ここでは地球防衛軍3の兵器のうち「グレネード」について記述する。
・他の兵器については「地球防衛軍3の兵器(ネタ記事)」の総目録を参照とする。
この記事は高濃度のフィクション成分を含んでいます! この記事は編集者の妄想の塊です。ネタなので本気にしないでください。 |
目次
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- 概要
古代のカタパルトの直系とも言える迫撃砲はシンプルな構造ながら高度に発達した兵器であり、各国の軍隊は初戦の巨大生物掃討戦で近接支援火力として多数の迫撃砲を投入した(巨大生物の大半が大都市に出現していたため、自走砲などの大火力では付随被害が大き過ぎると判断されたためである)。
多くの戦場がそうだったが……最初の面制圧で、密集していた黒蟻型巨大生物の群れを粉砕することには成功した。だが、立ち込める粉塵から飛び出した無数の黒蟻は恐るべき速さで瞬く間に阻止線に接近、弾幕をもろともせず突進し、ライフルを乱射する兵士の胴を食い破り、あるいはそのまま踏み潰して後方の砲兵に殺到したのである。
いかに迫撃砲が展開の容易な兵器であったとしても、尋常ならざる速さで突進し、数でもって全てを圧殺する巨大生物の――単純だが、それ故に強力な――戦術に対抗するには不向きであり、またEDF陸戦隊員用のアーマースーツなどの第二世代ボディスーツ(第一世代の通信機能など加え、より高い防弾性と人工筋繊維による強化機能を備えた多機能戦闘服であり、全身に人工筋繊維が編み込まれているため、跳躍力など使用者の筋力を飛躍的に向上させる)の投射能力をもってすれば手榴弾でも十分な射程を有したため、EDFでは迫撃砲は採用されなかった。
一時はAFアサルトライフルにアンダーバレル・グレネードランチャーを装着することが検討されたが、各ライフルの開発者の反対により、AFアサルトライフルのパーツを流用したEDF独自のグレネードランチャーが開発された。
EDF製手榴弾は破砕効果と焼夷効果を兼ね備えており、然るべき距離で起爆すれば巨大生物を確実に殺傷することができる。接触式と時限式の二つの起爆方式が存在するが、どちらも外見はかつてのマークII手榴弾に似ている。
安全ピンに続いて安全レバーを開放した後、接触式は手に持っている限り信頼性の高い機械的感圧装置によって起爆しないが、時限式は安全レバーが外れた時点で信管に点火されるため、速やかに投擲しなければならない。ちなみに時限式は警告用の着色煙を発する。
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- MG10(SMsjB9Y8Mmさん原案・トウフウドン加筆)
EDFでは接触型と時限型、二種類の手榴弾を採用している。
火道式時限信管の時限型に比べて、着発信管を用いた接触型は暴発事故を起こすことも少なくない。故に安全性と信頼性に欠けるとして第二次世界大戦以降はほとんど使用されていなかったそれを、なぜEDFは採用したのか。
疑問の答えは、EDF製アーマースーツにあった。
この次世代戦闘強化服には人工筋繊維が搭載されており(部位ごとに設置された感知器が人体の筋肉の動きを感知、電気信号に変換した動作情報を各部位と中央で並列処理し、人工化学繊維の連動によって筋力を補強する一連のシステムを指す。もともと光ファイバーによるコントール・バイ・ライトの採用で高い感度と追従性を誇っていたが、大戦中に巨大生物の体内細菌を模したマイクロマシンの実用化に伴い、演算処理と情報伝達を兼ねるインテリジェンス・カーボンファイバーが使用されるようになった)、その強靭な筋力を活用すれば、従来からはとても考えられないような距離まで手榴弾を投擲することが可能であった。
つまり時限式では投擲距離……射程に制限が生じるため、併せて接触式が採用されたのである(安全対策として機械式感圧装置になどが組み込まれ、セーフティーレバーを外した状態でも手に握っている限りは爆発しない)。
当時、医療分野から一転して軍用化された筋力補強機能は広く注目されており、アーマースーツの開発者は「人工筋の補強による投擲距離の長大化は確実であり、グレネードランチャーや迫撃砲は戦場から姿を消すだろう」とも豪語した。事実、2016年に北米で行われた公開テストでは、精度と射程においてグレネードランチャーに匹敵する成果を上げた(もっとも、この公開テストについてはアーマースーツの初期OSの不具合を隠すためにスーツのモーション機能を遠隔操作していたと言われている)。
この他にもEDF戦力を限定化するといった政治的事情が重なり、EDFでは迫撃砲ばかりかグレネードランチャーの採用までもが見送られ、結局フォーリナーの侵略に曝されるまで砲爆撃兵器は採用されなかった(上位組織である国連安全保障理事会と世界統一政府準備委員会の恣意的な決定に、EDFはMBTギガンテスの砲弾として対軟質目標用の多目的榴弾を優先して生産することで対抗した。ただしモンキーモデル化によって火器管制装置も陳腐化されていたギガンテスは曲射砲撃に対応しておらず、手動調整での照準に頼らざるを得なかった)。
だが実際のところ、人工筋コントロールシステムには、アーマースーツの初期OSの不具合に起因した問題があり、筋力補強機能およびオートモーションによる投擲の訓練が不十分だったこともあって、開戦後に事故が多発した(当然の帰結として、スーツの開発チームは不具合解消のために不眠不休のデスマーチへと突入した)。
幸い、EDF陸戦隊にはスティングレイM1ロケットランチャーが少なからず配備されていたため、「処女の指先」と揶揄される程に敏感な信管を有するMG10にそれ以上悩まされることはなかった。
その後、信管感度などを改良した後継のMG11が開発されたことで、デッドストックと化していた大量のMG10が各国軍のみならず、民間自衛組織にも提供されることとなった。
問題は、関係者らが「MG10はアーマースーツでの遠距離投擲を前提とした接触式手榴弾である」ということについて注意力を欠いていた点であり、多くの者が詳しい説明のないままMG10を受け取り、安全ピンを抜いた者の何割かは危うく命を落としかけた。
彼らが「粗悪品を掴まされた」と憤るのは当然であり、ブラックジョークの類ではあるが、各国の兵士の間では「初戦での強敵」としてEDFが挙げられる始末であった(大戦初期にEDFが抱えていた問題の多くが、これら情報の錯綜や伝達の不徹底による各国軍との指揮系統の不備に起因しており、開戦と同時に国連が機能停止し、上位組織を失ったEDFの混乱が察せられる)。
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- MG10J(SMsjB9Y8Mmさん原案・トウフウドン加筆)
EDFから各国軍およびレジスタンスへと供与されたMG10であったが、「接触型の手榴弾である」という情報の周知不徹底は、決して少なくない数の自爆事故を招く結果となった。
米国主導の世界統一政府構想に懐疑的だった国や地域はEDFに対しても否定的であり、コスモ・リベラリズム(人類が宇宙文明から認められるためには民主主義の徹底と武力の完全放棄が必要である――といった論調の新興イデオロギーであり、フォーリナーの地球接近が公になった直後に誕生した。当初は軽薄なマスメディアの唱えたユートピア論に扇動された理想主義的な市民運動に過ぎなかったが、超国家機関である世界統一政府の設立を後押しする欧米諸国が、自陣営に有利な形での世界軍縮の実現、およびロシア連邦・中華人民共和国・中東地域における民主化運動の促進――による混乱の誘発と国力の衰退――を目論み、政治的に利用したことで世界的なムーブメントと化した。熱狂的な運動は2016年の核兵器廃絶によって頂点に達したが、2017年の第一次地球防衛戦争の勃発によって完全に消滅している。現在では「大国の恣意と諜報工作によって生み出された疑似的な政治運動」と定義されており、終末思想に基づくカルト的な殉教主義や、大戦後に一部の科学者が唱えたフォーリナー同化論などの危険思想とは区別されている)の影響から、EDFをエイリアン症候群(正式な病名でも何でもなく、前述の政治運動に同調しない者を「好戦主義者」と非難して言論を封殺するための言葉であり、某国の諜報機関主導の下、大手メディアによって意図的に流布された)の集団として倦厭する風潮が存在した。
各国軍の心証も同様であり、当初はEDFを米国の傀儡と化した国連の走狗と見做して批判的であり、MG10による事故は当初からEDFの落ち度として論じられた(事故の原因は物資の輸送と受け渡しを担当した民間企業の過失であったと言われているが、開戦後の連鎖的かつ致命的な世界経済崩壊によって輸送会社は倒産しており、国連までもが機能を停止したことで責任の追及はEDFに集中することとなった)。
拡大する戦線と深刻化する戦災を前に、各国政府および軍部もEDFとの関係を損なうつもりはなかったが、MG10問題を材料にして“米国のようなEDFに主導的な立場”を得ようとする動きが……この時はまだ、そんな余裕が人類には残されていた。
各方面からの有形無形の圧力に対し、EDFは政治的には沈黙を保って取り合わず、新型手榴弾の開発という形で応じた(後に否応なく、EDFは国際政治に関わらざるを得なくなるのだが……)。
EDF内部でもMG10の強化は計画されており、威力の増大に合わせて、自爆事故を防ぐための安全策として時限型起爆装置が採用された。このMG10Jは、MG10に使われていた安全機構が取り除かれたことで炸薬と焼夷剤の量が増しており、単純比較でMG10の3倍の威力を有している(なお巨大生物との乱戦時の使用を考慮し、友軍警告用の着色煙を噴出する)。
600という火力評価値は大戦初期においては有効な火力であり、当初の評価は上々であったが……まったく皮肉なことに、後に出現した蜘蛛型巨大生物の3次元機動やHard級巨大生物の高い速力に対して、時限型手榴弾では即応性を欠くという声が上がり始めた。また「時限型ではアーマースーツの筋力補強機能を用いた長距離投擲が制限される」という意見も加わったことで、EDF製手榴弾開発において時限型は主流とはなりえなかった。
時限型が真に評価されたのは後の地底進攻作戦においてであり、狭い通路での壁面反射を用いた投擲など、EDF陸戦隊の勇士達の手によって活躍の機会を与えられた。
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- MG13
事の発端は、2人の人物の映話での何気ない会話であった。
EDF兵器研究開発チームの中でも特に「ネジが飛んでいる」と評判の研究員と、無茶な戦術指揮(とそれに応じる優秀な陸戦隊)が有名となりつつあった極東の某地域支部の司令官である。
新兵器開発のヒントが得られるだろうとEDF上層部が特別に設けた機会だったが、突然映話を繋がれた当事者にとってはいい迷惑でしかなく、研究員の非社交性もあって、秘匿回線を伝わるのは沈黙のみであった。
煙草を咥えたまま頬杖を着き、眠たそうな目で画面の外を見詰める女研究員の態度に、司令官は反抗期に入った一人娘のことを思い出さずにはいられなかった。こういう時はあれこれ口にせず、必要なことだけを言うのが一番だ――という悲しい経験則から、彼は「そう言えば」と口を開いた。
「先日配備されたが、MG12もMG11からあまり威力が上がってないな」
ネガティブな話題が適さないということは、未だ学んでいなかった。
当然のように反応はないが、彼は続ける。
「破壊力の向上を望む声は多い。どうにかできないものだろうか」
「……」
「ううむ…………お! そうだ!」
「……?」
重そうな瞼の下で、青い瞳がちらりと動いた。
「手榴弾を強化するのではなく、高威力の砲弾を手榴弾に改造してはどうだろう! それならすぐに……いや、しかし重過ぎて無――」
「自走砲用の榴弾が余ってるから、やってみる」
「え?」
映話は切られた。
司令官は傍らの女性オペレーターに「どういうことだ?」と尋ねたが、彼女も首を傾げる他になかった。
数日後、数少ない輸送手段の一つである大陸間弾道輸送機(元々は月面開発のために試作された無人ロケットであり、再突入後に地表寸前で減速、分離されたカーゴユニットがエアバックを展開して着地する)で、極東の某支部に荷物が送られて来た。
カーゴユニットに群がる赤蟻を掃討して陸戦隊が回収してきたのは、一つの木箱であった。「MG13」と印字されたその中には、幾つかのEDF製手榴弾が納められていた。
「なんだ、普通の手榴弾じゃないですか」
「やれやれ……本部宛ての荷物だと言うから期待したのに」
「何個入ってるんだ? やけに重かったぞ」
「まったく、これでは輸送費の無駄遣いも――うおおお!? なんじゃこりゃぁあ!!!」
何気なく手に取ろうとした陸戦隊員が驚愕の声をあげる。
「重いッ! 重いぞぉ!!!」
「おい、手紙が入ってるぞ」
「どれどれ……お、日本語だな。しかも女の字だ」
・・・
拝啓
北半球は日々暑さが増し、蜘蛛型巨大生物の糸の粘度も18%ほど増す季節となりました。陸戦隊の皆様、如何お過ごしでしょうか。さて先日、映話にて伺ったご意見を参考にし、新兵器を開発しましたので送ります。
MG13。
戦前に私が試作していた203mm榴弾砲の砲弾を小型化した手榴弾で、火力評価測定ではMG12の5倍である2500と認められました。重量は110キログラムありますが、アーマースーツの筋力補強機能があれば投げられると思います。皆様のご武運をお祈りしております。
草々
追伸
この手榴弾には新型の焼夷剤を使用しています。黒蟻や蜘蛛に対する殺傷効果を確認したいので、外皮のサンプルを必ず数日中に送ってください。
・・・
「……また一つ、仕事が増えたな」
手紙を丁寧に折りたたんで、赤いヘルメットの隊長が無感動に呟く。
当然のことながら、スーツの補助があっても110キロの手榴弾をまともに扱える者はなく、送られてきた試作品はバゼラート戦闘ヘリのペイロードに固定、爆弾として投下しようと試みられたが……成功した否かは定かではない。
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- MG13J(o0PpVnrRyHさん作)
上記の通り、MG13は実用的とはとても言い難い兵器であったが、そもそも司令官が要望した武器であったこと、「頭のネジが飛んでいる」と評判の開発局員から実戦でのテスト結果の報告を指示されていたことにより、EDF日本支部の律儀な陸戦兵らは当初バゼラートのペイロードに固定、一種の投下爆弾としての使用を試みた。
……が、安全ピンを抜かないと起爆せず、かといってあらかじめ抜いておいたら離着陸時の衝撃で暴発してしまうことが判明。
その後も
『高所からぶん投げる』
『SDL2エアバイクで走りながらばら撒く』
『爆弾処理用の防爆スーツを着込んで特攻する』
『スリングを使って遠くまで投げる』
などの試行錯誤を繰り返すもうまくいかず、しまいにはテストで死にかけた隊員らは「これは俺たちを殺そうとする本部の罠なのでは?」とフロントラインシンドロームに陥りかける始末。
前線の兵士らの殺意に近い不満を察知した司令官は、しかし自分が頼んで作ってもらったものを「使えねぇ」と開発局に送り返すわけにもいかず。
悩んだ末、整備班に「なんとかしてくれ」と泣きつき、整備班も突然かつアバウトな命令に「何故俺たちが……?」と困惑しつつも、時限装置を取り付けることにより、安全ピンを抜いてから30秒後に起爆する時限式に改造。
