株主資本主義(英:Shareholder Capitalism)とは、企業の経営に関する思想の1つであり、国家の経済体制に関する思想の1つである。株主至上主義(英:Shareholder Supremacy)ともいう。
反対の概念はステークホルダー資本主義である。
株主資本主義については2つの定義をすることができる。
株主資本主義を支持する者たちを観察すると、多くの場合において、企業の株主をひたすら恐れている様子を見て取ることができる。ゆえに次の簡易的な定義も成り立つ。
企業の株主は資本家(ブルジョア)の一種なので、1.や3.のなかの「株主」を「資本家」に置き換えてもよい。資本家という表現はすでに確立されているので、それを使うと話が通じやすい。ただし、資本家という表現はマルクス経済学で多用されてそれ以外の経済学であまり使われないので、資本家という表現を使うとマルクス経済学の支持者と思われる可能性があり、「マルクス主義者」「共産主義者」「社会主義者」「アカ」「左翼」とレッテル貼りされる可能性がある。マルクスの理論は今では評判が悪いので[1]、資本家という表現を使うことにはリスクもある。
労働者と労働契約を結んで労働者から労務の提供を受けつつ労働者に賃金を支払う者を使用者という。企業における使用者の典型は代表権を持つ取締役であるが、取締役は株主総会で株主に選任される存在であり、「株主の代理人」と呼んでいい存在であり、株主と同一視されてもおかしくない存在である。ゆえに、1.や3.のなかの「株主」を「使用者」に置き換えてもよい。
後述するように、株主資本主義・株主至上主義は株価の上昇を追求する思想である。そのため、株主資本主義・株主至上主義を株価資本主義とか株価至上主義と呼ぶことも可能である。
後述するように、株主資本主義・株主至上主義は財界に支持者が多く、財界の主張をそのまま反映した思想である。そのため、株主資本主義・株主至上主義を財界資本主義とか財界至上主義と呼ぶことも可能である。
株主資本主義は企業の経営をするにあたって税引後当期純利益の最大化を追求すべきと考える思想である。
ある期の企業において税引後当期純利益が○円発生すると、期末の貸借対照表において純資産の部の「その他利益剰余金」の繰越利益剰余金が○円増える。そして、資産の部の数字が増えたり負債の部の数字が減ったりして、資産の部の増加分と負債の部の減少分の合計額が○円になる。
企業の「その他利益剰余金」が増えると、株主への配当が増えやすくなる。企業は「その他利益剰余金の見合いとなる資産」を原資として株主への配当金を出すことが通常であるからである。企業が資産の部の銀行預金の数字と純資産の部の「その他利益剰余金」の数字を同じ額だけ減らして[2]、銀行振り込みで株主に配当金を支払う。
株主資本主義によって企業の「その他利益剰余金」が増えると、「あの企業の株式は安定的な配当をもたらす」と投資家に思われるようになり、長期金融市場の中の株式市場においてその企業の株式への買い注文が増える可能性が高まり、その企業の株式の価格(株価)が上がる可能性が高まる。
もし株価が上がったら、その株式を保有している株主の利益が増える。株主が時価会計主義で財務諸表を作っている場合、期末において保有する株式の株価が購入価額よりも上がっていたら、有価証券評価益という収益を計上し[3]、貸借対照表で資産の部における有価証券の金額を増やすので、「株主が利益を得て富を増やした」と表現することができる。株主が簿価会計主義で財務諸表を作る場合、期末において保有する株式の株価が購入価額よりも上がっていたとしても、収益を計上するわけではなく、貸借対照表において資産の部における有価証券の金額を増やすわけでもないが、「株主が含み益を得て実質的に富を増やした」と表現される。
このため「株主資本主義というのは企業の経営をするにあたって株価の上昇を追求する思想である」と言い換えることもできる。株主資本主義・株主至上主義は、株価資本主義とか株価至上主義ということもある。
株主資本主義が幅をきかせる国では政治家がそれに染まり、株価の上昇を最優先するようになり、株価が上昇したときに「経済が成長してすべてが良くなった」と満足する傾向にある。株価というのは投資の水準を示す指標の1つに過ぎないのだが、とにかく株価に偏重して株価に一喜一憂する。
経済学者が経済の状況を測定するときに最も頻繁に使う経済統計は、実質GDPとインフレ率と失業率の3つである[4]。そして経済学者はその3種類の中でも実質GDPを最も重視する[5]。さらにいうと、実質GDPは需要の面から政府購入と消費と投資と純輸出の4つに分割できる。
つまり、株主資本主義に染まって株価を最も重視する政治家は「実質GDPを重視する」という経済学の基本を完全に無視しているのであり、実質GDPの中の一部分にだけ焦点を当てているに過ぎない。
株主資本主義者は「市場において株価の平均値が高くなると、その国の国際競争力が高くなる」と語り、株価を美々しく誉め称える傾向がある。また株主資本主義者は「株価は高ければ高いほどいい」と述べる傾向がある。
一方で反・株主資本主義者(ステークホルダー資本主義者)は「市場において株価の平均値が高くなりすぎるときは、労働者の賃金が減り、低賃金のために結婚を諦める労働者が増え、少子化が進み、移民に頼るようになり、言語と文化の統一性が崩れ、国内の情報の流通が円滑に行われなくなり、その国の生産技術が劣化して実質GDPが減り、その国の国際競争力が低くなる」と語り、株価を誉め称えない傾向がある。また反・株主資本主義者は「株価が高くなりすぎることは良くないことであり、少子化を抑制して国際競争力を保つことができるような適正な株価水準に抑えるべきである」と述べる傾向がある。
A期において税引後当期純利益を○円発生させた企業は、A期末の貸借対照表において資産の部の数字を増やしたり負債の部の数字を減らしたりしつつ純資産の部の「その他利益剰余金」を○円増やし、自己資本比率を高め、「倒産しにくく永続しやすい企業」に近づいていく。
企業は、A期において稼ぎ出した「その他利益剰余金」の全額を翌B期において株主に対する配当金にして自己資本比率を元通りに下げてしまうこともあるが、そこまでする企業は少数派といえる。多くの企業は、A期において稼ぎ出した「その他利益剰余金」の一部だけを翌B期における株主に対する配当金にして、自己資本比率がA期末よりも高い状態を維持する。
このため、「株主資本主義とは、企業の経営をするにあたって自社を『倒産しにくく永続しやすい企業』に近づけていくべきと考える思想である」と理解することはおおむね正しいと言える。
やや大袈裟な表現にすると「株主資本主義というのは企業に永遠の生命を吹き込もうとする思想である」となる。秦の始皇帝は自らを不老不死の生命体にしようとしたが、株主資本主義者も企業を不老不死の存在にしようとする。
株主資本主義を弱体化させるような政策を耳にしたときの株主資本主義者は、「そんなことをしたら投資家が日本の株式市場から資金を引き揚げ、株価が下がる!」と猛抗議するのが常である。この抗議をさらに詳しく分析すると「そんなことをしたら投資家が日本の株式市場から資金を引き揚げ、株価が下がり、企業が公募増資で『返済が不要な資金』を調達することが難しくなり、銀行からの借り入れや社債の発行で『返済が必要な資金』を調達するはめになり、企業の負債が増え、自己資本比率が下がり、債務超過リスクや倒産リスクが高まる!」ということになる。
企業の負債が増えることや倒産リスクが高まることを極端に恐れる心理のことを負債恐怖症とか倒産恐怖症という。そうした負債恐怖症や倒産恐怖症が株主資本主義を生み出す。
株主資本主義を貫徹して企業の倒産が少なくなった社会は労働者の賃金が少ない社会であり、企業の売上が伸びにくい社会であり、企業を創業しにくい社会であり、企業が滅びにくく企業が生まれにくい社会である。
一方でステークホルダー資本主義を貫徹して企業の倒産が多くなった社会は労働者の賃金が多い社会であり、企業の売上が伸びやすい社会であり、企業を創業しやすい社会であり、企業が滅びやすく企業が生まれやすい社会である。そういう対比の視点を持って経済を語ると、聞く人の負債恐怖症や倒産恐怖症を治療することができ、株主資本主義の流行を押さえ込むことができる。
株主資本主義を支持する企業役員が目標とする「倒産しにくく永続しやすい企業」は、宗教法人とよく似ている。
日本を含む多くの国々において宗教法人は、宗教活動で得られる法人所得に対して法人税0%の優遇措置を受けていて、宗教活動に伴って作成する損益計算書[6]の税引後当期純利益を増やしやすい存在になっており、宗教活動に伴って作成する貸借対照表の資産の部の数字と純資産の部の数字を同時に増やして自己資本比率を高めやすい存在になっており、「倒産しにくく永続しやすい団体」になっている。
株主資本主義が徹底されて法人税が0%になった国における企業と、多くの国々における宗教法人は、全く同一の存在ではないが[7]、倒産しにくく永続しやすいという点で非常によく似た存在である。
つまり、株主資本主義というのは、企業を宗教法人に近づけようという思想である。
宗教法人というのは神秘的な存在で、人々の心のよりどころになり得る存在である。世界各国で宗教法人の「宗教活動で得られる法人所得」が非課税になっている理由の1つは、「宗教法人を倒産しにくく永続しやすい団体にすれば、人々の心のよりどころが社会の中で生き続けるので人心が安定する」というものである。
一方で、企業というのは特に神秘的なところがなく極めて世俗的な存在で、人々の心のよりどころになることが少ない存在である。
本来の性質から考えると、宗教法人と企業は全く似ておらず、遠く離れた存在である。株主資本主義の支持者の行動は無理で不自然な行動といえる。
株主資本主義が主導権を握る国では、成功した企業役員を神か仏のように褒め讃えて神格化して「カリスマ役員(カリスマ経営者)」に祭り上げる社会的風潮が定着する[8]。
そういう風潮が定着することにより、もともと神秘性をもっていない企業に神秘性が強引に付加され、企業を宗教法人のように扱うことが許される世相になり、株主資本主義がさらに広まっていく。
ちなみに、反・株主資本主義の支持者は、つまりステークホルダー資本主義の支持者は、企業役員を神格化して「カリスマ役員」に祭り上げることを好まず、「企業が上手くいくのは役員と労働者のチームワークのおかげだ。役員を『カリスマ役員』と扱って過剰にもてはやすのは良くないことだ」と苦言を呈する傾向がある。
株主資本主義を信奉する企業株主や企業役員が激しく敵視するのは固定費である。
経常利益を算出する段階において企業が計算する費用には様々なものがあるが、その全てを固定費と変動費のいずれかに振り分けることができる。固定費は売上高にかかわらず発生する費用で、変動費は売上高に比例して発生する費用である。
固定費が少ないほど、損益分岐点(経常利益が0となる売上高)が下がり、経常利益を出しやすい企業になる。なぜなら損益分岐点は「固定費÷(1-変動比率)」で計算できるからである。仮に企業が固定費を0にすれば、損益分岐点も0になり、経常利益の赤字が発生しなくなる。
固定費の代表というと、地代家賃、支払利息、そして「年功主義(年功序列)・年齢主義の風潮が広まっていて解雇規制が厳しく終身雇用が一般的な国における人件費」の3つである。
株主資本主義を信奉する企業株主や企業役員は、マクロ経済政策に口出しして緊縮財政にして実質利子率を下げることで支払利息という固定費を減らそうとするし、成果主義・能力主義の風潮を広めて解雇規制を緩和して人件費を固定費から変動費に変化させることで固定費を減らそうとする。
ちなみに、反・株主資本主義の支持者は、つまりステークホルダー資本主義の支持者は、「企業の固定費は、国家の維持と発展のため、ある程度必要なものだ」と考え、株主資本主義者のような激烈な敵意を固定費に対して抱かない傾向がある。
株主資本主義が極めて優勢な国において法人税を増税すると、企業が税引後当期純利益を確保することを最優先するようになり、法人税の分を上乗せした価格で商品を販売して消費者に負担を転嫁したり、法人税の分だけ賃金を減らして労働者に負担を転嫁したり、法人税の分だけ「協力企業に払う費用」を減らして協力企業に負担を転嫁したりする。つまり、株主資本主義が極めて優勢な国では法人税が直接税ではなく間接税になる。このことについて詳しくは直接税の記事を参照のこと。
株主資本主義は企業の経営をするにあたって税引後当期純利益の最大化を追求すべきと考える思想である。そして、企業の税引後当期純利益を増やす方法として次の6つが考えられる。
企業会計をごく簡単に説明すると次のようになる。商品を消費者に売って売上金という収益を稼ぎ、収益から労働者に払う費用や協力企業に払う費用といった様々な費用を引いて税引前当期純利益を出す。税引前当期純利益から法人税を引いて税引後当期純利益を出す。
1.を追求するには、開発部門における商品の斬新な設計とか、生産部門における優秀な工具の調達とか、営業部門における効果的な広告宣伝のノウハウといった専門的な知識が必要である。「経営と所有の分離」が行われた企業において1.を追求すると、株主にとって何が何だかわからないレベルの話になりがちであり、株主は黙って役員や労働者のいうことを聞くしかなく、「物言わぬ株主」「黙りこくった株主」になるしかない。
1.は、株主資本主義者にとって非常に好ましくない方法である。1.を追求する場面では専門的な知識を持っている労働者たちが主導権を握るようになり、労働者の発言力が上がってしまう。そして、労働者が「我々には経営に口出しする資格があるのだ」と自信を持つようになり、労働者が「労働三権を行使し、経営の管理と運営について意見を出そう」と考えるようになり、「物言う労働組合」が出現してしまい、株主の発言権が弱体化してしまう。
3.や6.は株主資本主義者にとって好ましいものだが、なかなか簡単に実現できない。3.は独占の地位を築いてある場合なら容易であるが、そうでない場合なら難しい。6.はいわゆるレントシーキングであるが、多くの国会議員を説得せねばならず、難しい。
2.や4.や5.は株主資本主義者にとって非常に好ましい方法である。2.や4.や5.を追求するときはたいして専門的な知識を必要としない。「経営と所有の分離」が行われた企業において2.や4.や5.を追求するとき、株主にとって十分について行けるレベルの話になりがちであり、株主は大いに発言権を行使することができ、「物言う株主(アクティビスト activist)」になることができる。
以上のことを踏まえつつ、企業の税引後当期純利益を出す6つの方法を分類すると次のようになる。
| 方法 | 性質 | 方針 |
| 1.商品価格を維持しつつ業務の質的な改善をして多くの消費者に商品を売って収益を増やす | 株主にとって理解しにくい話になりがちである。労働者の発言力を高めて「物言う労働組合」を生みだしてしまう危険がある | 株主にとってできれば回避したい |
| 2.商品価格を維持しつつ業務の量的な改善をして多くの消費者に商品を売って収益を増やす | 株主にとって理解しやすい。「物言う株主」を生みやすい | 株主にとって優先的に実践したい |
| 3.商品価格を釣り上げて売上金という収益を稼ぐ | 独占の体制を築き上げることが難しく、実現が難しい | 株主にとって実践したいが困難である |
| 4.労働者に払う費用を減らす | 株主にとって理解しやすい。「物言う株主」を生みやすい | 株主にとって優先的に実践したい |
| 5.協力企業に払う費用を減らす | 株主にとって理解しやすい。「物言う株主」を生みやすい | 株主にとって優先的に実践したい |
| 6.国会議員に影響力を与えて法人税を減税する法律を立法させる | 多くの国会議員を動かすことが難しく、実現が難しい | 株主にとって実践したいが困難である |
株主資本主義者の得意技である2.や4.や5.については、本記事において章を設けて詳細に解説する。業務の量的な改善をして収益を増やすの章と、労働運動を抑制して労働者に払う費用を減らすの章と、協力企業に払う費用を減らすの章と、実質利子率を下げて協力企業に払う支払利息を減らすの章を参照のこと。
株主資本主義が隆盛する国家では、企業において労働者に払う費用が減って株主に払う配当が増えるので、労働者から株主への所得移転が起こり、労働分配率が下がって資本分配率が上がる。
株主資本主義は、企業が税引後当期純利益を最大化させようと努力することを是認する思想であり、企業が倒産の可能性を最小化させようと努力することを是認する思想である。そして、企業が倒産するとその企業の株式が全くの無価値になる。ゆえに株主資本主義は、企業が倒産して株式が無価値になる可能性を減らすことを優先する思想であり、株主が株式に対して持つ財産権を尊重する思想である。
財産権とは日本国憲法第29条で保障されている基本的人権であり、経済的自由権の中核を成すものである。ちなみに財産権には物権と債権と知的財産権の3種類があるが、株主が行使している財産権は物権であり、物権のなかの所有権である。
株主資本主義者は企業の経営において労働者に払う費用や協力企業に払う費用を絶対悪と見なす傾向が非常に強く、費用というものを毛嫌いする傾向がある。言い換えると、株主資本主義者は「損して得取れ」の価値観を持たず、「費用が収益を生む」とか「今日の費用は明日の収益になる」といった考えを持たない。
株主資本主義者は効率賃金仮説を支持することが非常に少ない。効率賃金仮説は「費用が収益を生む」とか「今日の費用は明日の収益になる」といった考えの典型である。株主資本主義者は「労働市場を尊重して労働市場の均衡値の賃金を払うべきであり、労働市場に逆らって効率賃金仮説に基づいて労働市場の均衡値よりも高い賃金を払うことは決して許されない」とか「全ての人は労働市場に服従しなければならず、労働市場に反抗する自由は許されない」などと語ることが非常に多い。
株主資本主義者は労働者が労働三権を行使する種類の労働運動を支持することが極めて少ない。「労働者が労働三権を行使する種類の労働運動をして賃金の増加を勝ち取ると、労働者の権力が強まり、労働者の経済的地位が向上して労働者と使用者の関係が対等なものに近づき、労働者が使用者におびえなくなり、労働者が使用者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を自由に行使するようになり、企業の内部で情報が盛んに流通するようになり、企業の生産技術が向上し、企業の収益が増える」という考え方は「費用が収益を生む」とか「今日の費用は明日の収益になる」といった考えの典型である。しかし、株主資本主義者はそういう考え方を決して行わない。
株主資本主義者は政府が国債を発行して金融市場からお金を借り入れて実質利子率を引き上げる積極財政を支持することが極めて少なく、企業の支払利息の増加を支持することが極めて少ない。「政府が積極財政をして実質利子率を引き上げて企業の支払利息を増やしながら有力な産業がない地方で政府購入をすると、有力な産業がない地方に人を張り付けることができ、人口空白地域が発生しにくくなり、凶悪犯罪者が凶悪犯罪の証拠品を捨てにくくなって凶悪犯罪が減り、熊や猿などの有害動物が繁殖しにくくなって有害動物が人を襲う現象が減り、治安が良化し、労働者が労働に集中できるようになって企業の生産技術が向上し、企業の収益が増える」という考え方は「費用が収益を生む」とか「今日の費用は明日の収益になる」といった考えの典型である。しかし、株主資本主義者はそういう考え方を決して行わない。
株主資本主義者は「ひとたび費用を支払ったらお金が遠い彼方に飛んでいって二度と自分のところに戻ってこない」と考えがちであり、「費用が収益を生むわけがない」とか「今日の費用は明日の収益になるわけがない」と考えがちである。一方で反・株主資本主義者(ステークホルダー資本主義者)は「費用を支払ったとしても出したお金が自分の近くを巡っているだけであり自分のところに戻ってくることがある」と考えがちであり、「費用が収益を生むことがある」とか「今日の費用は明日の収益になることがある」と考えがちである。両者にはそうした違いがある。
さらに言うと次のようになる。株主資本主義の支持者は「人と人の距離ははるかに遠いものであり、AがBにお金を払ってしまうとBからAのもとにお金が戻ることなどありえない」と考えて人間不信気味になっていて、費用を毛嫌いしている。一方で反・株主資本主義者(ステークホルダー資本主義者)は「人と人の距離は近いものであり、AがBにお金を払ったあとにBからAのもとにお金が戻ることがありうる」と考えて人間を信用する心理になっていて、費用に対して許容の心を持っている。
株主資本主義の支持者がマクロ経済の政策を語るときは、国債を発行してプライマリーバランスを赤字にしつつ政府購入を増やしたり減税によって消費を増やしたりする積極財政に反対することが非常に多く、国債を発行せずプライマリーバランスを均衡や黒字にしつつ政府購入や消費を抑制する緊縮財政を主張することが非常に多い。
政府が積極財政を実行するとクラウディングアウトとなり、企業がお金を借り入れるときの実質利子率が上がって企業の支払利息が増加し、企業が「支払利息税」というべき負担を強いられ、企業が税引後当期純利益を増やしにくくなる。
政府が緊縮財政を実行するとクラウディングアウトの逆となり、企業がお金を借り入れるときの実質利子率が下がって企業の支払利息が減少し、企業が「支払利息税」というべき負担から解放され、企業が税引後当期純利益を増やしやすくなる。
このため、株主資本主義者が企業経営から一歩外に踏み出して国家のマクロ経済政策を語るときは、必ずといっていいほど緊縮財政を主張するようになる。そうすることで実質利子率を引き下げることができ、銀行という協力企業に支払う支払利息をさらに削減できる。
以上のことは本記事の『実質利子率を下げて協力企業に払う支払利息を減らす』の項目でさらに解説する。
株主資本主義は実質利子率の引き下げを重視するので、その国の実質利子率を見れば株主資本主義が優勢かどうかがすぐに分かる。2026年1月の時点において日本の実質利子率は非常に低く、アメリカ合衆国に比べても明らかに低い。このことから、「2026年1月の時点において日本は株主資本主義が非常に優勢であり、アメリカ合衆国は株主資本主義が日本ほど優勢ではない」と判断することも可能である。
前項目で述べたように、株主資本主義者は財政政策を変更して実質利子率を引き下げて企業の税引後当期純利益を増やそうとする傾向がある。そして、財政政策を変更して実質利子率を引き下げると国内で投資が拡大することが常である。そのため株主資本主義者は投資についてその長所をひたすら強調してその短所をあまり強調しないという傾向を持っている。
政府購入と消費と投資と純輸出は実質GDPを構成する4要素である。そのなかの投資は、減価償却を上回る量までそれを増やすと国家の資本量が増えて「資本量が増える有利な供給ショック」が発生して実質GDPが増えるという長所がある。
しかし、投資を増やすと過剰投資が増える可能性がある。特に、工場や住宅のような資本が十分に揃っている先進国で投資を増やすと過剰投資が増えやすい。過剰投資が増えるということは、将来における需要が無いのに将来における需要が有るかのように思い込んで無価値な資本財を買い込む「馬鹿」が増えたり、将来における需要が無いのに将来における需要が有るかのように見せかけて無価値な資本財を売りつける知能犯罪者が増えたりして、正の需要ショックが発生してバブル景気になるということである。過剰投資が増えると、価値があるように見えるが無価値の資本が増えるので、減損損失という費用を計上しつつ固定資産の評価額を減らす減損処理をする企業が増える。このことは「企業が行ったのは投資ではなく消費だったのであり、企業は投資を怠っていた」と表現してもいいし[9]、減損処理を一種の減価償却と見なしつつ「企業は投資をしたが減価償却が一気に増えた」と表現してもいい[10]。こうして、投資よりも減価償却が多くなり、国家の資本量が減って「資本量が減る不利な供給ショック」が発生して実質GDPが減って不景気になり、バブル崩壊となる。銀行が大量の不良債権を抱えて経営不振となって貸し渋りをするようになり、企業が銀行からお金を借りて投資することが難しくなり、投資が減価償却を下回って「資本量が減る不利な供給ショック」が発生して実質GDPが減って不景気になることが長期化し、国家経済が没落する。以上のように、投資にはバブル景気とバブル崩壊を生んで実質GDPを減らすという短所がある。
投資は将来において使用する財を購入する行為であり、将来について誰も正確な知識を持っていないために情報に恵まれていない状態で実行する行為であり、本質的に無茶で無謀な行為である。投資をする者は消費をする者に比べると、非合理的で主観的な判断により行動することが多く、いわゆる「馬鹿」であり[11]、慌てて大量に買い込んだり慌てて大量に売り払ったりすることを行いやすく、将来における需要が無いのに将来における需要が有るかのように思い込んで無価値な資本財を買い込むことを行いやすく、将来における需要が無いのに将来における需要が有るかのように見せかけて無価値な資本財を売りつける知能犯罪者の被害に遭いやすく、強烈な需要ショックを起こしやすい。
ちなみに、消費は現在において使用する財・サービスを購入する行為であり、現在について多くの人が正確な知識を持っているために情報に恵まれた状態で実行する行為であり、本質的に安全な行為である。消費をする者は投資をする者に比べると、合理的で客観的な判断により行動することが多く、いわゆる「利口」であり、慌てて大量に買い込んだり慌てて大量に売り払ったりすることを行いにくく、需要も無いのに需要が有るかのように思い込んで無価値な商品を買い込むことを行いにくく、需要も無いのに需要が有るかのように見せかけて無価値な商品を売りつける知能犯罪者の被害に遭いにくく、強烈な需要ショックを起こしにくい。消費をする者はたまに米やトイレットペーパーを買い占めるなどのパニックを起こすが、それでも統計によれば消費の方が投資よりも変動がずっと少ない[12]。
株主資本主義者は「アリとキリギリスのイソップ寓話でいうと、投資をする者はアリであって将来を見据えていて賢く、消費をする者はキリギリスであって将来を見据えていない馬鹿である」という主張を行って投資を美化して消費を軽視することがある。しかし、ジョン・メイナード・ケインズによる「投資をする者はアニマル・スピリットで動く」の洞察や景気循環における変動のデータから判断すると、投資をする者が「馬鹿」となり、消費をする者が「利口」となる。
このため、投資というものは薬にも毒にもなり得るものであって、少なすぎても多すぎても望ましくなく、財政政策によって政府購入や消費を調整して適度にクラウディングアウトを起こすことで適切な水準を保たねばならない。
株主資本主義者は、投資の長所ばかり強調して、投資の短所をあまり強調しない。株主資本主義者が「投資が多いほど国家が発展する」とか「クラウディングアウトを起こして投資を減らすことは絶対的な悪であり、クラウディングアウトの逆を起こして投資を増やすことは絶対的な善である」といった具合に投資の長所を強調する光景がしばしば見られる。そして、株主資本主義者が「投資詐欺という知能犯罪と過剰投資と不良債権は何よりも恐ろしい」とか「投資というのは少なすぎても多すぎても望ましくなく、適切な水準を保つべきである」という具合に投資の短所を指摘することは非常に少ない。
新自由主義者は自由貿易を絶対的に支持して自由貿易の長所を強調する。一方で株主資本主義者は投資を絶対的に支持して投資の長所を強調する傾向が強い。何かを絶対的に支持するという点で新自由主義と株主資本主義は一致したところがある。
繰り返しになるが、株主資本主義の支持者がマクロ経済の政策を語るときは、企業の支払利息を引き下げて株主の利益を増やすために実質利子率を引き下げる財政政策を支持する傾向がある。
そして、実質利子率が下がった国は純資本流出が増えて実質為替レートが上がって純輸出が増える。また、キャリートレードのキャリー元になり、自国通貨売り・外国通貨買いが増え、自国通貨安・外国通貨高になり、名目為替レートが上がり、物価が一定の短期において実質為替レートが上がって純輸出が増える。
そのため株主資本主義者は、名目為替レートが高い状態(自国通貨安)や実質為替レートが高い状態や純輸出がプラスの状態(貿易黒字)についてその長所をひたすら強調してその短所をあまり強調しない傾向を持っている。
政府購入と消費と投資と純輸出は実質GDPを構成する4要素である。そのなかの純輸出は、輸出を発生させて「世界に通用する品質の財・サービスを生産しており、世界に認められており、国際的に活躍しており、世界の中で存在感を見せている」といった満足感を人々に与えて人々の外国コンプレックスを癒すという長所がある。しかし純輸出は、外国から「あの国は純輸出を増やして他国の産業を破壊しており近隣窮乏化政策を実行している」と非難されやすくなるという短所がある。特に、日本やアメリカ合衆国やドイツや中国といった産業の規模の大きい先進国が純輸出を増やすと「あの国は近隣窮乏化政策を実行している」と非難されやすい。また、純輸出が発生するときは輸出が発生するが、輸出は外国の財政政策や貿易政策に大きく影響されて安定しないという短所があり、いわゆる「水物(みずもの)」であって、経済安全保障の確保のためには本質的に望ましくない。また、輸出を維持するには外国の財政政策や貿易政策に口出しし続ける必要があるが、そういう行為は相手国の国家主権を侵害する要素があり、やはり本質的に望ましくない。また、純輸出が発生するときは輸出が発生するが、輸出は、「自国の需要者が自国の供給者の商品を買う需要(自国完結型需要のことで、自国完結型政府購入と自国完結型消費と自国完結型投資の3種類に分かれる)」と違い、需要者と供給者の間における心理的・言語的な壁が高い需要なので、「需要者が供給者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を行使して商品の問題点について文句をつける」という現象を起こしにくく、「需要者と供給者の間において情報が活発に流通する現象」を起こしにくく、供給企業の生産技術を上げる力が弱く、国家全体の生産技術を上げる力が弱く、実質GDPを上げる力が弱く、国家を発展させる力が弱い。さらに、純輸出が増えるときは実質為替レートが上がっているものだが、実質為替レートが上がると輸入の困難化を招き、国内に輸入される原材料の量を減らして「資本量を減らす不利な供給ショック」を発生させてインフレーションを引き起こして実質GDPを減らしてスタグフレーションを引き起こし、資本量の減少を原因としてコブ=ダグラス生産関数の示すとおりに実質賃金を減らして労働者を貧しくさせる。
このため、純輸出というものは薬にも毒にもなり得るものであって、少なすぎても多すぎても望ましくなく、財政政策によって政府購入や消費を調整して適度にクラウディングアウトを起こすことで適切な水準を保たねばならない。
株主資本主義者は、純輸出がプラスの状態(貿易黒字)の長所ばかり強調して、その短所をあまり強調しない。株主資本主義者は「純輸出がプラスで貿易黒字であればその国は世界に認められていて世界の中で存在感を放っているし、純輸出がマイナスで貿易赤字であればその国は世界に認められておらず世界の中で存在感を放っていない」などと語り、「自分は国際的に活躍できていない」という劣等感から生まれる「世界に認められたい」という外国コンプレックスを持つ者を焦らせ、人々が貿易赤字を忌避するように世論を誘導しようとする傾向がある。
日本語を母語としつつ大学教育を受けて英語の論文を読み書きすることを強制されて四苦八苦した経験を持つ人は「自分はローカル言語の日本語ばかり話していて国際標準言語の英語を上手く操れておらず国際的に活躍できていない」という劣等感を抱きがちであり、そうした劣等感から「世界に認められたい、国際的に活躍したい、世界の中で存在感を見せたい」という外国コンプレックスを持つ傾向があり、輸出によってもたらされる「自分は世界に認められていて国際的に活躍していて世界の中で存在感を見せている」という満足感を好む傾向がある。株主資本主義者はそこにつけ込み、「純輸出がプラスで貿易黒字であれば国際的に活躍したことになる」とささやきかけ、株主資本主義によって貿易黒字が増えることを望む世論を作り出そうとする。
固定相場制を採用していて一定の純輸出を計上している国があるとする。外国人に好かれる商品を開発して輸出を増やすと、純輸出と実質GDPが増え、中央銀行の外貨準備高が増える速度が高まり、固定相場制を導入するときに借り入れた外貨を返済する速度が高まり、外貨建て債務の債務不履行(デフォルト)の可能性が低くなり、固定相場制の永続性が高まる。一方で、外国で人気となる商品を開発できずに輸出を減らすと、純輸出と実質GDPが減り、中央銀行の外貨準備高が増える速度が低くなり、固定相場制を導入するときに借り入れた外貨を返済する速度が低くなり、外貨建て債務の債務不履行(デフォルト)の可能性が高まり、固定相場制の永続性が低くなる。このため輸出や純輸出に光り輝くような好ましいイメージを感じる人が多い。株主資本主義者はそこにつけ込み、「純輸出がプラスで貿易黒字であればその国は稼げていて借金を返済できて生きていけるし、純輸出がマイナスで貿易赤字であればその国は稼げていないので借金まみれになってもう生きていけない」などと語り、人々に「貿易黒字=生、貿易赤字=死」というイメージをすり込み、人々が貿易赤字を忌避するように世論を誘導しようとする傾向がある。しかし、株主資本主義者のそうした主張は、日本のように変動相場制を採用している国に対して該当するものではない。また、日本は工場や住宅といった資本の量が多い先進国なので、固定相場制を採用して貿易の確実性を高めて投資の計画を立てやすくして投資を増やして工場や住宅を増やす必要に迫られておらず、固定相場制をどうしても採用せねばならないわけではない。
株主資本主義は、労働者や協力企業に対して配慮せず株主の利益を優先することを肯定する思想である。そういう思想の持ち主は、自分以外の誰かに対して配慮すること自体を苦手とする傾向があり、外国の雇用に対して配慮せず純輸出を増やすという近隣窮乏化政策を平気で支持する傾向がある。
ちなみに、日本は「弱い円は輸出企業の利益を生むので国益にかなう」という考えが根強い国であり、自国通貨安と実質為替レートの高さと輸入の困難化とインフレーションの促進と実質賃金の低下を歓迎する勢力が一定の力を持ち続けている国である。このことから「日本は株主資本主義者の勢いが強い国のようだ」と推測することも可能である。
また、アメリカ合衆国は1980年代のロナルド・レーガン政権の頃から2020年代の現在に至るまで「強いドルは国益にかなう(A strong dollar is in the national interest.)」という考えが根強い国であり、財政赤字と貿易赤字という「双子の赤字」が常態化していて、自国通貨高と実質為替レートの低さと輸入の容易化とインフレーションの抑制と実質賃金の上昇を歓迎する勢力が一定の力を持ち続けている国である。このことから「アメリカ合衆国は反・株主資本主義者の勢いが強い国のようだ」と推測することも可能である。
経済学者が国家の経済の状況を測定するときに最も頻繁に使う経済統計は実質GDPである。その実質GDPを需要の面から見ると、政府購入と消費と投資と純輸出の4つに分類できる。
株主資本主義者が主導権を握った国は、政府購入と消費が減り、実質利子率が下がって投資が増えて純資本流出が増え、純輸出が増えて実質為替レートが上がる。物価が一定の短期においては実質利子率が下がることで自国発のキャリートレードが増え、自国通貨売り・外国通貨買いが増え、自国通貨安・外国通貨高(名目為替レートの上昇)になり、実質為替レートが上昇して純輸出が増える。以上をまとめると、株主資本主義者が主導権を握った国は、政府購入と消費が減り、投資と純輸出が増える。
反・株主資本主義者が主導権を握った国は、政府購入と消費が増え、実質利子率が上がって投資が減って純資本流出が減り、純輸出が減って実質為替レートが下がる。物価が一定の短期においては実質利子率が上がることで自国向けのキャリートレードが増え、自国通貨買い・外国通貨売りが増え、自国通貨高・外国通貨安(名目為替レートの下落)になり、実質為替レートが下落して純輸出が減る。以上をまとめると、反・株主資本主義者が主導権を握った国は、政府購入と消費が増え、投資と純輸出が減る。
「資本量が減る不利な供給ショック」が起きてインフレーションが発生することがある。資源国が戦争の当事者となり石油などの原材料の輸入量が減ることで「資本量が減る不利な供給ショック」となることが典型例である。2022年2月24日にウクライナ戦争が勃発したが、ロシアもウクライナも資源国だったので、その影響を受けて日本もアメリカ合衆国もアルゼンチンもインフレとなった。
