪神の子であるイエス・キリストが購ってくれる」と考える。そのため、キリスト教では特に重要視されている。
「人類はでも生まれつき罪人である。その罪は、イエス・キリストを通してのみ解決され、救われる」というこの原罪の思想は、「キリスト教以外の他の宗教を信じている者は救われない」との考えにもつながりうる。よって、他人を救うために熱心にキリスト教を布教するクリスチャンもいる。

その他「教会の重視」「十字架の重視」などがある。

未来に関する予言的内容の教義としては、「最後の審判」がある。これは新約聖書のうち「ヨハネの黙示録」に記載された内容である。「数字(666)」「四騎士」等はオカルトファンタジーなどを通してクリスチャン以外の間でも有名である。

補足:「キリスト教の本質」

キリスト教の思想の子、すなわちキリスト教の本質とは何か、ということを考察したものも数多く居る。

直球でそのまま『キリスト教の本質』という題名の書物を著したフォイエルバッハというおっさんも居た。その書物の結論は一言で言えば『キリスト教や神は人間の心理の投影である』といったところ。この著書のために哲学者として著名になり現在教科書に載るほどの人物ではあるが、当然キリスト教のお偉いさんからは総スカンをくらった。この書物についての詳細は「キリスト教の本質」の記事を参照されたい。

他にもトルストイやハルナックという割と有名なおっさん日本でのタイトルが『キリスト教の本質』という本を書いているようだ。幾人かの日本人も「キリスト教の本質」というフレーズタイトルに入った本を書いている。本質だらけでどれが本当の本質なのか分からんね。

ちなみに、このページを作成した最初の編集者は、キリスト教の本質を「自己肯定」と捉えている。自己肯定とは、すなわち「はここにいていいんだ!」ということ。つまり、どんなに変態童貞カス両生類クソかき集めた物の価値以下の人間であれ、イエスはありのままの君を愛しており、キリストされていたことを知ることで、「はここにいていいんだ!」と自らを肯定することがキリスト教の本質である、とこの編集者は結論しているようだ。

歴史

以下の記載はカトリック歴史の一部だが、膨大なるその歴史の一部に過ぎない。また、あくまでこの記事の編集者の解釈に過ぎない。もしも、更なる知識を得たいと思う方がいれば、自ら調べる事をお勧めする。その場合はその方法をネットに限定することなく、ありとあらゆる書物にめる事をお勧めしておきたい。

さらに言えば、カトリック歴史の説明にはなっているが、一般にキリスト教として思い浮かべられる中に入るであろうその他の宗(例えばプロテスタント)についてはほぼ記載されていない。これらについても他の編集者による追記が待たれる。

イエスの生誕~処刑、そして復活

イエスは紀元前43年頃、「中東地域においてが放牧される季節」に生まれた。生物学上でのはヨセフ、マリアである。ヨセフとマリア結婚する前であったから、ユダヤ教の仕来りに従い、婚姻まで「ニャンニャンしない」はずであった。しかし、マリアは懐妊した。どう考えても、「ニャンニャンした」はずなのだが、新約聖書においては、マリア霊によって懐妊した、とされる。これを処女懐妊という。ちなみにヨセフはマリア妊娠を知った後は、マリアと離縁するつもりだったという。普通どう考えてもNTRだしさぞショックを受けたのだろう。しかし天使から「大丈夫処女懐妊だよ」とでお告げを受けたので離縁しなかった。これを受胎告知という。

その後30歳ぐらいまでのイエス大工として働いていた、と考えられる。だがおそらく30歳程度の時期にヨハネより洗礼を受けると、その活動を本格化させる。

彼が行った事は、いわば「セクト」を作り出す行為であった。厳格に取り決められたによってガチガチになったユダヤ教に対して彼は、改革運動を起こしたのである。その対は虐げられたものたちであった。次第に彼の周りには子達が集まっていったが、彼の動きを危険視する人々も居た。保守人間である。彼らはイエスが神を冒涜したとして訴えを起こし、結果、彼は捕縛され、磔の刑に処されて死亡した。このとき子である南斗拳「妖ユダの裏切りが捕縛の決め手となったと伝えられる。