MG13を支給されてきた隊員らも「これでもう衛生隊の奴らに白い目で見られずにすむぞ!」「もう消火器片手に出撃しなくていいのか!」と涙を流して喜んだ……が、事情を知らない整備員の、
「C系爆弾使えばすむんじゃないですか?」
という一言で我に返ったため、MG13Jは実地テストでの結果報告後も、巨大生物の追撃が予想される威力偵察などごく一部の作戦で使用されるにとどまった。
なお、後日『重たいけど高威力なC系爆弾』が開発されるが、このエピソードとの関連性は不明である。
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- MG14(9+l4C/indbさん原案・トウフウドン加筆)
侵略者フォーリナー。
幾つかの戦闘機械と生物兵器らしき巨大生物から構成されるそれらが、主体的意思を有した知的生命体ではなく、何者かによって造られた自律行動体群という説(戦後という言葉が風化し始めた2030年代後半に入ってから普及した学説であり、2017年に襲来した地球外起源の敵性集団を、異星人そのものではなく、異星人の被造物ではないかと唱えている。つまりは人類や動植物を含んだ地球という豊かな惑星そのものを“資源”として採集していく自律機械のような存在であり、その星の生物や鉱物を材料として新たな巨大生物と戦闘機械を生産し、全てを食い尽すと別の天体へと移るというものである。ただし、そうして増殖した軍団を“本星”に帰還させてエネルギー化するのか、それとも宇宙を侵食し続ける軍団でもって版図を拡げようとしているのか……真意たる目的は想像の域を出ていない。終戦後に発案された宇宙規模の戦略である太陽系防衛構想では、フォーリナー本星との和平交渉ないし全面戦争による“完全な決着”が最終目標として掲げられている。その最大の障害として懸念されているのは、あのマザーシップが機械的進化を遂げた超生命体ではなく被造物であると仮定した場合、それらを創造した異星文明が今も存続しているのかという問題が挙げられている。なぜならばマザーシップの残骸の内、特殊物理甲殻以外の通常物質を測定したところ、十数億年から数十億年もの過去に製造された可能性が示唆されたからである。いかに異星の文明とは言え、億単位の年月というのは決して短いものではない。もしもあの悪魔たちの創造主である異星文明が既に崩壊しているとすれば……それでも依然として増殖し続けているとすれば…………人類は、終わりなき戦いを覚悟しなければならない。でなければ地球を含む数多の惑星は巨大生物によって埋め尽くされ、あたかもガン細胞が全身を蝕むがごとく、この宇宙はフォーリナーという因子によって飽和し、ある意味で“死”を迎えるだろう。万物の母神である宇宙という存在そのものを殺すこと。それこそが悪魔を生み出した者の邪まな望み、あるいは悪魔そのものの意思なのかもしれない)もあるが、あの悪魔たちが人類以上に高度な知性と邪悪な意思を有していることは、2017年の大戦において疑いようのない事実として確認されている。
当時、開戦から数週間が経過した時点で「防衛線の構築」という初期戦術はフォーリナーの対抗戦術によって陳腐化し、人類は苦戦を強いられた(数体のヘクトルが集まってビームマシンガンやブラスターを乱射しながら前進する“死の行進”は苛烈極まる攻撃であり、大火力兵器の開発が遅れていたこともあって、街路にバリケードを構築して迎え撃つなどといった戦い方は自殺行為に等しくなり、また黒蟻や蜘蛛も日に日に個体数を増しており、拠点防衛は困難を極めた)。
替わって生み出されたのが「機動遊撃戦」という新たな戦術の概念(防衛対象の存在しない“戦場”に敵の大群を誘い出し、戦闘車輛による速やかな移動によって間合いを維持しながら敵戦力を分散、各個撃破していく戦術であり、EDFではエアーバイクSDL2によって効果的に実践された)であり、幾つかの武器が……中でも射程距離の問題であまり使用されていなかったハンドグレネードの評価が大きく変わっていった。
とくに数名の歩兵が後退しながらアサルトライフルやショットガンを掃射する戦術(俗に「退き撃ち」と呼ばれ、緩衝装置を内蔵した低反動火器ならばフルオート射撃をしながらの後退も可能であった。EDF製アーマースーツではバイザーに後方視界を表示できるが、実戦では転倒を防ぐため、1名から2名の隊員が後退射撃する数名を先導した)は、巨大生物を相手にする際に非常に有効であり、練度の高い部隊になれば数名で数十匹単位の巨大生物を殲滅することができた(巨大生物の移動速度は人間のそれを遥かに上回るが、ある程度の威力を有する火器ならば、被弾反動で足止めすることが可能であった。また黒蟻は一定の距離で停止してから強酸弾を投射する習性があり、停止して投射姿勢に移った個体を優先的に排除することで効率的に戦うことができたと言われる。ただし跳躍移動によって奇襲を狙う蜘蛛に対しては、複数名による相互援護で死角を無くし、糸の投射姿勢に移った個体を速やかに排除しなければならなかった)。
その際、手榴弾はロケットランチャーよりも高威力かつ広範囲の攻撃で複数の巨大生物をまとめて爆殺でき、誤爆の危険も“比較的”少ないということで重宝されることとなった。
ただし次世代の高火力手榴弾として開発されたMG13があまりにも使い難く(アーマースーツの筋力補強機能をもってすれば重量110キロの手榴弾を投げることも不可能ではなかったが……それを持ち運ぶ時点で隊員に体力の著しい消耗を強いており、およそ実戦的とは言い難かった)、MG12の後継となる正統なバグ・スレイヤー(蟲殺し)を望む声は多かった。MG13を一度でも手にしたことがある者ならば、なおさらであった。
戦場でMG13を使った経験のある者は言った。
「女も爆弾も……平凡なのが一番だ」
その悲痛な要望に応える形で設計、開発されたのがMG14である。
グレネードランチャーでの使用も考慮されたMG14の開発はMG13シリーズとは完全に別系統で行われ、開発担当者も異なっていた(MG13の設計者は同手榴弾の強化型を研究し、その改良型であるMG20の後に「異端の後継者」としてMG21JやMG29Jといった超高火力のバウンド・グレネードを生み出している)。
MG13で実用化された高性能焼夷剤を用いず、MG12の改良という形で行われた開発は難航したが、外殻構造の再設計によって起爆時に飛散する弾片の初速を60%近く向上させることに成功、MG12の3倍近い1400という火力評価値を獲得した。
当時の敵主力であるN級からH級までの巨大生物に対しては充分な威力を有し(脆弱なEasy級に対しては完全なオーバーキルであった)、時折出現したINF級という極めて危険性の高い個体に対抗することも不可能ではなかった。
またMG12とほぼ同じ11メートルという有効殺傷範囲は威力不足と言われながらも、それ以上に安全で使い勝手が良く(乱戦と言う他にない近距離戦において、巨大生物の急激な突進と肉薄によって爆発に巻き込まれる事故の発生率が、手榴弾の殺傷有効範囲と比例するのは当然と言えよう)、MG14は新兵器の導入が遅れた地域やレジスタンスの間で愛用され、終戦まで第一線で活躍しつづけた。
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- MG14J(9+l4C/indbさん原案・トウフウドン加筆)
地球防衛軍。
2015年に結成されたこの超法規的武装集団は、その名の通り全地球規模の大組織であったが、北米総司令部を頂点とした簡潔な指揮命令系統を有し、従来の大規模軍事組織に比べてあらゆる事態に迅速な対応が可能であった(EDFは国際連合の内部組織として誕生し、G11:Group of Eleven――アメリカ、ロシア、イギリス、ドイツ、フランス、サウジアラビア、日本、インド、中国、オーストラリア、ブラジルの5大陸11カ国によって構成された世界統一政府準備委員会からの承認と、旧核保有国である常任理事国と数ヶ国の非常任理事国から成る安全保障理事会の決議に基づいて運営されていた。しかし大戦勃発直後、米国ニューヨーク州ニューヨーク市に大戦初期としては例外的な数の巨大生物が出現し、マンハッタン島にあった他の全て建造物と同じく、国連本部ビルは跡形もなく消滅した。同様の猛攻を受けて壊滅したワシントンD.C.に続いて、NY市も米軍とEDF北米方面軍によって数日後に解放されたが、要人を含む多くの人命とともに国連の組織機能の大部分が失われた。そして後の航空作戦失敗と報復的な大空襲で、米国を含む世界各国は政府と軍の指令系統に甚大な被害を受けた。これによって事実上、全地球規模の組織として機能するのはEDFのみとなり、施設と機材が健在で優秀な人員を擁するEDF北米総司令部が人類社会の最高意思決定の場となったのである。以後は秘匿通信による遠隔会議がG11とEDF上層部との間で開かれたが、大戦中期を過ぎると各国の疲弊や滅亡によってEDFは独自の判断で行動することを余儀なくされた)。
これはEDFがアメリカ合衆国空軍およびNASA(the National Aeronautics and Space Administration:アメリカ航空宇宙局)の協力によって、大戦中も衛星通信を利用することができたことが大きく(GPS衛星群ことナブスター・シリーズを始め、ほぼ全ての人工衛星は開戦直後に破壊されたが、米中の宇宙開発対立が生んだ飛翔体型の戦略偵察衛星であるSRS-171-Super Black Birdだけは健在であった。衛星攻撃兵器に対抗して設計された次世代軍事衛星である同機――軍事的定義はともかく、その美しい翼を衛星と呼ぶのは憚れる――は、米国空軍壊滅後も自律機能によって“任務”を継続し、その高度なステルス性と優れた空間機動力、そして大気圏上層部をスキップ飛行するといった無人機特有の機動性によってフォーリナーの追跡を逃れ、大戦を通して唯一の衛星回線を守り抜き、高精度の光学観測によってマザーシップを追跡するなど、人類の戦いを影から支え続けた。この漆黒の守護天使は、戦勝10周年を前にした2027年に回収を試みられたが、認証エラーによって同機のAIはシャトルを敵性と判断。機密保持のために離脱しようとしたが、長年の任務によって推進剤は底をついていた。シャトルのロボットアームが触れる寸前、彼女は漆黒の翼を自らもぎ取り……機体の一部を強制排除した反作用で高度を下げ、大気圏に身を投じた。同機は流星となって燃え尽きたが、数ヵ月後に焼け焦げた破片が砂漠で回収され、戦災の傷痕が癒えないオールド・ニューヨーク市のEDF航空戦史博物館に送られた。破片はケースに納められ、今も淡い光の中で鎮魂の刻を過ごしている)、世界各地で兵士たちの血を対価として得られた貴重な戦闘情報は、速やかにEDF北米総司令部および同先進技術研究所に集約、解析された。
このような組織性を有することでEDFは他の国家軍隊に比べて対巨大生物戦に柔軟に対応し、ヘクトルの登場によって厳しさを増した大戦中期においても幾つかの有効な戦術を早急に確立することができた。
その中で例外的な事例として挙げられるのが「巣穴への対処」である。
原則的な一般論として、政治的または経済的な“目的”のために行使される軍事力は“手段”に過ぎず、狂気の実現や民族浄化が目的でなければ、味方戦力の消耗を省みずに敵対戦力を皆殺しにするまで戦うことはない。
一方、EDFの目的は人類存続の必須条件となる地球圏の絶対防衛であり、交渉も対話も不可能で人間を捕食する巨大生物を一匹でも生かしておくことはできない。速やかかつ徹底的な殲滅戦――それこそがEDFの対巨大生物戦術の基本思想であり、後方部隊の支援体制もそれに準じるものであった。
故に「突然出現した無数の巣穴から巨大生物が無尽蔵に湧き出る状況」では、従来の部隊運用や兵站では対応できず、市民が避難するまでの時間を稼いだ後は撤退する他になかった(空母型円盤からも巨大生物が無尽蔵に投下されていたが、長射程武器を所持した部隊であれば、随伴する巨大生物の感知圏外から円盤――のハッチ内部――を狙撃し、速やかに離脱することができた。フォーリナーも空母型円盤の高度を下げ、ビルを盾とするなどして狙撃に対抗したが、原理的にEDF陸戦隊のゲリラ攻撃に対しては脆弱であった。さらにライサンダーF型およびZ型のような“戦域支配兵器”の名を冠する程の超高性能スナイパーライフルが投入されたことで、フォーリナーが圧倒的優勢であった大戦末期においても、空母型円盤は狙撃の恐怖から解放されることはなかった。中には雲上の高々度から巨大生物を投下する円盤も確認されたが、ライサンダーの射手に選抜された戦士にとって巨大生物の降下軌道から円盤の未来位置を予測して狙撃することは児戯に等しく、多くの円盤が大地に激突して四散する運命を辿った)。
巣穴の排除(巣穴そのものの攻略は何度かの失敗によって見送られており、穴を塞ぐために各地に駆り出される兵士たちは対処療法的任務を自嘲的にモグラ叩きと呼んだ)のためにEDFはロケットランチャーやグレネードランチャーで爆装した部隊を編成。火力で巨大生物の群れを強行突破し、巣穴に高威力の時限式グレネードを仕掛けて撤退するという方法が取られた。
その際、巣穴の振動や巨大生物の接触によってグレネードが巣穴から離れるのを防ぐために開発されたのが、特殊粘着剤(蜘蛛型巨大生物の糸を成分解析して生成されたものであり、速乾性で戦車の装甲を繋ぎ止めることさえできる)を塗布された手榴弾MG14Jである(この手榴弾は全体がカバーに覆われており、ピンを抜いて投擲すると空中で安全レバーとともにカバーが外れる仕組みとなっている。なお粘着剤は大気に触れると急速に凝固するため、誤って近くに落としても決して投げ直したり蹴ったりせず、速やかに離れなければならない)。
より強度の高い巣穴(Hst級以上の巨大生物が分泌液で塗り固めた巣穴は戦車並みに強固であった)が現れ、またC系爆弾の強化によって巣穴攻撃にMG14Jは使われなくなっていった。代わりに、その付着効果を活かしてヘクトルへの奇襲攻撃に用いられるようになり、スティッキーグレネードの開発へと繋がった。
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- MG20(o0PpVnrRyHさん原案・トウフウドン加筆)
以下の文章には全編に渡って重度のネタが含まれています
読むことによってゲーム中のイメージを損なう怖れがあります
以上をご了解いただける方のみ、ご覧ください
・・・
「どうして、こんなことになっちまったんだ……」
見慣れない形の手榴弾を握り締めた陸戦隊員が、空いた手で涙を拭う。
その独白に答える者はいない。誰もが重い沈黙を背負っている。
彼――その部隊の長である男には答えることができた。戦場にいれば、誰もが嫌でも知ることになる経験則だ。とくに、この大戦では。
一言口にすればいい。たぶん、運が悪かったのだ、と。
この世に偶然はない。全ては必然だ。必ず原因があり、それに見合った結果がある。
ただ、いつもダイスを自ら振れるとは限らない。他人に運命を預けなければならない時もある。そうして生じた必然の結果を快く受け入れられる程、人間はよくできてはいない。
とは言え、泣き喚いても始まらない。この部下のように独りで静かに泣くのはいいが、女子供のように全てを投げ出して救いを請うことはできない。男に、戦士に、それは許されない。
だから我々は「たぶん」と肩をすくめ、唇の端を歪めて「運が悪かった」と苦笑してやり過ごすのだ。諦めて受け入れることは、少なくとも受け入れる余裕がある間は。しかし、
――俺たちの命も安くなったものだな。