そうしたインフレになったとき、どの国も「資本量が増える有利な供給ショック」を起こそうとするのだが、それを実現する財政政策として2種類を挙げることができる。
2種類の財政政策のうちの1つ目は緊縮財政であり、政府購入や消費を減らして実質利子率を下げて投資の総量を増やすものである。一方で、実質為替レートを上げて投資の中の輸入型投資を減らすことを問題視せずに甘受する。つまり、投資の中の自国完結型投資を増やし、自国で生産される資本財の購入を増やして「資本量が増える有利な供給ショック」を起こしてインフレを抑制しようとする。これの見本は2024年のアルゼンチンであり、ハビエル・ミレイ大統領がチェーンソーとも呼ばれる緊縮財政を実行した。
2種類の財政政策のうちの1つ目は積極財政であり、政府購入や消費を増やして実質利子率を上げて投資の総量を減らすものである。一方で、実質為替レートを下げて投資の中の輸入型投資を増やすことを重視する。つまり、投資の中の輸入型投資を増やし、外国で生産される資本財を大量に輸入して「資本量が増える有利な供給ショック」を起こしてインフレを抑制しようとする。これの見本は2024年のアメリカ合衆国であり、ジョー・バイデン大統領が大幅な財政赤字となる積極財政を実行した。
投資Iというものは自国完結型投資I'(自国で生産される資本財を購入する投資)と輸入型投資I"(外国で生産される資本財を購入する投資)の合計で成り立ち、投資I=自国完結型投資I'+輸入型投資I"が常に成立する。緊縮財政では投資Iと自国完結型投資I'が増えて輸入型投資I"が減る。積極財政では投資Iと自国完結型投資I'が減って輸入型投資I"が増える。もう少し分かりやすくいうと、緊縮財政では自国生産品の資本財を購入する投資が増え、積極財政では外国生産品の資本財を輸入する投資が増える。
株主資本主義者は必ずと言っていいほど緊縮財政を選ぶ。アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領も株主資本主義や新自由主義と親和性が高い人物である。
日本は資源や農林水産物といった原材料の購入の多くを輸入でまかなっている国である。そして原材料は資本財そのものであり[13]、原材料の購入は投資そのものであって、原材料の購入をするとGDPの中の投資が増え、投資の中の在庫投資が増え、在庫投資の中の原材料在庫が増える[14]。このため日本において「資本量が増える有利な供給ショック」を起こす必要に迫られたら、積極財政をして実質為替レートを下げて輸入型投資を増やして原材料の購入を増やすというのが有力な選択肢になる。しかし、株主資本主義者は決してそういう選択肢を選ぼうとしない。
株主資本主義者は、積極的情報提供権(表現の自由)の重視による生産技術の発展と実質GDPの上昇を軽視する傾向がある。
「労働者に労働三権を行使させて労働運動をさせて労働者の権力を強めたり、解雇規制を強化して終身雇用を一般化させて使用者の権力を弱めたり、成果主義・能力主義を否定して年功主義(年功序列)・年齢主義を肯定する風潮を作り出して使用者の権力を弱めたりして、労働者の経済的地位を向上させて労働者と使用者の関係を対等なものに近づけ、労働者が使用者におびえなくなる状況を作りあげて、労働者が使用者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を自由に行使するように仕向け、企業の内部で情報を盛んに流通させて、企業や国家全体の生産技術を向上させて、実質GDPを高めて国家を発展させる」というのが経済政策の1つである。しかし、株主資本主義者はそうした経済政策を決して支持しない。
「所得税や贈与税や相続税の累進課税を強化して超大金持ちの出現を抑制して国家の中の所得格差を縮小して、格差社会や階級社会を消滅させて平等社会や無階級社会を作りあげて、人が人に対して『住む世界が同じなので気軽に話しかけることができる』と考える状況を作りあげて、人が人に対して積極的情報提供権(表現の自由)を自由に行使するように仕向け、国家の内部で情報を盛んに流通させて、国家全体の生産技術を向上させて、実質GDPを高めて国家を発展させる」というのが経済政策の1つである。しかし、株主資本主義者はそうした経済政策を決して支持しない。
「政府購入と消費を増やして実質利子率を上げて実質為替レートを下げて純輸出を減らして、輸出を減らして、『自国の需要者が自国の供給者の商品を買う需要(自国完結型需要のことで、自国完結型政府購入と自国完結型消費と自国完結型投資の3種類に分かれる)』を増やして、需要者と供給者の間における心理的・言語的な壁が低い需要を増やして、『需要者が供給者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を行使して商品の問題点について文句をつける』という現象を盛んに発生させて、需要者と供給者の間で情報を活発に流通させて、供給企業の生産技術を上げ、国家全体の生産技術を向上させて、実質GDPを高めて国家を発展させる」というのが経済政策の1つである。しかし、株主資本主義者はそうした経済政策を決して支持しない。
「人というのは一人では無力であり、着ている服のお尻の部分に穴が開いているかどうかも気付くことができない。ゆえに積極的情報提供権(表現の自由)を重視して人が人に対して情報を提供することを促進して衆知を集めるべきだ」といったふうに考える者は、株主資本主義を完全に支持することができず、反・株主資本主義(ステークホルダー資本主義)を支持することになりやすい。
「人というのは完全無欠であり、着ている服のお尻の部分に穴が開いているかどうかも完璧に気付くことができる。ゆえに積極的情報提供権(表現の自由)を重視して人が人に対して情報を提供することを促進する必要はなく、衆知を集める必要はない」といったふうに考える者は、株主資本主義を支持することになりやすい。
株主資本主義者が国家のマクロ経済政策を語るときは、「企業の株主に利益を与えよう」「企業の株主の利益を守り抜こう」「企業の株主のための経済政策を実行しよう」と表だって本音を語ることを全くといっていいほど行わない。株主資本主義者は企業の株主が嫌われていることや企業の株主の名前を出すと逆風を受けることをよく知っているからである。
そこで株主資本主義者が国家のマクロ経済政策を語るときは、「国民に利益を与えよう」「国民の利益を守り抜こう」「国民のための経済政策を実行しよう」と語ることが多い。あるいは、「日本政府が円建て国債を発行すると子孫の納税負担が増える」という意味の子孫増税論を述べつつ「子孫に利益を与えよう」「子孫の利益を守り抜こう」「子孫のための経済政策を実行しよう」と語ることもある。そういう風に建前を声高らかに述べ、企業の株主の名前を隠しながらマクロ経済政策に関する主張をする。
株主資本主義者は企業の株主のことが可愛くてしょうがないのだが、国家のマクロ経済政策を語るときはそういう本音をひたすら隠し、「自分は国民や子孫のことが可愛くてしょうがないのだ」という建前をアピールする。
株主資本主義者は企業の株主に叱られることが怖くてたまらないので企業の株主を常に意識しているのだが、国家のマクロ経済政策を語るときはそういう本音をひたすら隠し、「自分は国民や子孫に叱られることが怖くてたまらないので国民や子孫を常に意識しているのだ」という建前をアピールする。
株主資本主義を支持する官僚は「自分は企業の株主の負託を得ているので企業の株主の負託に応える行動をとりたい」などと語ることを行わない。そういう本音を言ってしまうと嫌われてしまうのが現実である。そこで株主資本主義を支持する官僚は「自分は国民の負託を得ているので国民の負託に応える行動をとりたい」という建前を語ることが多い。
株主資本主義を支持する国会議員は「自分は企業の株主に対する責任を強く感じており、企業の株主に対する責任をしっかり果たす政治を行いたいと考えており、企業の株主に対する責任政党を作りあげようと考えている」などと語ることを行わない。そういう本音を言ってしまうと嫌われてしまうのが現実である。そこで株主資本主義を支持する国会議員は「自分は国民や子孫に対する責任を強く感じており、国民や子孫に対する責任をしっかり果たす政治を行いたいと考えており、国民や子孫に対する責任政党を作りあげようと考えている」という建前を語ることが多い。
株主資本主義を支持する国会議員たちは自分たちが結成する政党に「○×株主党」という名前を付けることを行わない。そのように本音を丸出しにする名前を付けると嫌われてしまうのが現実である。そこで株主資本主義を支持する国会議員たちは自分たちが結成する政党に「○×民主党」という名前を付けて建前をアピールすることが多い。
逆に言うと、「○×民主党」という名前の政党が株主資本主義に深く傾倒しているのなら、その政党に対して「○×株主党」というあだ名で呼ぶとちょうどよいことになる。
株主資本主義の主な支持者は企業の株主である。そして、市場経済が発達した国なら証券会社を通じて市場で株式を購入することで誰でも簡単に企業の株主になれる。このため、市場経済が発達した国なら誰でも株主資本主義の支持者になる可能性がある。
企業の役員(取締役、監査役、会計参与)は株主総会で株主に選任または解任される存在であり、労働者のように解雇規制で守られるわけではないのでなかなか株主に反抗できず株主に服従するしかない存在であり、「株主の代理人」と呼んでいい存在である。ゆえに役員は株主から発せられる株主資本主義の思想に染まりやすく、株主資本主義の支持者になりやすい。
「企業の役員は年収が多くて社会的地位が高い」と考えて企業の役員に憧れる者は、企業の役員から発せられる株主資本主義の思想に染まりやすく、株主資本主義の支持者になりやすい。
「企業の役員のような年収の多いお金持ちと交際すると高価な食事をおごってもらえるなどの利益を得られる」と考える者は、「企業の役員に相手をしてもらうため企業の役員と同じ思想を持とう」と考える傾向があり、企業の役員から発せられる株主資本主義の思想に染まりやすく、株主資本主義の支持者になりやすい。
財界とは業界の垣根を越えて集まった企業の役員たちで構成される社交界である。財界は株主資本主義の気運を持っている可能性が高く、財界人は株主資本主義の支持者である可能性が高い。財界を構成する団体として典型的なものは経済三団体(経団連と経済同友会と日本商工会議所)であるが、経済三団体の主張はいつの時代も株主資本主義の傾向が濃い。このため「財界が株主資本主義の総本山である」と見なしてよい。また、株主資本主義のことを財界資本主義と呼んでもよい。
「財界人は知名度が高くて社会的地位が高い」と考えて財界人に憧れる者は、財界人から発せられる株主資本主義の思想に染まりやすく、株主資本主義の支持者になりやすい。
「財界人のお気に入りになって財界人に声をかけてもらって財界人と交際することで上流社会に入りこんで名誉などの利益を得たい」と考える者や、「財界人に『先生』と呼ばれてみたい」と考える者は、「財界人に相手をしてもらうため財界人と同じ思想を持とう」と考える傾向があり、財界人から発せられる株主資本主義の思想に染まりやすく、株主資本主義の支持者になりやすい。
企業献金を大量に受け取る政党に属する議員は、献金を支払う企業の役員との親交を深めるので、企業の役員から発せられる株主資本主義の思想に染まりやすく、株主資本主義の支持者になりやすい。献金者と議員の会合は一種の閉鎖空間であってエコーチェンバー現象が起きやすく、その内部で一定の思想が広まりやすい。
政党に属しながら「財界へ積極的に役員を送り込むほど経営に余裕がある財界企業から高額の企業献金を受け取って政党の運営を余裕あるものにしたい」と考える者は、財界企業に媚びを売るために財界の主張を丸呑みして株主資本主義を支持することになりやすい。
企業献金を大量に受け取る政党が優勢となって一党優位政党制と呼ばれるほど長期にわたって与党の地位を確立し続ける国において、中央官公庁の官僚は、企業献金を大量に受け取る政党に属する議員との交際を深めるので、そうした議員から発せられる株主資本主義の思想に染まりやすく、株主資本主義の支持者になりやすい。議員と官僚の会合は一種の閉鎖空間であってエコーチェンバー現象が起きやすく、その内部で一定の思想が広まりやすい。
「株主資本主義の気運が強い企業の社外取締役に就任して高額の役員報酬を受け取りたい」と考える官僚や学者(大学教授)や弁護士は、そうした企業に媚びを売るために株主資本主義を支持することになりやすい。
「財界へ積極的に役員を送り込むほど経営に余裕があり、財界へ積極的に役員を送り込むことで知名度が高まっている、そういう財界企業の社外取締役に就任して高額の役員報酬を受け取りつつ有名企業の一員という名誉も得たい」と考える官僚や学者(大学教授)や弁護士は、財界企業に媚びを売るために財界の主張を丸呑みして株主資本主義を支持することになりやすい。
「財界企業に天下りしたい」と考える官僚は、財界企業に媚びを売るために財界の主張を丸呑みして株主資本主義を支持することになりやすい。
株主資本主義の気運が強い企業をスポンサーとして抱えるマスコミは、スポンサータブーに束縛され、スポンサーの意向に逆らうことができず、株主資本主義を支持することになりやすい。
権力が好きな人や、権力者に憧れる人や、権威主義の政治体制の国を支持する人は、成果主義・能力主義を導入したり解雇規制を緩和したりして使用者の権力を劇的に高める株主資本主義に傾倒しやすい。
スポーツ産業が盛んな国において多くのスポーツ選手が成果主義・能力主義で競争していることや多くのプロスポーツ選手が成果主義・能力主義で報酬を受け取っていることを報道で知る者は、スポーツ選手に対する素朴な憧れの心を持ちつつ「スポーツ選手が成果主義・能力主義に対応しているのだから、労働者もスポーツ選手を真似して成果主義・能力主義に対応すべきだ」というふうに考えやすく、成果主義・能力主義を導入して使用者の権力を劇的に高めて労働者をおびえさせることにためらいを持たない傾向があり、株主資本主義を支持することにためらいを持たない傾向がある。
スポーツ産業が盛んな国において多くのプロスポーツ選手が労働者ではなく個人事業主であって解雇規制に守られていないことを報道で知る者は、プロスポーツ選手に対する素朴な憧れの心を持ちつつ「プロスポーツ選手が解雇規制で守られていないのだから、労働者もプロスポーツ選手を真似して解雇規制の緩和を受け入れるべきだ」というふうに考えやすく、解雇規制を緩和して使用者の権力を劇的に高めて労働者をおびえさせることにためらいを持たない傾向があり、株主資本主義を支持することにためらいを持たない傾向がある。
同族企業の主要株主一族の一員とか世襲議員のように有力者との血縁に恵まれている者は株主資本主義の支持者になりやすい。有力者との血縁に恵まれている者は「株主資本主義者のいうとおりに解雇規制を緩和して労働者と職場の縁故(『職縁』とも『社縁』とも表現できる)を希薄化させたり社会保障を削減して住民と政府の縁故(『政府縁』とも『国縁』とも表現できる)を希薄化させたりしても、自分は有力者との血縁に恵まれているので決して孤立することがない」と安心して考える傾向にあり、株主資本主義を支持することをためらわない傾向がある。有力者との血縁に恵まれている者は縁故を粗末に扱う株主資本主義に傾倒しやすい。
逆に言うと、有力者との血縁に恵まれていない者は「株主資本主義者のいうとおりに解雇規制を緩和して労働者と職場の縁故を希薄化させたり社会保障を削減して住民と政府の縁故を希薄化させたりすると、自分は有力者との血縁に恵まれていないので、縁故を失った状態になって孤立してしまう」と不安に思う傾向にあり、株主資本主義を支持することをためらう傾向がある。有力者との血縁に恵まれていない者は縁故を粗末に扱う株主資本主義に傾倒しにくい。
血縁集団の一員となって「自分は血縁に恵まれている」と考えるようになった者は株主資本主義の支持者になりやすい。アメリカ合衆国においてコミュニティという血縁集団に入り浸っている者や、日本においてインターネット上で血縁集団を結成しているネット右翼(ネトウヨ)は、「自分は血縁に恵まれているので住民と政府の縁故(政府縁・国縁)が希薄になっても困らない」と考えることがあり、社会保障を削減して住民と政府の縁故を希薄化させる政策を容認することがあり、株主資本主義を支持することをためらわないことがある。経済学者のポール・クルーグマンは「アメリカ合衆国で社会保障が向上しないのは人種差別が根底にある」と述べたが[15]、それは「アメリカ合衆国で社会保障が向上しないのは血縁集団によって生まれる『自分は血縁に恵まれているので住民と政府の縁故が希薄になっても困らない』という意識が根底にあり、アメリカ合衆国で血縁集団の存在感が大きいのは人種差別が根底にある」と言い換えることができる。
労働好きの人は、労働運動を抑制して国家全体の労働時間を増やす思想に対して魅力を感じる傾向にあるので、株主資本主義の支持者になりやすい。
貯蓄好きの人は、消費を抑制して貯蓄を増やす思想に対して魅力を感じる傾向にあるので、株主資本主義の支持者になりやすい。
日本語を母語としつつ大学教育を受けて英語の論文を読み書きすることを強制されて四苦八苦した人は「自分は国際的に活躍できていない」という劣等感を抱える傾向にあり、「世界に認められたい、国際的に活躍したい、世界の中で存在感を見せたい」という外国コンプレックスを抱える傾向にある。そうした人は輸出によってもたらされる「自分は世界に認められていて国際的に活躍していて世界の中で存在感を見せている」という満足感を追求する傾向にあり、政府購入や消費を抑制して輸出や純輸出を増やす思想に対して魅力を感じる傾向にあるので、株主資本主義の支持者になりやすい。
「有力な産業がない地方において政府が政府購入をすることを怠ると、そうした地方から住民が流出して過疎化が進み、人口空白地域が発生し、凶悪犯罪者が凶悪犯罪の証拠品を簡単に捨てられる状況となり、熊や猿といった有害動物が繁殖して人を襲い、治安が悪くなり、労働者が労働に集中しにくくなり、労働時間や資本量が一定であっても生産量が減る事態となり、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが減って国家が没落する」といった懸念を一切抱かない人は、有力な産業がない地方において政府が政府購入することに反対する株主資本主義を支持することになりやすい。
株主資本主義は1970年代頃になってアメリカ合衆国で台頭した思想である。「1960年代までのアメリカ合衆国において株主資本主義は一般的ではなかった」と指摘されることがある[16]。
ときおり「株主資本主義は所有権の絶対性を尊重するので資本主義の本来の姿である。欧米では株主資本主義が一般的なのに、日本は株主資本主義を受け入れていない。ゆえに、欧米は資本主義を理解していて優れており、日本は資本主義を理解せず劣っている」という煽りをして、日本人の欧米コンプレックスを上手に刺激しつつ株主資本主義を賞賛する者が現れるが[17]、その主張は疑わしい。
株主資本主義は日本において根強い人気を博している。1980年代の中曽根康弘政権や2000年代の小泉純一郎政権や2010年代の安倍晋三政権は株主資本主義を推進する経済政策を実行したが、いずれも高い支持率に恵まれて長期安定政権を樹立した。
株主資本主義が日本で根強い人気を博している理由として、「株主資本主義は労働運動を抑制して国家全体の労働時間を増やして日本人の労働好きという国民性を満足させてくれる」というものが挙げられる。
日本人は労働好きという国民性を持っている。このため日本人は、労働運動を促進して実質賃金の最低値を市場均衡値よりも高くして構造的失業を増やして国家全体の労働時間を減らす思想を反射的に嫌い、労働運動を抑制して実質賃金の最低値を市場均衡値に近づけて構造的失業を減らして国家全体の労働時間を増やす株主資本主義を反射的に好む。
ちなみに、日本人が労働好きという国民性を持っている原因として、①雨が途絶える乾季が存在せず「いくら労働しても雨が降らないので植物が育たず成果を得られない」という意識が生まれにくく国土のほとんどが植物の育ちやすい湿潤地帯となっていて「労働すればするほど植物が育って成果を得られる」という所得税一律課税で得られるような意識が共通のものとなっており人々に対して労働について正の外発的動機付けを掛ける国になっていて人々の間に労働好きの気分が広がっている、②肥沃な土を上流から運んでくる大河が国内に存在せず「労働しなくても農作物を大量に得られる」という甘美な経験をしておらず「労働しないと農作物を少量しか得られず餓死という罰を与えられてしまう」という苦い体験ばかりしていて人々に対して労働嫌いについて負の外発的動機付けを掛ける国になっていて人々の間に「労働嫌いになるわけにはいかない」という気分が広がっている、③「資源の呪いの逆」が強力に発動していて「天然資源がないので労働しないと餓死という罰を与えられてしまう」という意識が広まっており人々に対して労働嫌いについて負の外発的動機付けを掛ける国になっていて人々の間に「労働嫌いになるわけにはいかない」という気分が広がっている、④言語や文化の統一性が高くて人々に感謝の声が届きやすく人々に対して労働について内発的動機付けを掛ける国になっていて人々の間に労働好きの気分が広がっている、などが考えられる。
また、株主資本主義が日本で根強い人気を博している理由として、「株主資本主義は消費を抑制して貯蓄を増やして日本人の貯蓄好きという国民性を満足させてくれる」というものも挙げられる。
2006年に発表された研究によると日本の投資率は29%ほどであって世界最高水準の高さになっている[18]。つまり日本人は消費嫌いで貯蓄好きという国民性を持っている。このため日本人は、消費を促進して貯蓄を減らす思想を反射的に嫌い、消費を抑制して貯蓄を増やす株主資本主義を反射的に好む。
ちなみに、日本人が貯蓄好きという国民性を持っている原因として、①台風や豪雨や豪雪や地震や津波などの自然災害によって家屋が壊れる現象が多発する国土なので将来への不安を感じて予備的貯蓄をする心理が一般的になっている、②可住地面積が少なく人口が多く人口密度が高く満員電車などの混雑が発生しやすいことから「感染症が広まりやすくコロナ禍のような感染爆発の危機が発生しやすい」と広く信じられていて将来への不安を感じて予備的貯蓄をする心理が一般的になっている、③単一民族国家・単一人種国家であるので「同じ民族・人種同士で血縁集団を作り上げて他民族・他人種からの迫害に対抗する」という現象が少なく多民族国家・多人種国家に比べて血縁集団の存在感が希薄であり人々の孤立化と無縁社会への変貌が進みやすく将来への不安を感じて予備的貯蓄をする心理が一般的になりやすい、④先進国になって農業国から工業国へ移行したことで転勤が一般化して地縁の希薄化と人々の孤立化と無縁社会への変貌が進んでおり将来への不安を感じて予備的貯蓄をする心理が一般的になっている、⑤テレビが普及して全国民が標準語を喋れるようになり言語の統一化が進んでいて「同じ方言を話す者同士で地縁集団を作り上げて助け合う」という現象が減っていて地縁の希薄化と人々の孤立化と無縁社会への変貌が進んでおり将来への不安を感じて予備的貯蓄をする心理が一般的になっている、⑥国民の所得水準が向上して住宅の壁が厚くなり隣人の生活音が聞こえなくなって「隣は何をする人ぞ」の心理となり隣人との心理的距離が遠くなって隣人との地縁集団を結成する気運が減っていて地縁の希薄化と人々の孤立化と無縁社会への変貌が進んでおり将来への不安を感じて予備的貯蓄をする心理が一般的になっている、などが考えられる。
また、株主資本主義が日本で根強い人気を博している理由として、「株主資本主義は純輸出を増やして外国コンプレックスを満足させてくれる」というものも挙げられる。
日本の大学進学率は1970年代において右肩上がりに上昇し1980年代において相当な高さになった。このため1980年代以降の日本は、大学で英語の論文を読み書きすることを強制されて四苦八苦した経験を持つ人が多い国になった。そして、そうした人は、「自分はローカル言語の日本語ばかり話していて国際標準言語の英語を上手く操れておらず国際的に活躍できていない」という劣等感を抱きがちであり、そうした劣等感から「世界に認められたい、国際的に活躍したい、世界の中で存在感を見せたい」という外国コンプレックスを持つ傾向があり、輸出によってもたらされる「自分は世界に認められていて国際的に活躍していて世界の中で存在感を見せている」という満足感を好む傾向があり、純輸出を増やす株主資本主義を支持する傾向がある。
ちなみに、日本人が英語を苦手とする原因として、①英語は「主語・述語・目的語」の語順であるのに対し日本語は「主語・目的語・述語」の語順であってそれぞれの語順が全く異なっており脳内で即座に翻訳するのが難しい、②「I have a pen.」を「私は持つ、1つのペン」と語順通りに簡易的な翻訳をすれば英語の語順に慣れることができて英語の習得に役立つが手抜きを許さない労働好きの国民性を持つためにそうした簡易的な翻訳を「手抜き」と感じてしまい受け入れることができない、③英語の話者は無生物主語を好んでいて「The trip pleased me.(旅が私を楽しませた)」といった言い回しをよく使うのに対し日本語の話者は無生物主語を好まず「私は旅を楽しんだ(I enjoyed the trip.)」といった言い回しをよく使うという差異があるので日本語の話者が文化的な壁を感じやすい、④「A few minutes' walk leads me to the station.」といった無生物主語の英文を和訳するとき日本語で「数分の歩きが自分を駅に連れていく」といった調子で無生物主語の和文に翻訳すれば無生物主語に慣れることができて英語の習得に役立つが手抜きを許さない労働好きの国民性を持つためにそうした翻訳を「手抜き」と感じてしまい受け入れることができない、⑤日本語を話す人が多くて英語を話す人を招き入れる必要性に乏しい時代が日本列島においてずっと続いているので英語を使って英語を話す人と交流しようという意欲が弱く自然な日本語を使って日本語を話す人と交流しようという意欲の方がはるかに強い、などが挙げられる。
また、株主資本主義が日本で根強い人気を博している理由として、「株主資本主義はスポーツ産業の発展に伴って生まれる成果主義・能力主義好みの雰囲気や解雇規制緩和容認の雰囲気と合致している」というものも挙げられる。
1980年代以降の日本はスポーツ産業が盛んになり、多くのスポーツ選手やプロスポーツ選手が存在する国になった。そして、多くのスポーツ選手が成果主義・能力主義で競争していることや、多くのプロスポーツ選手が成果主義・能力主義で報酬を受け取っていることや、多くのプロスポーツ選手が労働者ではなく個人事業主であって解雇規制に守られていないことが報道されるようになった。そういう国ではスポーツ選手やプロスポーツ選手に対する素朴な憧れの心を持ちつつ「労働者というのはスポーツ選手の真似をすべきであり、成果主義・能力主義で賃金を受け取るべきだし、解雇規制の緩和を受け入れるべきだ」という考える人が多くなり、成果主義・能力主義を好む雰囲気が色濃くなり、解雇規制の緩和を容認する雰囲気が色濃くなる。そして、その成果主義・能力主義を好む雰囲気や解雇規制の緩和を容認する雰囲気は、株主資本主義とぴったり合致する。
日本における株主資本主義は、労働好きとか貯蓄好きといった日本のお国柄にしっかり染まる思想であり、日本人の大衆が揃って持ち合わせている国民性に対して迎合する思想であり、一種の大衆迎合主義(ポピュリズム)である。
日本における株主資本主義者は「積極財政を支持する者は大衆迎合主義であり、緊縮財政を支持する自分は大衆迎合主義からしっかり離れている」と主張することが多いが、そうした主張はあまり正しいものではない。
新自由主義(市場原理主義)という経済思想があり、自由貿易を絶対的に尊重する思想である。ある国が新自由主義を貫徹するためには、労働者や協力企業に払う費用を減らして安価な製品を生産して自由貿易に伴う価格競争に勝つ企業を増やすことを必要とするのであり、株主資本主義を導入する必要がある。また、ある国が株主資本主義を貫徹するためには、自由貿易をして安価な海外製の原材料などを購入するなどして協力企業に払う費用を減らすことを必要とするのであり、新自由主義を導入する必要がある。つまり新自由主義の国では株主資本主義を必要とするし、株主資本主義の国では新自由主義を必要とするのであり、株主資本主義と新自由主義は一体不可分の間柄である。
成果主義や能力主義という労働者の賃金に関わる思想がある。スポーツ以外の一般的な労務には「成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れるわけではない」という性質があるため、スポーツ以外の一般的な労務を提供する労働者に対して成果主義や能力主義を適用すると、そうした労働者は「成果や能力を示す客観的な数字」を提示して監督者の恣意的な判断を抑制することをなかなか行えず、使用者の権力が劇的に高まることを許してしまいがちである。そして、スポーツ以外の一般的な労務を提供する労働者というのは、労働者の中の大多数を占める。このため、成果主義や能力主義は株主という使用者の権力の強さを重視する株主資本主義にとって非常に都合の良い思想である。
優生学(優生思想)という思想があり、優れた者の生殖を奨励して劣った者の生殖を奨励しないという内容を持つ思想である。この優生学は成果主義や能力主義の終着点と言うべき思想である。成果主義や能力主義の極端な例は、劣った労働者にごくわずかな賃金を与えて結婚できないほどの生活に追い込み、優れた労働者に高額の賃金を与えて結婚を奨励するというものである。そして株主資本主義の国では成果主義・能力主義を導入することが大いに肯定される。ゆえに優生学は株主資本主義との親和性が高い。
自助論という論理がある。その論理を主張する書籍で最も有名なものは自助論(サミュエル・スマイルズ)である。自助論を言い聞かせると人は「困ったことが発生しても政府が助けてくれず収入が激減する」と思うようになり、将来不安に襲われるようになり、限界消費性向MPを減らして限界貯蓄性向MPSを増やして予備的貯蓄をするようになる。そういう人が増えると消費が減って投資が増え、クラウディングアウトの逆が発生し、実質利子率が下落し、企業が借り入れに伴う支払利息を削減できるようになり、企業が税引後当期純利益を増やしやすくなる。以上の例からも分かるように、自助論は株主資本主義にとって非常に都合の良い思想である。
株主資本主義者は、管理監督労働者[19]や役員[20]に対して長時間労働を要求することを好む。
労働基準法第32条で労働者の法定労働時間が定められ、同法第34条で労働者の法定休憩が定められ、同法第35条で労働者の法定休日が定められている。しかし、同法第41条第2号で「監督若しくは管理の地位にある労働者(管理監督労働者)には法定労働時間・法定休憩・法定休日が適用されない」としている。また役員は、株式会社と労働契約を交わして賃金を受け取る労働者ではなく、会社法第330条に基づき株式会社と委任契約を交わして役員報酬を受け取る存在であって労働者ではないので、労働基準法で保護されない。
株主資本主義者が管理監督労働者や役員に対して「もっと長時間労働をしろ。さもないと自由貿易で敗北して倒産してしまうぞ」といった調子で倒産の不安を煽って長時間労働を要求するのは見慣れた光景である。
管理監督労働者に同一の賃金を払いつつ長時間労働を強いることは、管理監督労働者の時間あたり賃金を削減することになり、賃下げとなる。
株主資本主義が優勢となる時代では、狂ったように長時間労働をする管理監督労働者や役員が出現する[21]。
株主資本主義者が管理監督労働者や役員に対して長時間労働を要求するときは、成果主義・能力主義で賃金や役員報酬を支払って相手を労働好きの性格に変貌させて正の外発的動機付けを掛けてインセンティブを与えることが常である。
さらに株主資本主義者は、成果主義・能力主義を実現するために、国会議員に働きかけて税制を変更させて、所得税・相続税・贈与税の累進課税を弱体化させて一律課税(フラットタックス)に近づけたり、相続税や贈与税を無税にさせたりする。そのときの株主資本主義者は「才能を発揮すればするほど稼げる夢のある社会を作り上げ、アメリカンドリームとかジャパニーズドリームを実現できる社会にして、才能を発揮する人に夢を見せる」といったふうに才能や夢とかドリームといった綺麗な言葉を織り交ぜ、「金にがめつい欲深」という汚いイメージを振り払うことに懸命になるのが恒例である。
株主資本主義が盛んな国では相続税や贈与税が無税になった国も多い。そうなると世の中の父親・母親が「子どもに多くのお金を相続させるため、目一杯働いて高額所得を得よう」と考えるようになり、世の中の父親・母親の労働意欲が強烈に刺激される[22]。
株主資本主義者は、国会議員に働きかけて税制を変更させるとき、「所得税累進課税や年功序列の賃金体系によって、頑張った人が痛めつけられている」とか「頑張った人が報われていない現状を変えて、頑張った人が報われる社会を作ろう」とか「頑張る人が足を引っ張られている現状を変えて、頑張る人が足を引っ張られない社会を作ろう」という言い回しをすることがある。いずれも「自分は頑張っている」と信じている人の被害者意識を強く刺激するものであり、扇情的な言い回しである。このような扇情的な言い回しをして人々を感情的にさせ、人々が感情の赴くままに所得税累進課税や年功序列の賃金体系を弱体化させていくように誘導する。
日本は、湿潤地帯が多くて雨と水資源に恵まれていて植物が育ちやすい国である。そういう国では「労働すればするほど植物が育って成果を得られるので労働は無駄にならない」という意識が広がりやすく、所得税一律課税を導入したときの気分のようになりやすく、人々に対して労働について正の外発的動機付けを掛ける状態になっていて、人々が労働好きの性格になりやすい。日本のような国で株主資本主義者が所得税を一律課税に近づけて労働について正の外発的動機付けをさらに掛けると、労働意欲が過剰になってしまい、労働しすぎて体をこわすなどの短所が強く現れてしまう。バランスを考えるのなら、日本のような国では株主資本主義者が所得税を一律課税に近づけて労働について正の外発的動機付けを掛けることを抑制するべきである。
一方、世界には乾燥地帯が多くて雨と水資源に恵まれていなくて植物が育ちにくい国がある。そういう国では「労働しても植物が育たず成果を得られないので労働は無駄になる」という意識が広がりやすく、所得税累進課税を導入したときの気分のようになりやすく、人々に対して労働について正の外発的動機付けを掛けていない状態になっていて、人々が労働嫌いの性格になりやすい。そういう国で株主資本主義者が所得税を一律課税に近づけて労働について正の外発的動機付けを掛けると、労働意欲が適度に発生し、労働しすぎて体をこわすなどの短所があまり強く現れない。バランスを考えるのなら、乾燥地帯が多い国には株主資本主義者を派遣して所得税を一律課税に近づけて労働について正の外発的動機付けを掛けることを促進するべきである。
株主資本主義者が管理監督労働者や役員に対して長時間労働を要求するときは、長時間労働を拒否したときに「怠け者」と罵倒して相手の名誉を破壊して負の外発的動機付けを掛けて負のインセンティブを与えることも行う。
株主資本主義者は勤勉を深く愛するがゆえに「とことん」「徹底」「どこまでも頑張る」という言い回しを非常に好み、怠惰を激しく憎むがゆえに「ほどほど」「適度」「無理のない範囲で」という言い回しを非常に嫌う。
そして株主資本主義者は労働意欲を抑制する人に対して「衰退する、ダメになる、発展途上国に追い抜かれる、先進国から脱落する」といった警告をして、「君は衰退の原因を作る怠け者である」と述べ、名誉を破壊する。
人は1日24時間のなかの3分の1にあたる8時間程度を睡眠にあてる生物であり、本質的に「怠惰」を必要とする生物なのだが、論戦に臨む株主資本主義者はそのことを都合良く忘れて「自分は勤勉であり全く怠惰ではない」という態度で振る舞う。
日本は「資源の呪いの逆」が強力に発動している国であり、「天然資源がないので労働しないと餓死という罰を与えられてしまう」という意識が広まっており、人々に対して労働嫌いについて負の外発的動機付けを掛ける国になっていて、人々の間に「労働嫌いになるわけにはいかない」という気分が広がっている。日本のような国で株主資本主義者が人々に対して「労働しないと没落する」などと語って労働嫌いについて負の外発的動機付けをさらに掛けると、「労働嫌いになるわけにはいかない」という気分が過剰になってしまい、労働しすぎて体をこわすなどの短所が強く現れてしまう。バランスを考えるのなら、日本のような国では株主資本主義者が人々に対して労働嫌いについて負の外発的動機付けを掛けることを抑制すべきである。