神は言っている ここで死ぬ運命(さだめ)ではないと――

磔になる前に彼は子達に「私は3日後に復活する」と述べていた。どう考えても死者が数日後に生き返るはずはないのだが、新約聖書においては、イエスはその生前の言葉通り、磔の3日後に復活したとされる。なお、彼の復活後最初の一言は「おはよう」で、相手はイエスに従った子達ではなく、取り巻きの女性達であった。意外に女好きなのかもしれない。

ちなみに、新約聖書には元々は「磔の3日後、安置されていた場所からイエス死体が消えていた」と言うところまでしか書かれておらず、復活したあとに姿を現して女や子達に話しかけた、という場面は後から追加されたという学説もある。さらに、ここで登場する女性についての記述は、新約聖書、つまり典の中でももっとも重きを置かれている四福音書(マルコ、マタイルカヨハネ)でさえズレが生じている。マタイによる福音書では、女性たちは大喜びで子たちに伝えに行ったが、ルカによる福音書によれば、女性たちが復活を見たと言っても、子たちはも信用しなかったと書いている。このズレは、初期キリスト教において、女性をどのように扱うか——すなわち、イエス復活をそので見た「使徒」あるいはそれに準ずる存在と認めるか、あるいはあくまでも復活を確認したのは男性子であり、女性たちは関係ないとするか——についての物語っている。

さて、そうこうしてイエス復活したわけであるが、彼の復活とは彼の子達にとってイエスこそメシア、すなわち、キリストであるという明になるとした。子達はイエスから復活前に言われたように、彼の教えを全世界に伝えるためにローマ帝国中、そして全世界に向かって発信し始めたのである。

この時点でのキリスト教は、所謂カルトである。カルトとは端的に言えば、正統(この場合ユダヤ教)に対して批判を行い、その創始者個人に対しての信仰を行う集団である。

詳しい事は新約聖書福音書、使徒行伝を読む事をお勧めする。また、ユダの裏切りからキリスト復活までは映画パッションがいい材料になる。

初代教会

初代教会として一般に認識されるのは、ペテロアンティオキアにて教座に着いた時に始まり、アウグスティヌスら諸々の教たちによって教会の『有り方』が定義されるまで、言ってよいであろう。

彼らが布教ターゲットとしたのはローマ帝国内での所謂下層民であった。下層民に対して「貧しいもののために、罪人のために、病人のために神は存在する。そして神はあなた方を救ってくださる」と言って伝した。当初は弾圧されたものの教えは着々と広まり、終には392年、ローマ帝国教としての地位を得る事になる。この時点でキリスト教は最カルトではなくなっていた。万人に対しての万人の宗教である。

特に摘されるべきは、異邦人に対する布教も積極的に行ったところだろう。使徒言行録10:28「ユダヤ人外国人と交際したり、外国人を訪問したりすることは、法で禁じられています」のように、ユダヤ教ユダヤ人以外との接触を極めて厳しく制限していたにもかかわらず、「神は異邦人をも悔い改めさせ、命を与えてくださったのだ」(使徒言行録11:18)と、キリスト教は多くの異邦人に門戸を開いた。

さて、そういう歴史を経て初代教会は成立した、のだが。実際のところ、教会というモノが果たしてどういったものであるかということを説明する事もまた難しい。端的な言葉を用いれば、「教会とは客観義的組織である」というものにあるが理解し難い表現である。この客観的教会論については該当項目を参照のこと。

中世教会

かくして時代は中世に移る。中世という時代について、しばしば「暗の時代」とされる事があるが、中世こそ、キリスト教を理解するうえで、そして近代と現代を理解するうえで最も重要な時代であるという意見もある。