自嘲は抑えられず、心中で呟く。
・・・
事の発端は四足要塞の撃破に成功したことだった。
多大な犠牲を強いられたが、勝利によって得られたものも大きかった。四足要塞攻略作戦の戦闘データは世界各地のEDFに伝えられ、新たな対フォーリナー戦術が模索された。北米総司令部の戦略研究室から日本支部に“お呼び”がかかるまで、そう時間はかからなかった。
「実際に戦った人間に会って直に話を聞いておきたい、とはな……」
四足要塞攻略、いわゆる「木馬殺し」で一躍有名になったEDF日本支部陸戦隊だったが、海外からの派遣要請には誰もが驚きと困惑を隠せなかった。
語られた派遣の理由に対して、リスクがあまりにも大きいのだ。
陸戦隊の海外派遣自体が前代未聞のことであったし、旅客機のエコノミーシートでドリンクとスナックを消費していれば十数時間で着くというのは戦前の話だ。ガンシップが飛び回る空路は言うまでもなく、海路も安全ではない。軍用潜水艦であっても、海中を歩き回るヘクトルに襲われれば……。
「わかりました。すぐに出発させましょう」
日本支部の最高責任者は要請を受託した。四足要塞攻略の是非……日本列島を放棄するか否かを巡って北米総司令部とやりあったのが嘘のように、あっさりと。
「し、司令! この時期に戦力を割くのは……」
オペレーターの苦言を、司令官は静かに首を振って制し、発令所の天井(切れかかった蛍光灯が点滅している)に遠い眼差しを向けて言葉を続けた。
「四足要塞との戦いで、私は多くの部下を失った。生き残った者も傷ついている。死者を弔うことはできる。だが生き残った部下には……残念ながら、我々の備蓄する物資では彼らを満足に労ってやることはできない」
「司令……」
「あの戦いに参加したチームを……レンジャー4の隊長を呼んでくれたまえ」
オペレーターは頷き、内線で呼び出す。その様子を眺めながら、司令官は軍帽を脱いで席に着いた。
「休息が必要なのだ」
「そうですね」と、受話器を置いたオペレーターが応える。
「陸戦隊の疲労は限界に達しようとしています。誰も弱音を漏らしませんが、待機室で乾パンを齧っている姿を見ると……わたしも胸が痛みます」
まだ少女と言っても差し支えのない容貌の東洋人のオペレーターは、軍服に包まれた控え目な胸に手を当てた(彼女は開戦の直前に、英語が堪能というだけの理由でシステム会社からEDF日本支部に出向して来た民間人であり、負傷した正規のオペレーターの代わりに戦術指揮管制に携わり、その他にも司令官の秘書のような役目など日本支部内の雑務の一切をこなしていた)。
「まったくだ。燃料がなければ戦車が動かないように、満足な食事がなければ兵士は戦えない。司令官の私でさえ、もう半月もE型戦闘食が続いている。もうクラッカーは嫌だ。いい加減、合成タンパク質ではなく、本物の肉を食べたい」
焦がれるように、司令官は手中の軍帽を握り締める。
「司令……」
まるで歳の離れた恋人の健康を案ずるかのように、オペレーターは悲痛な面持ちで、膝の上に置いた小さな拳に力を込めた。
だが次の一言で、その黒目勝ちな瞳に冷たい光が宿る。
「せめて先月に食べた冷凍ハンバーグをもう一度……」
「……司令だったんですね」
声が変わっていた。
「料理長に残してもらっていた、わたしのハンバーグを食べたのは」
まるで親の仇を見つけたかのような眼差しと声に、悲壮さを称えていた司令官の横顔が引きつる。
「ま、まぁ、とにかく陸戦隊の面々には慰労の機会が必要だ。北米総司令部はいいところだぞ。中にマクドナルドもある」
「食べたんですね」
「あ、いや……」
「わたしのハンバーグ」
「す、すまなかった!」
司令官が勢いよく手を合わせて謝る。同時にドアが開いたが、二人は気付かなかった。
「どうしても我慢できなかったんだ、許してくれ」
「そんな……いまさら謝られても困ります。簡単には許せません。ずっと、大切にとっておいたのに……」
「悪いとは思っている。しかし、あの匂いを嗅いだら、本能を理性で抑えるのは難しい」
「言い訳なんて男らしくありません。そもそも黙って奪うなんて……欲しいと言ってくれれば、あげたのに……。とにかく、責任を取ってください」
入室したまま硬直していたレンジャー4の隊長が、遠慮がちに声をかける。
「すみませんが、いったい何の話ですか」
・・・
司令官権限により、半ば強制的にレンジャーチームは渡米した。
「土産は冷凍ハンバーグを…………訳が分からん」
事情を呑み込めない陸戦隊員らであったが、渡米のために乗艦したかいりゅう型高速ディーゼル潜水艦“かいおう”とヘクトルの水中機動戦(海底の岩礁の影から跳躍して迫ったヘクトルに対して“かいおう”は急速転舵――艦内に安全帯による身体固定警報が鳴り響いたが、食事中だったレンジャーチームは対応できず、カレーに顔面を突っ込む羽目になった――体当たりを目論むヘクトルを避けるため、“かいおう”は艦の傾斜を戻すことなくバレルロールに移り――レンジャーチームは横向きになった食堂から転げ落ち、通路の突き当たりにある女子仮設更衣室へ突っ込んだ――真横を通り過ぎて浮上するヘクトルに向け、背面潜航に移った“かいおう”の外設魚雷発射管から誘導魚雷が発射される――壁に張り付いて倒れているレンジャーチームの面々に向けて、安全帯と下着だけを身に付けた女性乗組員たちから化粧品が投げつけられる――ヘクトルはビームブラスターを発射するが、海水によって減衰した熱弾で魚雷を射抜くことはできず、魚雷はヘクトルの胸部を直撃した――投げつけられる口紅やマスカラとは別に、床を転げ落ちた化粧水のやや大きめの瓶が、隊長の両足の付け根を直撃した――胴体を引き裂かれたヘクトルの四肢が暗い海底へ没していく――警報が解除され、艦が水平に戻っていくが、隊長が起き上がることはなかった)に体力を消耗し、それどころではなかった。
「おまけに上陸艇がガンシップに襲われるとは……西海岸の港湾施設が壊滅しているのは仕方ないが、あんな沖で降ろさなくてもいいのにな」
「不可抗力とは言え、更衣室に突っ込んだからな……」
「突っ込んだというより転落だろ。ダイヴだよ、ダイヴ。アーマースーツを着ていなければ打撲じゃすまなかったぜ。まぁ、おかげでイイものを拝めたが」
「お前が咄嗟に伸ばした手でブラジャーを剥ぎ取った女の子、ミス“かいおう”だったそうだ。“かいおう”の連中に袋にされて、太平洋のど真ん中に降ろされても不思議じゃなかったんだぞ」
「ああ、確かに可愛い子だったよな。……しかもデカかった」
「うむ……」
男同士の奇妙に穏やかな沈黙が周囲を包む。
EDF北米総司令部の広大な地下施設の一角、一度に1000人以上が食事をとれる大食堂は、とにかく広い。地下施設特有の圧迫感を和らげるためだろう、天井は低いが、照明の光りは柔らかく、清潔感のある白い壁には巨大な風景画がかけられており、観葉植物の数も多い。
日本支部の施設とは雲泥の差だが、この快適さが逆に落ち着かないのか、2人の陸戦隊員は壁際の席に並んで座っている。
その背中を見て、まるで高級ホテルに迷い込んだ野良犬だなと、レンジャー4の隊長は部下と、そして自分にも染みついた貧乏性に心中で溜息を吐き、努めて普段と変わらない声で話しかけた。
「お前ら、もっと品位のある話をしたらどうだ」
「うわ!?」
背後から突然かけられた声に、2人のレンジャー隊員は飛び跳ねるように席を立った。
「隊長!」
「脅かさないでくださいよ」
慌てて敬礼する2人に、隊長は「日本語がわかるスタッフも少なくないんだぞ」と注意しながら、ホットコーヒーとデザート類の載ったトレイを置いて席に着く。
「軟質素材の床とは言え、足音に気付かないとは、鈍っているな」
「サー、イエッサー!」
「申し訳ありません!」
「まぁいい。席に着け」
背筋を伸ばして座る2人に、隊長は皿に盛ったデザートの幾つかを勧める。
「本物のリンゴを使ったアップルパイだ。ニンジンで代用していたうちの料理長には悪いが、やはり美味いな」
「ふぁい、おいひいでふ」
「一口で食う奴があるかよ…………ふむ、やや甘さがくどいですが、鼻腔に抜けるリンゴの風味が素晴らしいですね。それに、きちんとした純粋なバターが使われている」
「農業区画で育てたものらしい」
「そこの環境制御に費やされているエネルギーを考えると、ありがたくて涙が出ますね」
「まったくだ。栽培した穀物の余剰分で畜産も行っているとは……さすがは世界最大の要塞といったところか」
やや皮肉めいた口調だったが、湯気のたつ本物のコーヒーまで否定する気はないらしく、隊長もニューヨーク・チーズケーキにフォークを入れた。
「天然食品にありつけるのを抜きにしても、今となっては来て正解だったな。ここの連中が発案した攻撃作戦をそのまま実行していたら、北米方面軍の攻撃隊は全滅していた」
「あー……あれですか。四足要塞の迎撃射界の設定が甘過ぎでしたね。レーザーの減衰率の計算も遊びが大きいというか……」
「おおざっぱ、だろ。アメ公らしいぜ。食券一枚でどんな飯でもOKとか、日本支部での苦労が馬鹿らしくなる」
「まぁ、細かいことはいいんです。ただ、JEDFは戦闘に参加しなくていい、とっとと帰れというのは何なんでしょうね? 確かに我々はオブザーバーとして招かれただけですが、こうも風当りが強いとは」
「それは、あれだろ。ここで俺たちが活躍したら、それこそ連中は無能もいいところだ。なんせ天下のアメリカ、北米方面軍の精鋭部隊様だからな。格下のジャップに木馬殺しで先を越されたのが面白くないのさ。要するにメンツの問題さ」
「まさか、人類の危機にそんなことを……」
「倒した四足要塞によじ登って星条旗を掲げてUSA! USA! を大合唱する連中だぜ? まぁ、気のいい奴も多いけどな」
「お前たち」
黙ってコーヒーを啜っていた隊長が、低い声を出す。
「そういう話もNGだ。肌の色も生まれた国も違うが、我々は皆同じ地球防衛軍だ」
カップを置いた隊長は、広く清潔な食堂を眺め、溜息を吐いた。
「とは言え、我が隊の士気の低下を見過ごす訳にもいかん。こんな快適なところに長居しても心身が鈍るばかりだ。観光に来たのだと割り切って、地酒でも飲んでとっと帰りたいものだ」
「確かに、ここに慣れると日本支部での生活に戻れなくなりそうですね。なんというか雰囲気が……」
「――びょういん」
「そうそう病院、そういう感じですよ。精神面への影響もありそうだ。実際、あの欠陥グレネードが開発されたところも、ここですからね」
「――けっかん?」
「あー、はいはい、MG13のことか」
「……確かに、あれは酷いものだったな」
つい今しがた批判的な話題を禁じた隊長でさえ、顔を顰めた。
「あれを作った奴がここにいるのか?」
「はい、地下最下層の工廠区画にいるらしいです。ロスアラモスのEDF先進技術開発研究所から出張って来てるとか……。伝説の女ですよ。もちろん悪い意味で、ですが」
「まったく、最高じゃねーか。敵は圧倒的な科学力と軍事力を有するエイリアン。それに比べてこっちの頼みの綱は試験管の中で生まれて、頭のネジを締め忘れちまった科学者様ってか? はぁ……MG13ね、思い出すだけで血管が切れそうだぜ」
「――そんなに、ひどかった?」
「酷いというか、110キロの手榴弾を送りつけて使えって、無理に決まっているじゃないですか。あんな無茶振り、うちの司令官じゃあるまいし…………ん? 何か、さっきから聞きなれない女性の声が交じっているような」
「――わたしかな、それは」
「うお!?」
ぬっと、隊長の肩に女の生首が現れた――ように見えた。背後から忍び寄り、肩に顎を乗せたのだ。
「ふふふ、まぬけな顔」
隊長の肩から頬へ、白い顔を寄せながら女は笑う。ゆっくりとした動作だが、切れ長の目に収まる藍色に近い青い瞳の動きは素早く、他の2人のレンジャー隊員の反応を観察している。
「はじめまして、隊長さん」
耳元で囁いて、女は体を離した。
肩越しに振りかえった隊長は、しげしげと女を見上げる。
洗い過ぎて色落ちどころか生地まで薄なったジーンズに、くたびれた無地の黒いTシャツ。羽織った白衣はボタンが欠け、一度もアイロンをかけたことがないのだろう、ついたシワはギガンテス主力戦車でプレスしても直りそうにない。
そのような格好でも、女は美しかった。
幾つかの民族の血が混じっているのだろう、彫の深い顔立ちだが、輪郭の印象は柔らかい。顔が小さく、顎も細いからだろう、それほど大きくない唇は、口紅も塗られていないのに艶めかしい存在感を放っている。そして切れ長の碧眼だ。童女のように無垢な輝きを宿しているのに、なぜか、邪まな気配を感じさせる。神秘的と呼ぶには危険な瞳だ。
危ういバランスの上に成り立つ美貌だった。ある種の廃墟が芸術性を帯びるように、退廃に包まれることで生の美しさが輝いている。相反する二つの要素の調和と言うべきか。それを象徴するかのように、軽くウェーブのかかった髪の色は淡いグレーだ。白と黒の中間色。黒髪から色を抜いても、白髪を染めても、こんな色にはならないだろう。
切り揃えられた灰色の前髪の下で、青い目がすっと細められる。
「はじめまして、隊長さん。ねぇ、起きてる?」
「あ、ああ、失礼」
繰り返された台詞に、隊長は我に返る。いつの間にか動悸が高ぶっていた。務めて動揺を隠そうとするが、女の微笑は全てを見透かしているかのようだ。いや、見透かしているのだ。あのよく動く青い瞳で。目が泳いでいるのではない。まるで高性能な戦闘マシンが周囲を索敵するかのように、ある規則性に従って効率よく視認している。2人の部下の心の内も見透かしているに違いない。
初めて会うタイプの女、いや、人間だ。
「はじめまして、EDF日本支部の者です。この二人は、私の部下です。しかし流長な日本語ですね。完璧な発音です。驚きました。こちらのスタッフの方ですか?」
「たった今」
女は表情をまったく変えず、涼しい微笑みを浮かべたまま答える。
「あなた達から驚くべき出生の秘密を聞かされた、伝説の科学者様よ」
「な、なるほど……それは……なんというか」
「ふふ、日本語って便利ね」
3人の陸戦隊員の凍りついた表情を余所に、女は目を細める。先ほどまでと違って、その両眼は何も見ていなかった。眼球から送られてくる情報を完全に遮断していると言われれば信じただろう。自らの思考に意識の全てを集中しているらしい。
「情報媒介としての機能性と優美性を兼ね備えた言語。柔軟な規則性と豊富な語彙の組み合わせが楽しいわ。ドイツ語よりも好きよ」
「はぁ、それは、どうも……。とにかく、部下の非礼をお詫びします。よければ、お座りください」
そうして隣の椅子を引き、隊長は自らの席に座り直すが、聞いているのかいないのか、女は立ったままジーンズのポケットからスチール製のシガーケースを取り出した。
「わたしのスペシャルブレンド、吸う?」
「ありがとうございます。しかし自分は、煙草は吸いませんので」
「あら、タバコじゃないわよ。わたしが、特別に配合したものよ」
なおさら要らないと心中で呟き、黙ってコーヒーを啜る。そもそも施設内は禁煙だ。
「残念」
女は躊躇なくタバコらしく何かを咥え、ライターで火を付ける。不快ではないが、不思議な匂いだった。未知の惑星の奇怪な花を想像してしまう香りだ。
一度閉じられて開かれた瞼は再び細められていたが、今度は眠たそうに見えた。
「あなた」
唐突に部下の1人を指す。
「さっき、あなたは笑ったわね。わたしのMG13を、欠陥品と」
「あ、いや、あれは例えというか……」
「例え、ね」
紫煙を吐いた唇が歪み、青い瞳が見開かれる。
「わたしも例え話は大好きよ」
静かに語る女の唇は笑っていた。微笑みではない。笑みだ。