サウジアラビアやアルゼンチンのような国は「資源の呪い」が強力に発動している国であり、「天然資源があるので労働しなくても餓死という罰を与えられることがない」という意識が広まっており、人々に対して労働嫌いについて負の外発的動機付けを掛けられない国になっていて、人々の間に「労働嫌いになっても大丈夫だ」という気分が広がっている。サウジアラビアやアルゼンチンのような国で株主資本主義者が人々に対して「労働しないと没落する」などと語って労働嫌いについて負の外発的動機付けを掛けると、「労働嫌いになるわけにはいかない」という気分が適度に発生し、労働しすぎて体をこわすなどの短所があまり強く現れない。バランスを考えるのなら、サウジアラビアやアルゼンチンのような国には株主資本主義者を放り込んで人々に対して労働嫌いについて負の外発的動機付けを掛けさせるべきである。
株主資本主義者は管理監督労働者や役員に長時間労働を強いる。そうなると、その企業において平社員(非管理監督労働者)も長時間労働に付き合わされることになる。どの企業であっても、上司が長時間労働すると自然に部下もその長時間労働に巻きこまれてしまう。
株主資本主義の国においては労働者の賃金が下げられるので、平社員に対して残業を依頼しやすい状況となっている。株主資本主義の国では、企業側が平社員に対して気軽に残業を依頼し、平社員が「賃金が安すぎるので残業をして稼がないと食っていけない」と判断してその依頼を受け入れ、長時間労働が増えていく。
株主資本主義者は「長時間労働の鞭」を擬人化したような存在である。株主資本主義者が歩くところは長時間労働の嵐が激しく吹き荒れる。
株主資本主義者は「我慢して長時間労働の痛みに耐える労働者」を心から愛する傾向にある[23]。
株主資本主義者が好む長時間労働には短所がある。
外発的動機付けを掛けて労働意欲を刺激して「仕事すればするほど、お金が儲かる」と思いこませると、「休暇を取っている場合ではない、空いた時間をすべて仕事に注ぎ込もう」という仕事中毒(ワーカホリック)の心理状態となり、長時間労働が増えていく。そうなるとその労働者は過労となって健康を害することになるし、その労働者の家庭崩壊を招く危険もある。
株主資本主義者は長時間労働の欠点を意識することを苦手としており、「労働しすぎたら疲労が蓄積して肉体や精神が壊れてしまう」と考えることを苦手としている[24]。
覚醒剤を使用すると疲労が解消し、どれだけ長時間労働しても疲労を感じなくなる[25]。長時間労働の副作用を意識することが苦手な株主資本主義者と、覚醒剤を使用する人には、共通するところがある。
株主資本主義者は、内発的動機付けで労働者の労働意欲を刺激して長時間労働に従事させることを行わない傾向にある。内発的動機付けとは、相手に「○×という行為をしたら他の誰かに感謝されるなどして自分の有能さを実感できる」と確信させて、相手が○×という行為をするように誘導することをいう。
企業の管理監督労働者や役員や平社員に対して内発的動機付けを掛けるには、その企業の営業部門の労働者の力が必要である。つまり、営業部門の労働者が顧客のところに通い、顧客の感謝の発言をしっかりと収集して、そうした情報を管理監督労働者や役員や平社員に対して報告することで、内発的動機付けが掛かる。
一方で株主は企業の顧客のところに足繁く通う能力が無く、企業の顧客が発する感謝の声を収集する能力が無く、企業の労働者に内発的動機付けを掛ける能力が無い。特に経営と所有が分離した企業における株主は、内発的動機付けを掛ける能力が非常に弱い。
企業の労働者に内発的動機付けを掛けるという手法をとると、営業部門の労働者の発言力が増し、株主の発言力が減る。ゆえに株主資本主義者は内発的動機付けという手段をとって労働者に長時間労働をさせることができない。
株主資本主義者は、労働運動を抑制して労働者に払う費用を減らすための手段を豊富に持っている。
ここでいう労働運動は、労働者が使用者に対して賃金を上げるように要求する行為のすべてを指す。「労働者が労働三権を行使して使用者に対して賃金を上げるように要求する」という本格的なものも含むし、「労働者が使用者に聞こえるように賃金の安さを愚痴って使用者が効率賃金仮説に基づいて賃金を上げるように誘導する」という簡易的なものも含む。
株主資本主義者は貧困を賛美することがあるし、貧困を賛美する文章が書かれた書籍を愛読しつつ他の人に勧めることがある[26]。
労働運動の目的の大半は、労働者の賃金を上げて労働者の消費を拡大して労働者の生活水準を向上させて労働者の生活を豊かなものにしようというものである。そこで株主資本主義者は、貧困を賛美し、生活水準が低い状態そのものを肯定し、労働者が自らの生活水準を向上させようとしない雰囲気を作り出し、労働者が労働運動をしないように誘導しようとする傾向がある。
株主資本主義者は労働者に支払う賃金そのものを罵倒することがある。例えば「賃金が高くなると企業が税引後当期純利益を減らし、企業の株価が下がり、株式を新規に発行して得る資金の量が減ったり銀行から借り入れて得る資金の量が減ったりして企業の投資の量が減り、企業が国際競争力を保てなくなる」などと語る[27]。また、入門者向けの経済学の教科書を読んだことのある株主資本主義者なら「労働者に労働運動を自由にやらせて実質賃金の最低額が市場均衡水準よりも高くなると、構造的失業が増えて失業率が増大し、労働時間が減る不利な供給ショックが発生し、物価の上昇と実質GDPの下落が生まれて不景気となり、経済が停滞する」と語る。このように賃金を罵倒して賃金に汚いイメージをなすりつけておけば、労働者が自らの賃金を増やそうとしなくなり、労働運動が弱体化していく。
労働者の賃金が高くなるときには労働運動が行われていることが常である。労働者が労働三権を行使する種類の労働運動をすると、労働者の権力が強くなって労働者の経済的地位が向上する。また、労働者が使用者に聞こえるように賃金の安さを愚痴る種類の簡易的な労働運動をすると、使用者が「効率賃金仮説に基づいて賃金を増やさないと労働者が退職して人手不足倒産になってしまうかもしれない」と不安に思うようになり、使用者が弱気になり、使用者の権力が弱くなって労働者の経済的地位が向上する。労働者の経済的地位が向上すると、労働者が「我々は使用者に対抗できる」と考えて使用者を恐れなくなり、労働者が使用者に真実や意見を臆せずに述べるようになり、労働者が使用者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を伸び伸びと行使するようになり、企業の内部で情報が活発に流通するようになり、企業の生産技術が向上する。そうした企業が増えると国家全体の生産技術が向上し、実質GDPが増え、好景気となり、国家が発展する。賃金の高さやそれを生み出す労働運動にはこうした好影響がある。
労働者の賃金が高くなると、労働者に良心が芽生え、上司の監視が行き届かないところでも労働に集中するようになり、職務専念義務を果たすようになり、労働強化となり、資本量と労働時間が同じであっても生産量が増える事態となって企業の生産技術が向上する。そういう企業ばかりになるとその国の生産技術が上がり、実質GDPが増える。こうした考え方は効率賃金仮説のうちの1つである。賃金の高さにはこうした好影響がある。
労働者の賃金が高くなると、結婚に前向きになる労働者が増え、少子化が抑制され、移民に頼らずに済むようになり、言語と文化の統一性が維持され、国内の情報の流通が円滑に行われる状態が維持され、その国の生産技術と実質GDPが維持され、その国の国際競争力が低くならずに済む。賃金の高さにはこうした好影響がある。
しかし、株主資本主義者は賃金の高さやそれを生み出す労働運動の好影響を決して認めようとせず、賃金の高さの悪影響だけをひたすら宣伝する。
株主資本主義者は、労働者の自信を破壊することで労働運動を弱体化させようとする傾向がある。
労働者は自信を持つと「自分には高い賃金がふさわしい」と思って労働運動をするようになる。このため株主資本主義者にとって労働者の自信を破壊することは重要な課題である。
株主資本主義者が労働者の自信を破壊する時に使う言い回しの1つは「株主や役員はリスクを負っており、檻の外で剥き出しの自然に立ち向かっており、勇気があり、優秀な存在である。一方で労働者はリスクを負っておらず、安全な檻の中で餌をもらってる家畜で、勇気がなく、劣った連中である」というものである。労働者への軽蔑感情を全開にした言い回しであり、階級社会の意識が強く表れた言い回しであり、階級闘争そのままの言動である。
株主資本主義者は労働者に対して「君たちは株主や役員とは身分が違うのであり、対等に話をする権利がない」という言動をすることもある。2004年日本プロ野球再編問題の際に渡邉恒雄が「ふん、無礼な事を言うな。分をわきまえなきゃいかんよ。たかが選手が。『たかが選手』ったって立派な選手もいるけどね。オーナーとね、対等に話する協約上の根拠が一つも無い」と言い放った(動画
)。渡邉恒雄の「たかが選手が」という言葉は、株主資本主義者の「たかが労働者が」という心理を代弁するような言葉である。
株主資本主義者は「労働者は財務諸表を読まず、役員の目線で物事を考えず、倒産に対する危機感を抱いていない」と言って「労働者は倒産に対する危機感を抱く能力を持っていない」と強調して労働者の自信を破壊することもある。労働者が財務諸表を読んで役員の目線で考えて倒産に対する危機感を抱くことを過剰に行うと、目の前の労働に集中しきれなくなり、職務専念義務を果たしづらくなり、労働強化の逆となり、企業の生産性が落ちる。そのため「労働者は財務諸表を読んで倒産に対する危機感を抱くことを抑制して目の前の労働に集中し、役員は財務諸表を読んで倒産に対する危機感を抱く」という分業制を敷く企業が多い。しかし、株主資本主義者は、そういう道理を無視して「労働者は倒産に対する危機感を抱く能力を持っていない」と喋って労働者の自信を破壊することに熱中することがある。
株主資本主義を信奉する企業役員は、労働者に対して非常に困難な目標を与えて労働者に無力感を感じさせて労働者の自信を破壊することがある。そういうことをすると「過大な要求に属するパワーハラスメント(パワハラ)」と認定される危険があるが、株主資本主義を信奉する企業役員は、そういう危険をかえりみずに労働者に無理難題の目標を課して労働者の自信を破壊することに熱中することがある。
株主資本主義者は予言者とか占い師のような存在になりきって労働者に対して「労働者が今のままでいると、会社が潰れ、会社が生き残れなくなる」とか「労働者が今の労働を繰り返すと、会社が必要とされなくなって競争に負けて倒産する」と言うことがある。そうした言動の後に「今の労働は必ず通用しなくなるので、労働者は意識高い系になって労働に関する意識を改革しなければならない」という言動が続くことが定番である。つまり、株主資本主義者は労働者に対して「あなたの労働は現在において通用しているかもしれないが、将来において陳腐化して通用しなくなるだろう」といい、労働者に対して「あなたは将来において無能になるだろう」と決めつけて労働者の自信を破壊する。全ての人と同じように株主資本主義者も将来について正確な知識を持っておらず将来について断言することなど不可能であるし、「将来において陳腐化する労働があり、将来において陳腐化しない労働もある」というのが実際のところであるが、株主資本主義者は、そういう現実を無視して「今の労働はその全てが将来において陳腐化する」と極端なことを断言して労働者の自信を破壊することに熱中することがある。
株主資本主義が優勢な国では、株主資本主義者の口から流れ出る「労働者が今のままではお先真っ暗だ」という内容の予言や占いがテレビ番組や新聞や雑誌といったメディアの中に溢れかえるので、多くの人が「今のままではダメだ」と思い込み、自信を喪失した人が大勢を占め、辛気くさい雰囲気になる。
根拠らしい根拠を示さず予言者か占い師になりきって「将来は必ずこうなる」と断言する者を教祖として扱うカルト宗教団体というとオウム真理教、エホバの証人、崇教眞光、顕正会といったところが有名である。根拠らしい根拠を示さず予言者か占い師になりきって「労働者が今のままではお先真っ暗だ」と言い放つ株主資本主義者の姿は、そうしたカルト宗教団体の教祖を連想させる。
株主資本主義者はTPPやRCEPのような自由貿易協定を締結して自由貿易を促進することを好む傾向がある。自由貿易が進展すると国際的資本移動の自由化が進み、先進国の企業が発展途上国の企業の株式をすべて買い取って子会社にすることが可能になり、先進国と発展途上国の両方で労働者を雇う多国籍企業が出現するようになる。さらに多国籍企業の役員が「先進国の労働者と発展途上国の労働者に同じ賃金を与えると先進国の労働者は怠惰になって賃金に文句を言い発展途上国の労働者は勤勉になって熱心に働くが、それは、先進国の労働者の性質が怠惰で発展途上国の労働者の性質が勤勉だからだ」などと語って先進国の労働者を罵倒するようになり、先進国において労働者の自信が破壊されていく。
先進国なら資本量が多いので労働市場で形成される実質賃金の均衡水準が高くなり、発展途上国なら資本量が少ないので労働市場で形成される実質賃金の均衡水準が低くなるのだが、そのことはコブ=ダグラス生産関数からも明白である。先進国Aの均衡水準よりも下回っていて発展途上国Bの均衡水準よりも上回っている実質賃金を先進国Aの労働者と発展途上国Bの労働者の両方に提示したら、先進国Aの労働者は「やる気」を失って労働意欲を喪失して怠惰になり、発展途上国Bの労働者は「やる気」を得て労働意欲を燃え上がらせて勤勉になる。つまり労働者は、自らの性質によって勤勉になるか怠惰になるかを決めるだけではなく、国家の資本量と労働市場における実質賃金の均衡水準によって勤勉になるか怠惰になるかを決めることがある。しかし、多国籍企業の役員はそういうことを無視し、労働者が勤勉になるか怠惰になるかはその労働者の性質だけが唯一の原因であるかのように言ってのけ、先進国の労働者を罵倒する傾向にある。株主資本主義者の望むとおりに自由貿易が盛んになって国際的資本移動の自由化が達成されて多国籍企業が出現すると、そうした光景が日常のものとなり、先進国において労働者の自信が効率的に破壊されていく。
多国籍企業の役員による「先進国の労働者と発展途上国の労働者に同じ賃金を与えると先進国の労働者は怠惰になって賃金に文句を言い発展途上国の労働者は勤勉になって熱心に働くが、それは、先進国の労働者の性質が怠惰で発展途上国の労働者の性質が勤勉だからだ」という罵倒は、先進国と発展途上国は資本量がそれぞれ異なっているために労働市場における実質賃金の均衡値もそれぞれ異なっているということを一切無視するものなので、あえて命名するのなら「資本量無視主義」となる。株主資本主義が流行して自由貿易が進展して国際的資本移動の自由化が達成されて多国籍企業が出現すると、先進国の国内において資本量無視主義の嵐が吹き荒れ、労働者が自信を喪失する。そして、自信を喪失した先進国の労働者は「自分は立派な存在ではないので高い賃金がふさわしいわけではない」と思い込んで労働運動をしなくなる。
株主資本主義者は国や地方の現業を廃止して民営化するという方法で労働者の自信を破壊することがある。現業というのは、政府や地方公共団体の一部門や公共企業体(公社)が議会に議決された予算に基づいて権力を行使せずに財・サービスの提供をすることである。日本を始めとして様々な国で財政民主主義が導入されているが、そういう国で現業をすると、現業に関わる労働者が「我々の職場は議会に支持されていて世のため人のためになっているので高い賃金がふさわしい」と確信して自信を持ちつつ労働運動をするようになる。そして、そうした様子を見る民間企業労働者も「自分の職場は現業と似ているのでひょっとしたら自分の職場も現業になって議会に支持されて世のため人のためになっていると認定されるかもしれない」と錯覚してうっすらと自信を持つようになり「自分には高い賃金がふさわしい」と考えて労働運動をするようになる。つまり、国や地方の現業が存在すると現業の労働者から民間企業の労働者へ自信と労働運動が伝播して拡散していく。こうした事態は株主資本主義者にとって絶対に避けたい。そこで株主資本主義者はあらゆる手段を用いて国や地方の現業を廃止して民営化しようとする。ちなみに、かつての三公社五現業のような「国の現業」のほうが「地方の現業」よりも大規模で目立っているので、民間企業の労働者に「自分の職場は現業と似ているのでひょっとしたら自分の職場も現業になって議会に支持されて世のため人のためになっていると認定されるかもしれない」と錯覚させて自信を持たせる効果が高い。このため株主資本主義者が優先的に目の敵にするのは「国の現業」である。
ちなみに国や地方の非現業の労働者から民間企業の労働者へ自信と労働運動が伝播して拡散していく現象もあるが、こちらは伝播や拡散の速度がさほどに速くない。非現業は政府や地方公共団体の一部門などが議会に議決された予算に基づいて権力を行使しつつサービスの提供をすることである。非現業は「権力の行使」といった性質があって民間企業とは大きく異なるので、「我々の職場は議会に支持されていて世のため人のためになっているので高い賃金がふさわしい」と確信して自信を持っている非現業の労働者を見た民間企業の労働者は「自分の職場は非現業と似ているのでひょっとしたら自分の職場も非現業になって議会に支持されて世のため人のためになっていると認定されるかもしれない」という錯覚を起こしにくい。
日本政府は2024年6月21日の閣議で2024年版の「こども白書」を決定した。その中で、日本、米国、ドイツ、フランス、スウェーデンの5ヶ国の13歳から29歳の人を対象に行ったアンケートの結果を掲載したが、「自分自身に満足しているか」の質問に「そう思う」または「どちらかといえばそう思う」と答えた割合は日本が最も低かった(記事1
、記事2
)。また、こども家庭庁は2024年7月に15歳から39歳の未婚の男女1万8000人と既婚の男女2000人の合わせて2万人を対象にインターネットでアンケート調査を行ったが、未婚の人に「結婚相手を見つけることについてどのような意識があるか」と尋ねたら「自分に自信がなく、何か行動したところで見つけられると思えない」と答えた人が66%にのぼった(記事
)。日本におけるこのような状況は、労働者が自信を失って労働運動をしなくなって賃金の上昇をあきらめることにつながるので、株主資本主義者が大いに支持して喜ぶことである。
株主資本主義者が賃金を削ろうとするとき、常に激しく抵抗するのが労働組合(労組 ろうそ ろうくみ)である。株主資本主義者にとって労働組合というのは目の上のたんこぶのように邪魔な存在である。
株主資本主義と労働組合は水と油のように相性が悪いので、株主資本主義を支持する政治家は労働組合の弱体化を追求する傾向にある[28]。そのため「株主資本主義が勃興する時代では労働組合が弱体化し、株主資本主義が抑制される時代では労働組合が強力化する」という関係がある。
日本では労働組合の推定組織率(雇用者数に占める労働組合員数の割合)が年々低下している。2025年12月24日に厚生労働省が発表した資料によると、2025年6月30日の時点における推定組織率は16.0%で、1989年以降のなかで4年連続で最低を更新している(記事1
、記事2
)。推定組織率は1980年代の前半まで30%台だったが、それからずっと減少傾向が続いている。日本で株主資本主義が流行し始めたのは1980年代の中曽根康弘政権なので、日本における株主資本主義の躍進と労働組合の推定組織率の減少がぴったりと一致している。
また、株主資本主義が隆盛を誇る時代で急速に発展した巨大IT企業4社のGoogle、Amazon、Facebook、AppleをGAFAと呼ぶが、2020年12月の時点でどこも労働組合を持っていなかった[29]。こうした事実も株主資本主義と労働組合の相性の悪さを物語っていると言える。
株主資本主義を信奉する企業役員が労働者に対して「もし労働組合を結成したら職場において不利益を与える」と脅して労働組合を結成することを妨害したら、日本国憲法第28条や労働組合法第7条に違反して不当労働行為をしたことになり、労働委員会の救済命令を受けることになる[30]。こうした手段は不法な行為と言える。
このため株主資本主義者は、労働組合に対して罵倒の限りを尽くし、労働組合に対して汚いイメージをなすりつけ、人々が労働組合を嫌悪するように誘導し、労働者が労働組合を結成する気を起こさないようにする傾向がある。そうした手段なら合法である。
株主資本主義者は「労働組合を結成して労働組合の助けを得て労働するのは自立しておらず、依存心が強く、寄生しており、スネかじりであり、甘ったれである」とか「労働組合を結成せず労働組合の助けを得ずに労働するのは自立しており、依存心が少なく、自活しており、自分の足で立ち上がっており、自分に厳しくて立派である」と言うことがある。これは、甘ったれへの軽蔑心を持つ人や、「自立している人と思われたい」という名誉欲を持っている人に対して労働組合を嫌悪させる効果がある。特に、「親から自立したい」という願望が強い傾向のある10代の若者によく効く。
株主資本主義者は「労働組合を結成して1つの企業にしがみつくのは格好悪い生き方で、みっともない生き方で、往生際が悪い生き方で、見苦しい生き方で、ダサい生き方である」とか「労働組合を結成せず他の企業に転職するのは格好いい生き方で、体裁がよい生き方で、いさぎよい生き方で、見ていてすがすがしい気分になる生き方で、イケている生き方である」と言うことがある。これは、「格好いい人と思われたい」という名誉欲を持つ人や美意識を持つ人に対して労働組合を嫌悪させる効果がある。体裁ばかり考えてダサい者を嫌悪する傾向がある10代~20代の若者によく効く。
株主資本主義者は「労働組合の主張に従うと、日本の企業が足を引っ張られ、日本の国際競争力が落ち、日本が発展途上国に転落する」と言うことがある。これは、社内などで競争に明け暮れていて敗北や転落を恐れている人に対して労働組合を嫌悪させる効果がある。特に、組織の中で出世競争に明け暮れていて「出世の邪魔をされたくない」「足を引っ張られたくない」と考える傾向がある30代~40代の者によく効く。
株主資本主義者は「労働組合を結成するのは時代の流れに合っておらず、時流に乗ることができておらず、古い時代の感覚に凝り固まっており、時代遅れであり、新しい時代に対応できていない」とか「労働組合を結成せず一人で生きるのは時代の流れに合っており、時流に乗っており、古い時代の感覚からしっかり脱却しており、最先端の生き方であり、新しい時代に対応できている」と言うことがある。これは、時代遅れの生き方をする人への軽蔑心を持つ人や、「時流に乗っている優秀な人と思われたい」という名誉欲を持つ人に対して労働組合を嫌悪させる効果がある。特に、時代遅れと言われると傷つく傾向がある50代~60代の者によく効く。
株主資本主義者は「労働組合を結成すると成果主義・能力主義を導入しにくくなり、夢がなくなり、夢を追いかけられなくなり、夢を見ることができなくなる」とか「労働組合を結成せずにいると成果主義・能力主義を導入しやすくなり、夢が増え、夢を追いかけることができるようになり、夢を見ることができるようになる」と言うことがある。これは、成果主義・能力主義に対して好感を抱いている人に対して労働組合を嫌悪させる効果がある。特に、スポーツ選手への素朴な憧れの心を持ちつつ「スポーツ選手が成果主義・能力主義に対応しているのだから、自分も成果主義・能力主義に対応してみたい」などと考えて成果主義・能力主義に好感を持っている人に対して労働組合を嫌悪させる効果がある。
株主資本主義者は「労働組合は正社員の既得権益なので打破すべきだ」と言うことがある。これは、経済的な苦境に陥って既得権益への嫉妬心が増幅している人に対して労働組合を嫌悪させる効果がある。
株主資本主義者は「労働組合は『働かざる者食うべからず』の格言に反する存在で、生産力よりも多くの消費をしようとする怠け者の溜まり場であり、高望みをしようとするワガママな人たちの集団であり、享楽にふける不道徳な者たちの団体である」と言うことがある。これは、道徳論を気にして怠け者を軽蔑する気持ちを持つ人に対して労働組合を嫌悪させる効果がある。また、「現代の日本の庶民は昔よりも生活水準が向上していて、江戸時代や明治時代の大富豪と同程度の生活をしている」などと述べてから、「それなのに彼らは、きわめて恵まれていることに気付かず、ただひたすら高望みをしようとしていて、もの凄くワガママである」と述べて、「彼らは高望みしている」という言葉をさらに引き立たせる工夫をすることもある。
株主資本主義者は「労働組合の参加者は極左で、革マル派・中核派といった極左暴力集団とつながりがある過激派であり、反日で、中国・韓国とつながりがある卑劣な売国奴であり、日本の名誉と尊厳を傷つけて日本を破壊している」と言うことがある。これは、愛国心を持つ人や国家の敵に対する憎悪心をもつ人に対して労働組合を嫌悪させる効果がある。
株主資本主義者は「労働組合を放置すると日本が共産化する」などと言うことがある。これは、共産主義への嫌悪感を持つ人に対して労働組合を嫌悪させる効果がある。
ちなみに労働組合は構成員の数を増やしたり維持したりすることが組織としての大目標である[31]。労働組合が過剰に政治思想を打ち出すと組織の分裂に行き着いてしまい大目標を達成できない。ゆえに労働組合は政治思想の過剰な表明を控える傾向がある。だから「労働組合を放置すると日本が共産化する」というのは、あまり現実的ではない。
株主資本主義者は「労働組合は順法闘争をするような連中で、極めて迷惑な存在である」と言うことがある。これは、時間厳守が大好きなすべての日本人に対して労働組合を嫌悪させる効果がある。さらには1970年代国鉄における労働組合の順法闘争を憶えている世代の人々に対して労働組合を激しく憎悪させる効果がある[32]。
株主資本主義者は「労働組合はストライキをするような連中で、その労働組合が所属する業界の消費者に多大な迷惑を掛ける存在である」と言うことがある。これは、消費者になる可能性があるすべての人に対して労働組合を嫌悪させる効果がある。
労働組合を罵倒するときの株主資本主義者は、多彩な表現を駆使して人々の嫌悪感情・憎悪感情をとても上手に刺激する。
株主資本主義者は、世間からの批判を避けるためにリップサービスとして「ベースアップなどを通じて賃上げの勢いを定着させたい」などという声明を出すこともあるが、「労働政策により労働組合の推定組織率を上昇させて労働運動を活性化させて賃上げの勢いを定着させることを求めたい」という声明を出すことは絶対と言っていいほど行わない。
このため、ある人が株主資本主義者であるかどうかを簡単に判定するには、「あなたは労働組合の推定組織率を上昇させる労働政策を支持しますか」という質問をすればいい。
株主資本主義者は労働者が労働三権を行使することを恐れており、どうにかしてそれを阻止しようと考えている。
株主資本主義者は「自由及び権利には責任及び義務が伴う」と労働者に言い聞かせることがある。この言葉を聞かされた労働者は、「労働三権を行使したら責任を取らされたり義務を課せられたりする。自分たちはただの労働者なので責任を果たしたり義務を実行したりする経済的実力がない」と考えて萎縮するようになり、労働三権を行使しなくなる可能性がある。
ちなみに「自由及び権利には責任及び義務が伴う」という思想は欠点が見受けられる思想である。詳しくは当該記事を参照のこと。
株主資本主義者は世の中の労働者たちが一致団結して大規模に労働三権を行使することを恐れており、どうにかしてそれを阻止しようと考えている。
株主資本主義者は、労働者が他の労働者を憎悪するように仕向け、労働者たちを仲間割れさせようとする傾向がある。労働者が他の労働者を憎む状況を作りあげれば、世の中の労働者たちが一致団結することがなくなり、労働三権を行使する種類の労働運動が小規模なものであり続ける。
株主資本主義者が労働者たちを仲間割れさせるときに使う言い回しは4つある。1つめは「皆さんの周りにも年功序列・年齢主義のおかげで無能なのに高い賃金をもらっている年寄りがいるでしょう?」と語りかけることで、年功序列によって高額の賃金をもらっている高年齢労働者に対して低年齢労働者の憎悪が集まるように仕向ける言い回しである。2つめは「非正規雇用労働者の皆さんの待遇が悪いのは正規雇用労働者のせいなのです」と語りかけることで、正規雇用労働者に対して非正規雇用労働者の憎悪が集まるように仕向ける言い回しである。3つめは「労働組合の最上層幹部は労働貴族になっていて労働組合の参加者から巻き上げたお金で贅沢な飲み食いをしている」と語りかけることで、労働組合において最上層幹部以外の構成員が最上層幹部を憎むように仕向ける言い回しである。4つめはいわゆる民尊官卑で、「公務員は効率化の意識が低くて劣っているのに高い賃金を得ている」と語りかけることで、公務員に対して民間企業労働者の憎悪が集まるように仕向ける言い回しである。このどちらも、労働者たちを仲間割れさせて世の中の労働者たちの一致団結を妨害する効果がある。
古代ローマ帝国や大英帝国においては為政者が分割統治という手法をとり、被統治者が他の被統治者を憎むように仕向け、被統治者たちが団結しないように誘導し、為政者が常に漁夫の利を得るようにしていた。
株主資本主義者もそれと同じように分割統治の手法をとり、低年齢労働者が高年齢労働者を憎むように仕向け、非正規雇用労働者が正規雇用労働者を憎むように仕向け、労働組合において最上層幹部以外の構成員が最上層幹部を憎むように仕向け、民間企業労働者が公務員を憎むように仕向け、世の中の労働者たちが団結しないように誘導し、自らが常に漁夫の利を得るようにしている。
株主資本主義者は労働者が労働運動をすることを非常に恐れており、どうにかしてそれを阻止しようと考えている。
株主資本主義者は企業間の労働移動(転職)を増やすことで労働運動を弱体化させようとする傾向がある。
日本では株主資本主義が優勢になるにつれて「円滑な労働移動」という標語がもてはやされるようになった。財界が「円滑な労働移動を促す労働政策を推進すべきだ」と提言し、それに呼応して内閣府が骨太の方針に「円滑な労働移動を促す」と明記し、厚生労働省がそうした労働政策を推進する。
労働移動には「企業内における労働移動(転属)」と「企業間の労働移動(転職)」の2種類があるが、前者は限定的かつ小規模であり、後者は本格的かつ大規模である。そのため株主資本主義者が主張するとおりに「円滑な労働移動」を追求していくと企業間の労働移動が増えていき、転職を斡旋する業者の広告が新聞やテレビやインターネットに溢れかえる社会になる。
企業間の労働移動が盛んに行われる世相になってしまえば、労働者同士の連帯感や団結心が失われていき、労働者が会社にしがみつこうとする心理が消えていくので、労働者が会社に残留して労働運動をするという現象が少なくなる。これは株主資本主義者が大いに望むことである。
円滑な労働移動を促進して企業間の労働移動が多くなると、労働者が隠れた才能を発揮しやすくなり、「労働者に属する生産技術が向上する有利な供給ショック」が発生しやすくなり、実質GDPが高まりやすくなり、好景気になりやすくなる。また、円滑な労働移動を促進して企業間の労働移動が多くなると、労働者が自らの適性に合った職場を見つけやすくなり、労働者が労働時間を増やしやすくなり、「労働時間が増える有利な供給ショック」が発生しやすくなり、実質GDPが高まりやすくなり、好景気になりやすくなる。企業間の労働移動にはそのような長所がある。
しかし、円滑な労働移動を促進して企業間の労働移動が多くなると、労働者同士の連帯感や団結心が失われていき、労働者が労働三権を行使する種類の本格的な労働運動を行わなくなり、労働者が「自分以外の労働者が使用者からパワハラを受けていたら使用者に抗議する」といった初歩的な労働運動すら行わなくなるので、労働者の権力が弱くなって労働者の経済的地位が低下する。また、企業間の労働移動が多くなると、労働者が企業にしがみつかなくなり、労働者が使用者に聞こえるように賃金の安さを愚痴る種類の簡易的な労働運動をしなくなり、使用者が「効率賃金仮説に基づいて賃金を増やさないと労働者が退職して人手不足倒産になってしまうかもしれない」と弱気なことを考えなくなり、使用者の権力が強くなって労働者の経済的地位が低下する。労働者の経済的地位が低下すると労働者が使用者に対しておびえるようになり、労働者が使用者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を上手く行使できなくなる。その結果として労働者と使用者の間で情報が円滑に流通しなくなり、企業の生産技術が劣化し、国家全体の生産技術が劣化し、「生産技術が劣化する不利な供給ショック」となり、実質GDPが下落し、不景気になる。企業間の労働移動にはそのような短所がある。
株主資本主義者は、企業間の労働移動について、その長所だけをひたすら強調してその短所について一切触れないという傾向がある。
株主資本主義者は労働者が労働三権を行使することを恐れており、どうにかしてそれを阻止しようと考えている。
株主資本主義者は、労働者に対して副業を解禁することがある。株主資本主義が流行る国では、直接金融や商品投資[33]でお金を儲けるマネーゲームを副業とすることや、動画を配信して投げ銭をもらうなどの業務を副業とすることが流行することになる。
副業が解禁されると、労働者が副業に熱中するようになり、「労働組合の運動は自分の副業の邪魔である」と考えるようになり、「労働組合に入りたくない」と考えるようになり、労働三権を行使する種類の労働運動が弱体化し、労働者の権力が弱くなる。これは株主資本主義者が心から望むことである。
また、副業が解禁されると、企業役員は労働者に対して「賃金が少なくて困っているのなら副業をしてお金を増殖しろ」という態度をとりやすくなり、使用者が労働者に対して心理的に賃下げしやすくなり、使用者が強気になりやすくなり、使用者の権力が強くなりやすくなる。このことも株主資本主義者が心から望むことである。
株主資本主義が広まった国では労働者の賃下げが進んで労働者の生活が苦しくなっていき、労働組合を結成しての賃上げ運動が盛り上がらない。このため株主資本主義のもとで低賃金に苦しむ労働者にとって、副業は生活の糧を得るための救世主となる。
株主資本主義が広まって労働者の賃下げが進み、苦境に陥った労働者が副業として株式投資に手を出すと、その労働者は「企業はもっと労働者を賃下げして税引後当期純利益をひねり出して配当金をよこせ。政府は労働者の賃下げが進むような政策を実行しろ。政府系の公的職場の労働者を賃下げして世の中の賃下げの気運を作れ」と心から願うようになる。賃下げに苦しむ労働者が、労働者の賃下げを望むようになる。こういう姿は被虐主義(マゾヒズム)と表現することができる。または、肉屋を支持する豚と表現することもできる。
株主資本主義者は、数ある業務の中でもマネーゲーム(直接金融や商品投資)を副業として労働者に対して奨める傾向がある。マネーゲームは射幸心を強く煽ることができ、いったんハマると夢中になるからである。
株主資本主義者がマネーゲームを推奨するときは「個人が努力して金儲けすることを奨励すべきだ。努力している人の足を引っ張るべきではない。個人投資家を増やそうとしないのは成功者に対する醜い嫉妬心が原因だ」という言い回しを使い、「マネーゲームに反対する者は嫉妬に狂っているだけだ」とレッテル貼りをしていく。
また株主資本主義者がマネーゲームを推奨するときは「間接金融を支持して銀行預金を持っているだけの人は、ボーッと生きているのであり、時代の流れに対して鈍感であり、世間の動向に対してアンテナを張っておらず、怠け者である。一方、マネーゲームを支持して銀行預金以外の資産を持っている人は、シャキッと生きているのであり、時代の流れに対してとても敏感であり、世間の動向に対してアンテナを張っていて、勤勉である」という風に語り、「マネーゲームに反対する者はボケーッとした怠け者だ」とレッテル貼りをしていく。
そもそもマネーゲームというのは、利益が全く保証されておらず不安定で不確実なものであり、射幸心を強く煽るものであり、パチンコやパチスロや競馬や競輪や競艇といった賭博(ギャンブル)と同じ性質を持つものであり、推奨しにくいものである。このためマネーゲームを推奨するときは、「マネーゲームをしない者は嫉妬している怠け者だ」などとレッテル貼りして罵倒するという過激な手段を使わないと上手くいかない。