とはいえ、実際のところ中世初期は非常に、混乱の時代である。帝国が崩壊し、争いと民族移動が起こった。この混乱の中で教会は生き残る戦略められる事となる。方法は簡単で、392年と同じ。世俗権力と結びつくのである。800年のクリスマスシャルル=マーニュをローマに呼び寄せ、教皇は彼にローマ帝国皇帝の地位を授ける。このことによってキリスト教会は世俗権力との交わりを生み出したのである。

そうして生き残ったキリスト教は、着々とその信徒を増やし、世俗との結びつきも作り出した。フランク王国が倒れると、今度はオットーと結びついて神聖ローマ帝国を作り出すことによって生き残りを図った。ところがギッチョン、時代が経るにつれて、かつて教皇権のほうが優位であった構造は神聖ローマ皇帝の優位になりつつあった。そこで始まったのがグレゴリウス改革である。(グレゴリウス改革についてはこの記事の最初の作成者が後々別記事を作ろうと思っているとのこと)。

グレゴリウス改革はカノッサの屈辱など、どうでもいい逸話的事件を経て成功し、教皇権の全盛期を迎える。教皇権は最何人にも犯されざる神域へと達し、教会はその教皇を頂点とするヒエラルキーによって組織化された存在となった。

だが個々で大きな問題、教会組織そのものが生み出したといってよい欠陥が、対に爆発的な運動へと発展するのである。このことは、「客観的教会論」の項を参照。

かくしてインノケンティウス3世の時代に全盛期を迎えた教会であったが、実際のところ問題山積み、崩壊の危機ヤバイヤバイ、そんな状況であった。

やがて中世近代へと移り変わる。近代へと移り変わる過程で、ルネサンス宗教改革が起こるが、近代に入るのは17世紀、科学革命からであろう。

 

プロテスタントについてちょこっと

宗教改革以前

ルター以前から聖書翻訳したり、教会の改革を訴えるものはいた(例:12世紀のワルドーヴァルド)、14世紀のフスとフス、ウィクリフとロラードなど)

これらの運動は当時は当然「異端」と断じられて弾圧されたが、現在では「初期プロテスタント」として評価されることもある。
実際にワルドー現在ではイタリアなどでプロテスタント教会合同を行っており、プロテスタントとみなされているほか、「人民の人民による政治(the government of the people, by the people, and for the people)」をリンカーンより先に提唱したウィクリフの考えや聖書翻訳は以外に大きい。

宗教改革以後

宗教改革

ルターから始まった宗教改革プロテスタント諸教(注:プロテスタントはひとつの宗ではない)の分離をもたらしたが、同時にカトリック内部での対抗宗教改革も進んだ。詳しく書くといろいろあるが、プロテスタント喧嘩別れしたてのころは、「カトリックカトリックらしく!」として典礼が整備されたりした。ザビエルで有名なイエズス会などの広範囲な活動もこの時期である。(いまではカトリックプロテスタント諸教の一致運動もある)

 プロテスタントの方では、ルターがなんと修院から脱走したシスターカタリナさんと電撃結婚したために、職者が結婚できるという前例を作った。(注:当時の法律では修院からの脱走は協力者もろとも死罪だった)。また、聖書を重視した結果、「信者はみんな<なるものたち>って聖書に書いてあるじゃん!」と万人祭という概念を打ち出した。それにより、世俗の職業も「職」として尊いものとされた。そのため、プロテスタント職者は<祭をる>特別な「祭(神父))」ではなく、あくまでその信徒の<群れを導く牧者・飼い>、つまり「牧師」と呼ばれるようになった。(厳密な用語では「牧師」は「職者」ではなく「教役者」である。)もちろん、牧師になるためにはカトリック神父と同様にきちんとした神学を修め、手という儀式を経て任職される必要がある。

プロテスタントの基本は「聖書のみ」「信仰のみ」(信仰義認)「恵みのみ」である。この点でカトリックと対立をしたが、信仰義認に関してはルターカトリック1999年歴史的な和解をしている。(破門の撤回はされていない)