女の中に潜んでいたのは、何かしらの狂気だった。それが抑えられることなく、顔という器官を通じて姿を現していた。先ほどの印象は微塵もない。この女が有する顔は、こんな笑みを浮かべるべきではないのだ。暗い眼窩を晒す髑髏が笑うかのような違和感、不自然さだ。
「例えれば、MG13に推進機構を組み込んで遠投できるようにしてみましょうか」
もう誰も、口を挟めない。
「例えれば、そうして欠陥を克服したMG13を評価する場合、かつての欠陥品という状態を知るも者が実践者には最も相応しい」
まるで、実体を有さない狂気がこの女の口を操って喋っているように見える。
「例えれば、そのような実象情報を有するあなた達が評価試験を行えば、HOL6000での仮象実証試験は必要ない」
彼女の内で蠢く狂気の正体が何なのか、それは分からない。
だが、この異質さは知っている。フォーリナーだ。奴らの思考と笑みを、人間が無理やり真似すれば、おそらくはこの女のようになるだろう。
――この女、何者だ。
隊長の胸の奥、思考の片隅に小さな火花が散る。異質な存在に対する無条件の敵意と言うべきものだ。一般的には警戒心と言われるものだが、戦士のそれは鋭敏であり、かつ躊躇がなかった。
――むしろ遅すぎたくらいだ。そもそも自分の背後に現れた時、この女は気配を感じさせなかった。
思考がそのまま表情に出たのだろう。部下を見詰めていた女の視線が、隊長に定まる。
「あら、隊長さん」
見開らかれていた目が細り、狂気の笑みが消え、あの微笑が仮面となって現れる。
「コーヒーは嫌い?」
手元を見ると、傾いたカップからコーヒーが流れ落ちていた。白い床を汚した黒い液体は静脈血を思わせる。
「いや、嫌いではない」
「ふふふ、おかしい」
女は軽やかな動作で隣の椅子に腰掛け、隊長の手を掴み上げる。
「じゃあ、どうして震えているの?」
想像とは違って女の手は温かかった。手に絡みつく細い指には間違いなく赤い血が通っているだろう。だが、この青い瞳の奥には……。
「さっきの例え話、わたしは本気よ」
・・・
「どうして、こんなことになっちまったんだ……」
片手で涙を拭う部下のもう片方の手には、見慣れない形の手榴弾が握られている。
――たぶん、運が悪かったんだ。
見上げた空は赤く夕暮れに染まっている。視界の隅に高層ビルが張り込んでなければ、悪い夢だと思うこともできただろう。
ロサンゼルス。
かつて全米第二位の人口を誇っていたアメリカ西部の大都市は、巨大生物の猛攻と数度に渡る人類の解放作戦――そして作戦の失敗による焦土戦術によって大部分が破壊され、現在は放棄されている。瓦礫の荒野と化した市街跡に、幾つかの半壊した高層ビルが墓標のように起立し、赤い西日に照らされて黒く長い影を落としていた。
確認できる巨大生物は見張り役らしいのが十数体だけだが、都市の中央には巣の入口がある。もう数分と経たずに地下から数百、数千体の巨大生物が現れ、奴らにとって異質な存在である異種族――つまりレンジャーチームに襲いかかるだろう。
「隊長、今のうちに逃げましょう!」
「逃げる? どこに逃げるんだ」
きっと、どこへ逃げたとしても、あの女は追ってくるだろう。激戦を生き抜いてきた自分でも逃げ延びられないという確信があった。
部下を危険に曝すのは本意ではないが、あの女の、その中に潜む狂気の相手をするよりは、糞蟲に弾丸を叩き込む方が気楽だ。
「あの女……頭のネジが抜けているという評判だったが、俺が思うに、そうじゃない」
「どういうことです、隊長」
ひび割れたアスファルトにセントリーガンを固定していた部下が振り返る。いい具合に吹っ切れているのか、落ち着いている。自分も同じ表情をしているのだろうと、隊長は苦笑を堪えて語る。
「あれはネジ止めなんて立派な施工はされていない。有り余る好奇心と抑えきれない情熱、そして得体の知れない何かを、僅かばかりの人間性に封じ込めている。カオスだ」
「なるほど、分かる気がします」
そんなことを話している間にも、市街各所に敷設したモーションセンサーが警告を報じている。血が染み出すがごとく、レーダー上に巨大生物の反応を示す赤い光点が浮かび、瞬く間に溢れ返っていく。
「全員聞け、この新型手榴弾の実戦評価試験が終わったら、我々は祖国に帰る」
溢れだした巨大生物はすぐに群となり、飢餓に突き動かされる単細胞生物のように、獲物である異物へ向けて移動を開始する。その動きには微塵の躊躇も慈悲もない。
「配られた試作品を使い切れば、評価試験は終わりだ。5分とかからない仕事だ」
少しずつ、しかし確かに、地響きが大きくなっていく。相対距離は数キロだろう。すぐに見える筈だ。
「ありがたいことに、糞蟲どもが送別会を兼ねて付き合ってくれるそうだ。ダンスの相手には事欠かないだろう」
「隊長! 来ます!」
3キロほど先に、沈みゆく夕日の下に砂煙が見える。赤い逆光の中で無数の醜い影が躍っていた。前衛の黒蟻は数百体といったところか。低く鳴動する大気に負けないように、腹の底から声を出す。
「我々が生き残るには敵を倒すしかない! 全員、派手に踊れ! わかったかぁッ!」
「サーッ! イエッサァァー!!」
「全員、ピン抜け!」
横一列に並んだレンジャー隊員全員が、新型試作グレネードの安全ピンを抜き、投擲姿勢を取った。全身に力を込める――アーマースーツ筋力補強機能、最大。
はっきりと見える距離まで迫った黒蟻が、一斉に腹部を振り上げた。
「――投擲ッ!!!」
「うわあああぁぁぁぁぁ!!!」
夕焼け空に向けて投げ放たれた十数個の手榴弾と、数百個の強酸弾が交錯する。
・・・
「そうか、そんなことがあったのか」
整然と並ぶベッドの一つの傍らで、司令官は大袈裟に頷いた。
「で、これがその改良型MG13か」
隣には小さな木箱を載せた台車がある。大人3人を運べる台車に30センチ四方の木箱1つというのは不釣り合いだが、中身は例のMG13を改造した新型手榴弾だ。3個も載せれば台車の車輪が壊れて動かせなくなる。日本支部の医療室は決して小さくはないが、満員になるとさすがに狭く、邪魔な荷物だった。そもそも爆発物を医療室に持ち込む時点でおかしい。
「投げられるようになったのなら上出来だ。いや、よくやったぞ!」
「笑い事じゃありませんよ、司令官」
ベッドの上の、包帯でぐるぐる巻きにされてミイラ男と化しているレンジャー4の隊長が抗議の声をあげる。司令官に通じるとは思っていないが、周りで治療中の部下のためにも、言わない訳にはいかない。
「生きて帰って来られたのが不思議なくらいです」
「そうか、やっぱり我が家が一番だな!」
これだよ……。
「……司令官、すみませんが、少し休ませていただけますか」
「うむ、療養したまえ。戦線はストーム1が支えているからな」
「はい……」
また彼に借りを作ってしまった――そんな苦い思いも、司令官の次の言葉で吹き飛んでしまった。
「ああ、そうだ。その手榴弾、MG20として正式配備が決まったぞ」
「……え゛っ」
「火力を維持したまま、遠くまで投げられるようになったからな。まぁ推進機構を付けたせいで炸薬の搭載量が減って殺傷範囲は狭くなってしまったが、問題ないだろう」
「相変わらず、持ち運びは不便ですがね」
「それにしても、私の思いつきがここまで進化するとは……。やはりこの新型手榴弾開発は私のおかげということになるのか? はっはっは!」
「むしろアンタのせいで……いえ、もう、どうでもいいです」
「ところで、頼んでおいた土産はどこかね?」
「勘弁してくださいよ……」
そんなやり取りを医療室の外から何とも言えない眼差しで見詰めていたオペレーターに、通りかかった一人の遊撃隊員が声をかける。ついさっき戦場から戻ったらしい彼の手には、MG20のマニュアルが握られていた。
「MG13もそうだが、重いなら、ランチャーで射出しては駄目なのか」
「だ、駄目ですよ」
オペレーターの即答に、ストーム1は顔に疑問符を浮かべる。
「そんなこと言ったら……泣きますよ? 彼ら」
「……」
医療室で療養中のレンジャーチームを見て、ストーム1は無言で頷いた。
中からは、まだ話し声が聞こえる。
「そうそう。思いつきと言えば、さっき買ってきた市販の殺虫スプレー。これを兵器に転用できないかと――」
「や・め・て・く・だ・さ・い・!」
隊長のみならず、周囲のレンジャー隊員も声を上げた。
彼らが地球を救う英雄となるのは、まだ先の話である。
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[目次][総目録]
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- MG29SJ
外殻にバウンド素材を用いた特殊グレネードであり、投擲後10秒で爆発する。威力が高く、投げ方によってはビルなどの障害物の背後や通路状の洞窟の奥にいる巨大生物を攻撃可能なため、使用者によっては強力な武器となる(現在でもEDF基地近くの酒場に行けば、北米でレジスタンスに参加していた大リーグ選手など“魔球”で幾多の巨大生物を葬った猛者の逸話を聞くことができる)。
当然のことながら、逆に練度の低い新兵が用いると深刻な自爆事故に繋がる危険性が高く、他のバウンド素材採用兵器と同じく使用は一部の熟練者に限定されている。
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[目次][総目録]
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- MG30
前モデルであるMG20が高威力化と高性能化を突き詰めた結果、MG29SJという熟練者でしか扱えない代物となってしまったことを、グレネード開発担当の研究員は“珍しく”反省し、原点回帰としてオーソドックスな接触起爆式ハンドグレネードの開発を始めた。
ただ「MG20と同量の炸薬で威力と殺傷範囲をどれほど向上できるか」というテーマを誰かが与えてしまった(同時期に、この研究員と某支部の司令官との間で何度か映話が交わされたことが通信記録に残っているが、研究員は「関係ない」の一点張りであり、司令官も「MG13優先配備の謝礼を述べただけ」と答えており、事実関係は不明である)ため、火力評価値3500と“そこそこ”の威力ながら、25メートルという手榴弾で最大級の殺傷効果範囲が実現してしまった。
巨大生物との近距離戦において25メートルというのは微妙な範囲であり(学校施設などにある標準的な水泳用プールを想像してもらいたい)、接触式ということもあって自爆事故の危険性は看過できず、現場からは「普通のでいいんだ……普通ので」という悲痛な声があがった。
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- グレネードランチャーUM1(SMsjB9Y8Mmさん原案・トウフウドン加筆)
開戦以前、EDFでは迫撃砲や自走砲といった長距離実弾砲爆撃兵器群の採用は見送られていた。
これは当時、EDFの上位組織であった国連の世界統一政府準備委員会および安全保障理事会の内部において、各国の思惑に相違が生じていたことに起因する。
外宇宙から“来訪”する異星人を“対等の立場”で“歓迎”するために提起され、欧米諸国の政治力によって強行された世界統一政府構想であったが、米国主導の連邦体制の導入は安全保障理事会の常任理事国であるフランスやロシア、中国からも強い反発を招くこととなった(中でもフランスはEDF予算の2割以上を占める主力戦闘機EJ24配備計画について、原型機の採用候補が一次選考の時点でF-35とユーロファイターに絞られたことに……とくにユーロファイターを原型機とした場合の契約が「新たにトランシェ4:Tranche 4を設定し、生産をイギリス工場のみで行う」とされていたことに強い不信感を抱いていた)。
その不満の捌け口として、あるいはEDF構想発案時の不毛な論争の延長として取り沙汰されたのが「新たな世界秩序」とEDFとの関係であり、アメリカおよびイギリスは「EDFを世界統一政府直轄の治安維持組織として、分離主義の台頭を積極的に“予防”する」ことを主張し、対するフランス・ロシア・中国は「EDFの軍事力と権限の徒な拡大は、各国の主権を脅かすものである」と真っ向から反対した。
一時は深刻な対立に発展するかと思われたこの問題は、かねてから米国と深刻な対立関係にあった中東諸国と、先進諸国から排他政策の標的にされていた新興大国インドが中心となる第3世界勢力が「EDFはあくまでも核兵器廃絶を始めとする世界軍縮によって生じる軍事力均衡の空白を埋めるための緩衝装置であり、絶対中立の機関であるべき」との共同声明を発表するに至り、欧米諸国は妥協案を模索し始めた。
彼らは公平な世界など望んでいなかった。
理想主義が唱える正義と、政治経済において説かれる公正は区別されるべきであり、世界統一政府とその連邦体制が、反欧米意識を隠そうともしない第3世界諸国の政治的台頭の舞台であってはならない。
20世紀から続く南北問題――先進国と後進国の格差の解消とは、すなわち先進国の既得権益の排除であり、そのような“善意の愚行”を成し得てなお世界経済を維持する術など……現代の我々と同じく、21世紀初頭の人類も有していなかった。
また米英はEDF構想そのものの撤回や縮小による軍需の損失を望んではおらず、仏露中もEDF予算の分担金の減額を条件に合意した(3 カ国の減額分は米英日で2:1:7の割合で補填されることとなったが、開戦までに取り決め通りに支払ったのは日本だけであり、しかも政治的配慮を理由に公表されなかった。なお終戦後の2018年に締結された世界復興基本条約によって戦前の米英の支払いは免除されている)。
「EDFは異星文明との接触において懸念される事態に対応するための組織であり、警察力は有さず、また一部勢力の政治的恣意を実現するための暴力装置であってはならない」
この曖昧な声名に具体性を与えるための政治的パフォーマンスとして取り決められたのがEDF戦力の限定化であり、採用トライアル実施前の兵器の内、MBT以外の自走砲など戦闘車輛の他、EJ24主力戦闘機以外の航空機、艦船の配備計画が白紙撤回された(もっとも、一連の政治劇によって不完全なEDFを補助するという名目で各国軍との連携体制が促進されることとなり、世界規模での軍縮は形骸化した。これにより EDF予算の大半が企業を通じて欧米諸国に還流する構造が完成、EDF特需から排除された国々の不満は頂点に達し、分担金支払いの拒否や「異星人の接近は欧米の軍産複合体による捏造」という批判さえ生じることとなった)。
以上の状況に加えて、既にスティングレイM1型ロケットランチャーの配備が決定してこと、そして戦闘用アーマースーツの筋力補強機能が注目されていたことが大きな要因となり、一般火器におけるグレネードランチャーの採用トライアルは見送られた。
アーマースーツの強力なパワーアシスト機能をもってすれば迫撃砲を越える射程の手榴弾の投擲は可能あったし、そもそも万が一にも地球防衛軍が出動するような事態が起これば主戦力となるのは各国軍であり、米軍を始めとする高度に組織化された現代軍隊によって敵は殲滅される筈であるとの考えが主流であった。
……その見解の過ちは、ファーストコンタクトでの十数万人におよぶ死傷者数(半数以上は都市火災やパニックによる二次災害の犠牲者であったが、巨大生物の食害による行方不明者の多さとその後の戦災による混乱のため、正確な死者の数は現在でも定かではない)を代償として知らしめられた。