副業を解禁してしまうと、労働者が職務専念義務を遂行しなくなる危険がある。「ラーメン屋の労働者が動画編集に熱中してラーメンの味が落ちる」「パソコンを使って仕事をしている人がスマホでFX取引(外国為替証拠金取引)の様子を観察することに熱中してパソコンへの入力を間違える」というようなことが起こりやすくなってしまう。職務専念義務を遂行しない人の割合が少しずつ増え、企業の生産技術が落ち、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが減って不景気になり、文明の発展に陰りがみられるようになる。
特にマネーゲームを副業にすることを解禁すると、労働者が職務専念義務を遂行しなくなる可能性が高くなる。労働者が勤務時間中に職場を抜け出してパチンコやパチスロをすることは難しいが、マネーゲームなら勤務時間中の労働者もスマホを操作するだけで簡単に参加できる。労働者が勤務時間中にスマホを操作して競馬や競輪や競艇に参加することと労働者が勤務時間中にスマホを操作してマネーゲームをすることの難易度は同じぐらいだが、競馬や競輪や競艇の開催頻度は比較的に少なくて散発的であるのに対しマネーゲームの開催頻度は極めて多くて恒常的である。以上のことをまとめると、マネーゲームは参加するのが容易であり、世界中の市場でマネーゲームが行われているので開催頻度が極めて多く、パチンコやパチスロや競馬や競輪や競艇といった賭博よりも労働者の職務専念義務の遂行を妨害する効果が高い。
Twitterで「株 仕事が手に付かない
」とか「ビットコイン 仕事が手に付かない
」とか「相場 仕事が手に付かない
」とか「暴落 仕事が手に付かない
」とか「高騰 仕事が手に付かない
」などと検索すると、マネーゲーム系の副業をすることで職務専念義務を果たさなくなった労働者の声を多く聞くことができる。そうした労働者が増えると、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPと実質資本レンタル料と実質賃金が下がり、国家が没落していく。そのことはコブ=ダグラス生産関数を見れば明らかである。
また、副業を解禁してしまうと、労働者が貴重な余暇を副業に費やすことになり、労働者が疲労を蓄積させることになり、労働者が健康を損なう危険が増える。労働者の健康が損なわれると、企業の生産技術が劣化し、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが減って不景気になり、国家が没落する。
特にマネーゲームを副業にすることを解禁すると、それを副業にする労働者は大量の時間を費して情報を豊富に収集して入念に分析してから決断を下す必要に迫られるようになり、余暇を大きく削りやすくなり、疲労を蓄積させやすくなり、健康を損ないやすくなる。
マネーゲームを行いながらそれらについてTwitterでお喋りする人がいる。そういう人たちの集団は「株クラスタ」とか「株クラ」と呼ばれる。株クラの人たちが投資に関する情報収集や情報分析に明け暮れている様子は、Twitterを通じていくらでも観察することができる。その中には「寝ても覚めてもマネーゲームのことばかり考える」といった調子で金稼ぎに忙殺されている人もしばしば見られる。
マネーゲームに関する情報収集と情報分析は、経済の躍動を実感できる体験であり、刺激に満ちあふれて楽しいという好ましい一面がある。しかし、労働者の余暇を減らして労働者の疲労を蓄積させて労働者の健康を破壊するという好ましくない一面がある。
株主資本主義が抑制される国では、政府が「人々が余暇を喪失して疲労を蓄積させて健康を損ねて回復不可能なほど永続的に自己決定権(人生の設計をする権利)を失うことを防ぐためマネーゲームに規制を掛ける」という政策を実行することがある。人々が回復不可能なほど永続的に自己決定権を失うことを防ぐため政府が人々の「経済活動の自由」という基本的人権を制限しているのだが、これを「限定されたパターナリスチックな制約」という。
株主資本主義が抑制される国では間接金融が主力となり、それと同時にマネーゲームに対して様々な規制が掛けられる。そのため個人が財テクする手段は、銀行への定期預金ぐらいに限られており、選択肢が狭い。しかし、銀行は金融庁の厳しい監督を受けている団体であり、財務体質が良好であることが非常に多い団体であり、預金者に定期預金を返済できなくなる危険が非常に少ない団体である。個人にとって、銀行の経営状況についての情報を収集する必要が少なく、余暇を十分に残しやすく、疲労を十分に回復させやすく、健康を維持しやすい。
株主資本主義者は解雇規制の緩和と終身雇用の破壊を好む。解雇規制の緩和とは、使用者が労働者を簡単に解雇できるようにすることである。
解雇規制の緩和の具体例は、アルバイト・パート・派遣社員・契約社員といった非正規雇用の形態で労働者を雇用することを解禁する政策である。使用者が労働者を非正規雇用するときは雇用期間の定めをして労働契約を結ぶので、労働契約が終了するときに再契約をしないことで使用者が実質的に労働者を解雇できる。
株主資本主義が席巻する国では官公庁や学校や図書館のような公的職場が率先して非正規雇用をする。これを官製ワーキングプア(官製ワープア)という。そうすることで政府が世の中の企業に「政府や地方公共団体を見習ってどんどん非正規雇用を拡大すべきだ」とメッセージを送る。日本政府は教育分野でそうした政策を実行しており、2012年の時点で非正規教員の割合が全体の16.1%になっている(記事
)。
株主資本主義者は正社員(正規雇用の労働者)を敵視しており、「正社員は解雇しにくく、まさに既得権益である。正社員という雇用形態を消滅させて、全ての労働者を解雇しやすい非正規雇用にしてしまおう」と論ずることが多い[34]。
株主資本主義者が解雇規制の緩和を目指す理由は5つある。1つ目は、使用者の解雇権の制限を緩和することで使用者の権力を劇的に強化し、労働者が使用者に対しておびえる状況を作り出し、労働者が「使用者に聞こえるように賃金の安さを愚痴って使用者が効率賃金仮説に基づいて賃上げをするように誘導する」という簡易的な労働運動すら行えなくなる状況を作りだし、企業の賃金を削減して税引後当期純利益を増やすためである。
株主資本主義者が解雇規制の緩和を目指す理由の2つ目は、「労働組合に入りたくない」という気持ちを持つ労働者を増やして労働運動を弱体化させて企業の賃金を削減して企業の税引後当期純利益を増やすためである。解雇規制が緩和されると使用者の権力が劇的に強まり、労働者は「使用者の機嫌をとって使用者に好かれることで解雇を避けよう」と考えるようになり、「労働組合に入って使用者の機嫌を損ねることを避けよう」と考えるようになり、労働組合に対して否定的になる傾向が強い。つまり、解雇規制の緩和は労働三権を行使する種類の労働運動を弱体化させる効果がある。
株主資本主義者が解雇規制の緩和を目指す理由の3つ目は、不景気で業績不振に陥って収益を低下させた企業が賃金を一気に削減して税引後当期純利益を確保して倒産を簡単に回避できるようにするためである。言い換えると、企業が賃金を「景気に対応する調整弁」として使えるようにするためである。企業会計に慣れた人向けに言い換えると、企業の固定費の代表例とも言われる賃金を企業の変動費に変化させて企業の損益分岐点を下げて企業が経常利益と税引後当期純利益を稼ぎやすくするためである。
株主資本主義者の言うとおりに解雇規制を緩和して、それから不景気になると、株主がしっかり生き残って労働者が路頭に迷うことになり、まさしく滅私奉公を絵に描いたような社会になる。
株主資本主義者というと小さな政府の信奉者であり、強大な政府を批判することに余念が無く、「戦前の軍国主義日本では自由が封殺され、滅私奉公が強制され、『お国のために命を捨てて奉公せよ』という社会になった。そんなことを繰り返してはならず、政府の権力を制限して小さな政府を実現せねばならない」と熱心に主張するのが常である。
表向きはそのようなことをいうのだが、実際の株主資本主義者は「株主栄えて労働者滅ぶ」の滅私奉公を非常に好み、「株主のために『解雇されずに済む権利』を捨てて奉公せよ」という社会を理想とし、解雇規制をひたすら緩和しようとする。
「一将功成りて万骨枯る」ということわざがあり、「1人の将軍に手柄をもたせるため数万の兵士が犠牲になる」という戦争の現実を捉えた表現である。株主資本主義者の言うとおりに解雇規制を緩和して、それから不景気になると、「株主功成りて万骨枯る」「株主生き残りて万骨枯る」といった社会になる。
株主資本主義者が解雇規制の緩和を目指す理由の4つ目は、市場占有率が高くて協力企業に対して高圧的に接することができる大企業を出現させ、そうした大企業が「協力企業に払う費用」を削減して税引後当期純利益を増やすことを助けるというものである。これについては本記事の『協力企業に払う費用を減らす』の項目を参照のこと。
株主資本主義者が解雇規制の緩和を目指す理由の5つ目は、人口の大部分を占める労働者の賃金の確実性と消費意欲を減らし、国家の限界消費性向MPCを減らして限界貯蓄性向MPSを増やし、消費を減らして投資を増やし、クラウディングアウトの逆を起こし、実質利子率を下落させ、資金を借り入れた企業の支払利息用を減らし、企業が税引後当期純利益を増やしやすくすることである。これについては本記事の『実質利子率を下げて協力企業に払う支払利息を減らす』の項目を参照のこと。
株主資本主義者が解雇規制の緩和を世の中に広めるための手段は3つある。①スポーツ産業の振興と、②観光産業の振興と、③解放欲の刺激である。
①のスポーツ産業の振興とは、スポーツ産業を振興し、個人事業主として企業と委任契約をしていて解雇規制に守られていないプロスポーツ選手を多く出現させ、「プロスポーツ選手が解雇規制の緩和に対応しているのだから労働者も解雇規制の緩和に対応できるはずだ」とか「労働者はスポーツ選手を見習ってその真似をするべきだ」と同調圧力を掛けるものである。
20世紀以降の世界各国においてスポーツを見せ物とするスポーツ産業が盛んになり、スポーツ選手が人々に注目されるようになった。そうしたスポーツ選手の中のプロスポーツ選手(スポーツを職業とする人)は個人事業主として企業と委任契約をすることが非常に多く、労働者として企業と労働契約(雇用契約)をすることが非常に少ない。例えば日本では、労働者となっているプロスポーツ選手は日本相撲協会と労働契約を結ぶ力士ぐらいであり、非常に多くのスポーツ選手が個人事業主である。なぜかというと、スポーツに「成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れる」という性質があるため、プロスポーツ選手は「成果や能力を示す客観的な数字」を提示して監督者の恣意的な判断を抑制して監督者の権力を抑制することを行いやすく、「個人事業主になって解雇規制の保護を受けられなくなっても企業の監督者の権力が劇的に強くなるわけではない」と確信しやすく、解雇規制の緩和を容認する気分になりやすいからである。
株主資本主義者はそうした状況を利用し、世の中の全ての労働者に対して「プロスポーツ選手が解雇規制の緩和に対応しているのだから労働者も解雇規制の緩和に対応できるはずだ」とか「労働者はスポーツ選手を見習ってその真似をするべきだ」と同調圧力を掛けることが常である。こうした同調圧力に対してあえて命名するのなら「スポーツ普遍化主義」といったものになる。
世の中の労働者がスポーツ選手に対して抱いている素朴な憧れの心につけ込み、「君も憧れのスポーツ選手と同じことをしてみないか」とか「格好いいスポーツ選手と同じことをすれば君も格好良くなれるよ」などとと言葉巧みに同調圧力を掛け、甘言を弄して解雇規制の緩和を広め、株主の利益を追求する。これが株主資本主義者の手口である。
それに対して反・株主資本主義者(ステークホルダー資本主義者)は「スポーツ選手は極めて特殊な状況に置かれているのであり、その特殊な条件を全ての労働者へ拡大して適用するべきではない」とか「全ての労働者がスポーツ選手の真似をする必要は無い」と反論することが多い。
スポーツには「成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れる」という性質があるため、スポーツ選手は待遇を交渉するとき「成果や能力を示す客観的な数字」を提示して監督者・使用者の恣意的な判断を抑制して監督者・使用者の権力を抑制することを行いやすく、「解雇規制が緩和されても監督者・使用者の権力が劇的に強くならない」と確信しやすく、解雇規制の緩和を容認しやすい。しかし、スポーツ以外の一般的な労働には「成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れるわけではない」という性質があるので、スポーツ選手以外の一般的な労働者は「成果や能力を示す客観的な数字」を提示して使用者の恣意的な判断を抑制して使用者の権力を抑制することを行いにくく、「解雇規制が緩和されても監督者・使用者の権力が劇的に強くならない」と確信しにくく、解雇規制の緩和を容認しにくい。反・株主資本主義者(ステークホルダー資本主義者)はそうしたことを重視する。
②の観光産業の振興とは、観光産業を振興し、アルバイト・パート・派遣社員・契約社員といった非正規雇用労働者として企業と労働契約(雇用契約)をしていて解雇規制に守られていない労働者を多く出現させ、「観光産業の労働者が解雇規制の緩和に対応しているのだから、観光産業以外の労働者も解雇規制の緩和に対応できるはずだ」と同調圧力を掛けるものである。観光産業は繁忙期と閑散期の波が激しく、正規雇用して正社員を増やすことが難しく、アルバイト・パート・派遣社員・契約社員といった非正規雇用の形態で労働者を雇用せざるをえないのが実情である。
③の解放欲の刺激とは、「解雇規制を緩和すれば自由を得られて束縛から解放される」と信じさせるものである。
解雇規制を緩和するために人々の解放欲を刺激するときの株主資本主義者は、「解雇規制を緩和して非正規雇用で生きることを選べるようになれば、正社員といった枠にはまらない自由な生き方ができ、気ままで解放された生き方ができる」といったふうに語り、「自由」「解放」「気まま」「枠にはまらない」といった綺麗な言葉を織り交ぜるのが恒例である。株主資本主義者は、そのように綺麗な言葉を織り交ぜることで、自分から発散される「解雇規制を緩和して労働運動を弱体化して株主に利益を捧げたい」という暑苦しい欲望を覆い隠す努力をしている。
解雇規制の緩和には欠点がある。①使用者の権力の強化に伴う生産技術の劣化、②技術の属人化による生産技術の不安定化、③大企業の労働者と中小企業の労働者によって形成される地域社会が格差社会・階級社会になることに伴う国家全体の生産技術の劣化、④人口減少と移民の流入と言語の統一性の劣化に伴う生産技術の劣化、の4つを挙げることができる。
①の「使用者の権力の強化に伴う生産技術の劣化」とは、次の現象のことである。解雇規制を緩和して終身雇用を破壊すると、使用者の権力が一気に強くなり、企業が「解雇の権限を持つ強い使用者」と「解雇されるがままの弱い労働者」で構成される階級社会となる。そうなると労働者が「使用者のご機嫌伺いを優先しよう」と考えるようになり、労働者が労働に集中しなくなり、労働者が職務専念義務を遂行しなくなり、労働強化の逆となり、企業の生産性が落ちていき、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが下がっていく。
また、解雇規制を緩和して終身雇用を破壊すると、使用者の権力が一気に強くなり、企業が「解雇の権限を持つ強い使用者」と「解雇されるがままの弱い労働者」で構成される階級社会となる。そうなると労働者の間で「使用者は自分と階級が異なっていて自分とは出来が違うのだから話しかけることは止めておこう」という気運が広がり、労働者が使用者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を行使することをためらうようになり、風通しが悪い企業になる。上意下達(トップ・ダウン)だけが行われて下意上達(ボトム・アップ)がまるで行われない企業になり、企業の中で情報の流通が阻害され、欠点がいつまで経っても残り続ける企業になり、企業が発展せずに停滞するようになる。企業の生産性が落ちていき、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが下がっていく。
②の「技術の属人化による生産技術の不安定化」とは、次の現象のことである。解雇規制を緩和すると、個人で独自に開発した技術を持つ労働者は「自分以外の労働者にこの技術を教えると、自分に対する評価が『他の誰も持っていない技術を持つオンリーワンの優れた存在』から『他の誰かが持っている技術を持つ平凡な存在』になって相対的に下がり、解雇される可能性が高まる」と思い、そうした技術を教えにくくなる。解雇規制を緩和すると、労働者の多くがそのように考えるようになり、労働者の間で技術の属人化が進んで技術の伝播が行われなくなる。急死や急病といった事情によって労働者が技術を誰にも教えないまま突発的に退職することはよくあることなので、技術の属人化が進むと技術の突発的な喪失が発生しやすくなり、企業の生産技術がある日突然ガタッと劣化することが発生しやすくなる。解雇規制を緩和すると、国家全体の生産技術がガタッと劣化することが発生しやすくなり、実質GDPがガタッと下がることが発生しやすくなり、不安定な国になる。
「解雇規制の緩和に適応しているスポーツ選手が、自らの地位を脅かすライバルのスポーツ選手に対してコツなどを絶対に教えず、技術を属人化させようと懸命になる」という現象は様々なスポーツ分野で多く見られる。解雇規制を緩和すると、それと同じ現象が企業の内部でも発生する。
ちなみに、解雇規制を緩和すると、技術の属人化が進み、労働者同士で知識を与え合って相互に教育することが減り、企業の内部で人材が育ちにくくなる。そのため解雇規制を緩和した国において企業は企業買収で「完成した人材」を手に入れて成長を目指すことが多くなる。
③の「大企業の労働者と中小企業の労働者によって形成される地域社会が格差社会・階級社会になることに伴う国家全体の生産技術の劣化」とは、次の現象のことである。解雇規制を緩和すると、企業は「労働者をいくら雇っても好きなときに解雇できる」と考えるようになって極めて積極的に雇用するようになり、市場占有率を拡大する機会が巡ってきたときに一気に雇用を拡大して市場占有率を伸ばすようになる。そして、市場占有率が高くて協力企業に対して高圧的に接することができる大企業が出現しやすくなり、大企業の協力企業の多くが中小企業であるために、大企業の費用が減って中小企業の収益が減って大企業と中小企業の格差が広がる現象が起こりやすくなる。その結果として、大企業の労働者と中小企業の労働者の賃金の格差が広がり、大企業の労働者と中小企業の労働者で作られる地域社会が平等社会・無階級社会から格差社会・階級社会に変化する。そうなると中小企業労働者が大企業労働者に対して「あの労働者は自分と全く違う賃金を得ていて自分とは住む世界が全く異なるので話しかけるのを止めよう」と考えるようになり、中小企業労働者が大企業労働者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を行使しなくなる。そうなると、情報が内部で円滑に流通しない地域になる。そうした地域ばかりになると国家全体の生産技術が低下し、実質GDPが低下し、国家が没落する。
また、大企業の労働者と中小企業の労働者で作られる地域社会が平等社会・無階級社会から格差社会・階級社会に変化すると、低い階級に所属する人は高い階級に所属する人に対して嫉妬心を抱かなくなり、嫉妬心の一形態である競争心を持たなくなり、「自分は自分、彼は彼」だとか「自分は彼と出来が違うので負けていて当然だ」などと考えるようになり、負け犬根性を平気で受け入れるようになり、負けても悔しさを感じなくなる。そうなると社会全体の活気が失われ、「負けて悔しいので労働に精を出す」といった現象が減り、労働強化の逆となり、同じ労働時間と資本量でも生産量が落ちる事態となり、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが減り、国家が没落する。
平等社会・無階級社会が消えると人々の嫉妬心も消える。嫉妬心というのは見苦しいという短所があるが、「負けて悔しい」という感情を生み出して競争心を煽って社会に活気をもたらして労働強化を実現して国家全体の生産技術を向上させて実質GDPを増やすという長所があり、絶対的な悪徳ではない。
④の「人口減少と移民の流入と言語の統一性の劣化に伴う生産技術の劣化」とは、次の現象のことである。解雇規制を緩和すると、人口の大部分を占める労働者の賃金の確実性が減り、将来に備えて消費を減らして貯蓄を増やす労働者が増え、莫大な消費を伴う結婚や出産を控える労働者が増え、人口減少が進む。そうなると移民の流入に頼ることになり、国家において言語の統一性が悪化し、情報が流通しにくい国家になり、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが低下し、国家が没落する。
株主資本主義者は、年功主義(年功序列)・年齢主義を導入した賃金体系を批判し、成果主義・能力主義を導入した賃金体系を支持する傾向がある。成果主義や能力主義を導入した賃金体系をごく簡単に表現すると、「優秀で成果を出している人を賃上げして、無能で成果を出していない人を賃下げする制度」となる。
株主資本主義者が成果主義・能力主義の導入を目指す理由は6つある。1つ目は、使用者の権力を劇的に強化して労働者が使用者に対しておびえる状況を作り出して労働運動を弱体化させて企業の賃金を削減して企業の税引後当期純利益を増やすためである。成果主義や能力主義を採用すると、使用者が「この労働者は有能である」と評価するだけで労働者の賃金を上げることができるようになり、使用者が「この労働者は無能である」と評価するだけで労働者の賃金を下げることができるようになり、使用者が労働者に対して生殺与奪の権力を握るようになり、使用者の権力が劇的に強くなる。そうなると労働者は使用者に対しておびえるようになり、使用者に対して弱気になり、ひたすら使用者の顔色をうかがうだけの存在になり、「使用者に聞こえるように賃金の安さを愚痴って使用者が効率賃金仮説に基づいて賃上げをするように誘導する」という簡易的な労働運動を行えなくなる。このことは株主資本主義者が心から望むことである。
株主資本主義者が成果主義・能力主義の導入を目指す理由の2つ目は、「労働組合に入りたくない」という気持ちを持つ労働者を増やして労働運動を弱体化させて企業の賃金を削減して企業の税引後当期純利益を増やすためである。労働組合というのはたいていの場合において「労働組合に加入する労働者の一律のベア(ベースアップ・基本給賃上げ)を達成しよう」と意気込む団体であり、組合員の間で一種の平等主義がある。このため「成果主義・能力主義の賃金体系が導入されたので、頑張って働いて使用者の高評価を得て他の人よりも多い賃金をもらおう」などと思うようになった者は、平等主義を掲げる労働組合に対して否定的になる傾向が強い。つまり、成果主義・能力主義は労働三権を行使する種類の労働運動を弱体化させる効果がある。
株主資本主義者が成果主義・能力主義の導入を目指す理由の3つ目は、不景気で業績不振に陥って収益を低下させた企業が賃金を一気に削減して税引後当期純利益を確保して倒産を簡単に回避できるようにするためである。言い換えると、企業が賃金を「景気に対応する調整弁」として使えるようにするためである。企業会計に慣れた人向けに言い換えると、企業の固定費の代表例とも言われる賃金を企業の変動費に変化させて企業の損益分岐点を下げて企業が経常利益と税引後当期純利益を稼ぎやすくするためである。成果主義・能力主義を導入してしまえば、不景気になって企業の収益が減ったとき、企業は労働者に対して「収益が減ったのは君たち労働者の成果が出ていないからであり、君たち労働者の能力が低いからだ」と難癖を付けて賃金を減らすことが可能になり、賃金を急速に減らすことができる。
株主資本主義者が成果主義・能力主義の導入を目指す理由の4つ目は、ダニング=クルーガー効果を利用して優秀な人の賃金を削減して企業の税引後当期純利益を増やすためである。優秀な人ほど謙虚で自己評価が低く、「自分は劣っていてまだ努力が必要な存在であり、さしたる成果を出していない」と思い込む傾向があるのだが、この心理傾向をダニング=クルーガー効果という。そのため、成果主義・能力主義を導入してしまえば、優秀な人に対して欠点を指摘して反省させ、優秀な人に対して賃金を増やす要求をしないように釘を刺すことができる。このため成果主義や能力主義によって優秀な人の賃金が増えるとは限らず、優秀な人の賃金が減る可能性がある。また、人は1日24時間のなかの3分の1にあたる8時間程度を睡眠にあてる生物であり、「無能になる時間」を大量に必要とする生物であり、本質的に「無能」な存在である。優秀な人ほど謙虚で自己評価が低くて「1日24時間の中で全く休まず働き続ける機械に比べて、自分は1日8時間も休まねばならず無能だ」と反省する傾向にあるので、成果主義・能力主義を導入してしまえば、優秀な人に対して賃下げの圧力を強く加えることができる。
株主資本主義者が成果主義・能力主義の導入を目指す理由の5つ目は、市場占有率が高くて協力企業に対して高圧的に接することができる大企業を出現させ、そうした大企業が「協力企業に払う費用」を削減して税引後当期純利益を増やすことを助けるというものである。これについては本記事の『協力企業に払う費用を減らす』の項目を参照のこと。
株主資本主義者が成果主義・能力主義の導入を目指す理由の6つ目は、人口の大部分を占める労働者の賃金の確実性と消費意欲を減らし、国家の限界消費性向MPCを減らして限界貯蓄性向MPSを増やし、消費を減らして投資を増やし、クラウディングアウトの逆を起こし、実質利子率を下落させ、資金を借り入れた企業の支払利息を減らし、企業が税引後当期純利益を増やしやすくすることである。これについては本記事の『実質利子率を下げて協力企業に払う支払利息を減らす』の項目を参照のこと。
株主資本主義者が成果主義・能力主義を世の中に広めるための手段は2つある。①スポーツ産業の振興と、②金銭欲の刺激である。
①のスポーツ産業の振興とは、スポーツ産業を振興して成果主義・能力主義に対応しているスポーツ選手の姿を世の中に広く見せつけ、「スポーツ選手が成果主義・能力主義に対応しているのだから労働者も成果主義・能力主義に対応できるはずだ」とか「労働者はスポーツ選手を見習ってその真似をするべきだ」と同調圧力を掛けるものである。
20世紀以降の世界各国においてスポーツを見せ物とするスポーツ産業が盛んになり、スポーツ選手が人々に注目されるようになった。そして、そうしたスポーツ選手は成果主義・能力主義で待遇を決めることが非常に多い。また、スポーツ選手の中のプロスポーツ選手(スポーツを職業とする人)は成果主義・能力主義で報酬を受け取ることが非常に多い。なぜかというと、スポーツに「成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れる」という性質があるため、スポーツ選手は待遇や報酬を交渉するとき「成果や能力を示す客観的な数字」を提示して監督者・使用者の恣意的な判断を抑制して監督者・使用者の権力を抑制することを行いやすく、「成果主義・能力主義を導入しても監督者・使用者の権力が劇的に強くならない」と確信しやすく、成果主義・能力主義を容認する気分になりやすいからである。
株主資本主義者はそうした状況を利用し、世の中の全ての労働者に対して「スポーツ選手が成果主義・能力主義に対応しているのだから労働者も成果主義・能力主義に対応できるはずだ」とか「労働者はスポーツ選手を見習ってその真似をするべきだ」と同調圧力を掛けることが常である。こうした同調圧力に対してあえて命名するのなら「スポーツ普遍化主義」といったものになる。
世の中の労働者がスポーツ選手に対して抱いている素朴な憧れの心につけ込み、「君も憧れのスポーツ選手と同じことをしてみないか」とか「格好いいスポーツ選手と同じことをすれば君も格好良くなれるよ」などとと言葉巧みに同調圧力を掛け、甘言を弄して成果主義・能力主義を広め、株主の利益を追求する。これが株主資本主義者の手口である。
それに対して反・株主資本主義者(ステークホルダー資本主義者)は「スポーツ選手は極めて特殊な状況に置かれているのであり、その特殊な労働条件を全ての労働者へ拡大して適用するべきではない」とか「全ての労働者がスポーツ選手の真似をする必要は無い」と反論することが多い。
スポーツには「成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れる」という性質があるため、スポーツ選手は待遇や報酬を交渉するとき「成果や能力を示す客観的な数字」を提示して監督者・使用者の恣意的な判断を抑制して監督者・使用者の権力を抑制することを行いやすく、「成果主義・能力主義を導入しても監督者・使用者の権力が劇的に強くならない」と確信しやすく、成果主義・能力主義を容認する気分になりやすい。しかし、スポーツ以外の一般的な労働には「成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れるわけではない」という性質があるので、スポーツ選手以外の一般的な労働者は「成果や能力を示す客観的な数字」を提示して使用者の恣意的な判断を抑制して使用者の権力を抑制することを行いにくく、「成果主義・能力主義を導入しても監督者・使用者の権力が劇的に強くならない」と確信しにくく、成果主義・能力主義を容認する気分になりにくい。反・株主資本主義者(ステークホルダー資本主義者)はそうしたことを重視する。
②の金銭欲の刺激は、「成果主義・能力主義を導入すればお金を多くもらえる」と信じさせるものである。
劣った人ほど傲慢で自己評価が高く、「自分は優秀で能力が高いのでいくらでも成果を出すことができる」と思い込む傾向がある。そうした心理傾向をダニング=クルーガー効果という。このため劣った人は、株主資本主義者が「成果主義・能力主義を導入して優秀で成果を出している人を賃上げする」と語ると「自分が賃上げされる」と信じ込んで大喜びする傾向があり、株主資本主義者の口車に乗る傾向がある。
成果主義・能力主義を導入するために人々の金銭欲を刺激するときの株主資本主義者は、「才能を発揮すればするほど稼げる夢のある社会を作り上げ、アメリカンドリームとかジャパニーズドリームを実現できる社会にして、才能を発揮する人に夢を見せる」といったふうに夢とかドリームといった綺麗な言葉を織り交ぜ、「金にがめつい欲深」という汚いイメージを振り払うことに懸命になるのが恒例である。
成果主義・能力主義を導入するために人々の金銭欲を刺激するときの株主資本主義者は、「年功主義(年功序列)や年齢主義によって、頑張った人が痛めつけられている」とか「頑張った人が報われていない現状を変えて、頑張った人が報われる社会を作ろう」とか「頑張る人が足を引っ張られている現状を変えて、頑張る人が足を引っ張られない社会を作ろう」という言い回しをすることがある。いずれも「自分は頑張っている」と信じている人の被害者意識を強く刺激するものであり、扇情的な言い回しである。扇情的な言い回しをして「金にがめつい欲深」という汚いイメージを振り払う効果がある。
夢とかドリームといった綺麗な言葉を織り交ぜたり「頑張った人が痛めつけられている」と扇情したりする言い回しは、国会議員に働きかけて税制を変更させて所得税・相続税・贈与税の累進課税を弱体化させて一律課税(フラットタックス)に近づけたり相続税や贈与税を無税にさせたりするときにも使われる。所得税・相続税・贈与税の一律課税や減税は、成果主義・能力主義を企業という狭い範囲ではなく国家という広い範囲に拡大するときに生まれる税制なので、言い回しも同じになる。
成果主義や能力主義には欠点がある。①使用者の権力の強化に伴う生産技術の劣化、②労働者によって形成される企業内部の社会が格差社会・階級社会になることに伴う生産技術の劣化、③技術の属人化による生産技術の不安定化、④大企業の労働者と中小企業の労働者によって形成される地域社会が格差社会・階級社会になることに伴う国家全体の生産技術の劣化、⑤人口減少と移民の流入と言語の統一性の劣化に伴う生産技術の劣化、の5つを挙げることができる。
①の「使用者の権力の強化に伴う生産技術の劣化」とは、次の現象のことである。成果主義や能力主義を採用することで使用者の権力が劇的に強くなり、労働者が使用者を恐れて使用者に対して意見を述べることを止めるようになり、労働者が使用者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を行使しなくなる。そうなると、自由な社風からほど遠い状態の企業になり、上意下達(トップダウン)だけが行われて下意上達(ボトムアップ)が行われない企業になり、情報が内部で円滑に流通しない企業になる。そうした企業ばかりになると国家全体の生産技術が低下し、実質GDPが低下し、国家が没落する。
成果主義や能力主義を採用すると、使用者の権力が劇的に強くなり、労働者が使用者を恐れて労働者が「使用者の機嫌を損ねるが会社の業務を向上させる行為」を怖がって実行しなくなり、「会社の業務を向上させないが使用者の機嫌をとることができる行為」を優先するようになり、使用者の機嫌をとることに集中して労働に集中しなくなり、職務専念義務を遂行しなくなり、企業の生産性が落ちていく。そうした企業ばかりになると国家全体の生産技術が低下し、実質GDPと労働生産性Y/Lと資本生産性Y/Kのすべてが低下し、国家が没落する。
「日本はダラダラと長い会議が多くて労働生産性Y/Lが低い」と盛んに指摘されるが、その原因の1つは成果主義・能力主義である。日本は成果主義・能力主義によって使用者の権力が劇的に強くなっており、「使用者の機嫌を損ねても構わないから会議の時間を短くすることを提案して会社の業務を向上させよう」と考える強気な労働者が少なく、「会議の時間を長くして会社の業務を劣化させることを問題視せず使用者の機嫌をとることを優先しよう」と考える弱気な労働者が多く、そのために労働生産性Y/Lが低下している。
スポーツという労務を提供する労働者を雇用する企業なら、成果主義・能力主義を導入したとしても使用者の権力が劇的に強くなるわけではない。スポーツには「成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れる」という特殊な性質があり、スポーツという労務を提供する労働者は「成果や能力を示す客観的な数字」を提示して使用者の恣意的な判断を抑制することを行いやすい。
しかし、スポーツ以外の一般的な労務を提供する労働者を雇用する企業では、成果主義・能力主義を導入すると使用者の権力が劇的に強くなる。スポーツ以外の一般的な労務には「成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れるわけではない」という性質があり、スポーツ以外の一般的な労務を提供する労働者は「成果や能力を示す客観的な数字」を提示して使用者の恣意的な判断を抑制することを行いにくい。
株主資本主義者というと新自由主義を信奉していることが多く、「全体主義国では自由が封殺される。そんなことが起こってはならず、自由を守り抜かねばならない。そのために政府の権力を最小限にするべきだ」といったことを唱え、自由を尊重して権力を制限することを声高らかに主張する。口先ではそのようなことをいうのだが、実際の株主資本主義者・新自由主義者は労働者の自由を制限して使用者の権力を増大させる成果主義・能力主義を好み、権力志向の性質を持つ。
②の「労働者によって形成される企業内部の社会が格差社会・階級社会になることに伴う生産技術の劣化」とは、次の現象のことである。成果主義や能力主義を採用することで、能力が高くて大きな成果を獲得して多い賃金を得る労働者Aと、能力が低くて小さな成果だけを獲得して少ない賃金を得る労働者Bが発生し、企業内の労働者で構成される社会が平等社会・無階級社会から格差社会・階級社会に変化する。そうなると労働者がお互いに「あの労働者は自分と全く違う賃金を得ていて自分とは住む世界が全く異なるので話しかけるのを止めよう」と考えるようになり、労働者が他の労働者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を行使しなくなる。そうなると、情報が内部で円滑に流通しない企業になる。そうした企業が増えると国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが減り、国家が没落する。