カトリックプロテスタントは同じ聖書を使うが、実はちょっと違う部分がある。

カトリックヒエロニムスラテン語聖書に従い旧約46巻・新約27巻、計73巻編成の文書を典とするのに対し、プロテスタント旧約39巻、新約27巻、計66巻の文書を典とする。これはいわゆる7つの「旧約聖書続編・第二典・アポクリファ」と呼ばれるものがラテン語聖書には含まれていたが、マソラ本文(ユダヤ教ヘブライ語聖書)には含まれていなかったため、プロテスタント側が削ったためである。

「うぎゃー!出番がなくなるー!」(byアニメゲームなどでときどきにする天使ラファエルさんなど)

しかし、近年ではカトリックプロテスタントの一致をし、カトリックプロテスタントどちらでも使える共同翻訳聖書が出版されている。(しかし、そういう一度削られた7つの『旧約聖書続編』は、プロテスタントでは「参考」にしてはいいが、「教義」として持ち込むことはできない、ということになっている)

さて、上にプロテスタントはひとつの宗ではない、と書いたが、本当にいろいろある。実は世界中にプロテスタント教団の数は3万以上あるという、キバヤシビックリ事実がある。これはプロテスタントが万人祭制であることとも関係がある。…といっても、な流れはそんなに多くない…はず。

  1. ルタールーテル
    脱走シスター結婚したルターさんの流れ。クリスマスツリーをつけた宗カトリックの制度や儀式などを残したため、割と雰囲気はカトリックっぽくもある。すべての職業は神から与えられた「職」(Beruf)(英語でvocationまたは calling)として勤労の意義を説いたことも有名。修士や修会を止したものの、女子会だけは残したので、プロテスタントにはしくシスターがいる。さすがは脱走シスター結婚したルターさん。
  2. 長老(改革
    ルヴァンさんの流れ。長老というのはおじいさんではなく、牧師を管理する牧師や信徒をまとめる信徒、のような代表者のこと。聖書にある初代教会の役職をカルヴァンさんの解釈で現代に採用したもの。代表制議会義である。予定説で有名。「職」の概念を推し進め、近代資本主義にもを与えた。
  3. 会衆(組合
    ルヴァンさんを参考にしつつ英国教会の制度変革を訴えて分離したグループ(分離、または清教徒)を体とする。教会では役職もできるだけみんな等であるべき!とした。でもクロムウェルさんとかは行き過ぎて清教徒革命とか起こしちゃった。会議好き。に乗ってアメリカまで行った清教徒(ピルグリム・ファザーズ)もこの宗
  4. バプテスト
    何もわからない赤ちゃんに洗礼をしてもダメじゃん!理性を持って同意できる大人が、きちんと、しかも洗礼者ヨハネのように全身をざぶんとに沈める洗礼(浸礼)をしなきゃ!とした流れ。組織的には会衆よりも底した自治をした。そのため教会ごとに考えが違う、ということも。新生!
  5. アナバプテスト
    バプテストと似ているが、ルターさんやカルヴァンさんの流れではなく、ツヴィングリさんのお子さんたちの流れ。カトリックからもプロテスタントからもいじめられた歴史を持つ。万人祭底したメノナイトやフッタライト、そして今でも昔ながらの生活を送るアーミッシュなどもこの流れに含まれる。
  6. 英国教会
    英国王のヘンリーさんの離婚問題でカトリックから離反した流れ。カトリックプロテスタントの中間ともいえるし、プロテスタントともいえる。中道via media)をよしとする。いわゆる英国教会、でいちおうトップ英国王およびカンベリー大司教が務めることになっているが、各(各官区)の会はゆるやかな連合体であり、それぞれ自治権を持っているので、それに従する必要はない。
  7. メソジスト
    英国教会の中の改革運動から分離した流れ。教えには理屈だけじゃなくハートも大事!と訴え、救いの概念を精神的にも社会的にも拡大したウェスレーさんの運動から生まれた。予定説に対抗するアルミニア義で有名。霊の自由な働きを強調し、信徒の説教者も採用した。「母の日」は実はこの宗由来だったりする。
  8. ホーリネス(きよめ
    メソジストの内的な清らかさを強調する流れより、霊によるいやしを行うホーリネスが生まれた。日本では戦時中に弾圧された歴史などで有名。
  9. ペンコス
    じゃなく霊による洗礼が必要だ!聖書に描かれた使徒のように、霊感を受けて、「異言」(わけがわからないよ、な言葉をしゃべること)がだ!救いはロックだぜ!な流れ。大人数を収容できるメガチャーチとかを持っていたりする。運動カリスマもここから生まれた。宣教熱心。
  10. アドベンチスト(再臨
    リストの再臨を特に待ち望む、終末思想が強い流れ。菜食義で有名なセブンズデー・アドベンチストなどは、ケロッグ・コーンフロストなども生み出した。
  11. クエカーフレンド
    内的な思索と瞑想を重んじる流れ。洗礼を行わず、自由意志に基づく「契約」にサインする。平和主義で非戦論。
  12. 教会
    日本独特の形態のプロテスタント内村鑑三が提唱。洗礼を行わず、聖書を学ぶ。