確かに、重火器の装備や運搬、反動の軽減、防弾性の向上を目的として初期型アーマースーツに使用された人工筋肉は強力であり、単純にパワーだけを見れば MG10型手榴弾を数百メートル以上投擲することはもちろん、アーマースーツのオートモーション機能を作動させれば極めて正確に投げることが可能な筈であった(その場合はヘルメットに搭載された網膜投影装置によって視界に投擲軌道のガイドラインが表示される)。支援体制についても、フォーリナーが敵であった場合に備えて各国軍が臨戦態勢を整えていたのは事実である。
だが実際にはアーマースーツの初期OSはエラーを頻発させ、オートモーション機能の訓練が不十分だったこともあって肩を脱臼する隊員が続出。仕方なくマニュアルで投げようにも、人体を遥かに超えるパワーをコントロールして遠距離の標的に正確に投げつけることは困難であった。
また圧倒的数で迫る巨大生物を撃退する以上、安全レバーを外してピンを抜くといった投擲前の予備動作は、たとえそれが1秒足らずのことであってもグレネードランチャーの連続投射に比べれば致命的な遅さと言えた。
そして人類の軍事組織を正確に把握していたらしい フォーリナーによって、各国軍は巨大生物の奇襲を受けて混乱し、EDFは満足な支援を受けられなかったのである。
開戦後、アメリカ合衆国NY市の壊滅による世界政府統一委員会関係者の死亡、国連の機能停止、またEDFに対して主導的立場を取っていた米国国防総省の機能不全によってEDFは独自の判断を迫られることとなった。
既にEDF北米総司令部には各地方方面軍から多種多様な要望(モンキーモデル化されてしまったMBTギガンテスの火器管制装置を、原型機であるM1A2エイブラハムと同じものに換装してほしいなど)が上申されており、グレネードランチャーの配備も含まれていたが、トライアルを実施しようにも多くの企業が戦災を被り、中には関係者の死亡や国家体制の崩壊によって倒産状態に陥って消滅したメーカーも少なくはなかった。
仕方なくEDFが独自開発する運びとなったが、開発体制の大部分は既に他の武器の強化計画に振り分けられており、急遽編成されたグレネードランチャー開発チームに迎えられる筈だった某社の優秀な技術者たちもガンシップの空襲に巻き込まれて死傷してしまった(軍需関係のみならず、その他様々な分野からEDFは積極的に人材を受け入れており、技術者も保護を求めて独自にEDFに接触するようになっていた。人員のみならず会社組織そのものを受け入れることも珍しくはなく、合成食品に独自のノウハウを持った北米のバイオケミカル企業など、希少技術を有する企業の多くが EDFに合流していった。米国の疲弊がこのような自由を許し、EDF北米総司令部の大規模地下基地には様々な設備と物資が運び込まれ、地下農業プラントの稼働によって自給自足が可能となったことで半ば都市国家の様相を呈していった。大戦末期の北米決戦……ニューヨーク市会戦の壮絶な敗北の後、同基地施設はマザーシップのジェノサイドキャノンから最大出力の照射を受けて山岳地帯ごと消滅している。跡地は現在でも巨大なクレーターとなっており、蒸発飛散した重金属など有害物質の残留汚染が著しく、立ち入り禁止区域となっている)。
その後、他の開発チームから半ば強引に人員が抽出され、グレネード開発チーム主導の下でランチャーの開発は始まったが、グレネード開発チームは技術主任を始めとして人格に問題のある人物が多かったと言われており、開発は難航した(グレネード開発チームは手榴弾の高威力化研究に没頭しており、ランチャーの開発には全く興味を示さなかったと言われている)。
当然、無理矢理に手伝わされているという意識のランチャー開発チームの士気は低く、EDF製ライフルAFシリーズの部品を用いて急造されたグレネードランチャーUM1は、その出来栄えに違わず……前線の兵士たちにはあまり好まれなかった。
MG10手榴弾を改造した専用榴弾は威力が低い上、構造設計のミスから重心が偏っているため投射後に風の影響を受けやすく、命中精度は低かったと言われている。曲射を活かして遮蔽物を盾としながら砲撃することはできたが、威力の低さから接近前に巨大生物を殲滅することは困難であり、また前線部隊にある程度のスティングレイM1型ロケットランチャーが配備されていたため、当初は存在価値を疑われる程であった。
皮肉にも、現場からの辛辣な評価がランチャー開発チームのモチベーションを上げる結果となった。彼らは度重なる失敗に怯むことなく開発に勤しみ、後にスタンピードやスプラッシュグレネードといった独自の兵器を生み出していくこととなる。
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- グレネードランチャーUMAX
航空優勢を喪失した状態で、さらにガンシップや砲戦型ヘクトルが登場したことでMBTなどの戦闘車両の運用は困難となり、とくに即応性の低い大型自走砲や多連装ロケットシステムは戦場から姿を消すことになった。
対策としてロケットランチャーやミサイルの高威力化が推進され、グレネードランチャーについても高性能化が研究された。
UMシリーズの最終型であるAX(Assault-Experiment)は長射程と高精度を維持しつつ毎秒1発の連射性を実現、その優秀さから実験段階にも関わらず実戦に投入された。
熟練者による投射と着弾点観測によって、巨大生物の知覚範囲外からの正確な長距離曲射砲撃が可能であり、山岳地の多い地域で活躍した。
とくに日本列島戦線では、UMAXとスナイパーライフルを装備した陸戦隊員によって巨大生物の群が一方的に攻撃され、黒蟻の速力をもってしても近寄ることもできずに殲滅されたと言われている。
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- スタンピードM1(CvmaT72wBUさん原案・トウフウドン加筆)
殲滅。
我々の戦争でも多用されていたこの言葉は、しかし戦術概念としては慎重に、政治的示威行為として限定的に行われてきた(戦闘員と民間人の区別がつかない状況、あるいは故意に民間人への偽装を戦術として用いてくる勢力に対する戦闘では、この限りではなかったが)。
たとえ戦略目的が異教徒や異民族の“浄化”であったとしても、制圧目標となる地域への付随被害は懸念すべき事柄であった。無論、死体が山と積まれた焼け野原に戦旗を建てることを渇望する狂気は常に存在し、不幸にもそれが実行されてしまった悲劇は数え切れないが、原則あるいは原理として、他のあらゆる政策・商業行為がそうであるように、莫大な物資と人員を投入して遂行される戦争には必ず……いかなる大義の下にあっても、支出を回収し、損失を補填するに足りる収益がなければならなかった。神を殺し、二度の世界大戦で己の理性を信じられなくなった我々が、それでも自滅を免れていたのは資本主義の経済原理に身を委ねていたからに他ならない。
然るに施設や土地、奴隷ないし植民地市場となりうる住民といった“資産”を利用不可能なまでに破壊する殲滅戦は後世の歴史家のみならず、本国の官僚によって虐殺と糾弾され(血に飢えた市民からの支持があれば話は別だったが)、現代においても戦略熱核兵器のような広域制圧兵器は政治の道具として使われた(結局、第二次世界大戦末期の我が国によるヒロシマとナガサキへの実験的かつ政治的な無差別核爆撃を除いて、異星人の来訪を前に全廃されるまで、半世紀以上に渡って天文学的な資金と資材を投入した各国の核戦力は――公式上――実戦には使用されなかったのだ)。
戦術級兵器であったとしても、広範囲を攻撃する武器には不文律とも言える前述の軍事原則と幾つかの制限条約が課せられていた。中でも多数の子弾を内包したクラスター爆弾は不発弾の発生率の高さについて、人道主義を標榜する者達(安全な本国で都市生活を満喫し、自国の戦争経済の恩恵を貪り喰らっている連中だ)から非難を浴び、戦術級広域制圧兵器はMOABのような単発の、確実性が高い、大型で大重量の爆弾が主流となりつつあった。
故にアイデアとしては古くからあり技術的にも可能でありながら、小型のクラスター爆弾や、ショットガンのごとく多数のグレネードを一斉発射する個人用兵装は試作品こそ作られはしたが、表立って実戦には投入されなかった。
純軍事的な理由もあった。
面制圧を望むのならば1人の兵士に重い特殊砲弾を携行させるよりも、後方の砲兵隊から砲撃の雨を降らせるか、攻撃機や戦闘ヘリによる近接航空支援を用いる方が有効だったからである。
そうして幾つもの兵科と多様な特化兵器群が、互いの機能を補い合いながら組織として有機的に集団戦を行うのが、果てしない戦いの歴史の末に我々が辿り着いた戦争形態だったのだ。
ウィンストン=チャーチルの言葉の通り、ある種の美学が戦争から失われていた。
優勝劣敗という単純かつ絶対の命題の下で、かくも我々の戦争はシステムとして完成しようとしていたのである。戦闘機のパイロットが騎士からマシンオペレーターへと変化したように、どのような戦士も、権力者も、現代戦争においてはシステムの一部……チェスの駒……ただの装置に過ぎない。
もはや戦争は我々に英雄を求めてはいなかった。組織を運営するための代替え可能なプロフェッショナルを量産し、愛国者という名の供物として捧げる限り、その国家とそこに住まう民はマルスの加護を得ることができたのである。
2017年のあの戦いで、そのような“常識”は脆くも崩れ去ってしまった。
異星体であるフォーリナーは人類に対して死を強要する以外、一切の交渉を望まなかった。宣戦布告も、戦時協定もなかった。
奴らとの戦争のルールは単純にして明快だった。
生か、死か。
ただ、それだけである。
……あれはまさに、生存競争と言うべき戦いだった。
かつての総力戦など比ではない。我々は戦うために全てを費やした。経済は純粋に戦争のための手段となり、文明や文化と呼ぶべきものの多くのものが滅び去っていった。我々が互いの生命を費やして築きあげた軍事体系も例外ではなく、開戦から数週間で多くの国家とその常備軍は機能不全に陥った。
軍事戦略および戦術について、我々は根本的な転換を迫られていた。
機動力と数的優勢で航空戦力を揉み潰したガンシップの大群によって、空爆はおろか航空支援すら望めない。巨大生物の大群に対して高価な巡航ミサイルとそれを運用する艦船や大型車輛の費用対効果は劣悪である。そして制空権の喪失が恒常化したことで、自走砲などの長距離実弾砲爆撃兵器群の大規模な運用は困難となりつつあった。
我々は……我々とEDFは諦めなかった。
数的劣勢を覆すことは不可能だったが、その上で新たな戦術を模索した結果、拠点防御と阻止線構築を重視した初期の戦術は改められ、少人数の部隊による遊撃が行われるようになった。そして、戦車並みの防御力を備えたアーマースーツと、強力なオーバーウェポン(大戦中、本土のEDF先技研によって開発されたフォーリナーテクノロジーを導入した武器であり、いつしか大戦前の“通常兵器”と区別されるようになっていた)を持った兵士による単独遊撃へと発展していったのである。
それは純粋かつ徹底的にフォーリナーを狩るために特化した戦法であり、市街も、市民も、時には負傷した味方さえも犠牲にすることを厭わなかった。
あの非情な戦法を躊躇なく実践した者たちの多くに、共通するものがあった。
故郷の喪失である。
愛する家族が殺され、想い出を育んだ生家は瓦礫と化し、先祖から受け継いだ土地さえも巨大生物の死骸に汚染された我々に、守るべきものは残されていなかった。我が身は復讐の炎を燃やすための肉と脂の塊に過ぎず、意味を考える暇があれば、我々は一匹でも多くの巨大生物を殺すために戦場へと赴いた。
我々がフォーリナーの死滅以外に望んだもの、それは力だった。地を埋め尽くして波のように迫りくる巨大生物の大群を薙ぎ払い、絶望的な対複数敵戦闘に勝利する力。
携行型拡散榴弾砲……スタンピードM1が配備された時、その広域爆撃兵器がもたらす付随被害について、戦場となる都市の保全や、またそこに取り残された難民や負傷兵の安全について、私も含めて言及する者は一人もいなかった。
前線となった都市は既に廃墟と化していたし、爆撃に巻き込まれて死ぬ者がいれば、それらは全て“戦死者”に数えられたからだ。
大戦中期、既に軍人と民間人の区別はなくなりつつあった。
15歳以下の子供、70歳以上の老人、とくに体力が劣った女性や妊婦、四肢を失った重傷者……それら銃後の労務に従事する者と、一部の例外(EDF以外で辛うじて機能していた数ヵ国の政府機関および軍上層部と幾つかの多国籍企業の構成人員)を除いて、戦える者は例外なく、たとえ病人であっても、銃を撃てる者は直接戦闘に参加しなければならなかった(この戦時体制については、ほとんどの場合、強制はなかった。巨大生物の牙が、戦意の有無に関わらず抗う術のない者から躊躇いなく命を奪うことを、誰もが目にしていたからだ)。
精密さを必要とせず、ただ広範囲に大量の爆弾を降らせられればいいというコンセプトで開発されたスタンピードと専用の多弾頭榴弾は、従来のMARSなどロケット砲撃車輛に代わる面制圧能力を発揮し、密集を好む巨大生物に対して絶大な効果を示した。複数人の射手による多方向から波状砲撃で、地形ごと奴らを“ならした”のだ。
さながら重爆撃機の絨毯爆撃を思い起こさせる、素晴らしい光景だった。
微かな着色煙を引いて降り注いだ砲弾が一斉に炸裂し、全てを粉砕した。同時多発的に発生する強烈な圧力と熱量の暴力によって、あらゆるものが引き千切られ、焼き尽くされた。地表にいた蟻型巨大生物はもちろん、壁面に張り付いて潜んでいた姑息な蜘蛛型巨大生物も建物ごと爆砕され、強靭な上位級の巨大生物でさえ全周囲からの衝撃波で体内組織を破壊され、崩れ落ちたものだ。
当初こそ誤爆の危険が指摘され、遠距離からの曲射による初期制圧に使用を制限されていたが、極東の「彼」が対ヘクトル戦で直射兵器として使用したのを皮切りに、中近距離戦でも用いられるようになった(我々から見ても、彼は異常だった。上位級ヘクトルのプラズマと熱弾の弾幕をもろともせず、ビルや瓦礫を盾にして接近しただけでも驚嘆に値するが、ほとんど直下に近い至近距離でスタンピードを放ったのは……命知らずの一言で片づけられるものではない。ヘクトルの胴体が消し飛び、残った細い両脚が倒れていくのを見向きもせず、彼は次の獲物を狩りに行ったと言われている)。
UMグレネードランチャーを転用した専用ランチャーは、精密爆撃を想定しない簡潔な構造に変更されており、また多弾頭榴弾も空中分裂ではなく発射直後に拡散するため、射手とランチャーが移動している場合、慣性の影響を受けて砲弾の軌道は変化し、射角……つまり砲弾飛翔距離の長さに比例して拡散範囲は広くなる。熟練者はこの特性を活かして爆撃範囲を感覚的に調節し、近距離戦でも確実に巨大生物の大群を切り崩していった(中には低空を匍匐飛行するガンシップに対し、網を投げるがごとくグレネードの弾幕を展開して一網打尽にしたという目撃証言も存在する)。
あの戦いの結末は、常に明確だった。
生か、死か。
我々は、生を掴むことができた。
幸運だとは思わない。我々は勝つために最善を尽くしたのだ。
だが、勝者であり愛国者である我々を待っていたのは、静寂な死の世界だった。
いつかどこかで見たあの景色を……全てが焼き焦がされ、煤と灰に汚れた荒野に沈む夕陽を、私は今でも憶えている。
もともと荒野だったのか、都市が廃墟と化したのか。それさえも分からない程に、大地はその身を数多の砲弾で抉り取られ、無数の爆撃孔によって埋め尽くされていた。月面の方が、まだ整然としていると思わせる有様だった。
爆撃孔の中や周辺には残骸が散らばっていた。黒く炭化して歪にねじ曲がったそれが巨大生物の断片なのか、兵器や建造物の名残なのか。おそらくは、人間も含まれているだろう。