また、企業内の労働者で構成される社会が平等社会・無階級社会から格差社会・階級社会に変化すると、低い階級に所属する人は高い階級に所属する人に対して嫉妬心を抱かなくなり、嫉妬心の一形態である競争心を持たなくなり、「自分は自分、彼は彼」だとか「自分は彼と出来が違うので負けていて当然だ」などと考えるようになり、負け犬根性を平気で受け入れるようになり、負けても悔しさを感じなくなる。そうなると社会全体の活気が失われ、「負けて悔しいので労働に精を出す」といった現象が減り、労働強化の逆となり、同じ労働時間と資本量でも生産量が落ちる事態となり、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが減り、国家が没落する。
平等社会・無階級社会が消えると人々の嫉妬心も消える。嫉妬心というのは見苦しいという短所があるが、「負けて悔しい」という感情を生み出して競争心を煽って社会に活気をもたらして労働強化を実現して国家全体の生産技術を向上させて実質GDPを増やすという長所があり、絶対的な悪徳ではない。
③の「技術の属人化による生産技術の不安定化」とは、次の現象のことである。成果主義・能力主義を導入すると、個人で独自に開発した技術を持つ労働者は「自分以外の労働者にこの技術を教えると、自分に対する評価が『他の誰も持っていない技術を持つオンリーワンの優れた存在』から『他の誰かが持っている技術を持つ平凡な存在』になって相対的に下がり、自分の賃金が減る」と思い、そうした技術を教えにくくなる。成果主義・能力主義を導入すると、労働者の多くがそのように考えるようになり、労働者の間で技術の属人化が進んで技術の伝播が行われなくなる。急死や急病といった事情によって労働者が技術を誰にも教えないまま突発的に退職することはよくあることなので、技術の属人化が進むと技術の突発的な喪失が発生しやすくなり、企業の生産技術がある日突然ガタッと劣化することが発生しやすくなる。成果主義・能力主義を導入する企業が大勢を占めると、国家全体の生産技術がガタッと劣化することが発生しやすくなり、実質GDPがガタッと下がることが発生しやすくなり、不安定な国になる。
「成果主義・能力主義に適応しているスポーツ選手が、自らの地位を脅かすライバルのスポーツ選手に対してコツなどを絶対に教えず、技術を属人化させようと懸命になる」という現象は様々なスポーツ分野で多く見られる。成果主義・能力主義を企業に導入すると、それと同じ現象が企業の内部でも発生する。
ちなみに、成果主義・能力主義を導入すると技術の属人化が進み、労働者同士で知識を与え合って相互に教育することが減り、企業の内部で人材が育ちにくくなる。そのため成果主義・能力主義を導入する企業は企業買収で「完成した人材」を手に入れて成長を目指すことが多くなる。
④の「大企業の労働者と中小企業の労働者によって形成される地域社会が格差社会・階級社会になることに伴う国家全体の生産技術の劣化」とは、次の現象のことである。成果主義・能力主義を導入すると、解雇規制を緩和したときと同じように、企業は「労働者をいくら雇っても不景気になったときに賃金を目一杯減らすことができる」と考えるようになって極めて積極的に雇用するようになり、市場占有率を拡大する機会が巡ってきたときに一気に雇用を拡大して市場占有率を伸ばすようになる。そして、市場占有率が高くて協力企業に対して高圧的に接することができる大企業が出現しやすくなり、大企業の協力企業の多くが中小企業であるために、大企業の費用が減って中小企業の収益が減って大企業と中小企業の格差が広がる現象が起こりやすくなる。その結果として、大企業の労働者と中小企業の労働者の賃金の格差が広がり、大企業の労働者と中小企業の労働者で作られる地域社会が平等社会・無階級社会から格差社会・階級社会に変化する。そうなると中小企業労働者が大企業労働者に対して「あの労働者は自分と全く違う賃金を得ていて自分とは住む世界が全く異なるので話しかけるのを止めよう」と考えるようになり、中小企業労働者が大企業労働者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を行使しなくなる。そうなると、情報が内部で円滑に流通しない地域になる。そうした地域ばかりになると国家全体の生産技術が低下し、実質GDPが低下し、国家が没落する。
また、大企業の労働者と中小企業の労働者で作られる地域社会が平等社会・無階級社会から格差社会・階級社会に変化すると、低い階級に所属する人は高い階級に所属する人に対して嫉妬心を抱かなくなり、嫉妬心の一形態である競争心を持たなくなり、「自分は自分、彼は彼」だとか「自分は彼と出来が違うので負けていて当然だ」などと考えるようになり、負け犬根性を平気で受け入れるようになり、負けても悔しさを感じなくなる。そうなると社会全体の活気が失われ、「負けて悔しいので労働に精を出す」といった現象が減り、労働強化の逆となり、同じ労働時間と資本量でも生産量が落ちる事態となり、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが減り、国家が没落する。
⑤の「人口減少と移民の流入と言語の統一性の劣化に伴う生産技術の劣化」とは、次の現象のことである。成果主義・能力主義を導入すると、人口の大部分を占める労働者の賃金の確実性が減り、将来に備えて消費を減らして貯蓄を増やす労働者が増え、莫大な消費を伴う結婚や出産を控える労働者が増え、人口減少が進む。そうなると移民の流入に頼ることになり、国家において言語の統一性が悪化し、情報が流通しにくい国家になり、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが低下し、国家が没落する。
成果主義には存在せず能力主義にだけ存在する欠点というと、「企業の役員が賃金の増加を抑制するために労働者への教育を抑制する」というものを挙げることができる。ある企業が能力主義を導入すると、その企業の役員は「労働者に教育をして労働者の能力を向上させると、労働者へ支払う賃金を常に増やさねばならなくなり、能力を持っている労働者が成果を出せず収益を増やせなかったときに収益が減って費用が一定を保って税引後当期純利益が減ってしまい、株主に叱られてしまう」と考えるようになり、「労働者へ教育をすることを最小限にしておこう」と考えて労働者への教育を抑制するようになる。その結果としてその企業は労働者を教育する気運を欠いた企業になる。そうした企業が増えると国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが減り、国家が没落していく。
そもそも成果主義や能力主義というものは、「労働者に支払う賃金」を決める方法に関する思想である。その「労働者に支払われる賃金」というものには2通りの定義を与えることができる。
1つは「労働者から提供された労働力に支払われる対価」という定義であり、株主資本主義者が好む定義である。労働力を商品として扱い、賃金を商品価格と見なすので、商業的な感覚が色濃い定義である。労働力という商品の良し悪しによって賃金が変わるという考え方であり、成果主義・能力主義を生み出す定義である。
もう1つは「『労働者から時間と生命力を奪い取る』という加害行為を懲罰して抑制するための罰金」という定義であり、労働組合の参加者や反・株主資本主義者が好む定義である。商業的な思想ではなく、社会規律の維持を優先する思想であり、成果主義・能力主義の思想を生み出さない思想である。
株主資本主義者が天下国家を語るとき、小さな政府を志向し、かつての三公社五現業のような現業を消滅させる民営化を推進する傾向がある。「官から民へ」「民間にできることは民間に」というスローガンを繰り返して[35]、国や地方の現業を完全消滅させるのが株主資本主義者である。
現業というのは、政府や地方公共団体の一部門や公共企業体(公社)が議会に議決された予算に基づいて権力を行使せずに財・サービスの提供をすることである。日本を始めとして様々な国で財政民主主義が導入されているが、そういう国で現業をすると、「我々の職場は議会に支持されていて世のため人のためになっているので高い賃金がふさわしい」と確信して自信を持つ労働者が多く発生したり、「我々の職場は議会に支持されているので活発に労働運動をして賃金という費用が増えても絶対に倒産しない」と確信して安心する労働者が多く発生したりして、国内の労働運動を引っ張っていく労働者が多く発生する。現業の労働組合は戦闘的労働組合になることが多く、国内の労働運動を引っ張っていく力を持ちやすい。
一方で、民間企業の労働組合というのは「我々の職場は議会に支持されているわけではなく世のため人のためになっているかどうか怪しいので高い賃金がふさわしいとは言い切れない」といったふうに考えて自信を失った労働者や「我々が活発に労働運動をして賃金という費用が増えると我々の職場が倒産してしまう」と不安に思って恐怖する労働者ばかりで構成されており、御用組合になることが多く、国内の労働運動を引っ張っていく力を持っていない。
このため、株主資本主義者は国や地方の現業を敵視し、民営化を推進する。国内の労働運動を引っ張るような強力な労働組合を消滅させ、国内の労働運動を引っ張れない軟弱な御用組合だけにするのが株主資本主義者の理想である。
国や地方の現業というのは一種の装置であり、「労働者に自信を持たせる装置・労働運動促進装置・積極的情報提供権促進装置・生産技術向上促進装置」という性質がある。国や地方の現業によって労働運動が活発化すると労働者の経済的地位が上昇し、労働者が使用者に対しておびえなくなり、労働者が使用者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を存分に行使するようになり、企業の内部で情報が円滑に流通し、企業や国家全体の生産技術が向上し、実質GDPが増えて好景気になる。民間にできず国や地方の現業でしかできないことは、労働者に「我々の職場は議会に支持されていて世のため人のためになっているので高い賃金がふさわしい」と確信させて自信を持たせて労働運動を行わせることであり、国内の労働運動を活発化させることであり、労働者の経済地位を向上させて労働者のおびえを取り除くことであり、労働者が使用者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を行使できる環境を作り出すことであり、国家全体の生産技術を向上させて実質GDPを上昇させることである。
国や地方の現業の短所というのは、「我々の職場は議会に認められるほどに世のため人のためになっていて立派なのだ」という意識が強くなりやすく、消費者に対して低姿勢で接する意識が弱くなりやすく、サービス精神が低くなりやすいところである。かっての日本においては国鉄職員のサービス精神の少なさがしばしば批判の的になった。また、「我々の職場は議会の支援を受けているので費用が増えても決して倒産せず平気なのだ」という意識が強くなりやすくてコスト意識・効率化意識が低くなりやすいところも短所である。コスト意識・効率化意識が低いということは、自社の事業をしっかり点検しておらずあまり深く理解していないということであり、生産技術が低いということである。そういう企業が増えれば国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが減る。
一方で民間企業の長所と短所は「国や地方の現業」と全く逆となる。民間企業の長所は、「国や地方の現業」に比べて消費者に低姿勢で接する意識が高くてサービス精神が高いところであり、コスト意識・効率化意識が高いところである。コスト意識・効率化意識が高いということは、自社の事業をしっかり点検していて深く理解しているということであり、生産技術が高いということである。そういう企業が増えれば国家全体の生産技術が向上し、実質GDPが増える。民間企業の短所は、労働者の待遇を悪化させて賃金を削減して税引後当期純利益を稼ごうとする傾向があるところであり、労働運動を引っ張れない御用組合ばかり輩出するところである。
法律用語を用いていうと次のようになる。国や地方の現業は労働者の積極的情報提供権(労働者が誰かに話しかけることを邪魔されない権利で、表現の自由の一部)の行使を促進することで自社の生産技術を上げようとする。民間企業は役員や労働者の自社に関する消極的情報収集権(自社に関する情報を収集することを邪魔されない権利で、表現の自由の一部)の行使を促進することで自社の生産技術を上げようとする。
「国や地方の現業」と民間企業の違いを表にまとめると次のようになる。
| 民間企業 | 国や地方の現業 | |
| 長所 | 労働者が「我々の職場は議会に認められているほどに立派というわけではない」と考えがちで、消費者に低姿勢で接する意識が高くなりがちで、サービス精神が高くなりがちである。「我々の職場は倒産するかもしれない」と考えがちでコスト意識・効率化意識が高くなりがちである。コスト意識・効率化意識が高い企業が増えると、自社の事業をしっかり点検して深く理解している企業が増え、高い生産技術を持つ企業が増え、国家全体の生産技術が向上して実質GDPが増える。 | 労働者に自信を持たせる装置・労働運動促進装置・積極的情報提供権促進装置・生産技術向上促進装置である。労働者に「我々の職場は議会に認められていて立派だ」という自信を持たせて戦闘的な労働組合を生み出して強力な労働運動を作り出す。労働運動が活発化すると労働者の経済的地位が上昇し、労働者が使用者に対しておびえなくなって積極的情報提供権(表現の自由)を存分に行使するようになり、国家全体の生産技術が向上して実質GDPが増える。 |
| 短所 | 労働者が「我々の職場は議会に認められているほどに立派というわけではない」と自信を失った状態になりがちで、御用組合ばかりを生み出し、強力な労働運動を作り出すことができない。労働運動が沈静化すると労働者の経済的地位が低下し、労働者が使用者に対しておびえるようになって積極的情報提供権(表現の自由)を存分に行使できなくなり、国家全体の生産技術が劣化して実質GDPが減る。 | 労働者が「我々の職場は議会に認められていて立派だ」と考えがちで、消費者に低姿勢で接する意識が低くなりがちで、サービス精神が低くなりがちである。労働者が「我々の職場は議会に支援されているので倒産しない」と考えがちでコスト意識・効率化意識が低くなりがちである。コスト意識・効率化意識が低い企業が増えると、自社の事業をしっかり点検しておらずあまり深く理解していない企業が増え、低い生産技術しか持たない企業が増え、国家全体の生産技術が劣化して実質GDPが減る。 |
このように「国や地方の現業」と民間企業は一長一短であり、どちらも国家の発展にとって必要な存在である。しかし株主資本主義者はそうした現実を直視せず、ひたすら「国や地方の現業」の欠点をあげつらい、民間企業の欠点をひた隠しにして、民尊官卑の言動を繰り返して、「国や地方の現業」を叩き潰そうとする。
株主資本主義者は「国や地方の現業は不採算部門そのものであり、利益を食いつぶしていて、赤字垂れ流しの状態なので、国や地方の現業を削減するのが当然のことだ」と主張する。「垂れ流し」とは汚水を排出する公害企業を連想させるネガティブな表現である。株主資本主義者は、相手のイメージを悪くさせるネガティブ表現を駆使するのが上手い。
ちなみに、現業には「国の現業」と「地方の現業」の2種類があるが、「国の現業」の方が「地方の現業」よりも大規模な事業になりやすい。日銀は不換銀行券を通貨として発行しており、さらに「不換銀行券に交換できる中央銀行預金」を通貨と同等のものとして発行しており、つまり通貨や「通貨と同等のもの」を全く負担無しに発行できる存在である。そして政府というのは日銀法第4条に基づいて日銀に影響を与えることができ、国会の議決を受けたあとに国債を発行して日銀が発行する通貨や「通貨と同等のもの」を好きなだけ獲得できる。一方で地方公共団体は日銀に影響を与えることができず、地方議会の議決を受けた後に地方債を発行して日銀が発行する通貨や「通貨と同等のもの」を獲得するということを円滑に行えない。
このため株主資本主義者が最も敵視するのは「国の現業」である。「地方の現業」は大規模な事業になりにくく、株主資本主義者にとって大きな脅威ではない。
株主資本主義者は小さな政府を理想視しており、「国や地方の現業」を民営化して「国や地方の非現業」の予算を削減する財政政策を好む。しかし、そうした財政政策の中にも例外があり、「国や地方の非現業」の中の自衛隊・海上保安庁・刑務所・出入国在留管理庁・警察・消防といった治安部門に対して特別に優しい態度になることがある。小さな政府を志向しつつ「国や地方の非現業」の中の治安部門を特別に優遇する財政政策を続けることを夜警国家という。
自衛官・海上保安官・刑務官・入国警備官・警察官・消防士は、法律によって労働三権をすべて否定されていて、上司が無茶な労働強化の要求をしてきても反抗せずに従う存在である。議会に議決された予算に基づいた職場に勤めているので「我々の職場は議会に認められていて立派だ」と考えがちであり、自信に満ちあふれた気分になりやすく、「自分の職業は立派なので高い賃金がふさわしい」と考えがちであり、本来ならば労働運動に向いている労働者なのだが、労働組合を結成することができず、世の中の労働運動に参加することができず、労働弱化や賃上げの気運を世の中に広めることができない。
自衛官・海上保安官・刑務官・入国警備官・警察官・消防士は、その賃金の全額が政府購入であるから実質利子率を引き上げて企業の支払利息を増やして企業の税引後当期純利益を減らす存在であり、その部分は株主資本主義者にとって気に入らない。しかし自衛官・海上保安官・刑務官・入国警備官・警察官・消防士は労働組合を作らないので、その部分は株主資本主義者にとって歓迎できる。
世の中の労働者というのは、発生させる労働運動の有無や強弱によって次の5種類に分類できる。
1.の民間企業に雇用されていて労働組合に参加しない労働者は、株主資本主義者が最も理想とする労働者である。そうした労働者は、政府購入を増やして実質利子率を上げて企業の税引後当期純利益を減らす要因にならず、労働運動に参加する可能性が無いので、株主資本主義者にとって最も可愛らしい存在である。
3.の民間企業に雇用されていて労働組合に参加する労働者は、株主資本主義者がある程度許容する労働者である。そうした労働者は、政府購入を増やして実質利子率を上げて企業の税引後当期純利益を減らす要因にならない。また、そうした労働者は、「我々の職場は議会に認められているほどに立派というわけではない」といったふうに自信を持ちきれない状態で、結成する労働組合が御用組合になることが非常に多い。御用組合に所属するのなら国内の労働運動の先頭に立つほどの力を持っていないので、株主資本主義者にとって可愛らしい。しかし、国や地方の現業の労働組合が作り出した労働運動に付和雷同する可能性があり、その点は株主資本主義者にとって忌まわしい。
4.の「自衛官・海上保安官・刑務官・入国警備官・警察官・消防士以外の非現業公務員」は「一般的非現業公務員」とでも表現できるのだが、財務省職員や市役所職員や教師が代表例である。一般的非現業公務員は、その賃金の全額が政府購入であるから、政府購入を増やして実質利子率を上げて企業の税引後当期純利益を減らす要因である。また、一般的非現業公務員は、労働三権のうち団結権と団体交渉権を認められている。また、一般的非現業公務員は、議会に議決された予算に基づいた職場に勤めていて「我々の職場は議会に認められていて立派だ」というような自信に満ちあふれた考えを持っており、戦闘的な労働組合を生み出しやすい。ただし、一般的非現業公務員は、争議行為に対して「3年以下の禁錮又は100万円以下の罰金」という厳しい刑罰を課されることになっていて争議行為をすることができないので、国内の労働運動の先頭に立つことが難しい。一般的非現業公務員は、株主資本主義者にとって忌まわしい存在であるが、争議行為という牙を抜かれているので「倒しやすくて弱い敵」といったところである。
5.の現業労働者は、かつての三公社五現業の労働者が代表例である。現業は赤字になって政府購入を増やすことが多いので、現業労働者は政府購入を増やして実質利子率を上げて企業の税引後当期純利益を減らす要因である。また、現業労働者は労働三権のうち団結権と団体交渉権を認められている。また、現業労働者は議会に議決された予算に基づいた職場に勤めていて「我々の職場は議会に認められていて立派だ」というような自信に満ちあふれた考えを持っており、戦闘的な労働組合を生み出しやすい。さらに、現業労働者は、争議行為をしても最高で解雇という報復を課されるだけであり、解雇されても専従の組合員になって労働組合に残り続けることができるので、勢いに乗って争議行為をすることになりやすく、国内の労働運動の先頭に立ちやすい。現業労働者は、株主資本主義者にとって「理想から最もかけ離れた労働者」であり、永遠の敵であり、不倶戴天の敵である。株主資本主義者が国鉄の労働者を徹底批判する姿はよく見られるが、国鉄の労働者は現業労働者の典型である。
以上のことを表にまとめると次のようになる。
| 1. 労働組合に参加しない民間企業労働者 | 2. 治安部門の非現業公務員 | 3. 労働組合に参加する民間企業労働者 | 4. 治安部門以外の非現業公務員 | 5. 現業労働者 | |
| 代表例 | 日本の民間中小企業の労働者の大半 | 自衛官・海上保安官・刑務官・入国警備官・警察官・消防士 | 日本の民間大企業の労働者の大半 | 一般的な官公庁の職員、公立学校教師 | 三公社五現業の労働者 |
| 自信を持っているかどうか | 「我々の職場は議会に認められているほどに立派というわけではない」と考えていて自信がない | 「我々の職場は議会に認められていて立派だ」と考えていて自信がある | 「我々の職場は議会に認められているほどに立派というわけではない」と考えていて自信がない | 「我々の職場は議会に認められていて立派だ」と考えていて自信がある | 「我々の職場は議会に認められていて立派だ」と考えていて自信がある |
| 企業の税引後当期純利益を減らすかどうか | 政府購入を増やさず、実質利子率を上げず、企業の税引後当期純利益を減らさない | 政府購入を増やして実質利子率を上げて企業の税引後当期純利益を減らす | 政府購入を増やさず、実質利子率を上げず、企業の税引後当期純利益を減らさない | 政府購入を増やして実質利子率を上げて企業の税引後当期純利益を減らす | 政府購入を増やして実質利子率を上げて企業の税引後当期純利益を減らす |
| 国内における労働運動に対して | 「我関せず」「自分には関係ない」という態度をとる | 「我関せず」「自分には関係ない」という態度をとる。法律で労働三権を全て剥奪されている | 消極的に参加する。戦闘的な労働組合がいたら付和雷同して労働運動するかもしれないが、そうでなければ極めて抑制的な労働運動にとどめる | 積極的に参加するが、争議行為への報復が「3年以下の禁錮又は100万円以下の罰金」と厳しく、争議行為に参加できず、先頭に立って引っ張るほどではない | 極めて積極的に参加する。争議行為への報復が最高でも解雇であって緩く、勢いのあまりに争議行為に参加することが多く、先頭に立って引っ張る |
| 株主資本主義者にとって | 理想の労働者でとても可愛らしい | 半分理想、半分気に入らない | 可愛らしい | 敵であるが牙を抜かれており、弱く、十分に対応可能である | 永遠の敵、不倶戴天の敵、絶対に許さない、徹底的に罵倒すべき |
株主資本主義者にとって国内の労働運動の活発化を抑え込むことは最大の課題である。夜警国家を採用して治安部門の雇用を増やす財政政策は国内の労働運動の活発化に直結しないので、株主資本主義者にとって許容範囲内である。
株主資本主義者は議員が受け取る報酬を削減することを好む。ちなみに、議員が受け取る報酬のなかで、国会議員が受け取るものを歳費といい、地方議員が受け取るものを議員報酬という。
株主資本主義者が最も恐れることは、「国や地方の現業を復活させて戦闘的な労働組合を出現させて国内の労働運動を活発化させて労働者の経済的地位を向上させてほしい。そうすれば労働者が使用者におびえなくなり、労働者が使用者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を存分に行使できるようになり、国家全体の生産技術が向上して実質GDPが増えて好景気になる」といった労働者保護の民意を受け取る議員が出現することである。それを防止するために有効な手段は、労働者保護の民意を集めることを得意とする非・富裕層出身の人を選挙に立候補させないことである。非・富裕層出身の人を選挙に立候補させないために最も有効な手段は、歳費や議員報酬をゼロにまで削減することである。
歳費または議員報酬をゼロまで減らされると、非・富裕層から選挙に立候補して当選しても極貧の生活に転落することが予測できるので、非・富裕層から選挙に立候補することを誰も行わなくなる。一方、事業で大成功を収めた企業役員から政治家に転身した成金議員や、先代からの資産を大量に相続した世襲議員のような富裕層出身の議員は、歳費または議員報酬をゼロにまで減らされても簡単に政治活動を行うことができる。このように、歳費または議員報酬をゼロにすると、非・富裕層出身者の被選挙権を実質的に制限して富裕層出身者の被選挙権のみを実質的に認める制限選挙になる。
株主資本主義者は歳費・議員報酬の支給を嫌い、金持ちが無報酬で議員を務める体制を好み、非・富裕層出身の議員を嫌い、富裕層出身の成金議員・世襲議員を好み、普通選挙を嫌い、制限選挙を好み、民主主義を嫌い、エリート主義を好むという傾向がある。「制限選挙だったころのA国は栄えていたが、普通選挙を取り入れて民衆の意見を取り入れるようになってから没落していった」などと語るのがおなじみの姿である[36]。
株主資本主義者は民意を嫌っており、「大衆は愚かで馬鹿なので、大衆の言うことなど聞くべきではない」と断言して、民意を軽視する風潮を作り出そうとする傾向がある。民意を吸収する政治に対して「衆愚政治であり、ポピュリズムであり、大衆迎合である」というレッテル貼りをし、民意を吸収する政治家に対して「あのようなポピュリスト政治家を台頭させると、政府の財政が破綻するかハイパーインフレになるかのどちらかになり、経済が荒廃し、1990年代初頭のソ連のようになる」という極論を浴びせて攻め潰しにかかる。そして「民意を吸収する政治家の言うことは、まことに甘い誘惑であるが、身を滅ぼすものである。決してそういう危険な誘惑に負けてはいけない」と言う傾向がある。
新自由主義や株主資本主義に好意的な経済学者の書く教科書では、「社会的分業こそが人類の発展をもたらしたのだ」と熱っぽく述べる文章がしばしば見られる[37]。その論理からすると、「面倒で難しい政治のことは成金議員や世襲議員などの少数の知的エリートに任せておき、その他大勢は政治のことを考えずに生産に打ち込めばよろしい」ということになり、制限選挙や階級社会を大いに肯定することになる。制限選挙を導入して階級社会が出現すると、民意が政治に反映されず、統治される人々から統治者への情報伝達が行われず、情報の流通が阻害され、社会が停滞しやすくなる。
スポーツ産業は株主資本主義者にとって都合の良い産業なので、株主資本主義者が政権を握るとスポーツ産業を振興する政策が実施されやすくなる。株主資本主義が優勢な日本では2010年8月26日に文部科学省がスポーツ立国戦略を策定し、スポーツ産業を振興することを目指すようになった。
ちなみに日本においては、株主資本主義があってもなくてもスポーツ産業を振興する政策が根強く支持される傾向にある。日本人の多くは「自分たちは体格が欧米人よりも劣っているので欧米人とスポーツで競争しても決してかなわない」といった感じの肉体コンプレックスを抱える傾向にあるが、スポーツ産業を振興すればそのうちに「欧米人スポーツ選手に勝つ日本人スポーツ選手」が出現し、日本人の肉体コンプレックスを大いに癒すことができるからである。
スポーツ産業が盛んになると多くのスポーツ選手が生まれ、プロアマ問わず大半のスポーツ選手が成果主義・能力主義で競争しているという実態が報道されるようになる。さらにスポーツ産業が盛んになると多くのプロスポーツ選手が生まれ、プロスポーツ選手の大半が成果主義・能力主義で報酬を受け取っていることが報道されるようになる。スポーツには「成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れる」という特殊な性質があり、スポーツ選手は「成果や能力を示す客観的な数字」を提示して監督者・使用者の恣意的な判断を抑制して監督者・使用者の権力を抑制することを行いやすく、「成果主義・能力主義を導入しても監督者・使用者の権力が劇的に強くならない」と確信しやすく、成果主義・能力主義を容認する気分になりやすいからである。
そういう国では、スポーツ選手への素朴な憧れの心を抱きつつ「労働者というのはスポーツ選手の真似をすべきであり、成果主義・能力主義で競争して賃金を受け取るべきだ」という考える人が多くなり、成果主義・能力主義を好む雰囲気が色濃くなる。
しかし、スポーツ以外の一般的な労働には「成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れるわけではない」という性質があるので、スポーツ選手以外の一般的な労働者は「成果や能力を示す客観的な数字」を提示して使用者の恣意的な判断を抑制して使用者の権力を抑制することを行いにくく、成果主義・能力主義を導入したときに監督者・使用者の権力が劇的に強くなることを許してしまいがちである。
スポーツ産業が盛んになった結果としてスポーツ以外の一般的な労働の分野で成果主義・能力主義が広がると、そうした分野で使用者の権力が劇的に強くなり、労働者がおびえるようになり、「使用者に聞こえるように賃金の安さを愚痴って使用者が効率賃金仮説に基づいて賃上げをするように誘導する」という簡易的な労働運動すら行えなくなる。また、「成果主義・能力主義の賃金体系が導入されたので頑張って働いて使用者の高評価を得て他の人よりも多い賃金をもらおう」などと思う者が増え、労働組合に加入する労働者の一律のベア(ベースアップ・基本給賃上げ)を目指す平等主義を掲げる労働組合に対して否定的になる者が増え、労働者が労働組合に加入しなくなり、労働運動が弱体化する。
スポーツ産業が盛んになると、多くのプロスポーツ選手(スポーツを職業とする人)が生まれ、プロスポーツ選手の大半が企業と委任契約を結ぶ個人事業主であって解雇規制に守られていないことも報道されるようになる。例えば日本では、スポーツ団体企業と労働契約(雇用契約)を結んで労働者となっているプロスポーツ選手は日本相撲協会と労働契約を結ぶ力士ぐらいであり、非常に多くのスポーツ選手が個人事業主である。スポーツには「成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れる」という特殊な性質があり、スポーツ選手は「成果や能力を示す客観的な数字」を提示して監督者・使用者の恣意的な判断を抑制して監督者・使用者の権力を抑制することを行いやすく、「解雇規制が緩和されても監督者・使用者の権力が劇的に強くならない」と確信しやすく、解雇規制の緩和に順応しやすいからである。
そういう国では、プロスポーツ選手への素朴な憧れの心を抱きつつ「労働者というのはプロスポーツ選手の真似をすべきであり、解雇規制の緩和を受け入れるべきだ」という考える人が多くなり、解雇規制の緩和を容認する雰囲気が色濃くなる。
しかし、スポーツ以外の一般的な労働には「成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れるわけではない」という性質があるので、スポーツ選手以外の一般的な労働者は「成果や能力を示す客観的な数字」を提示して使用者の恣意的な判断を抑制して使用者の権力を抑制することを行いにくく、解雇規制を緩和したときに監督者・使用者の権力が劇的に強くなることを許してしまいがちである。
スポーツ産業が盛んになった結果としてスポーツ以外の一般的な労働の分野で解雇規制が緩和されると、そうした分野で使用者の権力が劇的に強くなり、労働者がおびえるようになり、「使用者に聞こえるように賃金の安さを愚痴って使用者が効率賃金仮説に基づいて賃上げをするように誘導する」という簡易的な労働運動すら行えなくなる。
スポーツ産業を振興する政策には「肉体の管理に気を使うスポーツ選手のことが世間に知れ渡り、肉体の管理に気を使うことが流行し、人々の健康が増進する」とか「やっても観ても楽しいスポーツを促進して人々に娯楽を与え人々の生活に潤いを与える」とか「欧米人スポーツ選手に勝つ日本人スポーツ選手を出現させて日本人の肉体コンプレックスを癒す」などの好ましい性質があるが、「成果主義・能力主義を広めたり解雇規制の緩和を広めたりして労働運動を弱体化させる」という性質もある。そして「労働運動を弱体化させる」という性質は、株主資本主義者にとっては長所になり、反・株主資本主義者(ステークホルダー資本主義者)にとっては短所になる。
「労働者というのはプロスポーツ選手の真似をすべきであり、プロスポーツ選手が成果主義・能力主義を受け入れて解雇規制の緩和に対応しているのだから労働者もそうすべきだ」とか「スポーツとそれ以外の一般的な労務は同じようなもので、どちらも成果や能力が客観的な数字となって厳格に現れるという性質がある」といった考え方にあえて命名をするのなら「スポーツ普遍化主義」となる。ある国でスポーツ産業が盛んになってスポーツ選手に対する素朴な憧れの心を持つ人が増えるとスポーツ普遍化主義が流行する。そして株主資本主義者は、そうしたスポーツ普遍化主義を大いに利用している。
株主資本主義が盛んになる国で重視されるのは観光産業(観光業)である。政府が「観光立国」という看板を掲げて自国の観光地を訪れる観光客を増やそうとする。
株主資本主義が勢いを持つ日本では2006年に観光立国推進基本法が可決され、観光客を増やす政策が推進され始めた。そして2016年にIR推進法が可決され、2018年にIR実施法が可決され、カジノを含むIR(統合型リゾート)を作って観光客を増やす政策を実行する準備が整えられた。
観光産業というのは正規雇用が少なくて非正規雇用が多いことで有名である[38]。観光産業は繁忙期と閑散期の波が激しく、正規雇用して正社員を増やすことが難しく、アルバイト・パート・派遣社員・契約社員といった非正規雇用の形態で労働者を雇用せざるをえないのが実情である。
非正規雇用の割合が多い観光産業を増やすことで、観光産業以外の業種に勤める人々に対して「観光産業の人たちが非正規雇用で生活しているのだから、君たちも非正規雇用で生活できるはずだ」と同調圧力を掛ける。そうして世の中の非正規雇用を増やして解雇規制を緩和し、使用者の権力を劇的に強化し、「使用者に聞こえるように賃金の安さを愚痴って使用者が効率賃金仮説に基づいて賃上げをするように誘導する」という簡易的な労働運動すら行えない状況を作りあげ、賃金の上昇を抑制し、株主に利益を与える。これが株主資本主義者の目標の1つである。
ステークホルダー資本主義者(反・株主資本主義者)は、「正規雇用が多い業種を育成すべきだ」と論じるのが常である。そして「観光産業を重視すると世の中の非正規雇用が増えてしまう」と論じ、観光立国の政策に対して反対の立場を取ることが多い[39]。
株主資本主義者は、有力な産業に恵まれない田舎の地方において観光産業を増やすことで産業を振興しようとする。一方でステークホルダー資本主義者(反・株主資本主義者)は、農林水産業の分野において関税を高めて保護貿易を導入して農林水産業で生活できる体制を整え、有力な産業に恵まれない田舎の地方において農林水産業を増やすことで産業を振興しようとする。農林水産業は気候変動のリスクにさらされているので工業よりも正規雇用しにくいが、観光産業よりは正規雇用しやすいので、ステークホルダー資本主義者(反・株主資本主義者)が重視する産業である。
株主資本主義者は観光産業を重視するので、休日分散についても賛成する傾向がある。
休日分散とは、1つの国をいくつかの地域に分け、地域ごとに大型連休をずらして取得させることをいう。例えば、「5月1日~5日に北海道・東北・関東甲信越が休暇に入り、5月6日~10日に東海・関西・中国・四国・九州・沖縄が休暇に入る」といった具合に休暇を分散させる。
休日分散の利点は、「道路の渋滞や新幹線・飛行機の混雑が減り、宿泊施設の宿泊代も安くなり、観光産業にとっての閑散期が減って観光産業の企業の売上が増える」といったところである。従来どおりに全国一斉に休暇を取ると、道路の渋滞や新幹線・飛行機の混雑が強烈になり、宿泊施設の宿泊代も高くなり、観光産業にとっての閑散期が発生して観光産業の企業の売上が低いままになる。