…まだまだいろいろあるけど、とりあえずこのへんで。

また、リベラル福音などの言い方もある。
これは宗(教)ではなく、姿勢の違いである。「リベラル」が自由義神学に立つのに対して、「福音」は聖書に忠実であろうとする。しかし、○○はみんなリベラル、みんな福音、などという単純な図式はありえないし、それぞれの内部も多種多様である。多様性と一致こそが、キリスト教の姿であるのだから。

近代教会、そしてシスの暗黒卿へ…

さて、近代教会についてであるが、近代教会というものが何時頃成立したか、そんなことはぶっちゃけ意味がい。
カトリックとは普遍を意味する。そもそも宗教というものが、時の流れに対して然としているものだ。

では何が変わったか。それは、世俗への干渉である。
より良い救済を万人に対して提供する機関であると自任する教会は、それゆえ世俗に対して力を行使することがあった。だが近代には、世俗側から教会の介入を拒否した。これはによるのだが、心的な面では教会を重視するが、表面的な面では国家の問題に分かれていくのである。
この二面性こそ、あるいはもしかしたらキリスト教の最も理解しがたく、そして同時に、最も深みのある部分なのかもしれない。

ただし近代についてはこのページ編集者達の知識が不足しており、現在のこのページ近代教会についての記載は十分でない。

ちなみに、このページの最初の編集者は「キリスト教の中から生まれでた、キリスト教徒のキリスト教にたいする闘争にこそ、近代の根幹は存在する」として、「近代教会」だけでなく「近代という時代区分」自体がキリスト教由来であると考えているようだ。(事実近代化≠キリスト教化だとしても、近代という現象西欧から始まったことに、キリスト教の摘する歴史は多い)

教皇

教皇(ギリシャ語:πάππας英語:Pope)」は、すべての教をす言葉が後に称号化したものの訳語。
日本で単に「教皇」という場合「ローマの教皇」のことをすことが多いが、歴史的に2つの「教皇」位が存在し、3人の人間がその位を保持している。

ローマ帝国教となった後、帝国には5つの総教座が定められた。
ローマ(旧首都)、コンスタンチノープル(首都、キリスト教の中心地)、アンティオキア(最初期の教会)、エルサレム聖地)、アレクサンドリア帝国第三の都市)がそれである。その中でもアレクサンドリアの総教が「教の中の教(パパの中のパパ)」と呼ばれるようになり称号化した。

キリスト教が教となった頃帝国重心が既に東方に移動していたこととキリスト教が東方から来たことから、五大総教座の地理的なバランスは悪く、帝国の東西分割統治が始まったとき"地"西ローマにはローマ教座の座所だけが存在することになった(実際最近まで「西方の総教(総大司教)」という位も保持していた)。
そのため西ローマが崩壊した後、徐々にローマ教だけがローマ皇帝の支配外に出ることになった。ローマ教庁はもともと政治的野心が強く首位に立とうとする傾向があったため、西方ではすべての教会ローマ教会の支配下にある体勢が、東方では古来どおり序列はあっても各地独立した教会が存在する体勢が確立する。フランク王を勝手に西ローマ皇帝を任命するなどして力をつけたローマ教会は11世紀ごろに「パパ」を公式称号として使うことになった、これの訳語が「教皇」である。