悲しくはなかった。そう感じるべきだと思考する良識は残っていたが、それを受け止める筈の何かが消え去っていた。
彼ならば……真に英雄と呼ぶべき活躍を成したあの男なら、何を思うだろう。
しばらくの間、我々の部隊はその場に佇んでいた。失った何かを、あるいは答えのようなものを、沈みゆく夕陽の赤い光の中に求めて。
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- スタンピードM2
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以上をご了解いただける方のみ、ご覧ください
・・・
――女神よ、勝利の詩を歌え。我が魔笛とともに。
――魔笛よ、死の旋律を響かせよ。我と汝に仇なす者、その全てを滅せよ。
――我が怒りは汝の血潮。灼熱の裁きとなって降り注がん。
2017 A.D.
31 October
GMT 16:44
North America
肌を鋭く刺す風は死神の息吹を思わせた。
晩秋には違いなかったが、体の芯まで冷気が浸み込んでくる。目の前の光景が、そう感じさせるのだろうか。小さな丘に過ぎなかったが、遮るものは何もなく、全てを見渡すことができた。
「酷いもんだな」
すぐ隣で、朽ちた石レンガの壁に背を預けて座っている男が無表情に呟く。沈黙で応えながら、もう一度、わたしは“世界”を見渡した。
腐った臓腑のごとく黒く濁った暗雲の下、巨大な死が横たわっている。
300万近い人々の生活の場であった大都市の姿は既に無い。粉々に砕かれ、焼け焦げた大小の残骸や瓦礫が、無数の墓標となって大地を埋め尽くしている。
地下に貯蔵された燃料が燃えているのだろうか、シカゴ陥落から1カ月近く経とうとしているのに、未だにそこかしこで火災が起こっていた。強風にあおられて激しく揺れる炎の群は、踊り狂う地獄の悪鬼を連想させる。彼らが昇らせる黒煙と暗雲が入り混り、地平線は定かではない。
かつてここに存在した街で盛大に新年が祝われたのが、ほんの11ヶ月ほど前であったと、誰が信じられるだろう。戦前の日々はあまりにも遠い。
この街、この国だけではない。
地球という星そのものが、変わり果てていた。
先日、飛翔体型軍事衛星(我々に残された唯一の広域情報収集手段だ)から送られてきた映像は、戦慄すべきものだった。
戦災によって南米の熱帯雨林をはじめとする深緑の大地は半ば消え失せ、各地の海上油田施設から流出した重油によって海は……あの生命の神秘を讃えた紺碧の彩りを失いつつあった。かつて人類の痕跡を示していた都市の光は炎と黒煙に代わり、残り少ない光はか弱く、それさえも時折輝く禍々しい白光によって掻き消されていく(ユーラシアを西進するマザーシップ……あの悪魔の巨砲ジェノサイドキャノンによって、多くの国家が、民族が、滅びつつある。欧州も、そう長くはもたないだろう)。
燻ぶる炭の塊のような惑星を、宝石に譬えることはできない。
世界は、もう……。
「守るものなんて、なくなっちまったな」
応える代わりに、顔を向けて横顔を見詰めた。男も視線で応じる。
問いはしない。失ってしまったものはあまりにも多く、悲憤の涙も枯れ果てて久しい。
互いにそれを知っている筈なのに、わたしは口を開いてしまう。
「そんなことはない」
「……」
男は答えない。じっとわたしを見詰める青い瞳は、何も映していないように見える。何の感情も読み取れない。
でも。
「あなたが、まだ生きている」
無表情だった横顔に、その眉間に深い皺が刻まれた。
「よしてくれ……」
きつく瞼を閉じ、搾り出すように紡がれた拒絶の言葉。それを哀しいと思うと同時に、目の前にいる深く傷ついた男を愛しいと……優しさを与えたいと感じるのは、彼の心情を量るに足りる事実を知っているからだろうか。それとも、単にわたしが女だからだろうか。
「ごめんなさい」
目を伏せ、己が胸に抱く武器を見る。
スタンピードM2。
あらゆるものに死の制裁を下す、漆黒の魔笛。わたしの半身。
――府抜けるな。
いつものように、魔笛が語り始める。
――お前は何のために、ここにいる。
雄々しい声が、脳髄を震わせる。
――責務を果たせ。
もう一人の自分……家族を失ったあの日、復讐のために誓った決意は、わたしの軟弱を決して赦しはしない。あの時に味わった身を裂くような悲しみと後悔、そして自分自身への怒り。軟肌に焼き鏝(ごて)を当てるがごとく、全ては戒めの刻印として心に強く刻み込まれている。
冷たい銃身を抱き締め、火薬の匂いを嗅ぐ。そうだ。責務を果たさなければ。
「時間だ」
「……了解」
アーマースーツを待機モードからアクティブへ。バイザーの裏側にある装置から網膜に光が投影される。システムチェック。視界を電子情報が埋め尽くす。レーダーサークル、アーマー耐久値、兵装……全て異常なし。
「無線封鎖を解除する。レンジャー2-4からHQ(司令部)、作戦開始まで60秒」
『――こちらHQ。オペレーションカウントダウン最終同期を確認。作戦に変更はない』
「了解した。作戦に変更なし。オーバー」
『レンジャー2-4、幸運を』
「……ああ、お互いにな」
最後となる通信は、それだけだった。
男は武器を構える。AF20ST。少数のみが配備された希少な高威力の重アサルトライフル。
「打ち合わせ通りだ。援護を頼む」
「わかってる」
残り30秒。
男は立ち上がる。わたしも腰を浮かし、戦場に体を向け、片膝を着く。
――不意に、彼がわたしの名を呼んだ。
見上げたわたしは、自分でも気の抜けた顔をさらしているのがわかった。初めてファーストネームを呼ばれたことも驚きだったが……人の感情というものは、こうも声に顕れるものなのだろうか。
「短い付き合いだったが……」
一つの確信が意識を占めていた。
「随分と助けられた」
わたしは死ぬまでこの光景を――彼の表情を忘れることはできないだろう。
「……ありがとう」
言葉を、返すことができなかった。
緩んでいた唇を噛み締め、女々しい台詞を呑み込むので精一杯だった。
時計の針は止まらない。
作戦が始まり、彼は駆け出した。
欧州の陥落を見越し、北米決戦に備えて北アメリカ大陸の全戦力を東海岸に集結させる……そのために仕組まれた陽動。陥落して放棄された都市を攻撃し、可能な限り戦うという作戦と呼ぶの憚られるミッション。
決行の日に因んでハロウィン・ウォークと名づけられたそれは、EDF単独で行われる。米陸軍の残存部隊を中核として新たに編成されるアメリカ本土防衛軍を温存するためだと言われているが、理由は定かではないし、興味はなかった。断る理由がなかったからだと言われても、納得しただろう。フォーリナーと戦うのはEDFの使命であり、また望みでもあったからだ。少なくとも、わたしと彼にとっては。
このロジックに他の感情が入る余地は一切なかった筈だ。そうであればこそ、わたしと彼は戦ってこられたのだから。
なのに、なぜ、今になって……。
丘を下りて遠ざかる背中を見詰めながら思う。
ファーストコンタクトのあの日、彼は妻子を目の前で喰い殺されたという。わたしの家族のようにヘクトルの砲撃で“消えた”のとは訳が違う。人を愛した経験のある者なら、わかるだろう。愛おしい者が傷つけられることは、何よりも耐え難い。ましてやそれが……。
「だから、わたしはあなたを……」
スタンピードM2に、多弾頭炸裂榴弾を装填する。
「復讐さえ、慰みにならないのに」
セーフティーを解除。
「それでも生きようとするあなたが……」
アラート。
レーダーサークルに赤い光点が生じ、まるで大地が血を噴き出すかのように、瞬く間に溢れ返っていく。禍々しい巨大な影が無数に蠢き、暗闇に沈む廃墟全体が波打つように揺らぎ始める。警告が鳴りやまない。第2世代アーマースーツに搭載されている戦術戦闘支援コンピューターが慄いている。
――獲物がいるぞ。
魔笛の囁きは、微かな苛立ちを感じさせた。
――あの男を死なせたくないなら、勝てばいい。
わたしの心を見抜き、半ば軽蔑しているようだった。
――悩む必要はない。今までと同じだ。
銃を、構える。
――殺される前に、殺し尽せ。
戦場を見据え、同時にレーダーで状況を把握する。巨大生物は市街地跡地全域渡って展開していたが、急速に迎撃態勢を整えつつある。フォーリナーも向かってくる人間が規格外の兵装を有する決戦兵器だと理解しているのだろう。赤蟻が中央に集合しながら正面突撃を開始し、逆に左右両側へ散開する黒蟻が包囲網を形成しつつ強酸液の投射範囲を二重三重に合わせて濃密なキルゾーンを構築していく。さらに蜘蛛が大跳躍で彼の背後へ周り、退路を防ごうとしていた。
――馬鹿な奴らだ。
不敵な嘲笑を漏らしたのは魔笛か、それともわたしの唇だろうか。
――我と汝に仇なす者、その全てを滅せよ。
些細な疑問は消え去り、思考は発射後25発に拡散する致死性兵器の軌道予測と殺傷効率の計算に費やされた。
何も悩むことはない筈だ。
わたしが敵を皆殺しにすれば、彼は死ななくて済むのだ。
もはや意識に隔たりはない。漆黒の銃身とわたしの肉体との間に、境界はない。
――我が怒りは汝の血潮。
「灼熱の裁きとなって、降り注がん」
・・・
知覚野の内、有形素子によって構築中の新規領域は、第5京7231兆1032億821万4621期行動を開始してから1572万4千8百秒を経ても未だ完成していない。
阻害因子群である炭素系有機体の個体数は最盛期に比べて大幅に減少しており、それらの集合意識すなわち文明の主体となる原始的な光電子知性網は物理的に排除した。この星に存在した第3段階級の疑似文明は既に崩壊している。対する我も幾つかの素子基幹体を失ってはいたが、有形素子の増殖率は安定して推移しており、彼我の優勢は揺るぎなく、知覚野の拡大に何ら障害は認められない。
それにも関わらず、有形素子の損耗率が低下しない。
標準時間単位で過去3153京6千億秒間の情報を参照したが、今期行動において遭遇した阻害因子群には何ら特質性は認められない。
それにも関わらず、時空事象推移曲線は修正を余儀なくされている。
――何故ダ。
阻害因子群は第3段階級の疑似知性体である有機系機能体の集合体に過ぎない。
単細胞の有機系機能体が、より複雑高度な多細胞のそれを発生させるための土壌であるように、疑似知性体である有機系機能体など、惑星圏生態系の発生と発展の過程においては光電子知性体を生み出すための因子に過ぎない。塵に等しい存在だ。
第48段階級以上の知性体でなければ、我の脅威にはなり得ない。この絶対の事実が、塵のごとく矮小な存在によって歪められる。
――何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ。
今も知覚野の末端……拡大行動中の有形素子が物理干渉を受け、破壊されている。有形素子が一体、また一体と破壊される度に、極小ではあるが、負荷が生じる。
我を、ひいては秩序と知性の守護者である我ら救済者の行動を、この取るに足りない惑星にこびりついた塵が妨げている。正義に反する、許されないことだ。宇宙の摂理に委ねるまでもない。塵は、光と熱によって浄化されなければならない。
――死滅セヨ。
阻害因子群の集合拠点を焼き払う作業も、間もなく終了する。残る地域は3箇所。先ほどから行動が活発化した場所も含まれている。259万2千秒後には到達し、事態を改善できるだろう。それまでの有形素子の損耗は受け入れなければならない。
しかし、徒に事態を看過すべきではない。
・・・
後方から放物線を描いて飛来したグレネードの雨が目前に降り注ぎ、前方に迫りつつあった赤蟻の一群が爆炎に包まれた。
正面から打ち寄せた爆音は質量をともなっているかのように重く、アーマースーツを着ていても全身を震わせた。それに混じって、一瞬で粉砕された数十体の赤蟻の断末魔が不協和音となって響き渡る。続いて朦々と広がる黒煙の中から脚やら触覚やら、大小の破片が飛んで来たが、走る速度は緩めない。
風に流れ始めた黒煙に飛び込む寸前、一匹の赤蟻が姿を現した。頭部が半分欠落しており、残った片方の牙を忙しなく動かしている。既に構えていたAF20STの引き金を短く絞り、離す。強装弾が命中した赤蟻の胸部は弾けるように四散し、余波で頭部と腹部も引き裂かれた。続いて現れた4体の赤蟻も同じ運命を辿る。弾倉交換。
黒煙を抜けると同時に、再び爆音が轟く。赤蟻の壊滅によって急ぎ中央へ集合しつつあった黒蟻へ向け、彼女が丘の上からスタンピードM2を撃ち込んだのだ。黒蟻の動きをほぼ完璧に予測した砲撃は正確を極めていた。囮である自分と黒蟻との相対距離を計り、黒蟻が酸の投射姿勢を取るために停止する位置へ向けて撃ち込んでいる。見事に成功し、黒蟻の群は腹部を振り上げたところで背後から強烈な爆発にさらされ、地面に叩きつけられて押し潰され、焼き尽くされた。
今度は自分の番だ。踵を返し、爆撃を逃れた黒蟻を狙い撃つ。AF20STなら、どこに当っても変わりはなかった。頭部を撃ち砕かれた黒蟻はあり余る被弾反動によって縦方向に回転しながら吹き飛ばされ、土煙をあげながら大地を転がった。胸部や腹部を撃たれたものは赤い体液を撒き散らし、その場で大小の破片へと姿を変える。戦前のライフルでは撃ち貫くことの叶わない強靭な甲殻皮を有した化物が、まるで液体の詰まった風船を撃ったかのような錯覚を憶えるほど、あっけなく四散していく。
それだけの威力を有した強装弾を毎秒4発で発射可能な重アサルトライフルの銃身は加熱し、陽炎を立ち昇らせている。弾倉を交換する際に5秒間、冷却装置が最大出力で稼働し、内部で数百度に達している反動吸収用の緩衝装置を冷やすが、既に銃機構全体に負荷が蓄積し始めている。本来なら、もう射撃を控えてサイドウェポンで戦っていたことだろう。そして帰還後、摩耗劣化した部品の交換を含む念入りな分解清掃を……。
今回は違う。
今日は、愛銃に最後まで付き合ってもらう。銃身が加熱し、緩衝装置が焼け爛れるまで撃ち続ける。そのために弾薬も、自身の継続戦闘力を越える分を持ってきた。
そういう作戦なのだ。
陽動とは名ばかりの捨て駒。終わりなき舞踏。エンドレスワルツ。
悔いはなかった。ハロウィン・ウォークなどというふざけた作戦名も気にならない。相棒にも、別れは済ませた。
彼女へ向かおうとしていた蜘蛛へ弾丸を撃ち込みながら、俺は過去を振り返っていた。戦いの最中にあって危険なことだと分かっていたが、銃を撃っている時ほど心が落ち着く性分だからか、治らない癖だ。
彼女と出会ったのは、軍からの出向という形でEDF北米方面軍に編入してから数週間後のことだった。
北極圏経由で北米大陸に侵入した空母型円盤の大群は、カナダ軍の迎撃虚しく合衆国に到達。当時、東部戦線の後方として多数の避難民の退避先となっていたアメリカ中部に大量のヘクトルを投下した。折しもニューヨークやロスアンジェルスを中心とした東西の攻防戦が激化し、EDFも米軍も東西戦線の重要拠点に戦力を集中配備していたために対応が遅れた。治安維持のために残された僅かな州兵(兵士とは名ばかりの、未成年者と退役した老人で構成された警備隊だった)でヘクトルに立ち向かうのは不可能だった。
白銀の巨人の威容を前に多くの州兵は遁走し、立ち向かった勇敢な愛国者は無残な戦死を遂げた。
そして、虐殺が始まった。
マンハンターの異名に違わず、ヘクトルは執拗に民間人を襲った。街を隅々まで闊歩し、住宅を一軒一軒踏み潰し、地下室の入口に銃口を突き刺して……どれも徹底的かつ残忍な殺し方だった。まるで拳銃で虫を撃つかのように、あの巨大なプラズマキャノンで人間を撃つなど……。
彼女の家族も、そうして殺された。地上設置型の仮設シェルター(剥き出しではなく、横倒しにした円柱形のシェルターに土砂を被せたものだ)をヘクトルは見逃さず、強引にシェルターを蹴り飛ばした。被せていた土砂が飛び散り、シェルターはパイプのごとく百メートル以上を転がった。その時点で彼女の父親は首の骨を折って亡くなり、衝撃で外れた扉から宙に放り出された母親は地面に叩きつけられて絶命した。
彼女はそれを見ていた。
避難警報が発令される中、危険を冒して父の薬を取りに家に戻っていた彼女は、帰る途中で攻撃に遭い、地面に穿たれたクレーターの中に隠れた。都市火災によって黒い雨が降り、爆発で撒き上がった土砂が泥となって彼女の全身を覆った。さらに彼女の隠れたクレーターの近くで乗用車が激しく炎上しており、他にも様々な偶然が重なって、彼女はヘクトルに発見されるのを免れた。巨大生物が随伴していなかったのも幸運の一つだろう。
戦闘後の遺体回収作業(伝染病の発生を防ぐためであったが、火葬に必要な燃料は既に枯渇しており、多くの場合、遺体はその場で消毒液をかけられ、とくに穴の深いクレーターを仮設共同墓地として埋葬された)の最中に発見された時、彼女の精神は崩壊していた。
半死半生の被災者を軍病院で投薬と催眠療法で強引に治療したのは、単純に人手を必要としていたからだった。ステイツは建国以来最大の壊滅的打撃を被っており、EDF北米方面軍の被害も甚大なものだった。施設や兵器は再建できるが、人間はそうはいかない。若い女性であっても、五体満足な者は戦闘要員として徴兵の対象となった(巨大生物の生体工学を導入することで優れた筋力補強機能を実現した第2世代アーマースーツなど、皮肉にもフォーリナーテクノロジーの導入によって急速に発達した戦争技術が、彼女たちの助けとなった)。
彼女は凄惨な殺戮の光景を、その記憶を、治療によって別のものに置き換えられた。ヘクトルの砲撃で家族がシェルターごと消滅したというものに。
治療を担当した軍医は、戦場で彼女とパートナーを組むことになる自分を呼び出し、彼女が実際に体験したことを伝えた後で、シルバーフレームのメガネをかけ直して無表情に言ったものだ。
『彼女には、君は目の前で妻と子供を巨大生物に喰われたと話してある』
『自分に妻子はいません。なぜ、そんな嘘を』
『より不幸な境遇の者を、彼女の傍に置きたいからだ。わかるだろう』
『わかりません。いえ、わかりたくもない。卑しい発想だ。それなら彼女の記憶を完全に作りかえればいい。家族を行方不明ということにすれば……』
『ありもしない希望を与えろというのか。それも残酷だな。彼女が家族を殺されたのは事実だし、その方が戦いの動機付けとしては信頼できる』
『先ほどのお話だと、そのために心理操作を施したらしいですね。戦闘意識を具象化し、人格として植え付けるなどと……彼女を分裂症にする気ですか』
『いいかね、我々は戦争をしているんだ。それに、君は孤児だそうじゃないか』
『何の関係が……』
『心理操作するまでもなく、憐憫の情から彼女は君を愛するだろう。そういう女性だ。君が死ねば悲しむようになる。彼女を悲しませるような戦い方はするなよ』
『……俺が、死に急いでいるとでも言いたいのか』
『これでも医者なものでね』
『上等だ。だがドクター、俺は彼女を愛さないし、彼女も俺を愛しはしないぞ。人の心を、そんな風に操れると思ったら大間違いだ』
軍医は何も答えず、溜息を吐いた。その冷たいレンズの奥の、野良犬を哀れむような目を見るのが嫌で退室した。孤児として育つ中で、飽きるほど目にした目付きだった。
俺は彼女を決して愛すまいと心に誓ったが、彼女に同情を禁じ得なかったのも事実だ。
なにも女が戦場に出ることはないのだ。女性兵士が歴史的には珍しくないと分かっていても、己の考えが男の勝手な幻想だとしても、許容できるものではなかった。
東洋人の血が混じっているのか、年齢よりも幼く見える彼女がEDFのド派手なアーマースーツを着て現れた時など(周りの男どもは腹の底から歓声をあげ、口笛を吹いたが)、眩暈がしたものだ。
戦友や相棒と呼ぶにはあまりにも華奢で、控えめに言っても可憐な面持ちの少女が、機械の力を借りて銃を担ぎ、化物と血みどろの戦いを繰り広げるなど……性質の悪い、あまりにもグロテクスな現実だ。そうまでしなければ戦いに勝てないという罪悪感にも似た現実認識だけが重く、胃を圧した。
本来は丸刈りにすべき彼女の頭髪を、俺は故意に留めさせた。もともと長くなかったので衛生的に問題はなく、その容姿から陸戦兵など向いていないと鏡を見る度に感じ、いつかは自覚するだろうと…………まったく、自分の考えも大概に甘かったと今では思う。
俺と周囲の予測に反して、彼女は兵士として急速に成長した。とくにグレネードランチャーの扱いに高い適正を示した。厳密な数学と緻密な観測に基づいて行われる曲射砲撃を、彼女は感覚的にやってのけた。じかに軌道を操っているのではないかと思う程に。
周囲は彼女を天才と呼んだ。確かに彼女には才能があった。だがどのような素質も、鍛練を施さなければ開花しない。基礎や練習といったものを疎かにした才能は無為に消費され、最後には霧散してしまう。
彼女は違った。自身の素質を一心不乱に磨いたのだ。強迫観念的な戦闘意識を植え付けられ、改竄された記憶と偽りの想いに支えられて……。
彼女は自分よりも悲惨な体験をした“らしい”男に同情し、無垢なまでに信じた。それだけなら、まだいい。己の不満を他人の不幸で紛らわすような低俗な魂の持ち主なら、俺も悩んだりはしない。
問題はドクターの言った通り、彼女が俺を慈しんだことだ。言葉がなくとも、態度と行動が全てを物語っていた。俺もそこまで鈍感ではない。
彼女の愛情は、優越感を得るための欺瞞的な優しさではなかった。その類の嘘なら、反吐が出るほど味わっている。
無償の愛なんて信じてはいなかった。
他人など信用するに値しない。
信じられるのは、自らの力で勝ち取ったものだけ……社会的権力あるいは暴力で支配した相手の服従の声だけだった。
二十数年間の月日を費やして得たそれらの経験則が、怯えた獣の呻きであったことに気付かされた。
なぜ、俺のような男が彼女から愛されるのか。あの軍医の顔を思い出す度に、俺は彼女に対する罪悪感に苛まれた。孤児院で歳老いたシスターに反抗していたことを思い出した時のような、何とも言い難い痛みが胸を突いた。
彼女は、俺には身に余る。
言うべき言葉は分かっていた。
――俺は、君の慰みになるために用意された虚像に過ぎない。
言える訳がなかった。
どうして、彼女の生き甲斐を奪うことができるだろうか。
あの無垢な瞳を、信頼を……たとえ欺瞞の上に成り立ったものであっても、壊すことはできない。彼女が泣く姿を、俺は見たくはない。
俺は、彼女を愛してしまっていた。
・・・
さすがと言うべきか、彼の射撃は正確だった。わたしの砲爆撃から漏れた巨大生物を摘み取るように撃ち殺していく。迎撃に出てきた巨大生物の群はほぼ一掃された。初戦で突撃役の赤蟻が壊滅した後、奴らが黒蟻をその代りに回した時点で勝敗は決していたのだ。蜘蛛をわたしに差し向けるのも遅かった。
この感じは悪くない。いい流れ……戦いに勝つ時の流れだ。弾薬の消費量と比較したキルレートも高い。
帰れるかもしれない。
彼と生きて帰れるかもしれない。
脳裏を過ぎたその考えに、胸の奥が震えるのがわかった。
そうだ。わたしは、彼と生きて帰りたい。生きて帰って……そして、伝えたい。あなたに死んでほしくないと。
あなたが生きているだけで、わたしは嬉しいと。
そのために、戦っているのだと。
「……声が」
手に持つ銃を見詰める。
魔笛の声が、聞こえなくなっていた。
それが呪縛からの解放であるという確信は、しかし胸を占めることはできなかった。
代わりに胸の底から湧き起こってきたのは、恐怖だった。それは黒い水となって心を埋め、わたしを守っていた何かを押し流してしまった。一気に気温が下がったような悪寒が背筋を走り、わたしは銃を…………己が半身であった筈のスタンピードM2が、まるで逃れるかのように手から滑り落ちた。
世界から光と音が失われていく。
深い暗闇に裸で放り出されたような孤独感が身を包む。
「わたし、わたし……どうして」
混沌と化した思考の海に浮上するものがあった。
――白い薬。病室。泥。シェルター。雨。
断片的なそれらの言葉は互いに反復し合い、語感がイメージを呼び起こし、糸が絡みつくかのように一つの記憶を形作っていく。
『君は夢を見た。悪い夢を』
悪い夢……悪夢。
『彼は君の悪夢を知っている』
彼って、だれ。
『彼は君を愛する。君の悪夢を含めて』
なぜ。
『君の悪夢は彼の悪夢となる』
いやだ。ひどいことはしたくない。
『酷くはない。君は彼の嘘を赦すのだから』
うそを?