休日分散の大きな欠点は、遠隔地に住む友人・家族と同時に休暇を取ることができず、人々の間で分断が進んでしまうところである。先ほどの例のように「5月1日~5日に北海道・東北・関東甲信越が休暇に入り、5月6日~10日に東海・関西・中国・四国・九州・沖縄が休暇に入る」という制度を導入すると、「北海道で就職した人が5月3日になって関西に帰省しても、関西に住んでいる友人・家族は休暇期間に入っておらず、会えない」というような、非常に残酷なことになる。
株主資本主義者というのは成果主義・能力主義を推進するところがあり、格差社会・階級社会の出現を望むところがあり、階級社会の意識が強い。階級社会の意識が強くなると「階級が異なる人と情報を交換して仲良くしよう」という気運が薄れ、「みんな一斉に休日をとって同窓会などを開いて交流しよう」という気運が薄れ、社会の分断を肯定する気持ちが生じ、休日分散に賛成する気持ちが生じるようになる。
株式投資をしてA社の株を所有したうえで株主資本主義に染まると、A社の「協力企業に払う費用」が削られることを非常に喜ぶようになる。
「協力企業に払う費用」は、A社が小売業・卸売業なら「商品を仕入れる仕入れ費用」となり、製造業なら「原材料を購入する原材料費」や「労務を購入する外注費」となる。そのほか、「会社の昼食を提供する弁当屋に払う費用」や「銀行や社債購入者に支払う利子」も含まれる。
株主資本主義は解雇規制の緩和を望む傾向がある。本記事の『労働運動を抑制して労働者に払う費用を減らす』の項目でいくつかの理由をすでに述べたが、ここでは、解雇規制の緩和によって大企業の市場占有率を高めて協力企業に対して高圧的に接することができるようにして大企業が「協力企業に払う費用」を削減することについて述べる。
解雇規制が緩和されて企業が労働者を自由に解雇できるようになると、企業は「労働者をいくら雇っても好きなときに解雇できる」と考えるようになって極めて積極的に雇用するようになり、市場占有率を拡大する機会が巡ってきたときに一気に雇用を拡大するようになり、企業が市場占有率を伸ばしやすくなる。
市場占有率を伸ばして寡占に近い状態になった企業は、協力企業に対して「君たちは私たちの要求を呑まねばならない」と高圧的に接しやすくなり、「協力企業に払う費用」を削減しやすくなる。
新自由主義と株主資本主義は一体不可分であり、その両者は同時に国家に浸透していく。新自由主義が優勢になる国では、自由貿易の促進に伴う安価な外国製品の流入に対抗するために企業の合併が進んでいく。株主資本主義が優勢になる国では、解雇規制の緩和などを原因として企業の合併が進んでいく。
こうして、新自由主義と株主資本主義が優勢な国では、1つの市場を数社で占有する寡占の状態や、1つの市場を1社で占有する独占の状態になりやすくなり、市場占有率が高い企業が出現しやすくなる。つまり、企業間の格差が広がっていく。そうなると、大企業が中小企業の協力企業に対して値引きを要求しやすくなるのである。
株主資本主義が優勢な国では、「原材料の価格が高騰して資源インフレが発生しているのに、仕入れ価格の値上がり分を価格に転嫁できない中小企業が多い」というニュースが多く流れるようになる[40]。
そうしたニュースに接した株主資本主義者は「世の中に協力会社へ支払う費用を低く維持する流れが起こっている。立場の強い大企業が立場の弱い中小企業へ威圧的に接して値上げを許さない弱肉強食の社会になっている。ゆえに自分が株式を保有しているA社も、協力会社へ支払う費用も低く維持されるだろう」と考えて喜ぶ。
株主資本主義者は弱肉強食という四文字熟語を好み、「弱いものが強いものにおとなしく従って食い物にされるのは極めて当然だ。それが人類社会の掟であり、自然界の真理というものだ」と語ることが多く、強いものが上に立って弱いものが下に回る階級社会を好む。
株主資本主義が優勢になると、企業間の格差が広がり、大企業労働者と中小企業労働者の所得格差が広がり、大企業労働者と中小企業労働者が混在する地域社会が平等社会・無階級社会から格差社会・階級社会へ変化していく。そうなると中小企業労働者が大企業労働者に対して「彼らは自分とは住む世界が全く異なっていてとても話しかけられない」と考えて話しかけることを遠慮するようになり、積極的情報提供権(表現の自由)を行使しなくなり、情報の流通が失われた地域社会になる。そうした地域社会ばかりになると国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが下がって国家が没落する。
株主資本主義は成果主義・能力主義を望む傾向がある。本記事の『労働運動を抑制して労働者に払う費用を減らす』の項目でいくつかの理由をすでに述べたが、ここでは、成果主義・能力主義によって大企業の市場占有率を高めて協力企業に対して高圧的に接することができるようにして大企業が「協力企業に払う費用」を削減することについて述べる。
成果主義・能力主義の賃金体系を導入して企業が労働者の賃金を自由に削減できるようになると、企業は「労働者を雇っても好きなときに賃金を最低賃金の付近にまで減らすことができる」と考えるようになって極めて積極的に雇用するようになり、市場占有率を拡大する機会が巡ってきたときに一気に雇用を拡大するようになり、企業が市場占有率を伸ばしやすくなる。
市場占有率を伸ばして寡占に近い状態になった企業は、協力企業に対して「君たちは私たちの要求を呑まねばならない」と高圧的に接しやすくなり、「協力企業に払う費用」を削減しやすくなる。
株主資本主義者が企業を経営するときは、間接金融で資金調達することを嫌い、直接金融で資金調達することを大いに好む。
間接金融の代表例は、銀行による証書貸付・手形貸付によってお金を借りることである。直接金融の代表例は、社債やCPを短期金融市場・長期金融市場に売り出してそれらの市場参加者からお金を借りることである。
銀行から証書貸付・手形貸付でお金を借りることを繰り返すと、融資担当の銀行員に温情を感じるようになってしまう。その銀行員が「私もノルマを課されているんです。どうか借り入れして利子を払っていただけませんか」と泣きついてくると、どうしても温情を殺しきれず、必要も無いのに銀行から借り入れをする羽目になる。結果として、企業は銀行に無駄な利子を払う羽目になり、「協力企業に払う費用」を無駄に払う羽目になる。
社債やCPを短期金融市場・長期金融市場に売り出して資金調達することを続けていれば、市場参加者とはドライな関係であるので、借りたくもないときに無駄に借り入れすることにならず、「協力企業に払う費用」を無駄に払わなくて済む。
株主資本主義が優勢な国では、バーゼル合意(BIS規制)が強化されて銀行の信用創造が制限され、銀行の経営が苦しくなり、間接金融が衰えていく。それはなぜかというと株主資本主義者は銀行の間接金融に対して好意的な印象を持っていないからである。
そして株主資本主義が優勢な国では直接金融が賛美される。政府が「貯蓄から投資へ」とか「貯蓄から資産形成へ」という標語を打ち出しつつ[41]、「間接金融から直接金融への転換を目指すべきだ」と主張するようになる。
直接金融に参加する企業は「経営状況を常に良好にして、財務諸表を常に良好なものにしよう」と考えるようになる。短期金融市場・長期金融市場の参加者は企業の財務諸表を見てその企業の社債やCPを買うかどうかを決めるからである。そのため、直接金融に参加する企業は非常に短期的な視野で企業経営するようになり、「ある期でいったん損失を出すが、その10年後に大きな収益を上げる」というような長期的視野を持つ経営計画を立てられなくなる。これが直接金融の短所である。
直接金融だけで資金調達する企業は、貸し手と市場で接するだけであり、貸し手との距離が遠いままになる。そうなると企業は貸し手から良質な情報を入手して自らを成長させることが難しい。これが直接金融の短所である。
一方で間接金融には、企業が銀行員から良質な情報を収集できて自らを成長させやすいという長所がある。
株主資本主義者は新自由主義者を兼任することがほとんどである。
新自由主義者はTPPやRCEPのような自由貿易協定を締結して自由貿易を促進することがある。自由貿易により、企業は、高賃金の国で製造される商品を購入せずに低賃金の国で製造される商品を購入できるようになり、原材料費などの費用を削減できるようになる。
株主資本主義者は、企業の経営というミクロ的(微視的)な話題から離れ、政府の財政政策というマクロ的(巨視的)なことを語ることがある。
そういうときの株主資本主義者は、政府購入や消費を減らす財政政策を一貫して主張する。そうすることでクラウディングアウトの逆を引き起こし、実質利子率を下げ、企業の支払利息を減らし、企業が税引後当期純利益を増やせるようにする。
また株主資本主義者は、一定の思想を広めることで人々の消費を減らしてクラウディングアウトの逆を引き起こし、実質利子率を下げることもある。
実質利子率を下げるための株主資本主義者の手口はとても多彩である。この項目では書き切れないので、次の『実質利子率を下げて協力企業に払う支払利息を減らす』の章で改めて解説する。
株主資本主義者にとって政府購入を減らした状態が理想である。政府購入を減らせばクラウディングアウトの逆となって実質利子率が下落し、企業がお金を借り入れたときに発生する支払利息が減少し、企業が税引後当期純利益を増やしやすくなる。
国債を発行してお金を借り入れてそのお金で政府購入するときは非常に強いクラウディングアウトとなり、租税でお金を徴収してそのお金で政府購入するときも一定のクラウディングアウトが発生する。つまり、政府購入はどういう財源であってもクラウディングアウトを発生させる。詳しくはクラウディングアウトの記事の『財政政策の4形態の比較』の項目を参照のこと。このため、政府購入そのものに対して株主資本主義者は常に否定的な態度をとる。
株主資本主義者は、政府購入を減らすという理想を達成するため、政府というものをあらゆる手段で徹底的に罵倒して、人々が政府を嫌悪するように仕向けていく。
株主資本主義者は、政府購入を増やして大きな政府を目指そうとする政治勢力に対して、「彼らは共産主義者・社会主義者・左派・左翼・極左・アカであり、彼らのいうとおりにするとソ連や北朝鮮や毛沢東時代の中国のようになる」とか「彼らはファシスト・全体主義者であり、彼らのいうとおりにすると戦前戦中の軍国主義日本やナチス・ドイツのようになる」といった具合にレッテル張りをして、猛烈に批判する。
株主資本主義者の中には、冷戦時代・昭和時代まで反共の闘士だった人がいるし、反共を主張するカルト宗教団体の信者もいる。そうした人たちにとって反共の思想を織り交ぜつつ政府を罵倒することは手慣れたものである。
株主資本主義者は、共産主義国の経済麻痺を繰り返し話題にして、「政府が経済に介入して統制経済になるとすべてが悪化する」「政府は企業の足を引っ張るだけの能無しである」と人々が思うように誘導して、民尊官卑の風潮を作りあげる。また株主資本主義者は、公務員のスキャンダルや不祥事を大いに話題にして、「公務員はたるんでいる」とみんなが糾弾するように仕向けて、民尊官卑の風潮を作りあげる。
有力な産業がない地方において政府が政府購入をすることで、そうした地方に住民を定着させ、人口空白地域の発生を防ぎ、凶悪犯罪者が凶悪犯罪の証拠品を簡単に捨てられない状況を作り出し、熊や猿といった有害動物の繁殖を防ぎ、治安を大いに向上させることができる。治安が向上すると労働者が労働に集中できるようになり、労働者が職務専念義務を果たすようになり、労働強化が実現し、労働時間や資本量が一定であっても生産量が増える事態となり、国家全体の生産技術が向上し、実質GDPが増えて国家が発展していく。そういったことは多くの国で見られる現象であるが、株主資本主義者はそれに極力触れず、人々が政府を小馬鹿にするような風潮を作り出すことに余念がない。
株主資本主義が流行する国では同時に新自由主義が流行し、自由貿易が拡大していき、国際的資本移動の自由化が達成されていく。先進国でそのような状態になると、多国籍企業が出現するようになり、さらに多国籍企業の役員が「先進国の労働者と発展途上国の労働者に同じ賃金を与えると先進国の労働者は怠惰になって賃金に文句を言い発展途上国の労働者は勤勉になって熱心に働くが、それは、先進国の労働者の性質が怠惰で発展途上国の労働者の性質が勤勉だからだ」などと語って先進国の労働者を罵倒するようになる。そうした罵倒は、先進国と発展途上国は資本量がそれぞれ異なっているために労働市場における実質賃金の均衡値もそれぞれ異なっているということを一切無視するものなので、あえて命名するのなら「資本量無視主義」となる。資本量無視主義の言葉を聞かされる先進国の労働者は自信を喪失し、誰かを攻撃してその誰かの表情を恐怖に歪ませることで「自分は他者に対する影響力を持つ有能な人物である」と思って自信を取り戻す行為に熱中するようになる。難しく言い換えると、自信を破壊された労働者は攻撃という行為に内発的動機付けを掛けられた状態になる。そして、株主資本主義者の「公務員は怠け者であり、政府は民間の足を引っ張るだけの無能である」といった民尊官卑の言動を受け入れるようになり、公務員や政府を小馬鹿にして攻撃するようになる。以上のように、株主資本主義や新自由主義が流行する国では、株主資本主義者や新自由主義者の躍動によって民尊官卑という職業差別が公然と行われるようになり、不道徳な社会になる。
株主資本主義者はときおり租税財源説を語り、「税金は財源」と語る。租税財源説の特徴の1つは、「政府は他者加害原理に基づかずに人々の財産権を侵害している」と論じて人々が政府を嫌悪するように煽る性質がある点である。
株主資本主義者は、国や地方の現業が作り出す赤字を徹底的に問題視し、そうした赤字を縮小するように激しく主張する。
世の中の人々は「赤字」という二文字を見ると恐怖と嫌悪の感情を抱く性質を持っている。このため株主資本主義者の「国や地方の現業の赤字を減らせ」という主張が通りやすい。
国(中央政府)や地方(地方公共団体)が現業をするために、ある企業の株式をすべて取得してその企業を公的企業に変貌させたとする。国や地方の現業は「住民に対して安定的に財・サービスを供給する」という目的のもとに行われるため、公的企業は、収益が少なくなりやすく、費用が多くなりやすく、「収益-費用=利益」で計算できる利益がマイナスになって赤字になりやすい。
公的企業の利益がマイナスになって赤字になると、中央政府や地方公共団体が赤字と同じ金額のお金を公的企業に注入して赤字の補填をするのだが、この赤字の補填は政府購入となる。「公的企業が株式を新規発行して政府に売り、政府が政府購入の一環としてその株式を買い、公的企業の株主割当増資となった。公的企業は得られた資本金を『その他利益剰余金』に変換して減資し、赤字になって発生した『その他利益剰余金』のマイナス数値を消した」と解釈してもよい。また、「政府が政府購入の一環として財・サービスを購入し、得られた財・サービスを公的企業に無償で譲渡し、公的企業の費用を削減し、公的企業の赤字を削減した」と解釈してもよい。
このため、国や地方の現業が作り出す赤字を削減すると政府購入を減らすことになり、「クラウディングアウトの逆」を発生させ、実質利子率の下落と企業の支払利息の削減をもたらし、企業の税引後当期純利益の増加を発生させ、株主資本主義者を満足させることになる。
国や地方の現業が作り出す赤字を削減するためには2つの方法がある。1つは、国や地方の現業を担当する公的企業に「民間企業の感覚」とか「費用対効果の意識」とか「コスト意識」などを持たせ、収益を増やして費用を減らすことを強制することである。しかし、国や地方の現業を担当する公的企業は法律によって住民に対して安定的に財・サービスを供給することを義務づけられているので、そうした公的企業に対して収益を増やして費用を減らすことを強制することが本質的に難しい。
もう1つの方法は、「官から民へ」や「民間でできることは民間に」という標語を連呼して国や地方の現業を支える法律を廃止し、中央政府や地方公共団体に課していた「財・サービスを住民へ安定的に供給する義務」を解除し、国や地方の現業を担当する公的企業の株式を政府や地方公共団体が売却するように仕向け、民営化を促進することである。そうすれば、国や地方の現業を担当する公的企業の赤字を政府や地方公共団体が補填することがなくなり、政府購入を減らすことができる。住民は「財・サービスを安定的に受け取る権利」を失うことになるので強く抵抗するが、それに対して株主資本主義者は愛用の武器である自助論を持ち出して「政府や地方公共団体に甘えるな」などと上から目線のお説教をして住民を黙らせる。こうした方法は1980年代以降の日本で盛んに実行されている。
有力な産業がない地方において国や地方の現業の赤字を容認しつつ国や地方の現業を維持することで、そうした地方に住民を定着させ、人口空白地域の発生を防ぎ、凶悪犯罪者が凶悪犯罪の証拠品を簡単に捨てられない状況を作り出し、熊や猿といった有害動物の繁殖を防ぎ、治安を大いに向上させることができる。治安が向上すると労働者が労働に集中できるようになり、労働者が職務専念義務を果たすようになり、労働強化が実現し、労働時間や資本量が一定であっても生産量が増える事態となり、国家全体の生産技術が向上し、実質GDPが増えて国家が発展していく。そういったことは多くの国で見られる現象であるが、株主資本主義者はそれに極力触れず、国や地方の現業を廃止して民営化をすることを積極的に推し進めようとする傾向がある。
株主資本主義者は非現業公務員の数を減らして小さな政府を実現することを重視する。
非現業公務員の典型は官公庁や軍隊や警察に属する労働者である。
非現業の典型である官公庁や軍隊や警察は、収益が全く発生せず費用だけが発生し、費用と同額の赤字が発生する。そうした赤字を政府が補填するのだが、その赤字の補填は政府購入となる。「非現業部門を担当する企業が赤字を補填するために新規株式を発行し、政府がその新規発行株式を政府購入の一環として購入した」と解釈してもいいし、「政府が労働者の労務や資材を政府購入の一環として購入し、非現業部門を担当する企業に無償で与え、非現業部門を担当する企業の赤字を解消した」と解釈してもいい。
入門者向けの経済学の教科書において「政府購入は政府による財・サービスの購入だが、公務員の提供するさまざまなサービスも含まれる」という意味の文章が書かれ[42]、「政府が政府職員のサービスを購入することは政府購入の1つになるし、教師を雇うことは政府購入の1つになる」という意味の文章が書かれ[43]、「警官や消防士や国会議員の提供するサービスは、市場が存在しないために市場価格が存在せず、価値を計ることが難しい。そのため警官や消防士や国会議員を雇うための費用をサービスの価値とみなし、帰属計算を行い、政府購入としてGDPに加えている」という意味の文章が書かれている[44]。
いずれにせよ、典型的な非現業公務員の賃金は全額が政府購入となる。このため、典型的な非現業公務員を減らすことは政府購入を減らすことになり、クラウディングアウトの逆を引き起こすことになり、実質利子率の下落と企業の支払利息の削減をもたらすことになり、企業の税引後当期純利益の増加を発生させて株主資本主義者を喜ばせることになる。
株主資本主義者は、「小さくてスリムで賢く効率的で無駄がない政府を目指そう」というスローガンを繰り返して、非現業公務員の数を徹底的に削っていく。
株主資本主義者が主張するとおりに非現業公務員を極限まで減らして「一切の無駄がない小さな政府」にすると、コロナ禍のような有事に対する対応力が急激に低下する。「平時の無駄は有事の余裕」という格言が示すように、無駄をそぎ落とした状態の政府は有事に対してとても脆弱になる。
株主資本主義者は、非現業公務員の人員を削減するとき「有事が全く発生せず平時が永遠に続くことを大前提としていて、一種の平和ボケである」という批判を浴びて名誉を失うことになる。しかし、株主資本主義者は自らの名誉を失うことをしっかり耐え抜き、世の中の非現業公務員を1人でも減らして自らの利益を増やすことを優先している。
株主資本主義が主導権を握る国では政府の予算が減らされて政府が人手不足になる。そのため政府がボランティア頼みとなり、民間人をタダ働きさせることが恒例となる。政府高官が「皆さんの協力がないと○×というイベントが成功しません」と宣言し、民間人の「自分たちが協力しないと○×というイベントが失敗してしまう。もし○×というイベントが失敗したらそれは自分たちのせいである」という責任感や罪悪感を刺激し、民間人の労務を無料で享受し[45]、やりがい搾取を行っていく。
政府のそういう姿を見て、ブラック企業の役員が「我々も政府の真似をしよう」と考えるようになり、労働者に向かって「君たちのサービス残業がないと会社が倒産します」と宣言し、労働者の「自分たちがサービス残業しないと会社が倒産してしまう。もし会社が倒産したらそれは自分たちのせいである」という責任感や罪悪感を刺激し、労働者の労務を無料で享受し、やりがい搾取を行っていく。
株主資本主義の国では政府が率先垂範してブラック企業にやりがい搾取の手本を示すので、国内のブラック企業が大いに勇気づけられて勢いよく躍動し、不道徳な社会になる。
ちなみに、非現業公務員を削減することはもう1つの効果を生み出す。その効果とは、実質的な規制緩和と企業の賃金・役員報酬の削減である。
非現業公務員の人員を減らすと、国や地方の規制を実質的に緩和することになる。国や地方が法律や条例を制定して規制を掛けたとしても、その規制を実現する非現業公務員が不足していれば規制を徹底することができず、自然と規制が実質的に緩和されていく。
規制緩和をすることで、企業は規制に対応するための労働者や役員を確保しなくて済むようになり、賃金や役員報酬を大いに減らすことが可能になり、税引後当期純利益を増やしやすくなる。
企業に対する規制が強い国では、規制を実施する監督官庁の退職者を企業が社外取締役や監査役といった役員として迎え入れる現象が多く発生する。つまり天下りの受け入れが多く発生する。監督官庁の退職者を登用することで監督官庁との人脈を構築できるし、監督官庁の組織風土を把握することもできるからである。しかし、こういうことは役員報酬が増えて税引後当期純利益が減ることにつながるので、株主資本主義者がひどく嫌う。
株主資本主義者が天下国家を語るとき、緊縮財政を志向し、「身を切る改革」「構造改革」「行財政改革」「行政改革」「財政改革」と称して非現業への予算を縮小することを主張し、非現業公務員の人数を減らすだけではなくその賃金を削減することを主張する傾向がある。
株主資本主義者は「改革」という好ましいイメージが付着した言葉を使って自らの支持する政策のイメージを向上させる傾向がある。
非現業公務員の賃金を削減するときは人事院の勧告~内閣の法案提出~国会による法案議決という手順をたどる[46]。
非現業公務員の賃金を引き下げることで優秀な人材が民間企業へ流れるようになり、官公庁の士気と実力が低下する。また、非現業公務員の賃金を引き下げることで、労働市場において政府・地方公共団体と労働者を奪い合っている民間企業が「労働者の賃金を引き下げても政府や地方公共団体に労働者を奪われない」と安心するようになり、労働者への賃金を引き下げるようになり、世の中全体の賃下げが進む。
人を政府が雇用して非現業公務員を増やすことはGDPの計算において政府購入の一部となる。このため非現業公務員の賃金を減らすことは政府購入を減らすことになり、クラウディングアウトの逆を引き起こすことになり、実質利子率の下落と企業の支払利息の削減をもたらすことになり、企業の税引後当期純利益の増加を発生させて株主資本主義者を喜ばせることになる。
社会保障の中には政府による医療費支援や介護費支援や教育費支援が含まれるが、それらはすべて政府購入である。
社会保障を論ずる場において、株主資本主義者はA円の政府購入をゼロにすることをまずは主張する。そして、人々の抵抗が激しくてそうした主張が世間に受け入れられないことを悟ったときの株主資本主義者は、妥協案として、A円の政府購入をA円の減税に変更することを主張する。
たとえば、政府が医療費支援や介護費支援や教育費支援を行うことをすべてとりやめてそれにかかる経費のお金をすべて給付金とかベーシックインカムとして国民に支給することを主張する。
医療費支援や介護費支援や教育費支援は、政府がサービスを購入して家計に無償で譲渡することと同じであるから政府購入の一種である。給付金やベーシックインカムは経済学において減税として扱われる。言い換えると、政府が使い道を指定しつつお金を家計に給付することは政府購入になり、政府が使い道を指定せずにお金を家計に給付することは減税になる。
国債を発行してA円を金融市場から借り入れてそのA円で医療費支援や介護費支援や教育費支援といった政府購入を行う政策と、国債を発行してA円を金融市場から借り入れてそのA円で給付金やベーシックインカムといった減税を行う政策を比べると、後者の方がクラウディングアウトの度合いが弱く、実質利子率を引き上げる効果が弱く、企業が支払う利子を増やす効果が弱く、企業の税引後当期純利益を減らす効果が弱い。詳しくはクラウディングアウトの記事の『財政政策の4形態の比較』の項目を参照のこと。ゆえに株主資本主義者は常に後者を選ぶ。
租税を家計から徴収してA円を調達してそのA円で医療費支援や介護費支援や教育費支援といった政府購入を行う政策と、租税を家計から徴収してA円を調達してそのA円で給付金やベーシックインカムといった減税を行う政策を比べると、後者の方がクラウディングアウトの度合いが弱く、実質利子率を引き上げる効果が弱く、企業が支払う利子を増やす効果が弱く、企業の税引後当期純利益を減らす効果が弱い。詳しくはクラウディングアウトの記事の『財政政策の4形態の比較』の項目を参照のこと。ゆえに株主資本主義者は常に後者を選ぶ。
株主資本主義者のほとんどは「A円の政府購入をA円の減税に変更して実質利子率を下げて企業の支払利息を減らして企業が税引後当期純利益を多く稼げるようにして企業の株主を喜ばせよう」と主張しない。そのような主張をすると、「金にがめつい欲深」「金儲けしか考えない企業株主の回し者」という印象を周囲に与えることになり、自らの不利益を招くからである。
そこで株主資本主義者は「政府の官僚は他人が稼いだお金を使う寄生虫のような存在であり、責任感を持たず頭をしっかり使わず馬鹿な判断をして無駄遣いばかりする」と言ったり「民間人は自分が稼いだお金を自分のお金として使う立派な存在であり、責任感を持って頭をしっかり使って賢く判断して効率的にお金を使う」と言ったりして、民尊官卑の言動を繰り返し、そうした上でA円の政府購入をA円の減税に変更することを主張する。
また株主資本主義者は「日本国憲法第29条に基づき民間人の財産権を尊重すべきであり、民間人が自分のお金という財産を自由に処分することを妨害してはならない」と言い、憲法論や法律論の言動を繰り返し、そうした上でA円の政府購入をA円の減税に変更することを主張する。
株主資本主義が主導権を握る国では消費税が増税されていく傾向にある。
消費税が増税されると、買い物に対して巨額の罰金が発生するようになり、すべての人が消費を嫌がるようになって倹約・節約志向になり、すべての人の消費意欲が薄れる。消費税10%の国で110万円の物品を購入すると領収書に「物品100万円 消費税10万円」と記載されるのだが、こういう数字を見る消費者は「消費は悪いことである」という思想を持つようになり、倹約好みの性格に変貌していく。
人々の消費意欲が消え失せると、国家の限界消費性向MPCが減って限界貯蓄性向MPSが増え、消費が減って投資が増え、クラウディングアウトの逆が起こり、実質利子率が下落し、資金を借り入れた企業の支払利息が減り、企業が税引後当期純利益を増やしやすくなり、株主資本主義者にとって理想の楽園となる。
ちなみに、消費というのは生活水準そのものである[47]。消費が多いと生活水準が高くなって生活が豊かになるし、消費が少なくなると生活水準が低くなって生活が貧しくなる。株主資本主義者は実質利子率を低くして企業の支払利息を減らして税引後当期純利益を増やすためにあの手この手で消費を減らそうとする傾向があるが、それは「株主資本主義者は株主の利益を追求するために人々の生活水準を下げて人々の生活を貧しくさせようとする傾向がある」と言い換えることができる。さらにいうと「株主資本主義者は株主の利益を増やすために人々の生活を貧乏なものへ変化させようとする傾向があり、ある種の貧乏神である」と表現することも可能である。
株主資本主義者のほとんどすべてが小さな政府の支持者であり、「税金を最小限にして自由な経済活動を促進しよう」と言って法人税・所得税・相続税・贈与税を減税するように訴えるのがいつもの姿である。しかし株主資本主義者は消費税に対しては妙におとなしくなってあまり抵抗しないことが多い。それどころか、株主資本主義者は「消費税は最も公平な税制である」と口を極めて賛美して消費税を増税する政治的気運を主導する傾向が見られる。
株主資本主義者が主導権を握る国では、法人税・所得税・相続税・贈与税が減税されて消費税が増税される傾向にあり、限界消費性向MPCを引き下げる効果が低い税金が減税されて限界消費性向MPCを引き下げる効果が高い税金が増税される傾向にある。そうなると、国家の限界消費性向MPCが減って限界貯蓄性向MPSが増え、消費が減って投資が増え、クラウディングアウトの逆が起こり、実質利子率が下落し、資金を借り入れた企業の支払利息が減り、企業が税引後当期純利益を増やしやすくなり、株主資本主義者にとって理想の楽園が出現する。
さらにいうと、株主資本主義者が主導権を握る国では、所得税・相続税・贈与税の累進課税が弱体化させられて富裕層に対する租税が減らされ、逆進性の高い消費税が増やされ、人頭税と酷似していて逆進性が高い社会保険料が増やされていく。そうした傾向により、国家の中の所得格差が拡大し、格差社会や階級社会が出現する。格差社会や階級社会には欠点があるが、それについては本記事の『株主資本主義で発生する格差社会・階級社会』の項目で解説する。
株主資本主義者は、人々に対してマネーゲームを解禁することがある。マネーゲームとは、直接金融や商品投資でお金を儲けることである。
マネーゲームが解禁されると、人々が投資に熱中するようになり、「お金を手に入れたら消費に回さず投資につぎ込もう」と考えるようになり、消費を嫌がるようになって倹約・節約志向になり、消費意欲を失う。人々の消費意欲が消え失せると、国家の限界消費性向MPCが減って限界貯蓄性向MPSが増え、消費が減って投資が増え、クラウディングアウトの逆が起こり、実質利子率が下落し、資金を借り入れた企業の支払利息が減り、企業が税引後当期純利益を増やしやすくなり、株主資本主義者にとって地上の楽園となる。
株主資本主義者がマネーゲームを解禁する理由としては、「労働者にマネーゲームという副業をやらせて労働者が労働運動よりもマネーゲームを優先するように誘導して労働運動を弱体化させる」というものが挙げられる。それ以外の理由は上に述べたものである。
マネーゲームは、賭博(ギャンブル)によく似ていて射幸心を強く煽る性質を持っており、労働者の職務専念義務を妨害する性質を持っている。マネーゲームを解禁すると、「スマホで株式市場の様子を観察しながら本業のパソコン作業をする」「株式市場で株価が暴落したら心配のあまりトイレにこもりつづける」といった労働者が増え、労働者が職務専念義務を果たしづらくなり、労働時間や資本量が一定であっても生産量が落ちる事態となり、企業や国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが減り、不景気になり、国家が没落する。
また、マネーゲームは、情報収集や情報分析のために大量の時間を要求するという性質があり、労働者の余暇を削って労働者の疲労を蓄積させて労働者の健康を損なう性質を持っている。マネーゲームを解禁すると、「余暇の大半をマネーゲームに費やして金儲けに熱中する」「寝ても覚めてもマネーゲームのことばかり考える」といった労働者が増え、労働者の余暇が減って労働者が健康を損ないやすくなる。健康を損ねた労働者が増えると、労働時間や資本量が一定であっても生産量が落ちる事態となり、企業や国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが減り、不景気になり、国家が没落する。
株主資本主義は解雇規制の緩和を望む傾向がある。本記事の『労働運動を抑制して労働者に払う費用を減らす』の項目でいくつかの理由をすでに述べたが、ここでは、解雇規制の緩和によって労働者の賃金の確実性と消費を減らして実質利子率を下げることについて述べる。
株主資本主義者が解雇規制の緩和を目指す理由の1つは、人口の大部分を占める労働者の賃金の確実性と消費意欲を減らし、国家の限界消費性向MPCを減らして限界貯蓄性向MPSを増やし、消費を減らして投資を増やし、クラウディングアウトの逆を起こし、実質利子率を下落させ、資金を借り入れた企業の支払利息を減らし、企業の税引後当期純利益を増やすことである。
解雇規制を緩和すれば労働者の賃金の確実性が低くなる。そうなると労働者は「自分は将来に解雇されるかもしれない」と思うようになって将来不安にさいなまれ、予備的貯蓄を優先するようになり[48]、消費嫌いで倹約好みの性格に変貌していく。国家全体の限界消費性向MPCが減って限界貯蓄性向MPSが増え、消費が減って投資が増え、実質利子率が低下していき、資金を借り入れた企業の支払利息が減り、企業の税引後当期純利益が増える。
さらには、賃金の不確実性に悩む労働者は貯蓄を好んで消費を嫌がるため、莫大な消費を伴うことを予想させる結婚を避けるようになり、結婚率を低下させていく。国家全体の結婚率や出産率が低下し、少子化が進み、激しく消費をする子どもという存在が減り、消費が減って投資が増え、「クラウディングアウトの逆」が起こって実質利子率が低下していき、資金を借り入れた企業の支払利息が減り、企業の税引後当期純利益が増える。
日本は人々の孤立化と無縁社会への変貌が進んでいる国である。その原因として①単一民族国家・単一人種国家であるので「同じ民族・人種同士で血縁集団を作り上げて他民族・他人種からの迫害に対抗する」という現象が少なく多民族国家・多人種国家に比べて血縁集団の存在感が希薄である、②先進国になって農業国から工業国へ移行したことで転勤が一般化して地縁が希薄化した、③テレビの普及を原因として標準語の普及と言語の統一化が進んで「同じ方言を話す者同士で地縁集団を作り上げて助け合う」という現象が減って地縁が希薄化した、④国民の所得水準が向上して住宅の壁が厚くなり隣人の生活音が聞こえなくなって「隣は何をする人ぞ」の心理となり隣人との心理的距離が遠くなって地縁が希薄化した、というものが挙げられる。
日本のような国で株主資本主義者の策動によって解雇規制を緩和すると、労働者と職場の縁故(「職縁」とも「社縁」とも表現できる)が希薄化し、人々の孤立化と無縁社会への変貌がより過剰になる。そうなると人々が「誰も助けてくれない」という将来不安を過剰に抱くようになり、人々が予備的貯蓄を過剰に好んで消費を過剰に嫌うようになり、莫大な消費を伴う結婚や出産を過剰に嫌うようになり、非婚化と少子化と人口減少を強く推進するようになる。人口減少が進むと移民の流入に頼ることになり、言語の統一性が劣化し、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが下がって国家が没落する。バランスを考えるのなら、日本のような国では株主資本主義者が策動して解雇規制を緩和することを抑制すべきである。
株主資本主義は成果主義・能力主義を望む傾向がある。本記事の『労働運動を抑制して労働者に払う費用を減らす』の項目でいくつかの理由をすでに述べたが、ここでは、成果主義・能力主義によって労働者の賃金の確実性と消費を減らして実質利子率を下げることについて述べる。
世の中の多くの企業が成果主義・能力主義の賃金体系を導入すると、労働者の賃金が使用者の判断によって大きく変動するようになり、労働者の賃金の確実性が低くなる。そうなると労働者は「自分は将来に成果主義・能力主義によって賃金を大きく減らされるかもしれない」と思うようになって将来不安にさいなまれ、予備的貯蓄を優先するようになり、消費嫌いで倹約好みの性格に変貌していく。国家全体の限界消費性向MPCが減って限界貯蓄性向MPSが増え、消費が減って投資が増え、実質利子率が低下していき、資金を借り入れた企業の支払利息が減り、企業の税引後当期純利益が増える。
さらには、賃金の不確実性に悩む労働者は貯蓄を好んで消費を嫌がるため、莫大な消費を伴うことを予想させる結婚を避けるようになり、結婚率を低下させていく。国家全体の結婚率や出産率が低下し、少子化が進み、激しく消費をする子どもという存在が減り、消費が減って投資が増え、「クラウディングアウトの逆」が起こって実質利子率が低下していき、資金を借り入れた企業の支払利息が減り、企業の税引後当期純利益が増える。