アレクサンドリアの教皇

先に書いたように称号としての「パパ」の始まりはアレクサンドリアだった。3世紀の13代アレクサンドリアヘラクレスが最初で、遡って初代をマルコとしている。現在歴史的経緯からコプト教会系(カイロ)とギリシャ正教会系(ギリシャ)の二人の「アレクサンドリアの教皇」位保持者が並立している。正式な称号は相互に違いがあるが「大都市アレクサンドリアの総教、教皇」「全アフリカの総教」「達の」「マルコの後継者」などを含む。

コプト教会系の教皇はエジプトのコプト教会の首位であるが東方教会全体や全ての教会の首位を意味しないし、ギリシャ正教会系の教皇はギリシャ正教会の首位でも正教会全体の首位でもない。ローマ帝国の伝統に則りあくまでも各地にいる総教の一人である。

現在はコプト教会は118代タワドロス2世ギリシャ教会124代セオドロス2世が座についており、偶然ではあるが同じ名前を冠している。

ローマの教皇

カトリックの最大権威にしてヴァチカン市国の元首であり、ペテロの代理人あるいは後継者とされる。ペテロイエス子の一人で、初代教皇とされる。もちろんペテロから数年はアレクサンドリアと同様後付けで、ローマ教会はそう考えているということである。彼はイエスより「天国」を受け取っており、このによってペテロは地上での赦しを行うことが出来るとした。そのため、カトリック教会にとって非常に重要なものであり、ヴァチカン国旗には教皇の三重冠のバックに描かれている。
現任の教皇下はフランシスコで、第266代に当たる。

西欧カトリックの立場からはキリスト教の中心ということになるが、その他の立場からは多くの総教の一人が「ローマの教皇」位を持っているということになる。

教皇の関係

最近はフランスシスコが政変やイスラム国問題で揺れるエジプトのタワドロス2世電話をかけたことが報道されるなど、正教-カトリック間の対話と同様に積極的な対話が進んでいる。タワドロス2世ヴァチカンを訪問した際には「"three Popes(タワドロス2世フランシスコ、前任のベネディクト16世)" がヴァチカンに集まる」、「互いに "your holiness" と呼び合う」などと表現された。

教皇という訳について

日本においては、政府公式発表や各種報道などにおいて、長らくの間訳として「法王」を使っていたが、これは本来仏教用語であるので、日本のキリスト教界隈では好まれなかった。2019年11月に教皇フランシスコが訪日するのにあわせて政府における正式呼称を「教皇」にすることを発表、マスメディアもこれにともなう形で「教皇」に表記変更している。

現在、近現代で西欧中心の世界観が広まったこと、カトリック力から、キリスト教の盟のようなイメージで(ローマの)教皇が語られることが多い。その状況から誕生したカトリック教会の推進する訳語なので、「教皇」は "Pope of Rome(ローマの教皇)" だけをさす訳語という側面も確かにある(その場合Popeだけの訳語が必要になると思われるが日本カトリックでは「アレクサンドリアの教皇」をなんと呼ぶのかしらん)。少なくともWikipedia日本語版で「アレクサンドリアの教皇」と書くとあれは教皇ではない!と怒られるようです。

ロシア正教会由来の日本正教会では「"Pope" = パパ」「"Pope of Rome" = ロムパパ」を使う(らしい)。

アレクサンドリアの教皇」位を擁する教会のうち、ギリシャ系の正教会日本語話者の信徒がいるとは思われず、コプト教会は一応日本語話者の教が存在し、教会が存在するようだが、どちらも教会の推進する定訳は存在しないと思われる。 少なくとも報道では他の協会に使う語を流用して、「アレクサンドリアの法王が着座」などの表現が使われている。

教派

今はこんな感じの教に分かれている(日本仏教みたいに思えるのは気のせいです)