『嘘であって嘘ではない』
わからない。
『彼は自分の悪夢を知らない』
かわいそう。
『嘘は悪夢に形を与え、彼は己の悪夢を知る』
わたしも、かれも。
『人は誰もが地獄を抱えて生きている。だから支え合う』
わたしと、かれが。
『誰かと支え合えば、悪夢から解放される、君も、彼も』
そう。
『嘘を赦してほしい』
いいわ。
「わたし…………お父さん、お母さん……そうだったんだ」
――オ前モ死滅セヨ。
悪魔が嗤う。
大音量の警報が耳を劈いた。レーダーサークルに赤い光点が1つ、サークルの中心部で凶星のごとく輝いている。
わたしは振り返り、そして仰ぎ見る。
西の地平から差し込む赤い光を背後から浴びて、巨大な影がそびえ立っていた。
・・・
目標地域の有形素子の分布と配備は完全ではなかった。
1体であっても異相概念措置によって非事象体化した制圧抗体の情報量は膨大であり、1億足らずの有形素子では演算能力に限界があったが、制圧抗体を基幹現実に実体化させることには成功した。
目標となる阻害因子2体は高い物理干渉能力を有しており、制圧抗体1体では彼我優劣は決定的ではない。続いて飛翔抗体を送り込むことも可能だが、得策ではないと判断する。
同地域における阻害因子群の大規模行動を、必要以上に妨げる必要はない。塵が1箇所に集中していれば、それだけ排除にかかる時間を短縮できる。調整で充分である。
――死滅セヨ。
塵は塵へ還らなければならない。
それは塵の塵たる必然であり、また救済でもある。
消滅こそ、原始の存在へ回帰する唯一の手段なのだ。
・・・
突然のことに我が目を疑った。
ヘクトルが現れたのだ。何の前触れもなく。丘の上の、彼女に背後に。
俺は大声で彼女の名を叫び、銃を構えた。AF20STの対フォーリナー殺傷有効距離は最大で400メートル。何とか射程範囲内だが、現れたヘクトルの脅威度は不明、万が一INF級だった場合、その装甲性能は――。
ヘクトルが、右腕のビームブラスターを直下に向ける。
「やめろ!」
考える余地などない。全身全霊を指先に込め、トリガーを引き搾る。銃身の奥深くで高性能炸薬が燃焼し、5.56ミリ特殊強装“対物”ライフル弾を撃ち出した。
甲高い金属音が二度響き渡り、胸に被弾したヘクトルの巨体が大きく後退さる。
連射で右腕のビームブラスターを狙う。3射のうち、2射がエネルギーの収束照射装置である先端部分に命中。グラスのように先細った形状の照射装置が砕け散った。
俺は弾倉を交換しながら、もう一度、彼女の名を呼んだ。
遠目にも、彼女が平常でないことはわかった。武器を手放して膝を着いて座り込み、両手で自らの体を抱いている。まるでバラバラになりそうな己を繋ぎ止めるかのように。
祈るように佇む彼女の頭上で、白銀の魔人が左腕を突き出した。巨大な円柱としか形容のしようがない無骨極まる熱粒子砲が、その暗い砲口の内部で紫電を瞬かせ、青白く輝く原子炎を蓄え始める。
「懲りない奴だな」
悪態が通じたのではないだろうが、ヘクトルの胸部上面装甲が開いた。内部から頭部構造体が迫り出し、歪なまでに巨大な単眼に赤い光を灯す。
――塵へ還レ。
極度の緊張が踏み出した幻聴かもしれないが、確かに、その声を聞いた。
恐怖は、理解の対局にあるものだと考えていた。理解できないから、恐れるのだろうと。無知が自らの中で怖れを生むのだろうと。
違う。
恐れるべきものは、理解しようとも、恐れるべきものなのだ。
奴らは血に飢えて狂った化物ではない。人類とは異なる進化、異なる知性、異なる世界を有する純粋なまでの“異物”なのだ。一片の迷いなく、人類に対する無慈悲な殺戮の必要性について、絶対の確信を抱いている。
どちらかが絶滅しない限り、戦いは終わらない。
「――上等だッ!」
銃身および緩衝装置、強制冷却完了。
プラズマキャノンの砲口、その外縁部の下に狙いを定めた。
数十分の一秒が引き伸ばされる。
『彼女を悲しませるような戦い方はするなよ』
「俺は……!」
AF20STの銃口が焔の咆哮をあげる。
解き放たれた牙がプラズマキャノンの砲身を捉えると同時に、熱粒子の濁流が放たれた。
・・・
魂は、人の意識は、何処に在るのだろう。
脳という器官の化学反応、そうして発現する事象を意識と呼ぶのなら、それは夢幻(ゆめもぼろし)に等しいものではないのだろうか。
心は、胸の奥で痛むこの想いも、幻影に過ぎないのだろうか。
「……違う」
この痛みは、心は、偽りではない。
唇が、その名を紡ぐ。彼の名を。
己が身を縛めていた腕を解き、顔をあげる。
破壊され、多くのものを奪われた世界に、求める人はいた。
「わたしは……彼といたい」
世界に彩りが、大気に音が戻る。
直後、頭上から全てを圧するような爆音が降り注いだ。戦場で聞き慣れた、プラズマキャノンの砲撃音。そびえ立つ白銀の悪魔が誰を狙っているのか明らかだ。
「やめて!」
大気を焦がして突き進む原子炎の塊を目で追った。
光の束が大地に着弾した瞬間、電磁収束によって辛うじて安定していた膨大な熱エネルギーが解放され、急激に膨張する。
ゴリアスロケット弾の炸裂に等しい爆発は、しかし人影を呑み込むことはなかった。
寸前で着弾した弾丸がプラズマキャンの狙いを外していたことは、続く4発の銃撃によってヘクトルの巨体が揺らぐことで分かった。
ヘクトルが再び、プラズマキャノンを掲げる。
「させない……!」
手は既にスタンピードM2を握っていた。
数万匹の蜂が唸るがごとく、プラズマキャノンのチャージング音が高まっていく。
多弾頭炸裂榴弾を装填。両手で、頭上へと掲げる。
ヘクトルが僅かに巨体をずらし、わたしを見下ろした。赤い光をたたえた無機質な機械の眼が、意外な物を見つけたかのように鈍く明滅する。
遠くに、やめろと叫ぶ彼の声を聞いた。
確かに至近距離では危険だが、全ての榴弾をヘクトル上半身に集中させられれば……。
「大丈夫……」
もう、魔笛の声がなくても、わたしは戦える。
ヘクトルが慌てたようにプラズマキャノンを降ろし、足下を狙おうとした。
「遅いのよ」
スタンピードM2の砲口から太く大きい特殊榴弾が飛び出す。瞬く間に弾頭部が開放され、25発のグレネードは宙に舞ったのも束の間、ヘクトルの上半身に殺到した。咄嗟に頭部を収納しようとした装甲の隙間にも、数発のグレネードが飛び込む。
接触信管、起爆。
ヘクトルの上半身が爆炎に包まれ、そして胸部が内部から砕け散った。
・・・
俺は走った。何度も、彼女の名を叫びながら。
雨が降り始めていた。
煤と灰の混じった、黒く汚れた雨だ。
ぬかるむ地面に足を取られる。酷使する余り熱で銃身の変形したAF20STが水たまりに落ち、水蒸気をあげた。
形振りかまわず、転びそうになりながら、丘の頂上を目指す。
――会って、何を言うべきかなんてわからない。
上半身を失ったヘクトルの両脚が、ゆっくりと左右に分かれて倒れる。
――真実を話すべきなのかどうかも、まだ決めかねている。
機械脚を構成していた無数の駆動ユニットが外れ、丘を転がり落ちていく。
――ただ、生きていてほしい。
世界は雨音で満たされていた。
今、丘を登り切る。
「まったく……」
その場に座り込んで胡坐をかくと、上がった息を整える間も惜しんで言葉を搾り出した。
「無茶を、しないでくれ」
「ごめんなさい」
脱いだヘルメットを傍らに置きながら、彼女が微笑む。
遥か西方で雲の切れ目に夕日が垣間見え、紅の光が淡く、互いの瞳を照らした。
「言わなければ、ならないことがある」
「いくつ?」
「ふ、二つだ」
悪戯っぽい笑みに面食らい、噛んでしまう。
「一つはわかってるから、もう一つを教えて」
その言葉は俺を混乱させるのに充分だったが、見つめ合っていると、おおよその察しはついた。俺もそこまで鈍感ではない。
「そっちも、言いたいことがあるんじゃないのか?」
「まぁね」
どうやら、腰を据えて話をする必要がありそうだ。
「しかし、帰ってからになりそうだな」
このまま雨に濡れるのも悪くないが、レーダーサークルにちらほらと赤い光点が現れ始めている。第二波の到来らしい。
「わたしのを使って」
ヘルメットを被りなおした彼女が、サブウェポンのスナイパーライフルを差し出す。
「MMF100か……」
ST使いとして主義に反するが、生きて帰るためには仕方がない。
そうだ。この非情な作戦も、捨て駒になれと明言された訳ではないのだ。
「まだ、守りたいものがあるからな」
「わたしも」
俺たちは立ち上がる。戦い、そして生き残るために。
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[目次][総目録]
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- スタンピードXM
巨大生物との戦いと、従来の人類間戦争との違いは、極言すれば戦況を制御できないという点に尽きる。奴らには季節も天候も、ラマダンもクリスマスも、昼夜さえ関係なく、教会も病院も学校も、文化財も区別せず、軍属と民間人で扱いが異なることもない。
すなわち火山や地震などの自然災害に等しいのだ。故に巨大生物との戦いの場となった都市に対する付随被害の抑制は、各国政府はもちろん、EDFも断念せざるを得なかった。
少なくても数百体、多ければ数万体の群で行動する巨大生物に対して、高価な精密誘導兵器の威力などタカが知れていた。
核兵器全廃を心の底から後悔した軍人は、私だけではない筈だ。そうだろう?