要するに、成果主義・能力主義の賃金体系が一般的な国家は、解雇規制が緩和された国家と同じ性質を持つ。政府が解雇規制を強化して世の中の労働者の終身雇用を保障したとしても、成果主義・能力主義の賃金体系が世の中に広がれば、解雇規制を緩和した国家と同じ状態になる。人々が賃金の不安定さに悩んで将来不安を過剰に抱くようになり、人々が予備的貯蓄を過剰に好んで消費を過剰に嫌うようになり、莫大な消費を伴う結婚や出産を過剰に嫌うようになり、非婚化と少子化と人口減少を強く推進するようになる。人口減少が進むと移民の流入に頼ることになり、言語の統一性が劣化し、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPが下がって国家が没落する。
加齢によって成果を出せなくなったり能力を喪失したりした老人に対して政府がお金を給付する制度を年金という。また政府は、医療サービスや介護サービスを享受した老人が支払うべき医療費や介護費に対して金銭的に支援することがある。
年金は政府から老人への給付金であり、経済学の中では減税の一種と扱われる[49]。給付金は政府から家計への送金であり、税金は家計から政府への送金なので、給付金は税金の正反対であり、減税に等しい。
政府による医療費や介護費の負担は政府購入の一種である。「政府が医療サービスや介護サービスの一部を政府購入の一環として買い取って、それを老人に無償で譲渡している」という解釈をしてよい。
年金や医療費支援や介護費支援の財源は、①政府が日銀法第4条を堅持しつつ国債を発行して借り入れる資金や、②人々に課する租税や、③人々に課する社会保険料のどれかである。そして、①の財源を採用しても、②や③の財源を採用しても、いずれにせよクラウディングアウトとなる。そのことはクラウディングアウトの記事の『財政政策の4形態の比較』の項目で確認できる。
国債を発行して金融市場から資金を借り入れて医療費支援や介護費支援をすることは、国債でA円を借り入れてA円の政府購入をすることに等しく、かなり強めのクラウディングアウトとなる。
国債を発行して金融市場から資金を借り入れて年金を支給することは、国債でA円を借り入れてA円の減税をすることに等しく、強めのクラウディングアウトとなる。
租税や社会保険料を徴収して医療費支援や介護費支援をすることは、租税でA円を徴収してA円の政府購入をすることに等しく、弱めのクラウディングアウトとなる。
租税や社会保険料を徴収して年金を支給することは、租税でA円を徴収してA円の減税をすることに等しく、本来ならまったくクラウディングアウトが発生しない。しかし、この場合は、限界消費性向MPCが低い現役世代から限界消費性向MPCが高い老人へお金が移転するので、消費が増えて投資が減り、クラウディングアウトになる。現役世代が持つ将来よりも老人が持つ将来の方が短いので、現役世代の方が限界貯蓄性向MPSが高くて限界消費性向MPCが低く、老人の方が限界貯蓄性向MPSが低くて限界消費性向MPCが高い。
クラウディングアウトになると実質利子率が上昇し、資金を借り入れた企業の支払利息が増え、企業が税引後当期純利益を増やしにくくなるのだが、それは株主資本主義者が心から嫌がることである。このため株主資本主義者は年金や医療費支援や介護費支援に対して常に反対する。
株主資本主義者は、年金や医療費支援や介護費支援を削減したがる傾向にある。その理由は、上述のようにクラウディングアウトを阻止するためというものが挙げられるが、人々の収入の確実性と消費意欲を減少させることで国家全体の限界消費性向MPCを減少させてクラウディングアウトの逆を発生させるというものも挙げられる。
年金や医療費支援や介護費支援を削減すると、人々に「自分が老いたら政府が助けてくれない」と思わせることができ、人々に将来不安を与えることができ、人々が将来に備えて予備的貯蓄をして消費を抑制するように誘導することができ、国家全体の限界消費性向MPCを減退させることができる。そうなれば、クラウディングアウトの逆が起こって実質利子率が下がって企業が税引後当期純利益を増やしやすくなり、株主資本主義者が望む状態になる。
株主資本主義者は年金や医療費支援や介護費支援を徹底的に嫌い、そうした制度を潰すために様々な論説をする。「既得権益者の老人が社会保険料を課すという手段で若者を痛めつけている」などと老人に対する憎悪を煽る論説をしたり、あるいは「現行の年金制度は制度疲労を起こしていて将来の破綻が考えられるので今すぐに改革すべきだ」などと不安を煽る論説をしたり、「生産能力が低い老人に対して資金と人員を配置するのは無駄であって効率的でないので、医療産業や介護産業のような老人を世話する産業を縮小して廃れさせ、もっと効率的に富を生み出す産業へ資金と人員を移動すべきだ」などと軽蔑を煽る論説をしたりする。
株主資本主義者は老人への支援を重視する政治を嫌っており、そうした政治をシルバー民主主義(シルバーデモクラシー)と呼び、「シルバー民主主義を否定するべきだ」と激しく訴え、「若者の投票率を上げつつ『老人を憎悪する若者』が増えればシルバー民主主義を打破できる」と考え、若者に選挙の投票へ行くことを勧めつつ「老人が社会保険料の賦課という手段で若者を痛めつけている」というヘイトスピーチに近い言動をすることがある。
株主資本主義者が好む言葉は「効率」である。その株主資本主義者が政府による社会保障や年金給付を目にすると「ロクな生産力もない老人にお金を注ぎ込んで人を張り付かせるのは無駄で非効率的だ」と猛反発する傾向がある。政府による社会保障や年金給付を大々的に行う政策を確定させたのは田中角栄であるので[50]、株主資本主義者は田中角栄を徹底的に敵視する傾向がある。
ちなみに株主資本主義者は「国土の均衡ある発展」と呼ばれる地域振興政策を目にすると「ロクな生産力もない地方にお金を注ぎ込んで人を張り付かせるのは無駄で非効率的だ」と猛反発する傾向がある。そして、「国土の均衡ある発展」を大々的に行う政策を確定させたのは田中角栄であるので、株主資本主義者は田中角栄を徹底的に敵視する傾向がある。
株主資本主義者は老人を嫌う傾向が高く、「老人は生産能力が低く社会やGDPへの貢献を行っていないので、さっさと逝去してくれたら良い」とか「老人は穀潰し(ごくつぶし)であり、姥捨て山[51]に放置して口減らしして、社会の人件費(コスト)を削減した方が良い」という思想が言動の節々からにじみ出てくる傾向がある。
株主資本主義者のそういう主張に対して、「医療器具の加工は非常に難しい[52]。老人に対する医療費を拡大することで医療器具の加工という困難な作業に挑む企業が増え、国内の企業が高性能な工作機械を購入するという設備投資をするようになり、国家の将来の資本量が増え、国家が将来において実質GDPを増やすことができる。老人に対する医療費は一種の産業振興費である」という反論が寄せられることがある。
医療器具の産業というのは、医者などの医療関係者や患者の家族から「できるだけ良い医療器具を作ってくれ。さもないと患者が死んでしまう!」といった具合に鬼気迫る表情で要求される産業であり、その要求通りの医療器具を作ると医者などの医療関係者や患者の家族から「本当にありがとう」と盛大に感謝される産業であって、労働者に内発的動機付けが強く掛かる産業であるので、賃上げを求める労働運動がやや起こりにくいという短所がある。しかし、先述のように医療器具の産業は高性能な工作機械を必要とするので国家の資本量を増やしやすいという長所がある。
ちなみに余談ながら、医療器具産業に匹敵するほどに産業を振興する効果が高いのは軍事産業である。軍事産業では高性能の製品を作るための高性能な工作機械を必要とするので国家の資本量を伸ばしやすいという長所がある。軍事産業というのは、軍人から「できるだけ良い兵器を作ってくれ。さもないと味方が死んでしまう!」といった具合に鬼気迫る表情で要求される産業であり、その要求通りの兵器を作ると軍人から「本当にありがとう」と盛大に感謝される産業であって、労働者に内発的動機付けが強く掛かる産業であるので、賃上げを求める労働運動がやや起こりにくいという短所があるが、その短所を補うほどの長所がある。
日本は憲法で平和国家であることを定められている。そして、エネルギーや食糧といった資源の自給率が非常に低い国家なので、すべての国家と仲良くする全方位外交を維持する必要があり、軍事行動を起こすことが難しく、外国の恨みを買うような兵器輸出が難しい。ゆえに日本が「兵器に対する需要」を大幅に増やして技術を進歩させるという国策をとるのはあまり現実的ではない。
「老人が逝去せずに踏ん張ると、老人に対する医療器具を大量かつ高品質に作ることになり、医療器具を作る製造業を鍛え上げる効果が生まれ、製造業の技術水準を押し上げる効果が生まれる」とか「老人は病気になりやすい存在で、病気になることで『作るのが難しい医療器具』に対する需要を作り出す存在であり、製造業が難しい加工に挑戦するきっかけを作り出す存在であり、製造業の技術水準をグイグイ押し上げるモーターでありエンジンであるので、簡単に逝去してもらったら困る」という思想がある。そういう思想を持つ人は、株主資本主義者の「高齢者は逝去してしまえばいい」という主張に対して強硬に反論することになる。
株主資本主義者の自助論・自己責任論の典型は「政府に保護されようと思うのは甘えであって国家衰退への道である」とか「親方日の丸の気持ちを抱いてぬくぬくとしていれば堕落する」というものであり、説教臭い道徳論になることが恒例である。
親方日の丸とは、公務員が「自分の勤める職場の所有者は日本国政府なので絶対に倒産しない」と信じる意識のことを指すが、ここでは人々が「自分が困ったら日本政府が必ず助けてくれる」と信じる意識のことも含む。
株主資本主義者の自助論・自己責任論は、人々に対して「皆さんは、困ったことが発生しても、政府に対して政府購入に基づく政府からのサービスの提供を請求する権利をもっていないし、政府に対して給付金や減税を請求する権利をもっていない。そういうことをするのなら我々が道徳論で罵倒する」と告げるものであり、困ったことが発生した人に対して日本国憲法第16条に基づく請願をすることを諦めさせたり、困ったことが発生した人に対して日本国憲法第21条に基づく「行政や立法や司法に影響を与える目的で行う表現」をすることを諦めさせたりするもので、人々の基本的人権を抑圧するものであり、日本国憲法の精神と一致しないものである。
株主資本主義者が熱心に自助論や自己責任論を語ることで、人々は「困ったことが発生しても、自分には政府に対して政府購入に基づく政府からのサービスの提供を請求する権利がないし、政府に対して給付金や減税を請求する権利がない」と思うようになり、困ったことが発生しても国会議員を通じて政府購入や減税を要求することを避けるようになる。そうなると政府購入や消費が減って投資が増え、クラウディングアウトの逆が発生し、実質利子率が下落し、企業が借り入れに伴う支払利息を削減できるようになり、企業が税引後当期純利益を増やしやすくなる。
株主資本主義者が熱心に自助論や自己責任論を語ることで、人々は「困ったことが発生したら政府が助けてくれず収入が激減する」と思うようになり、将来不安に襲われるようになる。将来不安に悩まされた人々は、自らの収入の確実性が減少したと思い込んで予備的貯蓄を優先するようになって消費意欲を減退させ、激しい消費が予想される結婚や出産を諦めるようになり、少子化を進行させる要因を作り出す。そうなると国家の限界消費性向MPCが減って限界貯蓄性向MPSが増え、消費が減って投資が増え、クラウディングアウトの逆が発生し、実質利子率が下落し、企業が借り入れに伴う支払利息を削減できるようになり、企業が税引後当期純利益を増やしやすくなる。
株主資本主義者は、自助論や自己責任論を語るときに「道徳を語る教師」といった立ち位置になり、「自分は道徳を理解している立派な存在なのだ」という思いを強くすることができ、満足することができる。そして株主資本主義者は、そうした満足感に酔いしれながら、実質利子率を引き下げて税引後当期純利益を増やす可能性を高めている。株主資本主義者にとって自助論や自己責任論を述べることは、自らの気分を良くすることができるし金儲けになるしで、とても満足できる楽しい行為である。
株主資本主義者は、「道徳論を語って道徳的に優れていると思われたい」という名誉欲と、「政府購入や消費を減らしてクラウディングアウトの逆を発生させて実質利子率を引き下げて企業が資金を借り入れる際に支払う支払利息を削減して企業の税引後当期純利益を増やして金儲けしたい」という金銭欲を両方とも持ち合わせている。株主資本主義者のそうした欲望を両方ともしっかり満たすのが自助論や自己責任論である。
株主資本主義者が自助論・自己責任論を語るとき、①まず「日本は世界最強の覇権国家であるアメリカ合衆国を見習わねばならない」と述べて、②続いて「アメリカ合衆国は自助論が浸透した自己責任の国であり、親方星条旗の生き方をする人がどこにもいない」と語り、③最終的に「日本人は自助論を受け入れ自己責任の意識を持たねばならず、親方日の丸の生き方を諦めねばならない」という結論を導く。つまり、強大なアメリカ合衆国に対する憧れの心を利用しつつ、三段論法を駆使して同調圧力を掛ける。株主資本主義に傾倒する政治家が著書でそのように三段論法を駆使して同調圧力を掛けることがある[53]。
強大な外国に対する憧れの心を利用して「強大な外国の人々は○×という行動をしているのだから、君も○×という行動をするべきだ」と語りかけて同調圧力を掛ける存在は、しばしば出羽守と言われる。
しかし、現実のアメリカ合衆国は軍事予算が巨大な国であり、軍人を非常に手厚く保護する国であり、「困ったら軍隊に入れば軍隊に助けてもらえる」という依存の心を持つ人が多い国であり、親方星条旗の気持ちを抱いて生きる人が多い国である。アメリカ合衆国で貧乏な家庭に生まれついた場合は、高校を卒業してから軍隊に入り、軍隊で2~3年ほど働いてから予備役になり、予備役の身分のまま軍人の学費をタダにする大学に通い、「元軍人を積極的に雇用していて社会と国家に貢献しております」とアピールしようとする企業に就職する、という選択肢を選ぶことができる。アメリカ合衆国の大学に留学すると「数年前まで軍隊で働いていた」という学生に出くわすことが珍しくないという。
また、現実のアメリカ合衆国は、コミュニティ(民族や人種が同じ者同士で結成する血縁集団)の存在感が大きい国であり、「困ったら自分の所属するコミュニティに戻ればコミュニティに助けてもらえる」という依存の心を持つ人が多い国である。コミュニティの例としては中国系コミュニティとか日系コミュニティとかユダヤ系コミュニティとかイタリア系コミュニティとか黒人コミュニティなどが挙げられる。アメリカ合衆国は多民族国家・多人種国家であり民族差別や人種差別が存在するので住民は「コミュニティという血縁集団を作り上げて他民族・他人種からの迫害に対抗しよう」という気持ちになりやすい。
株主資本主義者がアメリカ合衆国のことを語るとき、軍隊で数年働いてから大学に通う人々やコミュニティに依存する人々のことには決して触れようとせず、ひたすら黙殺する。それはなぜかというと、「世界最強の覇権国家であるアメリカ合衆国は自助論が浸透した自己責任の国であり、依存の心を持つ人がどこにもいない」というプロパガンダ(思想宣伝)の邪魔になるからである。
日本は人々の孤立化と無縁社会への変貌が進んでいる国である。そのため日本人の間には「誰も助けてくれないのだから自分でなんとかしなければいけない」という考えが広まっており、自助論の考え方がすでに浸透している。
日本のような国で株主資本主義者が人々に対して自助論をさらに布教すると、人々が「誰も助けてくれない」という将来不安を過剰に抱くようになり、人々が予備的貯蓄を過剰に好んで消費を過剰に嫌うようになり、莫大な消費を伴う結婚や出産を過剰に嫌うようになり、非婚化と少子化と人口減少を強く推進するようになる。バランスを考えるのなら、日本のような国では、株主資本主義者が人々に対して自助論をさらに布教することを抑制すべきであるし、株主資本主義者の反対を押し切って積極財政にして社会保障を拡充して住民と政府の縁故(「政府縁」とも「国縁」とも表現できる)を強めて無縁社会になることを抑制すべきであるし、株主資本主義者の反対を押し切って解雇規制を強化して労働者と職場の縁故(「職縁」とも「社縁」とも表現できる)を強めて無縁社会になることを抑制すべきである。
ちなみに、日本で人々の孤立化と無縁社会への変貌が進んでいる原因として、①単一民族国家・単一人種国家であるので「同じ民族・人種同士で血縁集団を作り上げて他民族・他人種からの迫害に対抗する」という現象が少なく多民族国家・多人種国家に比べて血縁集団の存在感が希薄である、②先進国になって農業国から工業国へ移行したことで転勤が一般化して地縁が希薄化した、③テレビの普及を原因として標準語の普及と言語の統一化が進んで「同じ方言を話す者同士で地縁集団を作り上げて助け合う」という現象が減って地縁が希薄化した、④国民の所得水準が向上して住宅の壁が厚くなり隣人の生活音が聞こえなくなって「隣は何をする人ぞ」の心理となり隣人との心理的距離が遠くなって地縁が希薄化した、などが挙げられる。
1970年代ごろまでは、テレビの普及が進んでいなかったときに幼少期を過ごしたせいで方言の訛りが激しい人が多かった。そういう人が東京のような大都市に出てきて就職するときは同じ方言を話す同郷の者たちで助け合う事象が発生しており、地縁集団が形成されていた。
しかし、1980年代ごろ以降は、テレビが普及したあとに幼少期を過ごしたせいで方言の訛りが少ない人が増え、標準語を喋る人が増え、同じ方言を話す同郷の者たちで地縁集団を形成して助け合う事象がどんどん減っていった。つまり言語の統一化が進むと、方言を共有する地縁集団が消滅して地縁が希薄化して人々の孤立化が進み、無縁社会に近づいていく。
株主資本主義者が自助論や自己責任論を広めることを順調に行うと、有力な産業がない地方の住民が地方公共団体に対して「政府購入に基づく地方公共団体からのサービスの提供」や減税を請求しにくくなる。そうなると、有力な産業がない地方から有力な産業のある地方への移住が進み、「国土の均衡ある発展」という政策が失敗して「地方切り捨て」という事態となり、有力な産業がない地方に人口空白地域が出現する。人口空白地域が出現すると凶悪犯罪者が凶悪犯罪の証拠品を捨てやすい状況となって治安が悪化するし、熊や猿などの有害動物が繁殖して人を襲うようになって治安が悪化する。治安が悪化すると世の中の労働者が労働に集中しにくくなり、職務専念義務を果たしづらくなり、労働強化の逆となり、労働時間や資本量が一定であっても生産量が減る事態となり、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPと労働生産性と資本生産性と実質賃金と実質資本レンタル料のすべてが減少し、国家が没落していく。そのことはコブ=ダグラス生産関数で簡単に計算できる。
株主資本主義と表裏一体の新自由主義が流行すると、自由貿易が推進され、国際的資本移動の自由化が進み、多国籍企業が出現する。そして多国籍企業の役員は「先進国の労働者と発展途上国の労働者に同じ賃金を与えると先進国の労働者は怠惰になって賃金に文句を言い発展途上国の労働者は勤勉になって熱心に働くが、それは、先進国の労働者の性質が怠惰で発展途上国の労働者の性質が勤勉だからだ」と言って先進国の労働者を罵倒するようになる。そうした罵倒は、先進国と発展途上国は資本量がそれぞれ異なっているために労働市場における実質賃金の均衡値もそれぞれ異なっているということを一切無視するものなので、あえて命名するのなら「資本量無視主義」となる。資本量無視主義の言葉を聞かされる先進国の労働者は自信を喪失し、誰かを攻撃してその誰かの表情を恐怖に歪ませることで「自分は他者に対する影響力を持つ有能な人物である」と思って自信を取り戻す行為に熱中するようになる。難しく言い換えると、自信を破壊された労働者は攻撃という行為に内発的動機付けを掛けられた状態になる。そうした状況で株主資本主義者が自助論や自己責任論を広めて「自助をせず自己責任を意識しない者」に対する攻撃をするので、先進国の労働者は株主資本主義者を見習って「自助をせず自己責任を意識しない者」に対して自助論や自己責任論で攻撃するようになる。以上をまとめると、新自由主義者が先進国の労働者に対して誰かを攻撃したがる心理を植え付け、株主資本主義者が先進国の労働者に対して攻撃する口実を与えている。
株主資本主義者は、「日本政府が円建て国債を発行すると返済できなくなる」という意味の財政破綻論を語って人々の不安と恐怖を煽る習性や、「日本政府が円建て国債を発行すると子孫の納税負担が増える」という意味の子孫増税論を語って人々の罪悪感を煽る習性を持っている。
①日本政府は経済政策の基本方針の1つとして「円建て国債の債務不履行を絶対に回避する」という方針を堅持している。②日本には日銀法第4条があり、日本銀行に対して日本政府の経済政策の基本方針と整合的な金融政策をとるように義務づけている。③日本政府が通貨として採用しているのは日本銀行が発行する不換銀行券であり、日本銀行が全く負担無しで発行できる。以上の①と②と③から、日本政府は円建て国債をどれだけ発行しても常に日銀の支援を得られるので決して返済不可能に陥らず、財政破綻しない。また日本政府は円建て国債をどれだけ発行しても日銀の支援を得て返済でき、日本国の歴史が続く限り永遠に借り換えをすることが可能であって、子孫への増税に頼る必要が発生しない。さらにいうと、円建て国債を発行した日本政府は、財界難(財界から「実質利子率を引き上げて支払利息という費用を増やして税引後当期純利益を減らすのは絶対に許さない」という株主資本主義に基づいた非難の声を送られること)に苦しむことはあっても財政難に苦しむことはない。また、円建て国債を発行した日本政府は、財界政界関係悪化や財界政界関係破綻(財界が政界に「実質利子率を引き上げて支払利息という費用を増やして税引後当期純利益を減らすのは絶対に許さない」という株主資本主義に基づいた非難の声を送ることで財界と政界の関係が悪化したり壊れたりすること)を発生させることはあっても財政悪化や財政破綻(政府が円建て国債の債務不履行に近づいたり円建て国債の債務不履行に陥ったりすること)を発生させることはない。
株主資本主義者は以上の①と②と③を意図的に忘却し、「日本政府は円建て国債を返済しきれずに財政破綻する」と財政破綻論を語ったり、「日本政府の円建て国債は子孫の納税負担を増やして子孫を苦しめる」と子孫増税論を語ったりする。③を意図的に忘却するときの株主資本主義者は商品貨幣論の支持者になる傾向がある。
株主資本主義者の語る財政破綻論は、「将来に破滅が訪れる」と予言して人々の不安と恐怖を煽り、人々の「意思決定の自由」を阻害し、人々を困惑させるものである。
財政破綻論を語って人々の不安と恐怖を煽る株主資本主義者たちによく似ているカルト宗教団体というとオウム真理教、エホバの証人、崇教眞光、顕正会といったところである。これらの4団体はいずれも「将来に破滅が訪れる」と予言して人々の不安と恐怖を煽り、人々の「意思決定の自由」を阻害し、人々を困惑させている。
株主資本主義者が語る子孫増税論は、「日本政府が円建て国債を発行すると子孫の納税負担が増えて子孫を苦しめる」と人々に告げて人々の罪悪感を煽り、人々の自信を破壊し、人々を動揺させ、人々を弱気にさせ、人々の「意志決定の自由」をくじき、人々を株主資本主義者に服従させるものである。
子孫増税論を語って人々の罪悪感を煽る株主資本主義者たちによく似ているカルト宗教団体というと統一教会である。統一教会は「あなたの行いであなたの子孫は地獄に堕ちて苦しむことになる」と言って信者の罪悪感を煽って信者の自信を破壊して信者を統一教会に服従させて信者に財産を差し出させることを得意としている。ハッキリ宣教師の「あなたの行いであなたの子孫が苦しむ」という説法はその好例である。
また、子孫増税論を語って人々の罪悪感を煽る株主資本主義者たちは1936年の二・二六事件における軍部とよく似ている。このときの軍部は反乱将兵に向けて「下士官兵ニ告グ」から始まるビラを撒いて投降を促したのだが、そのとき「オ前達ノ父母兄弟ハ國賊トナルノデ皆泣イテオルゾ」という一文を書き、反乱将兵に対して「君の行動で君の身内に迷惑がかかる」と告げ、反乱将兵の罪悪感を刺激し、反乱将兵を服従させようとした。株主資本主義者たちは「積極財政者ニ告グ」から始まるビラをせっせと撒いて「国債を発行すればお前たちの子孫は借金持ちとなるので皆泣くことになるぞ」と言い、積極財政を支持する者に対して「君の行動で君の子孫に迷惑がかかる」と告げ、積極財政を支持する者の罪悪感を刺激し、積極財政を支持する者を株主資本主義者に服従させることを得意としている。
株主資本主義者というと新自由主義を信奉していることが多く、「全体主義国では自由が封殺される。そんなことが起こってはならず、自由を守り抜かねばならない」といったことを唱え、自由を尊重することを声高らかに主張する。
口先ではそのようなことをいうのだが、実際の株主資本主義者・新自由主義者は、「日本政府は円建て国債を返済しきれずに財政破綻する」という財政破綻論を語って人々の不安と恐怖を煽ったり「円建て国債は子孫を必ず苦しめる」という子孫増税論を語って人々の罪悪感を刺激したりして人々の「意志決定の自由」を制限して人々を服従させることを大いに好む。
日本政府は2024年6月21日の閣議で2024年版の「こども白書」を決定した。日本、米国、ドイツ、フランス、スウェーデンの5ヶ国の13歳から29歳の人を対象にアンケートを行ったが「自国の将来は明るいと思うか」の質問に「そう思う」または「どちらかといえばそう思う」と答えた割合は日本が最も低かった(記事
)。こうした状況の原因の1つとして、日本において株主資本主義者たちが精力的に財政破綻論や子孫増税論を語り続けてきたことを挙げることができる。
株主資本主義者は財政破綻論を述べる傾向があるが、それには3つの目的がある。そのうちの1つ目は、そうした論理を語ることで人々に「自分は借金持ちで負債を抱えているので消費を減らして貯蓄を増やして借金の返済に備えなければならない」と考えさせ、人々の消費意欲を打ち砕き、国家全体の限界消費性向MPCを減らして消費を減らし、国家全体の限界貯蓄性向MPSを増やして投資を増やし、クラウディングアウトの逆を発生させて実質利子率を下げ、企業が資金を借り入れる際に支払う支払利息を削減し、企業の税引後当期純利益を増やすという目的である。
人間は「自分は借金持ちである」と感じれば「消費などしている場合ではなく、借金の返済のために貯蓄しなければならない」という気分になり、限界消費性向MPCを減らして限界貯蓄性向MPSを増やし、消費を減らして貯蓄を増やす。このため株主資本主義者は「政府の借金は○兆円で、それは皆さんの借金ですから、皆さんは借金持ちなのです」とひたすらに人々に語りかけ、人々に「消費などしている場合ではなく、借金の返済のために貯蓄しなければならない」という気分を持たせようと懸命になっている。
株主資本主義者は財政破綻論を述べる傾向があるが、それには3つの目的がある。そのうちの2つ目は、そうした論理を語ることで人々に「将来において政府は国債を発行して資金を得ることができなくなるので年金や医療費支援や介護費支援といった社会保障が必ず破綻する」と考えさせ、人々の将来不安を煽って人々を絶望させ、人々に「消費などしている場合ではなく、社会保障の破綻に備えて貯蓄しなければならない」という気分を持たせ、人々の消費意欲を打ち砕き、国家全体の限界消費性向MPCを減らして消費を減らし、国家全体の限界貯蓄性向MPSを増やして投資を増やし、「クラウディングアウトの逆」を発生させて実質利子率を下げ、企業が資金を借り入れる際に支払う支払利息を削減し、企業の税引後当期純利益を増やすという目的である。
「人々を絶望させてその絶望の心を自らのエネルギーにしている」というと、ドラクエなどのRPG系のゲームの敵役にありがちな設定であるが、株主資本主義者はそれと似たような性質を持っている。株主資本主義者はまず株式を購入して企業の株主になる。そして株主資本主義者は財政破綻論を語って人々に「将来において政府は国債を発行して社会保障の資金を得ることができなくなるので社会保障が必ず破綻する」と絶望させ、人々に「消費などしている場合ではなく、社会保障の破綻に備えて貯蓄しなければならない」という気分を持たせ、国家の限界消費性向MPCを減らして限界貯蓄性向MPSを増やし、「クラウディングアウトの逆」を引き起こし、実質利子率を引き下げる。そうなると企業が支払う支払利息が減り、企業の税引後当期純利益が増え、株主資本主義者の受け取る配当が増え、株主資本主義者のエネルギーが高まる。
株主資本主義者は財政破綻論を述べる傾向があるが、それには3つの目的がある。そのうちの3つ目は、プライマリーバランスの均衡や黒字を目指すよう国会議員や官僚や国民に強制し、クラウディングアウトを減らしたり「クラウディングアウトの逆」を発生させたりして実質利子率を下げ、企業が資金を借り入れる際に支払う支払利息を削減し、企業の税引後当期純利益を増やすという目的である。
プライマリーバランスが均衡していて限界消費性向MPCが0.7で限界貯蓄性向MPSが0.3となっている閉鎖経済の国家があるとする。その国家が1兆円の国債を発行してプライマリーバランスの赤字を1兆円だけ発生させて1兆円の政府購入をすると、国民貯蓄と投資を1兆円減らすことになり、クラウディングアウトが非常に大きく発生する。一方で1兆円の増税をしてプライマリーバランスの均衡を保って1兆円の政府購入をすると、国民貯蓄と投資を3000億円減らすことになり、クラウディングアウトが少なく発生する。詳しくはクラウディングアウトの記事の『財政政策の4形態の比較』の項目を参照のこと。ゆえに株主資本主義者は常に後者を選び、プライマリーバランスの赤字を否定してプライマリーバランスの均衡を目指し、国債を財源とする政府購入から租税を財源とする政府購入に変更しようとする。
プライマリーバランスが均衡していて限界消費性向MPCが0.7で限界貯蓄性向MPSが0.3となっている閉鎖経済の国家があるとする。その国家が1兆円の国債を発行してプライマリーバランスの赤字を1兆円だけ発生させて1兆円の減税をすると、国民貯蓄と投資を7000億円減らすことになり、クラウディングアウトが大きく発生する。一方で1兆円の増税をしてプライマリーバランスの均衡を保って1兆円の減税をすると、国民貯蓄と投資が一定を保ち、クラウディングアウトが全く発生しない。詳しくはクラウディングアウトの記事の『財政政策の4形態の比較』の項目を参照のこと。ゆえに株主資本主義者は常に後者を選び、プライマリーバランスの赤字を否定してプライマリーバランスの均衡を目指し、国債を財源とする減税から租税を財源とする減税に変更しようとする。
プライマリーバランスが均衡していて限界消費性向MPCが0.7で限界貯蓄性向MPSが0.3となっている閉鎖経済の国家があり、過去に発行した1兆円の国債の償還をすることになったとする。その国家が1兆円の国債を発行して1兆円の国債の償還をして借り換えをすると、国民貯蓄と投資が一定を保ち、クラウディングアウトや「クラウディングアウトの逆」が全く発生しない。一方でその国家が1兆円の増税をしてプライマリーバランスの黒字を1兆円だけ発生させて1兆円の国債の償還をすると、国民貯蓄と投資を7000億円増やし、「クラウディングアウトの逆」を大きく発生させる。詳しくはクラウディングアウトの記事の『国債償還の2形態の比較』の項目を参照のこと。このため株主資本主義者は、租税を増やして政府購入や減税を減らしてプライマリーバランスを黒字にして税金で国債を償還することを常に目標とする。
ちなみに、株主資本主義者がプライマリーバランスを均衡や黒字に近づけるために増やす税金というと、消費税が定番である。消費税は人々から効率的に税金を吸い上げる性質があり、プライマリーバランスを黒字に近づける力が強く、株主資本主義者にとって愛用の武器といった存在である。
株主資本主義者は株主のことが可愛くてしょうがないのだが、しかし、「プライマリーバランスを黒字にしてクラウディングアウトの逆を発生させ企業の支払利息を減らして企業が税引後当期純利益を多く稼げるようにして企業の株主を喜ばせよう」と主張することをほとんど行わない。そのような主張をすると、「金にがめつい欲深」「金儲けしか考えない企業株主の回し者」という印象を周囲に与えることになり、徹底的に嫌われて、自らの不利益を招くからである。
このため株主資本主義者は「自分は子孫のことが可愛くてしょうがないのだ」と周囲にアピールしつつ「プライマリーバランスを黒字にして政府債務を減らして将来の子孫を借金地獄から解放しよう」と主張し、「日本政府が円建て国債を発行すると子孫の納税負担が増える」という意味の子孫増税論を述べる。そのような主張をすれば「子孫のことを心から考える道徳家」「将来世代のことを考える聖人」という印象を周囲に与えることになり、嫌われずに済んで好感度が高まり、自らの利益を招くからである。
つまり言い換えると、株主資本主義者は「日本政府が円建て国債を発行すると子孫の納税負担が増える」という意味の子孫増税論を語って「子孫のことを心から考える道徳家」「将来世代のことを考える聖人」という仮面をかぶり、「株主の利益を心から考える者」という素顔を隠し、嫌われないように努力をする。
もう少し言い換えると次のようになる。株主資本主義者は「緊縮財政をして実質利子率を下げて企業の支払利息を減らして税引後当期純利益を増やして株主を喜ばせよう」という機能的財政論の考えを心の中に持っている。しかし、それを口外すると「企業株主の回し者」「欲深」と思われて名誉を失ってしまう。そこで株主資本主義者は「緊縮財政をしてプライマリーバランスを黒字にすることで将来の子孫を増税地獄から救おう」といった調子で子孫増税論の発言を繰り返し、均衡財政論の仮面を被り、自らの名誉を保とうとする。
ちなみに、株主資本主義に反対する者たち、つまりステークホルダー資本主義者も「先進国でプライマリーバランスを赤字にしてクラウディングアウトを起こすことを適度に行えば、過剰投資を抑制でき、バブル経済による好景気とバブル崩壊による不景気を抑制でき、不良債権が大量に発生することを抑制でき、将来世代に不良債権というツケを回すことがなくなり、将来世代に安定した経済を引き渡せる」などと語って「子孫のことを心から考える道徳家」「将来世代のことを考える聖人」という仮面をかぶる。
経済政策の論争の場は、「子孫のことを心から考える道徳家」「将来世代のことを考える聖人」という仮面を上手にかぶる技術の競争の場でもある。先進国において株主資本主義者は「プライマリーバランスを赤字にして政府債務を増やすということは将来世代にツケを回すことになるので絶対にしてはならない」と述べて「将来世代のことを考える聖人」という仮面をかぶるし、ステークホルダー資本主義者は「プライマリーバランスを黒字にして過剰投資を増やして不良債権を増やすということは将来世代にツケを回すことになるので絶対にしてはならない」と述べて「将来世代のことを考える聖人」という仮面をかぶる。両者はそのようにして競争している。
株主資本主義者が「日本政府が円建て国債を発行すると子孫の納税負担が増える」という意味の子孫増税論を語るとき、それを聞く人々は心と感情を強く揺さぶられがちである。人間誰しも「自分の行いが子孫を苦しめる」と考えると罪悪感を感じて動揺するからである。
株主資本主義に反対する者たちは、「円建て国債を発行しないと実質利子率が下がりすぎてバブル景気とバブル崩壊が発生して将来の子孫を苦しめる」と言って反撃することもあるが、そういう言い方は「国債でお金を借りて政府購入や減税をすると実質利子率が上がる」ということを意識しない人にはあまり効き目がない。
そこで株主資本主義に反対する者たちは、「日本政府は日銀と協力することで円建て国債に関して国の歴史が続く限り永遠に借り換えをすることができる」とか「日本政府が日銀と協力して円建て国債を借り換えする技術は、親から子へ、子から孫へ、世代を超えて受け継がれ、未来への贈り物として永遠に伝わっていく」とか「日本政府の円建て国債は、日本銀行の協力を得ることにより、千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて 苔のむすまで 永遠に借り換えされる」と言って反撃することもある。
詩人とか作詞家とか宣伝文句(キャッチコピー)を考案するコピーライターのような存在になりきって「国の歴史が続く限り永遠に」「親から子へ、子から孫へ、世代を超えて受け継がれる」「未来への贈り物として永遠に伝わる」「千代に八千代に」という詩的な表現を使って人々の心と感情を強く揺さぶって議論の主導権を握るという戦術である。この言い方は「国債でお金を借りて政府購入や減税をすると実質利子率が上がる」ということを意識しない人にも効き目がある。