西方教会
カトリック教会ローマ教皇をトップとする)
会(英国教会
プロテスタント(分があるがそちらは割愛
アナバプテスト
無教会)

東方教会
正教会(各地域に独立した教会を建てるためロシアギリシャ日本等地名を頭につけて呼ぶことも)
東方教会(古い時代の会議で分離した諸教会、大きく2系統か3系統くらい)

ちなみに日本ではカトリックプロテスタント流であり、宗教系の学校も大体そうである。ニコライ堂などが正教会で、各県1個くらい教会があるようだ。会はもう少し少ない。東方教会レア
各教ごとに儀式も違ったりする。
ちなみに信者でない人がキリスト教式で結婚式葬儀をする場合、儀式に厳格なカトリック教会より較的柔軟なプロテスタントの方が対応してくれる場合が多いようだ。

教会の客観論―カトリック教会の場合

客観的教会論 

批判 

キリスト教が他宗教を排除し弾圧してきたこと、布教侵略具にしてきたこととその結果の他地域の文化の崩壊(例えば中南米等)などを批判される(とはいえ古今の宗教を大義名分に掲げた内紛や戦争宗教を利用しているだけで因は別にあることも多い)。インド日本などでも寺社閣の破壊に加担したことがあった。

政治的な理由以外に科学技術的な損失も挙げられる。キリスト教の教義を絶対と信じるがゆえに、それに反する科学的発見や技術、研究はしばしば弾圧された。中世ヨーロッパ暗黒時代にもキリスト教のがあるとも言われる。
著名なのはキリスト教徒によるアレキサンドリア図書館の焼き討ちによる喪失や地動説を訴えたガリレオ・ガリレイ異端審問を受けた例であろう。その他、『魔女に与える鉄槌』がキリスト教の異端審問官によって書かれるなどヨーロッパ魔女狩りにもキリスト教のはあった
近代科学体はキリスト教とは言われるが、それまでの科学的停滞にはキリスト教が少なからずかかわっている。

また、現代に至っても聖書の記述を信奉するあまりに科学的な学問である進化論に対抗してインテリジェント・デザイン論を提唱してしまうなどの先鋭的な信者もいる。

お断り

今まで書いてきたことを「真実」としてとらえるか、「偽り」としてとらえるかは、個々人に任せるべき問題である。その判断は、このページを読んでいるあなた次第である、ということも明記しておく。何といっても、日本には信仰の自由、という非常に、本当に素晴らしいものがある。信仰であれ、信条であれ、友愛であれ、強制されてはいけない。権利とは同時に義務を有するもの。信仰の自由の権利とは、「信仰を強制してはいけない義務」と同義なのだ。

また、他にも色々重大な事件は多々あるが、現在ニコニコ大百科編集者達の時間的余裕の関係で記載されていない。できるだけ多くの編集者が参加して、この項を充実させてください。 

関連項目

関連動画

関連コミュニティ

コミュニティの元となった言葉は、ギリシア語で「コイノーニアキノニア)」、ラテン語で「コムニオ」 英語で「コミュオン」といいます。

Credo in Spiritum Sanctum, sanctam Ecclesiam catholicam, sanctorum communionem...

使徒信条:は信ず、霊、なる同の教会、諸聖人の通功(徒の交わり)を...)

教会とは、想いを同じくするものの集まりのコミュニティでもあり、それがキリストの体でもある、という理解です。
コリントの信徒への手紙一 12章など参照)

それが一致しているのが理想的ですが、理想的にはいかないのがこの世界です。 それぞれ、いろいろな考えがあり、それぞれ、たくさんの集まりがあります。

ニコニコ動画にもたくさんのコミュニティがあります。

ですが、上に「お断り」として書いてあるように「信仰の自由の権利とは、『信仰を強制してはいけない義務』と同義」です。 そのため、ここでコミュニティ紹介をすることは控えさせていただきます

(もし必要でしたら、このページ右上の「ニコニコ大百科メニュー」にある「ニコニコミュニティ検索」用のアイコンクリックください)

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