あの大戦に比べれば、それまで人類が行ってきた戦争など児戯に等しかった。ナチやコミュニスト、我々白色人種の蛮行でさえ、奴らの微塵の容赦もない徹底的な破壊の前には可愛らしいものだった。
残忍なチャイニーズでさえ、黒蟻や蜘蛛の悪食さを目の当たりにして黄色い顔を青くしていた程だ。衛星から見た北京の惨状は酷いものだった。まぁ、中国の人口が10分の1以下に激減していたのは大戦後の食糧難を考えれば……。
話を戻そう。
とにかく、奴らとの戦いには道理も糞もなかった。
我々が……私が欲していたのは、奴らを地獄に叩き込むための圧倒的な火力だけだった。そのためなら悪魔と取引してもいいと思った程だ。
……確かにそうだ。そういう意味で、スタンピードXMは実にいい武器だったと言える。
ビルに難民が隠れていようが、瓦礫の下に子供が埋まっていようが、グレネード30発を一斉に撒き散らして圧倒的かつ徹底的な面制圧が可能だった。たった一人の兵士で、だ。ケチなクラスター爆弾ではない。高威力の爆裂焼夷榴弾が30発。手慣れていれば1分間で300発。弾薬があれば10分で3000発だ。
難民キャンプや小さな町なら、瞬く間に一掃できた。
誰が何と言おうと、巨大生物の殲滅にはあれが最も確実だったのだ。焦土戦術が。
もちろん法廷でも同じことを言うつもりだ。
良心の呵責はない。そもそも私の判断と行動について正邪を問うのは無意味だ。必要があったから、力を行使した。それ以上でも、それ以下でもない。その結果が絞首刑なら、甘んじて受けよう。
私を批判し、私に後悔の念を抱かせることができるのは、一人だけだ。
ストーム1。
彼なら私よりも上手く、よりスマートに奴らを殺し尽くしただろう。
彼こそが英雄だ。彼だけが……。
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[目次][総目録]
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- スプラッシュグレネード(CvmaT72wBUさん原案・トウフウドン加筆)
スタンピードM1によって実現された携帯兵装による多数のグレネードの拡散投射……その面制圧の有効性は、少人数の精鋭部隊による遊撃戦をさらに特化させ、強靭なアーマースーツと強力な武器を備えた精鋭兵士1人による完全な単独戦闘(SAC:Stand-Alone-Combat)を確立させた(実際のところは人員の払底や生産力の疲弊によってEDFも組織力が日増しに低下し、そうせざるを得ない状況であった)。
武器の高威力化が単独対複数の極限戦闘を強引に成立させ、そのような状況が兵器開発にさらなる破壊力の増大を促すという流れの中で、スタンピードM1の後継機開発において2つの案が示された
一方は純粋にグレネードの火力と同時投射数を増大させ、面制圧の範囲を拡大するという正統な案であり、もう一方は火力と弾数の増大はもちろん、グレネードそのものに“二次的な拡散要素”を付加するというものであった。
「砲弾が落ちた後さらに跳ね飛べば、爆撃範囲は一気に広がるだろう」
「うまくいけば、グレネードの射程距離を2倍、3倍にできるかもしれない」
単なる思い付きと言うべき某支部司令官の発案は、EDF先技研の開発班……人類への忠誠心に匹敵(あるいは凌駕)する程の好奇心を持つ者達に、興味を抱かせてしまった。
当時の記録を参照するに、おそらくは水切りの原理を応用した反跳爆弾のようなものを“イメージ”したと考えられ、グレネードの外殻にはバウンド素材が採用された。
いわゆるバウンドグレネードがその無秩序な運動性によって極めて扱いにくいということは、既に同型のハンド・グレネードによって確認されていたが、ランチャーからの投射する際にグレネードに回転を加えることで、落着後の跳躍ベクトルの制御は可能であると考えられたのである。
開発決定から十数時間という、急ごしらえと言うのも憚られる異常な早さ(大戦中期に稼働し始めたEDF北米総司令部地下基地の大規模工廠施設は、正確な設計データと適切な材料さえあれば、あらゆる兵器の生産が可能だった。もっとも物資と生産力の大部分は移動司令船X3の要塞化に注がれており、通常兵器の生産スケジュールは一度として安定しなかった)で試作品が完成し、試射実験が行われた。
テストシューターを務めた陸戦兵は「嫌な予感がする」と実験前に同僚に不安を漏らし、それに「いつものことだろ」と応じて励ました同僚も、やはりある種の確信を得ていた。
開発チームの面々が、じっと見ているのだ。
人種も年齢も様々な白衣の集団の目付きは、実験の結果を見守ると言うよりは、好奇心旺盛なネコ科の動物のそれを連想させた。
実験開始のサイレンが鳴った。
陸戦兵は安全装置を解除し、ランチャーを斜め上方に構え、僅かな逡巡の後にトリガーを引いた。ガスが燃えるような軽く短い発射音とともに、多弾頭榴弾が打ち出される。榴弾の弾頭は砲口を出ると同時に装弾筒のごとく開放され、20発のバウンドグレネードが宙に放たれた。観測用の着色煙によって放物線が描かれ、それらは頂点を過ぎ、等しく大地へと降り注いだ。
「Wow!」
感嘆の声があがった。
落着した20発のバウンドグレネードが勢いよく弾み、再び宙へと跳ね上がったのだ。
問題は、前方向に扇状に拡がると予測されていたそれらが全周囲へと……そのうち数発が射手の元を目指していたことである。
「Oh……My……God!」
AF-18を実戦で試した時ほどの危機的状況ではなかったが、バウンドさせる為に信管は接触式から時限式へと変更されている。この距離でも、戻ってくるだろう。
「Hey! ……Fuck」
退避を呼び掛けようと振り返った兵士を待っていたのは、全速力でバンカーへと走っていく同僚の背中と、既にバンカーから頭を出して観察している開発チームの姿だった。
実験の結果、バウンド素材の衝撃吸収および復元性が予測よりも強く、砲弾の回転によるコントロールは困難と結論された。グレネードの威力は向上していたが、跳躍後の二次拡散範囲があまりにも広かったため、爆撃範囲は虫食い穴と言うべき様相を呈した。これにより珍兵器の烙印を押されると思われたが(事実、思わぬ方向への跳躍による誤爆、あるいは自爆の危険性が指摘され、スタンピードの後継となる広域制圧兵器としての採用は見送られた)、入り組んだ市街地や巣穴の奥に潜む巨大生物をあぶり出す兵器として有効性を見出され、スプラッシュグレネードとして正式に採用された(破棄案に対して異を唱えたのは、試射実験を務めた陸戦兵であった。アメリカ軍人を父に持つ彼は幼年期を日本列島で過ごしており、スーパーボールなる高弾力性のゴムボール玩具で遊んだ思い出……壁への反射を利用したブラインドショットで通行人を驚かす“危険な悪戯”を思い出し、活用を提案したと言われている。「あんな目にあったのに」と苦笑する同僚に、彼は「フォーリナーも同じ目に遭うべきだ」と肩を竦めた)。
一説には各部隊で余り気味になっているバウンドグレネードを消化するためでもあったと言われているが、巣穴での戦いで見通しの悪い縦穴や下り坂に対し、下方向に限って牽制のために撃ち込む初期制圧兵器としては、ある程度は有効であった(命中率や制圧力はさほど高くはなかったが、接近戦を前に敵の戦力を削げることは、野戦における支援砲撃と同じく、巨大生物生の牙に生身をさらす多くの兵士にとって心強いものだった)。
スタンピード用の多弾頭榴弾を転用した専用の多弾頭バウンドグレネードは、時限式起爆装置への変更によって安全装置など構造を簡略化、原型となった接触式グレネードよりも炸薬内蔵量が増しており、さらに正式配備に向けた炸薬の改良によって単発火力がスタンピードM1の倍に、爆破範囲も1.5倍以上に強化されている。
その火力から世界各地の巣穴攻略戦で用いられたが、バウンドグレネードの跳躍による誤爆(自爆)事故が少なからず発生し、また縦穴の制圧には安全かつ任意に起爆できるC系爆弾の方が適していたため、完成間近だった火力強化型のαナンバーを除き、以降の開発は打ち切られた。
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[目次][総目録]
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- スプラッシュグレネードα
FORKミサイルと同様の簡易弾倉にはMG29SJを小型化したバウンド・グレネード20発が格納されており、投射直後に開放されて前方広範囲にばら撒かれたバウンド・グレネードは跳ね回り、あらゆる方向に散って広範囲に被害を与える。
問題は、その被害の中に味方が含まれることである。
とくに市街地で使用した場合、いかなる熟練者であっても20発全ての行く先を予測することは困難であり、巨大生物との乱戦の最中ともなれば、なおさらである。
そのため市街地での使用は制限されており(禁止はされていない)、主に巣の攻略において竪穴(大規模垂直昇降路)の制圧に用いられる。それでも自爆事故の危険性はゼロではなく、実際に一発のバウンド・グレネードが壁面の窪みに嵌まって跳ね返り、陸戦隊の周りを跳ね回った事例が報告されている。幸いグレネードは離脱して事なきを得たが、歴戦の猛者達も固唾を呑んで小さな悪魔の行方を目で追う他になく、生きた心地がしなかったと言われている。
以上のことから当初より癖が強い局地戦用の武器と認識されていたが、日本列島戦線において、ある遊撃隊員(αというコードネーム以外、詳細は不明である)がガンシップへの対空戦闘に用いたことで、一部で有名となった。
具体的には、開けた地形においてスプラッシュグレネードをほぼ直上に向けて発射、高所から落下したバウンド・グレネードは垂直に跳ね上がり、ガンシップの匍匐飛行高度で起爆――紅蓮の爆炎が一斉に咲き乱れ、ガンシップの大群を一網打尽にしたのである。対地攻撃において低空を飛ぶガンシップの習性を逆手に取った戦術であり、戦果を聞いたスプラッシュグレネードの開発者も目を丸くしたと言われている。
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- スティッキーグレネード試作型(CvmaT72wBUさん原案・トウフウドン加筆)
大群で迫り来る巨大生物を強大な火力でもって迅速に撃滅するという戦術思想は、スタンピードおよびスプラッシュグレネードの開発によって達成されるかに思われた。事実、どちらのグレネードランチャーも有効な支援火力として活躍し、数多の巨大生物を焼き尽くしたのだが、前線の兵士達が巨大生物との接近戦から解放されることはなかった。
大戦中期、巨大生物の数は人類戦力のそれを遥かに上回り、その圧倒的な数的優勢によって人類の要撃能力を飽和させていたのである。
大戦後、戦後世代の無知な質問に、ある退役軍人は苦い笑みを浮かべて答えた。
「巣の存在が分かった時には、手遅れだった」
巨大生物が地底深くまで巣穴を掘り拡げ、繁殖活動を行っている事実は、人類に大きな衝撃を与えた。
あの禍々しい怪物たちが自らの足下で増え続け、この地球という惑星を文字通り根底から蝕んでいることへの嫌悪。
そして何の前触れもなく戦線の後方に巣穴が出現し、抗う術を持たない人々、愛する妻子が凄惨で無慈悲な暴力に曝されることへの恐怖。
世界各地で繰り返し行われ、後に「徒に戦力を消耗した無謀な作戦」と酷評された巣穴攻略戦も、当時の人々の心理を想像すれば理解に難しくない。
ある意味で、フォーリナーは人類と戦う必要すらなかったと言えよう。巨大生物の数とその増殖率が人類の軍事力と工業生産力を凌駕するのを待つだけでよかったのである(そのあまりに単純で、故に有効性の高い戦略は成功し、ある時期を境に多くの戦線で巨大生物が爆発的に増え始めた。酷い場合は朝夕の戦闘で出現数に3倍以上の差があり、弾薬の備蓄量と消費率に基づく兵站運営と生産管理など、人類社会の軍事計画は破綻に追い込まれた)。
スナイパー部隊によるアウトレンジ戦法が蜘蛛型巨大生物の大群に駆逐されたのと同じく、数の暴力を前にしては「拡散グレネードランチャーの猛爆撃によって巨大生物を接敵前に撃滅するという戦法」も戦場を制するには至らず、遠距離砲爆撃に偏りつつあったグレネードランチャーの開発思想は見直され、接近戦における新たな戦術が模索された。
この時、巨大生物の群体行動の統計と分析に基づいて考案されたのが、吸着性グレネードの活用であった。
巨大生物の群はその構成数の大半が真正面から突撃する一方で、少数の個体が別動隊として迂回して側面から周り込んで迎撃側の背後を突く習性を有し、そうして前と後ろから攻めることで迎撃態勢を突き崩して包囲し、人類の戦力を「線」から「点」へと分断、各個撃破することを常套戦法としている。
注目すべきは、この少数の別動隊が防衛線を突破した後の再侵攻において、新たな群の中核となることで速やかな浸透戦術を実現しているということである(巨大生物が明確なリーダーの存在無しで規則的かつ柔軟な群体行動を取れるのは、全ての個体があたかも並列化されているかのごとく、あらゆる役割を即座にこなせるからである)。
――つまり、この別動隊を撃破することで巨大生物の戦術展開を挫き、防衛網内への浸透を効果的に阻止することができる。群の中核的役割が本隊から別動隊へと移行する時に撃破できれば、群全体を混乱に陥れることも可能である。
そのような“仮説”に基づき、別動隊を狙って「罠」をしかけることを目的として試作開発されたのが、非常に強い吸着性を有した時限起爆方式グレネード20発を拡散投射するスティッキーグレネードあった。
専用の吸着榴弾は外見や大きさは他のグレネード弾と変わらないが、発射後、いかなる角度で衝突しても確実に張り付く強力な接着剤(蜘蛛型巨大生物の粘着糸を分析して生成された超強力瞬間接着剤であり、大戦中に実用化されたマイクロマシン……巨大生物の体内に存在するミトコンドリアに酷似した宇宙細菌をクローン培養した人工細菌によって製造されている。構成物質そのものにマイクロマシンとしての特性があり、物質表面の分子構造を変化させることでいかなる材質とも強力な分子間結合力を保つことができる。一時はギガンテス級主力戦車などの修理にも用いられたが、誤って人体に付着した場合、専用の分解剤がなければ外科手術を施す以外に分離する手段がないため、現在でも使用を制限されている。同様の理由から、複雑な関節構造を持つヘクトルに対する行動阻害兵器として有力視されながらも、兵器化は見送られた)を弾体表面から分泌する特別な仕様となっており、その構造上、爆発後の弾片の拡散範囲が狭く、炸薬搭載量もそれほど多くないため、威力はスプラッシュグレネードの200に対して150と一歩譲る形となっている。
結論から述べれば、本来の目的は成功しなかった。
巨大生物の高度な群体統制と個体能力、そして悩むのも馬鹿馬鹿しくなるような数の優勢を前にすれば、統計分析に基づく対抗戦術など机上の空論であった。
一方で、巨大生物に接近されることで自爆の危険から絨毯爆撃を封殺されてしまうスタンピードの弱点を補う火力として、スティッキーグレネードは充分な有効性を示した。
例えばクロスレンジでの戦闘を余儀なくされた際、足元の地面や付近の瓦礫に撃ち込んで速やかに爆破範囲から逃れ、追ってきた巨大生物のみを爆発に巻き込むという戦法が可能だったのである。熟練兵の中には、進行方向に撃ち込んだ吸着榴弾の「地雷原」を駆け抜けて巨大生物を誘い込み、自らが爆破範囲から逃れた瞬間に背中を焼かれるほどのタイミングで起爆させるという荒技を行う者さえいた(新兵がそれを真似してトラバサミと化した吸着榴弾に捕らえられるという悲惨な事故も起こってしまったが……)。
時限信管による退避猶予、それほど広くない爆破範囲、4秒という起爆待機時間が絶妙に噛み合い、地味ながら扱い易く、それでいて熟練者によるテクニカルな用法も可能な応用性に優れた兵器として仕上がっていたのである。
また巨大生物の知覚圏外から投射する遠距離砲爆撃兵器としても、着弾後の二次拡散性ではスプラッシュグレネードに劣らなかった(吸着榴弾の当った巨大生物が、警戒行動のために散開し、より多くの個体を巻き込むためである)。
しかしながら、巨大生物の10メートル近い巨躯に対して8メートルという爆破範囲では、とくに密集した巨大生物との戦闘効率は高いとは言えず、次第に単発威力と殺傷効果範囲の拡大を要求する声が前線の兵から寄せられるようになり、以後スティッキーグレネードは爆破範囲を重視して開発が進められた。
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- スティッキーグレネード(CvmaT72wBUさん原案・トウフウドン加筆)
本格的に実戦配備された個人携帯型の多弾頭拡散榴弾砲は、スタンピードの正統な発展型が研究される一方、「二次拡散性」の付加による爆撃範囲の拡大が研究され、派生型の開発によってその系統を分かつこととなった。
弾殻にバウンド素材を用いたスプラッシュグレネードと、超強力粘着剤で弾殻を覆ったスティッキーグレネードである。
ともに弾殻の機能化による子榴弾の拡散を目論んだ2種だったが、スプラッシュは無秩序な跳躍による危険性を、スティッキーは巨大生物を拡散の媒体とするが故の不確実性を問題として抱えていた。
加えて弾殻構造の複雑化が、原型となったスタンピードのそれに比べて炸薬搭載容量で劣るという結果を招き、またスタンピードが弾頭数の増加を果たした(M2型は近距離起爆時の自爆の危険性を鑑みて殺傷効果範囲の拡大を2メートル増に留めたが、一早く新型炸薬を採用して威力を損なうことなく子榴弾を小型化しており、同時発射数の増加によって爆撃範囲の拡大も実現していた)ことも、相対的に2種の初期評価に影を落とすこととなった。
スタンピードが貪欲かつ純粋に火力の向上を追い求めていた以上、スプラッシュおよびスティッキーの両モデルが単純な火力評価で差を縮めることは困難であり、結果的に開発・運用思想は戦術的特質性に傾倒していった。
スプラッシュは「跳ねる砲弾によって通路の奥まで爆撃する」という巣穴攻略戦の初期制圧兵器としての有効性を見出され、α型においては弾頭搭載数の増加や榴弾の軽量化(装填時間に関係する)を諦める代わりに、 子榴弾の単発火力評価値を初期型の200から1000へと向上させていた(高威力の爆弾が予測不可能に跳ねまわるという点については、バウンドグレネード自体のスマート化……ミサイルのような自律運動制御機能を付加する計画がコストの問題から頓挫した時点で、もはや言及する者はいなかった)。
比べて「巨大生物への吸着・移動によって拡散範囲を拡大する」という特殊な運用概念に基づいて開発されたスティッキーグレネードの改良発展計画は、迷走した。
戦場から届いた報告書は柔軟な発想と貴重な経験に基づいて記されており、充分に関心を払われるべき内容であったが、徒に刺激された開発陣の好奇心が多種多様な改良案を生み出すに至り、開発の遅延が決定的となったのである
紛糾の末に「あらゆる要望に応えられるように」と調整された結果、最終的採用されたのは基本性能の底上げという……妥協案と評すべきものであり、「試作型」と称された初期型に比べて僅かに性能が上がったに過ぎなかった。
ほぼ同時期に配備されたスタンピードM2やスプラッシュグレネードαに比べ、如何に特殊グレネードとは言え、ようやく試作型を脱したスティッキーグレネードの後進性は否めなかった。
この遅れを挽回すべく後に発案されたα型開発計画では汎用性は放棄され、代わって「罠を撃ち出す」という表現の通り戦術性を突き詰めた運用を想定し、「超高威力の吸着榴弾を単発投射する」という仕様が採用されることとなる。
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- スティッキーグレネードα
レンジャー隊のゲリラ戦やスカウト隊の威力偵察のために開発された高威力の特殊グレネードであり、蜘蛛型巨大生物の糸を分析・合成した粘着剤によって極めて高い吸着性を有している。
様々な戦術に応用可能であり、例えば後退戦においては、巨大生物の猛攻によって仕掛け爆弾を設置できない状況であっても、充分な距離を保ったまま足止めのための爆発物を正確に設置することができる。
他にも、市街地や山岳地においてパルス・ビーム・マシンガンやビームブラスターを有する突撃型ヘクトルと戦う場合に、ビルや丘陵などの障害物を盾として利用しながら後退しつつ障害物の影――つまりヘクトルの進行上に投射・設置することで、正面対決を避けながらダメージを与えることが可能である。
なお巨大生物に対して使用する場合、巨大生物そのもの吸着させると接近によって爆発に巻き込まれる危険があるため、注意が必要である。
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