株主資本主義者は、①産業空洞化論や②輸出振興政策や③貿易赤字亡国論や④外国コンプレックスの刺激などの手段を駆使して輸出を絶対視する雰囲気を作り上げる習性を持っている。
輸出を絶対視する雰囲気を作り上げることで、実質為替レートが高い状態(輸出しやすくて輸入しにくい状態)を絶対善に位置づけることができ、実質為替レートが低い状態(輸出しにくくて輸入しやすい状態)を絶対悪に位置づけることができる。そうしておけば、「政府購入と消費を減らして国民貯蓄を増やして実質利子率を下げて実質為替レートを上げる財政政策を実行するしかない」と人々に考えさせて実行させることができ、実質利子率を下げて企業の支払利息を削減して税引後当期純利益を増やして株主を大喜びさせることができる。
世の中には経済を短期で分析したがる人もいるが、そうした人々に向けて株主資本主義者は次のように行動していく。まず、輸出を絶対視する雰囲気を作り上げて、円安(物価が硬直的な短期において輸出しやすくて輸入しにくい状態)を絶対善に位置づけ、円高(物価が硬直的な短期において輸出しにくくて輸入しやすい状態)を絶対悪に位置づける。続いて「円安にするには日銀が利下げして日本の名目利子率と実質利子率を下げて日本発のキャリートレードが発生する状態にせねばならない」と主張する。そして最後に「いきなり日銀が利下げすると投資という需要が増加して正の需要ショックが起きて物価の上昇を招いて経済の混乱を招くのだから、政府は日銀が利下げしやすい状態を作り上げるため、政府購入と消費という需要を減らす緊縮財政をして負の需要ショックを先に起こしておかねばならない」とか「日銀の利下げという正の需要ショックと緊縮財政という負の需要ショックを同時に起こし物価を一定に保って物価の上昇を押さえつつ円安を作り出さねばならない」と主張する。株主資本主義者のそうした主張が通れば、実質利子率が下がって企業の支払利息が減って企業の税引後当期純利益が増えて株主が大喜びすることになる。
経済学者が経済の分析をするにあたって最も重視する指標は実質GDPである[54]。実質GDP(Y)は自国の実質生産量の総合値だが、自国完結型政府購入(G')と自国完結型消費(C')と自国完結型投資(I')と輸出(X)の和である。つまりY=G'+C'+I'+Xという恒等式が成り立つ[55]。ちなみに自国完結型というのは「自国の需要者が自国の供給者から購入する」という意味である。
だから、輸出(X)が何らかの要因で減ったときは、国債を発行して金融市場から資金を借り入れて実質利子率を引き上げつつ自国完結型政府購入(G')を増やせば実質GDP(Y)を維持することができる。
株主資本主義者は、国債を発行して金融市場から資金を借り入れて実質利子率を引き上げつつ自国完結型政府購入(G')を増やすことを絶対的な禁忌としている。それをすると企業の支払利息が増えて税引後当期純利益が減って株主を憤怒させることになるからである。このため株主資本主義者は「輸出が減ったら自国完結型政府購入を増やせばいい」という者を見つけると猛烈な抗議をするのが常である。
そもそもの話であるが、輸出は自国完結型政府購入や自国完結型消費や自国完結型投資に比べて4つほどの短所がある。輸出をすると外国から「あの国は輸出を増やして他国の産業を破壊しており近隣窮乏化政策を実行している」と非難されやすくなる。また、輸出は外国の財政政策や貿易政策に大きく影響されて安定せず、いわゆる「水物(みずもの)」であって、経済安全保障の確保のためには本質的に望ましくない。また、輸出を維持するには外国の財政政策や貿易政策に口出しし続ける必要があるが、そういう行為は相手国の国家主権を侵害する要素があり、国家主権を尊重する国際協調のためには本質的に望ましくない。また、輸出は、需要者と供給者の間における心理的・言語的・文化的な壁が高い需要なので、「需要者が供給者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を行使して商品の問題点について文句をつける」という現象を起こしにくく、「需要者と供給者の間において情報が活発に流通する現象」を起こしにくく、供給企業の生産技術を上げる現象を起こしにくく、国家全体の生産技術を上げる力が弱く、実質GDPを上げる力が弱く、国家を発展させる力が弱い。一方で自国完結型政府購入や自国完結型消費や自国完結型投資は需要者と供給者の間における心理的・言語的・文化的な壁が低い需要なので、「需要者が供給者に対して積極的情報提供権(表現の自由)を行使して商品の問題点について文句をつける」という現象を起こしやすく、「需要者と供給者の間において情報が活発に流通する現象」を起こしやすく、供給企業の生産技術を上げる現象を起こしやすく、国家全体の生産技術を上げる力が強く、実質GDPを上げる力が強く、国家を発展させる力が強い。このため、輸出を絶対視する言論というのは本質的に無理がある言論である。
株主資本主義者が輸出を絶対視する雰囲気を作り出すときに用いる手段の中で主なものは、①産業空洞化論や②輸出振興政策や③貿易赤字亡国論や④外国コンプレックスの刺激の4つである。
①の産業空洞化論は、「実質為替レートが下がると(円高になると)輸出できなくなり国内の企業が海外に工場を移して国内の雇用が減る」という意味の言論である。産業空洞化論に対しては「実質為替レートが下がって輸出が減ったとしても自国完結型政府購入を増やせば国内の企業が海外に工場を移すことがなくなる」という反論があるのだが、そうした反論に対して株主資本主義者は猛抗議するのが常である。
②の輸出振興政策は、その名の通りに、政府が輸出産業を育成して輸出を増やす政策である。株主資本主義が優勢な日本では、外国人観光客(インバウンド)を増やす政策と、農林水産物の輸出を増やす政策と、新幹線などのインフラの輸出を増やす政策と、兵器を輸出する政策の4つが「成長戦略の柱」などと口を極めて美化されて政府によって大いに推進されている。外国人観光客が日本で買い物をすると日本の輸出に計上される。2026年4月21日には防衛装備移転3原則の運用指針を改定することを政府が閣議決定し、兵器の輸出を全面的に解禁した。外国人観光客を増やす政策に対しては「日本のような先進国が観光産業を振興して外国人観光客を呼び寄せると、貧しい発展途上国の観光需要を減らして雇用を破壊することになり、近隣窮乏化政策になって恨みを買うので、止めた方がよい」という反論があるのだが、そうした反論に対して株主資本主義者は耳を貸さないのが常である。兵器の輸出を増やす政策に対しては「日本は天然資源を輸入に頼っているのだからすべての国家と仲良くする全方位外交を維持する必要があり、外国の恨みを買うような兵器の輸出をするべきではない」とか「外国の恨みを買うよう兵器の輸出をすると2004年3月11日に発生したマドリード列車爆破テロ事件のようなテロで報復される危険がある」という反論があるのだが、そうした反論に対して株主資本主義者は耳を貸さないのが常である。また、輸出振興政策の全体に対しては「観光サービスや農林水産物やインフラや兵器の輸出ではなく観光サービスや農林水産物やインフラや兵器の自国完結型政府購入を増やせばよい」という反論があるのだが、そうした反論に対して株主資本主義者は「実質利子率の上昇と株主の利益の喪失につながる」として猛抗議するのが常である。
③の貿易赤字亡国論は、「実質為替レートが下がると(円高になると)輸出が減って輸入が増えて純輸出がマイナスになって貿易赤字になり外貨準備高が減って国家が破綻する」という意味の言論である。この貿易赤字亡国論は固定相場制を採用する国にあてはまるものである。国家が固定相場制を採用するときは、たいていの場合において、対象となる基軸通貨を借り入れて外貨準備高を積み上げておき、貿易黒字を計上することで外貨準備高を増やして外貨準備高の余剰を増やし、外貨準備高の余剰を原資として対象となる基軸通貨を返済する。そのため固定相場制を採用する国において貿易赤字亡国論が大いに支持される。そして2026年現在において固定相場制を採用する国は多いので、貿易赤字亡国論はなんだか日本にも当てはまりそうな錯覚を覚えやすい。株主資本主義者はそこにつけ込み、「日本にも貿易赤字亡国論が十分に当てはまるので、日本は実質為替レートを上げて(円安にして)貿易黒字を積み重ねるしかないのであり、そのためには緊縮財政を選ぶしかない」などと主張する。しかし、2026年現在において日本は変動相場制を採用しているので、貿易赤字亡国論が当てはまらない。また、日本は工場や住宅といった資本の量が多い先進国なので、固定相場制を採用して貿易の確実性を高めて投資の計画を立てやすくして投資を増やして工場や住宅を増やす必要に迫られておらず、固定相場制をどうしても採用せねばならないわけではない。
④の「外国コンプレックスの刺激」は、「実質為替レートが下がると(円高になると)輸出が減って世界に認められなくなり、国際的に活躍できなくなり、世界の中で存在感を見せられなくなる」という意味の言論を語って聞く人の外国コンプレックスを刺激しつつ輸出を絶対視させることである。日本は先進国なので大学進学率が高いのだが、そのために、日本語を母語としつつ大学教育を受けて英語の論文を読み書きすることを強制されて四苦八苦した経験を持つ人が多い。そういう人は「自分はローカル言語の日本語ばかり話していて国際標準言語の英語を上手く操れておらず国際的に活躍できていない」という劣等感を抱きがちであり、そうした劣等感から「世界に認められたい、国際的に活躍したい、世界の中で存在感を見せたい」という外国コンプレックスを持つ傾向がある。株主資本主義者はそうした心の弱みにつけ込み、「実質為替レートを上げて(円安にして)輸出を増やせば世界に認められ、国際的に活躍でき、世界の中で存在感を見せられる」と言葉巧みにささやきかけ、輸出を絶対視させる雰囲気を作り上げている。
株主資本主義を弱体化させる方法の中で最も簡単なものは、マネーゲームに個人投資家が参加することを規制するというものである。個人投資家が株式や社債を媒介とする直接金融に参加することを規制したり、個人投資家が貴金属や穀物や原油や暗号資産や外貨などを対象とする商品投資に参加することを規制したりして、個人投資家が金融の分野で投資する方法を国内銀行の定期預金に限定する。つまり昭和時代に戻すのである。
マネーゲームを規制するときの口実は「マネーゲームを解禁すると労働者が労働の合間にスマホをいじるようになり、市場の変動に従ってトイレにこもってスマホとにらめっこするようになり、労働に集中しなくなり、職務専念義務を果たさなくなり、国家全体の生産技術が劣化し、実質GDPや労働生産性Y/Lや資本生産性Y/Kなどがすべて落ち、国家が没落する」といったもので十分である。
マネーゲームを規制すると、労働者が自分の所得を増やすために使用者に対して賃上げ交渉をするようになり、労働者の労働運動が活発化する。またマネーゲームを規制すると、使用者は労働者に対して「お金が欲しければマネーゲームで稼げばいい」という態度を取りづらくなり、労働者に対して賃下げを強いることが難しくなる。いずれにせよ株主資本主義を弱体化させる作用が発生する。
マネーゲームを規制するに当たっては大したノウハウを必要としない。このためマネーゲームの規制は実行しやすい。
株主資本主義を弱体化させるためにはマネーゲームに個人投資家が参加することを規制することが必要となるが、それには金融所得税の強化も有効である。
株式等の譲渡で発生する株式譲渡益に掛ける株式等譲渡益課税(キャピタルゲイン税)や、株式の配当に掛ける株式等配当課税(インカムゲイン税)を累進課税にする。こうすることで個人投資家が「株式などを購入して大儲けして大金持ちになろう」と考えにくくなり、個人投資家がマネーゲームに参加しにくくなる。そしてそれは株主資本主義の弱体化につながる。
金融所得税を強化するときの口実は「金融所得税を弱くしてマネーゲームを活発化させると労働者が労働に集中しなくなり国家全体の生産技術が劣化して実質GDPが減り国家が没落する」といったもので十分である。
2021年12月31日の時点において、日本の株式等譲渡益課税(キャピタルゲイン税)や株式等配当課税(インカムゲイン税)は一律課税であり、一律で20.315%(所得税・復興特別所得税15.315%、住民税5%)となっており、累進課税が導入されていない。そして高額所得者ほど株式譲渡や株式配当で得られる収入の割合が多い。このため申告納税者の所得税負担率を見てみると、所得金額が1億円までは所得税負担率が右肩上がりの累進課税となっているが、所得金額が1億円を超えると所得税負担額が右肩下がりになっている(記事
)。このことを1億円の壁という。
2021年8月26日になって自民党総裁選挙に出馬した岸田文雄は、「株式等譲渡益課税(キャピタルゲイン税)や株式等配当課税(インカムゲイン税)の一律課税を見直す。1億円の壁を打破する」と発言し、9月29日になって総裁選に勝利して10月4日に首相へ就任したが、10月10日になって「金融課税について、当面、見直しをしない」という発言をした(記事
)。つまり、岸田文雄は株主資本主義の弱体化をしようとしたが、あっさり断念した。
株主資本主義を弱体化させるためには保護貿易の導入が効果的である。
保護貿易にすると、企業は安価な外国製品と競争するために企業体力を向上させることから解放され、株主資本主義を採用する必要性が薄れる。
保護貿易を導入するときの口実は「日本の労働者と企業を守る」といったもので十分である。そうした口実は2017年以降のアメリカ合衆国で保護貿易を導入するときに同国の政治家や官僚が繰り返し主張していて、「stand up for American workers and businesses in the face of unfair trade practices.(不公正な貿易慣習に直面するアメリカ合衆国の労働者と企業を守る)」と言いながら関税を高めるのが恒例の姿になっている。
株主資本主義を弱体化させるためにはかつての三公社五現業のような国の現業を創設することが有効である。
国の現業を創設すると、それに従事する労働者が熱心に労働運動を行うようになり、世の中の労働運動が活発化し、賃上げの気運が生まれる。各企業の役員は株主に対し「国の現業の労働組合が作り出す労働運動の勢いが強いので、株主の皆さんの『労働者に支払う費用を削れ』という要求には応じられません」と拒絶できるようになり、各企業において株主の発言力が低下し、株主が「物言わぬ株主」「黙りこくった株主」というべき存在になり、株主資本主義が弱体化していく。
国の現業を創設するときの口実は「日本の住民に財とサービスを安定的に供給する必要がある」といったものになる。
株主資本主義を弱体化させるためには解雇規制を強化することが有効である。
解雇規制を強化することで、不景気になったときも各企業が雇用を維持するようになり、「労働者に払う費用」を簡単に削れなくなる。
解雇規制を強化することで、好景気になったときも企業が雇用の拡大を積極的に行わなくなり、企業の市場占有率が伸びにくくなって大企業が出現しにくくなり、大企業と中小企業の格差が縮小し、大企業が「中小企業の協力企業に払う費用」を簡単に削れなくなる。
このため解雇規制を強化することで、各企業の役員は株主に対し「我が社は解雇規制を掛けられているし、市場占有率が低くて協力企業に威圧的に接することができないので、株主の皆さんの『労働者や協力企業に払う費用を削れ』という要求には応じられません」と拒絶できるようになり、各企業において株主の発言力が低下し、株主が「物言わぬ株主」「黙りこくった株主」というべき存在になり、株主資本主義が弱体化していく。
株主資本主義を弱体化させるためには各企業において年功主義(年功序列)の賃金体系を導入するように奨励することが有効である。
年功主義の賃金体系にすると、賃金を決定する要因が「時間」となる。「時間」というものは企業の使用者であっても恣意的に変更できない要素である。
このため年功主義の賃金体系を導入すると、企業の使用者が恣意的に労働者の賃金を削れなくなり、使用者の権力が一気に小さくなる。そうなると労働者が使用者を恐れなくなり、労働者が熱心に労働運動を行うようになり、世の中の労働運動が活発化し、賃上げの気運が生まれ、株主資本主義が弱体化していく。
株主資本主義を弱体化させるためには法人税の増税が有効である。
ただし、株主資本主義が強力なときの法人税は実質的に間接税である。株主資本主義が強力なときに法人税を増税すると、各企業は労働者や協力企業に支払う費用を削って税引後当期純利益を維持しようとするので、最終的には労働者の賃金を減らすだけの結果に終わる。例えば、税引前当期純利益と法人所得が100円で法人税20%を課せられて税引後当期純利益を80円稼いでいる企業に対して法人税を30%に引き上げたら、労働者に支払う費用を削って税引前当期純利益と法人所得を114円に増やして税引後当期純利益を80円に維持しようとする。
このため、他の方法で十分に株主資本主義を弱体化させてから最後の追撃として法人税を増税するという手順が必要である。
株主資本主義が弱まったあとに法人税を増税すると、各企業は労働者や協力企業に支払う費用を削ることができず税引後当期純利益を減らす。例えば、税引前当期純利益と法人所得が100円で法人税20%を課せられて税引後当期純利益を80円稼いでいる企業に対して法人税を30%に引き上げたら、労働者に支払う費用を削ることもできず税引前当期純利益と法人所得を100円に保って税引後当期純利益を70円に減らす。
企業の税引後当期純利益を減らすと株主に支払う配当が減り、株主の収入が減り、株主は気力を失って抜け殻のようになる。各企業において株主の発言力が低下し、株主が「物言わぬ株主」「黙りこくった株主」というべき存在になり、株主資本主義が弱体化していく。
ちなみに法人税を強化すると社会の構造が大きく変わり、中小企業への銀行融資が増えて中小企業に優しい社会になり、中小企業と大企業の格差が多少なりとも縮小する。
法人税を強化すると各企業の税引後当期純利益が減ることになり、各企業の利益剰余金が減ることになる。
企業は借り入れするときに利子を支払いつつ元金を返済するのだが、元金の返済は「その他利益剰余金の見合いとなる銀行預金」を原資としている。そのため、法人税が強化されて企業の「その他利益剰余金の見合いとなる銀行預金」が減ると、企業は元金を短期で返済しにくくなり、元金を長期にわたって返済するように変化していく。つまり法人税を強化すると企業が短期借り入れから長期借り入れに移行していくのである。
企業が短期借り入れから長期借り入れに移行すると、短期金融市場での需要が減って短期金利が下落し、長期金融市場での需要が増えて長期金利が上昇する。つまり法人税を強化すると長期金利と短期金利の差が拡大し、長短金利差が拡大するのである。
ごく一般的にいうと、長期金利と短期金利の差が拡大すると、すなわち長短金利差が拡大すると、銀行の経営が良好になる。そうなると銀行は「経営に余裕が出てきたことだし、なんだか怪しい中小企業にも融資をしてみよう」と考えるようになり、中小企業への融資を積極的に行うようになり、いわゆるリスクオンをするようになる。つまり法人税を強化すると、中小企業が銀行から融資を受けやすくなり、中小企業の経営が比較的に容易になり、中小企業と大企業の格差が多少なりとも縮小する。
株主資本主義の国では、労働者の賃金を削って株主への配当金を増やすことを目指す企業が主流となる。
株主の意向に従って労働者の賃金をひたすら削る役員が「V字回復の救世主」「信念の人」などと口を極めて賛美され、そうした役員には株主たちから褒美として高額の役員報酬が与えられる[56]。このため株主と「株主の手先となって賃金の削減に励む役員」が高額所得者となり、企業経営に関与しない平社員が低額所得者になっていく。
さらには所得税累進課税が弱体化され、株主と「株主の手先となってコストカットに励む役員」が高額所得を得る現象が法律によって強く肯定される。
こうして所得格差が広がり、貧富の差が広がり、格差社会になっていく。株主資本主義が席巻する国では格差の拡大が顕著であり、ごく少数の人たちが勝ち組となって富を独占するようになり、大多数の人たちが負け組となって貧困生活になる。「人口の1%の人々が国富の99%を所有する」といった状態が普通のことになる[57]。
平等にも機会平等と条件平等と結果平等の3種類があるが[58]、株主資本主義者が優先的に潰しにかかるのは結果平等である。「いくら頑張っても結果が平等になるという社会を作れば、人々の労働意欲が蒸発して社会が停滞し、共産主義の国のように経済が麻痺する」と主張し、所得税累進課税を徹底的に否定する。
株主資本主義者の望むように結果平等を潰してしまえば、自然と条件平等も崩れていく。大金持ちの子どもは高額の謝礼を払って塾に通って高学歴を得るのに対し、貧乏人の子どもは塾に通えず低学歴になる。子どもたちが社会に参加するときには学歴格差が大きく開いており、条件平等が完全に崩れることになる。条件平等が崩れてしまえば実質的に機会平等が崩れることになる。
さらに株主資本主義者は条件平等を直接的に潰そうとする。「親から子へ遺産とともに知恵が継承されていくことで社会が興隆する」と主張し、相続税や贈与税を必死になって否定する[59]。
平等を破壊するときの株主資本主義者は、日本国憲法第29条の「財産権の不可侵」を根拠にして、それを錦の御旗にする。「財産権を否定した共産主義国は、経済麻痺を起こして滅んだ」などと主張する。
株主資本主義者の手によって平等を破壊して格差社会にすると、次第に階級社会になる。
階級社会の悪いところは、人が人に気軽に話しかける雰囲気が失われ、情報の流通が阻害され、社会が停滞するところである。階級社会の典型例というとスクールカーストであるが、スクールカーストが異なっている子ども同士は全く交流せず、お互いに話しかけない。
階級社会になると、上流階級のものは「下流階級の連中に話しかけると『あいつは下流階級の仲間だ』と思われて上流階級から追い出されてしまう」と考えて、下流階級に話しかけることをためらうようになる。下流階級のものは「上流階級の人は自分とは住む世界が違う」と考えて、上流階級に話しかけることをためらうようになる。人が人に気軽に話しかける雰囲気が失われ、人々積極的情報提供権(表現の自由)を自ら封印するようになり、情報の流通が阻害され、社会が発展せずに停滞する。
平等社会を作り出す所得税累進課税の根拠の1つは、日本国憲法第21条の表現の自由である。人が人に気軽に話しかける雰囲気を作り出して、人々が持つ表現の自由を尊重し、社会の中の情報流通を促進して社会の発展を目指すために、所得税累進課税や相続税を課税し、富裕層や貴族の出現を防止し、結果平等・条件平等・機会平等が保障される平等社会を作りあげる。
逆に言うと、平等意識が芽生えて人々がお互いに話しかけやすい雰囲気を作り出せる程度の結果平等にすればいいのであって、「すべての労働者を年収700万円にして完璧な結果平等にする」のようなことを実現する必要は無い、ということになる。
株主資本主義者は日本国憲法第29条の「財産権の不可侵」を尊重して累進課税を否定するし、ステークホルダー資本主義者は日本国憲法第21条の表現の自由を尊重して累進課税を肯定する。両者にはこうした違いがある。
「日本国憲法第21条を遵守して『表現の自由』を尊重し人々の積極的情報提供権という基本的人権を保障しよう。そのために所得税累進課税を掛けて結果平等の平等社会にして無階級社会にしよう」と提案する人に対して株主資本主義者が投げかける言葉は「あいつは嫉妬しているだけだ、あいつは成功者の足を引っ張っているだけだ」というものである[60]。
基本的人権の尊重を求める人に対して「あいつは嫉妬しているだけだ、あいつは成功者の足を引っ張っているだけだ」とレッテル貼りして名誉を破壊するのが株主資本主義者が行いがちな行動である。
株主資本主義者は「あいつは嫉妬しているだけだ」というレッテル貼りを得意とするのだが、そういう行為は「嫉妬というのは絶対的な悪徳である」という思想に基づいている。
しかし、そうした思想は正しいわけではない。嫉妬がライバル意識と競争心を生んで労働強化をもたらして社会を活気づけることもあるから、「嫉妬は相対的な悪徳であり、嫉妬を否定することが妥当なときもあり、嫉妬を肯定することが妥当なときもある」という思想の方が正しい。
次のような話がある。年功序列的と揶揄された会社にAとBが同期で入社した。AとBが入社して数年後にAの月給がBの月給よりも数百円だけ多くなった。Aは「自分の方が評価されている」と張り切り、Bは「あいつには負けられない」と頑張り、AとBが2人とも出世街道をばく進し、月給の差が数百円のままで2人とも取締役にまで出世したという[61]。
ここでのBの心理は「あいつに負けて悔しい」といったものだが、これは嫉妬心の一形態である。その嫉妬心が猛烈なライバル意識を生み、競争を煽り、労働強化をもたらした。
このように嫉妬には競争を煽って労働強化をもたらすという好ましい面もあり、絶対的な悪徳と扱うことは望ましくない。
株主資本主義によって格差社会になることが批判されたら、株主資本主義者は次のような論理展開を行う。
まず、「人というものは所得が伸びればそれに比例して消費を伸ばす」と主張する。続いて「高額所得者を増やせば、その高額所得者が必ず高額の消費をする」と主張し、そして「高額所得者が高額の消費をすることで各企業の売上高が伸び、経済発展する」と主張していく。これがいわゆるトリクルダウン理論である。
また、「人というものは所得が伸びればそれに比例して消費を伸ばす」と主張してから、「高額所得者は頭が良くて優秀で商品に付加価値が付いているかどうかを見定める能力が高い」と高額所得者を崇拝するがごとく褒め讃え、そして「高額所得者は付加価値の高い商品を買う消費をして、『付加価値が高い商品を作る立派な産業』を育成している」と述べていく。「フランス料理は王侯貴族という高額所得者に提供する宮廷料理が基礎となっているし、ウィーンのオーケストラはハプスブルグ家という高額所得者の王族に提供する宮廷音楽が基礎となっている」などと例を挙げ、「高額所得者が付加価値の高い産業を必ず生み出すのだ」と主張していく。これもトリクルダウン理論の一形態と言える。
こうしたトリクルダウン理論の出発点となるのは、常に「人というものは所得が伸びればそれに比例して消費を伸ばす」という主張である。この主張にはあまり説得力がなく、「アメリカ合衆国の大富豪であるウォーレン・バフェットは倹約家であって消費を盛んに行っていない[62]」という反論を浴びることが多い。
ウォーレン・バフェットは株主資本主義の時代に生まれた大富豪であり、「株主資本主義が作り出した大富豪」と言っていいような存在であるが、その彼が株主資本主義者の好むトリクルダウン理論にとって皮肉にも天敵となっている。
株主資本主義によって格差社会になることが批判されたら、株主資本主義者は「大金持ちを人為的に作りだし、その大金持ちに国際的な大活躍をしてもらって国内に富を呼び込んでもらえばいい。優秀な大金持ちに経済を引っ張ってもらい、そのおこぼれをコバンザメのごとく拾っていけばいい」と論じることもある。この主張には「金持ちへの期待感と依存心」を見てとることができる。
株主資本主義者は所得税の累進課税に反対することが多いが、そのことを主張するとき、「大金持ちは頭が良くて優秀で生産力が高い存在である」と信仰するがごとく褒め称え、そして「大金持ちの足を引っ張らずに放置しておけば自動的に国家の富を増産してくれる」と語り、「大金持ちへの所得税累進課税を弱体化させることで効率的に経済発展することができる」と述べていく。大金持ちを万能の神であるかのように扱う株主資本主義者の姿は、敬虔な信仰をする宗教者といった観がある。
「大金持ちが働けば働くほど富が生まれる」と信仰する株主資本主義者の姿が多く見られるが、現実は必ずしもそうなっているわけではない。大金持ちが間違った働きをして巨額の損失を出す現象はしばしば見られる。「高額所得の企業役員が、海外進出をして工場を建設することを決断したが、どうにも上手くいかず、巨額の損失を出しながら撤退した」という現象はたまに報じられる。
このように、大金持ちは決して全知全能ではないが、それでも株主資本主義者は「大金持ちが働けば働くほど富が生まれる」と熱心に信仰する。
株主資本主義は企業を「倒産しにくく永続しやすい団体」に近づけることを目指している。そして「倒産しにくく永続しやすい団体」というと、その代表例は宗教法人なのである。宗教法人は宗教活動で得た法人所得に法人税が課されないので倒産しにくく永続しやすい。このため株主資本主義は宗教法人を理想視して企業を宗教法人に近づけようとする思想と言える。株主資本主義者からどことなく宗教の雰囲気を感じるのはこのためである。
株主資本主義の国では長時間労働が横行し、労働者は疲れ果てて政治のことなど考えられなくなる。また株主資本主義の国では労働組合が弱体化し、労働組合がしつこく労働者に対して投票を呼びかけることが少なくなる。
こうしたことが重なり、株主資本主義の国では投票率が下がる。投票率が下がった国では組織票がものをいう選挙が行われるようになり、巨大な組織票を持つ宗教団体が政権与党に食い込むようになる。日本では創価学会が公明党や自民党を支持している。
株主資本主義の企業と宗教団体は似たところがあり、いくつかの共通点がある。
下意上達(ボトムアップ)が行われず上意下達(トップダウン)ばかりが行われる軍隊風の組織であること、組織に尽くすための長時間労働を構成員に要求すること、といったところである。
株主資本主義の企業と宗教団体は、明確に相違している点が1つある。
株主資本主義の企業は長時間労働を労働者に課すときに外発的動機付けを掛けることが多いが、内発的動機付けを掛けることが少ない。「長時間労働をして成果を出せば高給を与える」と正の外発的動機付けを掛けたり、「長時間労働を拒否したら怠け者と呼ぶ」と負の外発的動機付けを掛けたりするが、「長時間労働をすれば顧客に感謝されるだろう」と労働者に訴えて内発的動機付けを掛けることは少ない。
なぜなら、株主は、特に経営と所有が分離した企業においては、会社の業務をよく知らず、営業に関わることがなく、顧客の感謝の声を収集することができないからである。経営と所有が分離した企業の株主が内発的動機付けをするには営業部門の労働者の手を借りねばならないが、そうすると営業部門の労働者が自信を持ってしまうので、株主資本主義者としては望ましいことではない。
一方で宗教団体は、長時間労働を信者に課すときに内発的動機付けを掛けることが多いが、外発的動機付けを掛けることが少ない。宗教団体は信者に「長時間労働をしてわが教団を巨大化させれば、わが教団により救われる人が増え、君も感謝されるだろう」と訴えて内発的動機付けを掛けるのが非常に上手い。しかし宗教団体は総じて信者に対してケチであり、「長時間労働をして成果を出せば高給を与える」ということを全く行わないことが多い。
)。
とガーディナー・ミーンズ
が1932年に発表した『現代株式会社と私有財産
』という論文を紹介していて、「現代の大企業を支配しているのは雇われ役員であり、株主は会社の所有者であるにもかかわらず会社の支配とは無縁な存在になる」と論文の内容を要約している。
)、「構造改革で国民に痛みを強いることになるが、しかし、国民が痛みに耐えることで日本の国際競争力が向上するのだ」という内容の演説をしており、それ以外の場所でもそうした内容の演説を繰り返していた。また小泉純一郎は、2001年5月27日の大相撲夏場所優勝決定戦で勝利した貴乃花に向かって「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!おめでとう!」と叫んでいた(この動画
の3分30秒あたり)。この小泉純一郎の姿は、ただ単に怪我の痛みをこらえて頑張ったスポーツ選手へ賛辞を送っただけに過ぎないのだが、我慢して長時間労働の痛みに耐える労働者を好む株主資本主義を象徴する姿であるとも言える。
)。
)、その中に「高止まりの賃金水準を、国際競争力を保てるような適正な賃金水準へ」という文章を入れており、「高い賃金が企業の国際競争力を削減する」という意味の主張をしている。
、記事2
)。
)。Amazonの社内において長年にわたって企業側の圧力により労働組合が結成されなかったが、2022年4月になって史上初めて労働組合が結成された(記事1
、記事2
)。AppleやFacebookには労働組合が2023年5月の時点で存在しない。
)。
」で検索するだけで、観光産業において非正規雇用の割合の多さを指摘する学術論文がいくつもヒットする。
)。観光産業は第3次産業に分類されるのだが、沖縄県は第3次産業の割合が全国で一番高いレベルである(資料1
、資料2
)。そして沖縄県は非正規雇用の割合が全国で一番高く、正規雇用の割合が全国で一番低く、県民1人あたり所得の額が全国で一番低い(資料
)。こうした事実と反・株主資本主義者の主張は一致している。
)。金融庁ウェブサイトのこのページ
にも「貯蓄から投資へ」の標語がある。また、2016年の金融庁は「貯蓄から資産形成へ」という標語を掲げている(資料
)。2021年に発足した岸田文雄内閣は、「新自由主義からの脱却を目指す」と宣言しているが(記事
)、その一方で「『貯蓄から投資へ』を大胆かつ抜本的に進めて『資産所得倍増プラン』を推進する」と宣言し(記事
)、新自由主義・株主資本主義の中核である直接金融を推進する構えを見せている。さらにいうと岸田文雄首相は2022年5月5日に英国金融街のシティで講演し、「Invest in Kishida」と述べて「岸田文雄率いる日本に投資をしてください」といった意味の語りかけをして、直接金融を重視する姿勢を鮮明にした(記事
)。
)。人事院勧告
を受け入れるか拒否するかは日本政府が自由に決めることができるのだが、岸田文雄首相が率いる日本政府は2021年11月24日に人事院勧告を受け入れることを決め(記事
)、2022年1月17日から始まった通常国会に給与法改正案を提出した。同法案は2022年3月10日に衆議院本会議で可決され、同年4月6日に参議院本会議で可決され(記事
)、同年6月30日に支給される国家公務員の賞与が減らされた(記事
)。
とは江戸時代の日本の中の貧困地帯で存在したとされる風習で、生産能力が低くなった老人を人里離れた山に放置して絶命させ、その共同体の人件費を削減することをいう。ちなみに、共同体の構成員を追放したり殺害したりすることで人件費を削減することを口減らし(くちべらし)という。
、記事2
、記事3
)。
)。「役員報酬が高すぎる」と言われると世界各国の自動車会社における役員報酬を調べ上げて「日産と同規模の自動車会社では日産よりも多くの役員報酬を役員に支払っている」と反論していた(記事
)。
)。
、資料2
)。株主資本主義の支持者である竹中平蔵も「頑張って成功した人の足を引っ張るな」というのが定番の語りである(記事
)。株主資本主義の支持者である渡部昇一も「所得税累進課税は成功者への嫉妬である」と繰り返し主張していた。英国の首相を務めたマーガレット・サッチャーは演説で「金持ちを貧乏にすることはできても、貧乏人を金持ちにすることはできない(The poor will not become rich even if the rich are made poor.)」と語ったが、これは「成功者に嫉妬して成功者の足を引っ張るな」と主張する人々によってしばしば引用される言葉である。
を愛飲し、年会費無料のごく一般的なクレジットカードを使っている。掲示板
17 ななしのよっしん
2026/01/26(月) 21:10:03 ID: OnHpveqDro
子金持ち層が消費を削ってでも投資を行うという行動様式を採るようになった結果、国内市場の消費規模って今後縮小していきそうね
それって結局は株価の上昇に対して下押し圧力になりそうなものだけど、どうするんでしょ?
株価の上昇ですら、短期的なものに終始する予感しかないのですがそれは
18 ななしのよっしん
2026/01/26(月) 21:17:15 ID: 7tLLXLf5TF
駄文だらだらある意味ビックリ
バターン死の行進を書いた人かな?
19 ななしのよっしん
2026/08/16(日) 23:15:59 ID: Cp/h0LblPN
株主配当特化ではなく、企業成長と同時にちゃんと従業員に還元できているかを見る時代に
還元できていないのは企業成長が本質的に良くない兆候になるので、従業員を大切にしないし成長が鈍いと受け取られる
急上昇ワード改
最終更新:2026/09/08(火) 09:00
最終更新:2026/09/08(火) 09:00
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